あなたとワルツを
シンと張り詰めた冬の空気に、薪の爆ぜる音が静かに響く。
外は夕刻から降り始めた雪で真っ白に染まり、夜目にも美しい。
暖炉の前に寝そべっていたシンタローは立ち上がると、窓辺に身体を預ける。
窓ガラス越しに伝わる雪の冷たさが、酒で上気した身体に心地好い。
シンタローは今、“休暇”と言う名目で数ある別荘の一つに滞在していた。
『こうでもせんと、貴様は休むということをせんからな』
寸暇を惜しみ職務に没頭するシンタローを気遣ったキンタローに無理やり運ばれて来たのだ。
未だ感情表現の得意でない従兄弟は、怒っているような、心配しているような、実に複雑な表情でそう言った。
あの顔は見ものだったとシンタローは知らず微笑む。
残してきた仕事は気になるが、せっかくの好意を無駄にするのも気が引けて、
ありがたく休暇を満喫している。
しかし、一つだけキンタローに問いたいことがあった。
それは一緒に別荘に居る男の存在だった。
「シンちゃん、暖炉のそばを離れると寒いよ。
風邪を引かないうちに此方においで」
ラフなセーターに身を包んだマジックが、それは嬉しそうにシンタローを手招きする。
「…俺はゆっくり休養したいんだがな」
それでもシンタローは素直に言葉に従うと、暖炉の前のチェアーに腰掛けた。
あの島から戻って以来、こうして二人きりで時間を過ごすのは何時以来であったか。
二人は互いにその昔を思い出しているのか、会話は少ない。
けれどそれは存外心地好く、穏やかに時間は流れていく。
「ああ、そうだ」
マジックはそう呟くと、部屋の隅に置かれた蓄音機の蓋を開けセッティングを始める。
やがて静かにレコード盤が回りだし、小さなノイズの後に静かな調べが流れ出す。
「あ、これ…」
「覚えてる?」
調べに耳を傾けるシンタローにマジックが問う。
何を、とは聞かない。
「ああ、うん」
何が、とも聞かない。
それはかつて今と同じように、二人で聞いた曲だった。
ちょうどシンタローが士官学校にあがった頃、こうして二人でこの別荘を訪れたことがあった。
その時すでにシンタローのマジックに対する反抗はかなりのものであったが、
何故だかシンタローはマジックの提案を断ることが出来ずに、マジックに伴われてやって来た。
幼かったシンタローにマジックの意図はわからなかった。
けれど、普段落ち着いて話をすることの出来なかった親子は、少しばかりの話をした。
そして本部へと帰る前夜、マジックはシンタローを呼ぶと一枚のレコードをかけたのだ。
『次期総帥たるもの、ダンスの一つや二つ踊れなくてどうするんだい?』
マジックの突拍子の無さに、シンタローは思わず返す言葉を失った。
「そうそう。そんで嫌がる俺を延々と振り回してくれたんだよな」
溜め息混じりにシンタローが言う。
「だけどワルツの一曲も踊れないんじゃ、パーティーの時大変だったろ?」
マジックの言葉にも一理あった。
総帥という地位に就いてから、公式の場に呼ばれることの多くなったシンタローが一番苦手なのは、
来賓の婦人方によるダンスの申し込みだった。
何も無理して御機嫌をとることはないが、そう自侭を言っていられない場合もあるのだ。
場を濁すために『ではワルツを一曲』と恭しく手をとり管絃の調べに乗る。
「私はシンちゃんの勇姿を見たことはないが、キンちゃんから聞いてるよ」
「何だよ、ああいったのはあいつの方が向いてるのにな」
ばつが悪そうに視線をそらすシンタローの姿に、マジックはますます笑みを深くする。
マジックは満足していた。
シンタローは嫌な顔をするだろうが、無理にでもついて来て良かったと。
以前と全く同じには戻れないが、昔のように二人で静かに言葉を交わし笑いあう。
そんなささやかな時間を持てたことに喜びを感じる。
あの島に行く前の二人の間にあった隔たりは、形を変え未だあるのだが、
それでも立ち向かうことの出来ないものではなくなった。
少しずつ、少しずつ埋めていけば良い。
マッジクは立ち上がると、すいとシンタローに右手を差し出した。
「もし宜しければ、一曲お相手頂きたいのですが?」
一瞬シンタローの瞳が見開かれるが、すぐに少し困ったように微笑むとその手を取る。
「俺が女性ポジションってのはあれだが…。どうせ無理やり相手させるんだろ?」
シンタローのぼやきに、マジックは悪戯っぽくウィンクで答える。
「しょうがねぇな。相手してやりますか」
冬の夜、軽やかなワルツの調べ。
「こういうときは、“喜んで”って答えないと」
「…ばーか」
重ねた手の平に、そっと力を込めた。
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copyright;三朗
◇ ◇ ◇
え~~、甘 い で す か ?
これ、新年更新に乗り遅れたssでして…(汗)
当初はシチュも全く違ったんです、書いてるうちになんかこう、
リ リ カ ル ホ モ に(笑)
一応、マジック×シンタローではなく、マジック&シンタローで。
親子の対話を求めているマジックパパを書きたかったんですよ?
20050111
copyright;三朗
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