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 アラシヤマは、目黒にある建部の道場を見張っていた。建部は依然として家の中から出てこない。
 いきなり踏み込んで奉行所に連行しても良かったが、確たる証拠が無い上、アラシヤマには建部が拷問を受けても医者殺しを白状するような気がどうにもしなかったので、どうすればよいものか考えあぐねていた。
 そうこうしているうちに、建部宅を訪ねてきた者がある。
 「建部さん」
 戸口に立ったのはシンタローであった。
 (何で、よりにもよって今、シンタローが・・・)
 アラシヤマは、舌打ちしたい気分であった。これで、さらに踏み込みにくい状況となった。


 シンタローは、返事が無かったので、少々不審に思いつつも勝手に戸を開けて中に入った。土間に立ったが、板戸が全て閉め切られているせいか部屋は薄暗く、戸口から差し込む日の光が唯一明るかった。誰もいないかと思われたが、部屋の中に人の気配がする。
 強い酒の臭いがし、シンタローは、顔を顰めた。
 「建部さん?勝手に上がるゼ!?」
 そう言ってシンタローは部屋に上がり、板戸を開け放った。
 部屋には一気に昼の日が入り、蹲っている建部の姿が在った。彼の周りには酒瓶が幾つも転がっている。髪の毛は茫々で、以前よりもさらに痩せており、目だけが何かに取り憑かれたように、ギラギラとしていた。
 シンタローは、
 「一体、どーしたんだヨ!?」
 と問うたが、返答は無かった。
 シンタローが、建部の傍に膝を着き、
 「建部さん!?」
 と、建部の顔をのぞきこむと、いきなり肩口を掴まれ、畳に押し倒された。
 突然の事にシンタローは目を見開いたが、何か仔細があるのではと思ったらしく動かず、
 「何だか分かんねぇけど、大丈夫だ」
 そう言ってシンタローが片手を伸ばし、建部の背を撫でると、建部は、
 「きぬ、おきぬ・・・」
 と言って泣き出した。
 しばらくそのままでいたが、不意に、建部の様子が一変し、
 「シンさん、おぬしの所為だ・・・」
 と言って、シンタローの着物を引き千切るように脱がせようとした。当然、シンタローは、
 「何すんだヨ!?」
 と、建部を押しのけようとしたが、痩せさらばえた体の何処にそんな力があるのか不思議であるが、ビクともしない。シンタローは暴れたが、服を全部脱がされてしまった。
 これから何をされるのか分からなかったが、シンタローは怖くなった。胸元を濡れた感触が這い回るのが気持ち悪かった。
 「嫌だッツ!ヤメロッツ!!」
 無我夢中でそう叫ぶと、何か、熱いものが頬にかかった。
 おそるおそる、目を開けると、そこには、血のついた刀を握ったアラシヤマが無表情に立っていた。


アラシヤマは、シンタローが板戸を開けるのを見て、シンタローが帰るまで待とうと思った。家からは死角となり、かつ内部の様子の窺える場所に移動したが、シンタローと建部の会話を聞いていて腹が立った。
 (甘うおます。もうシンタローのことなんや、どうでもええわ。勝手にしなはれ)
 そう思ったが、シンタローの抗う声が聞こえ、中で何が行われているのか想像がつくと、思わず刀の鯉口を切り、任務の事など完全に忘れて、走った。
 そして、目の前の光景を見ると、刀を振りかぶり、斬った。
 

 シンタローは、呆然とアラシヤマを見上げていた。彼にはどうしてアラシヤマがこの場にいるのかが、全く理解できなかった。
 アラシヤマは刀の血を振って鞘に納め、建部の身体を足で蹴って退かした。そして、屈んでシンタローを起こし、自分の着ていた羽織を彼の剥き出しの肩口に掛けた。
 ―――アラシヤマは、正面からシンタローを抱きしめた。
 シンタローは身じろぎしたが、アラシヤマは、
 「完全に、わての負けどす。わては、シンタローはん。あんたはんが好きや」
 そう言って、もう一度シンタローを抱きしめると、何処からか短い針を取り出し、シンタローの首筋に刺した。
 シンタローの目蓋が落ち、眠りに入る間際、アラシヤマは、シンタローの頬に着いた血を指で拭い、
 「これは、全部夢どす。何事も無かったんどす」
 囁くように言った。







  

 アラシヤマは、シンタローに服を着せると、意識の無いシンタローを担ぎ上げたが、ふと、血を流して倒れている建部の元に寄り、
 「何か、言い残したいことはおまへんか?」
と聞いた。
 建部は、まだ息があったが、一言、
 「きぬ・・・」
 と言って息絶えた。何処か、安らかな死に顔であった。
 アラシヤマは、その場を後にした。

 
 駕籠を呼んで意識の無いシンタローを乗せ、奉行所まで戻ると、マジックが立っていた。
 アラシヤマが抱き上げていたシンタローをマジックに渡すと、マジックは無言でシンタローを受け取り、
 「竹の間で、待て」
 とのみ言うと、屋敷の奥へと姿を消した。
 アラシヤマが竹の間に控えていると、しばらくして、マジックがやってきた。
 入ってくるなりマジックは、アラシヤマを殴り飛ばし、
 「お前がついていながら、なんて様だ」
 そう言った。普段のマジックとは全く違い、底冷えのするような、恐ろしい様子であった。
 アラシヤマには返す言葉も無く、黙っていた。
 マジックは、上座に座ると、
 「まぁ、私がお前でも、そうしたかもしれないけどね」
 そう言って、脇息に肘を置き、溜め息を吐いた。
 「わては、お役御免どすか?」
 アラシヤマが静かにそう聞くと、マジックは少し考え、
 「・・・しばらく、京へ行け」
 と言った。
 アラシヤマは、その返答が意外であったのか、目を見張った。
 退出際、アラシヤマが
 「―――お奉行はんらしゅうおまへんえ?」
 そう言うと、
 「私もそろそろ歳かな?ヤキがまわったもんだ」
 そう、軽い調子で応じた。


 夜半、八丁堀の長屋に戻り、アラシヤマは少ない荷物を纏めた。
 ふと、壁に架かっていた暦がぼんやりとした灯りの中、目に留まり、
 (もう、神無月どすか・・・。京に行く途中、山が見事に紅葉してそうどすな)
 と思った。
 「シンタローはんにも、いっぺん京の街を見せてやりとうおます」
 そう呟くと、何かの感傷を振り切るように頭を振り、アラシヤマは灯りを消した。


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