devilment
「総帥なんてご大層な立場になってから、鍛錬怠ってるんじゃないかと心配してるんすよ」
へらへらと笑うロッドに、シンタローのこめかみがピクリと跳ねた。
◇ ◇ ◇
それは偶然だった。
ロッドは上司の命令で報告書を本部へと提出した帰り、
ふと士官学校時代を思い出し立ち寄った先で意外な人物と鉢合わせした。
グラウンドの端の、ちょうど何処からも死角になるその木蔭で横たわる人影に嫌でも覚えがあった。
いや、人影というよりその色彩。
真っ赤なブレザーを丸め枕にし、気持ち良さそうに眠っているのは現総帥のシンタローだった。
「…シンタロー様?」
思わずロッドはその名を口にする。
シンタローが自分の気配に気付き、すでに起きていることは判っている。
だから態と間近に膝を付き、真上からその顔を覗き込んで瞳を開けるのを待った。
寝返りを打つ振りをして視線をかわそうとするシンタローの動きを封じることも忘れない。
暫らくそのままでいたが、シンタローが起きるまでロッドにその場を離れる意思はない、
と悟ったシンタローは渋々と目を開けた。
そして開口一番がこれである。
「総帥にお手合わせ頂けると嬉しいんすけど?」
ロッドは悪戯っぽく笑った。
お誂え向きに、すぐその先に訓練施設がある。
銃火器の使用も可能な其処は普段は厳重にロックされているが、
総帥の持つパスコードなら何処にでも入り込めるだろう。
それに、手馴れた相手との組み手よりは予測がつかない分緊張感もあり、また楽しめる筈だ。
しかし忘れてはならないが、あの叔父の部下なのだ、この男は。
簡単に気を許す事は出来ない。
「そんなに警戒しなくっても大丈夫っすよ?」
シンタローの内心を察したのか、ロッドは身を屈めると顔を寄せ、更にニィと笑う。
暫らく考え、溜息混じりにシンタローは緩々と頭を振った。
「…そうだな、あんまり深く考えるのは止しとくよ」
「そう来なくっちゃ!」
元々ふらりと立ち寄っただけの訓練スペースだ。
二人は上着を脱ぎ捨てただけの格好で対峙する。
「じゃあ、一つだけルールを。
お互いに“特技”は無しってことで」
手首を解しながら声を掛けるロッドに、シンタローは「構わない」と軽くストレッチをしながら答えた。
特技とは、ロッドは風を操る能力に、シンタローは秘石一族の人間だけが使う事の出来る眼魔砲のことだ。
特殊能力者を多く集めたガンマ団において、上位の能力を有する二人の人間が、
組み手とは言え手合わせするのだ。
力をセーブしなければ互いどころか、周囲にも多大な被害を与えることになる。
「純粋に体術のみで。言っときますけど、俺ってば結構強いっすから」
相変わらずのニヤニヤ笑いだが、瞳から笑みが消えている。
静かにスイッチが切り替わった瞬間、それまでの笑みが薄ら寒いものに感じた。
ロッドの言葉は決してハッタリではない。
それはシンタロー自身、ロッドの能力を目の当たりにしたことで知っている。
だからこそ、彼ら特戦部隊の存在を危惧しているのだ。
彼等はあまりにも危険すぎる。
しかし、シンタローもただ手を拱いているだけではなかった。
統制を乱すものに容赦する気は更々無い。
本意では無いが、力を持ってしか解決出来ぬ問題なら、それ相応の対処をするまでだ。
先ずは手始めにこの男から。
沸々と身の内に湧き上がる高揚感に、自己嫌悪を覚えつつシンタローは唇を歪ませた。
「せいぜい俺を楽しませてくれよ」
東洋の武術に倣い、互いに軽く礼を交わすと構えを取る。
シンタローの体術のベースは空手だが、ロッドの構えはボクサーのそれに似ていた。
利き腕側を後ろに引き、軽く跳ねる。
突き出された反対の拳は、正確にシンタローへと照準を定めていた。
ジリジリと互いに間合いを計り、先手を繰り出す瞬間を狙っている。
先に動いたのはロッドだった。
一気に間合いを詰めると、鋭いストレートがシンタローの顔面を襲う。
しかしシンタローは左上段から迫る拳を右腕で受け流し、そのまま手首を掴まえロッドの右腕を封じると、
空いた左で肘打ちを叩き込み、更にその反動で下段払いを見舞う。
シンタローはよろめいたロッドの隙を見逃さず、半歩身体を引くと中段突きを放った。
その間僅か数秒。
流れるような動きに、シンタローの黒髪が僅かに揺れた。
ロッドはそのまま後方に数歩後退り上体を折る。
「…あんだけでかい口きいてこれだけか?」
些か期待はずれな幕切れに、シンタローが口を開く。
そして用は済んだとばかりにくるりと背を向けると、ロッドの声が背後から追ってきた。
「…流石は総帥。伊達じゃないってことっすね」
口振りは軽率だが、底知れぬものを潜ませた声にシンタローが振り向く。
「俺達の手綱を握ろうってんなら、こうじゃなくっちゃ面白くねぇよな」
「何だって…」
シンタローが言い切るより早く、再びロッドの拳が迫る。
下から突き上げるそれはシンタローの右脇を掠めた。
紙一重でロッドの拳をかわすと、反対から腹を狙ってくる。
中段で防御の型を取れば空かさず上段に攻撃の手は移り、軸足を狙い足払いをかけるとスイッチバックで逃げる。
重量級の見掛けながら、その動きは素早く反応は鋭い。
防御の合間に繰り出されるシンタローの突きを無駄なく受け流す。
ロッドこそ伊達に特戦部隊の一員という訳ではない。
彼ならば、例え特殊能力が無くとも一流の暗殺者として何処でも通用する技量を持っている。
シンタローは体術においてロッドに引けを取るとは思っていないが、如何せんスタミナの差があるように思えた。
体格にしてもそうだ。
身長こそ大して違わないが、ウェイトは敵わない。
素早い動きに対応出来る様シェイプされたシンタローの肉体に、無駄な筋肉は一切無かった。
それに対しロッドの身体は肉厚の筋肉に覆われ、強烈にアピールしてくる。
常に他者の目を意識し鍛えられた筋肉は、そもすれば単なる飾りにしか成らないが、
ロッドの場合は実益も兼ねていたということだ。
このまま打ち合いを続けていれば、必ずシンタローはスタミナ切れを起こす。
それだけはどうしても嫌だった。
(一気に片を付けるか…)
シンタローは静かに息を吐き切ると、再び構えを取る。
その時、シュンッという扉が開く音と同時に、二人の間に聞き慣れた声が割って入った。
「お前等、俺様を抜きにして何楽しいことやってやがんだっ!」
「…ハーレム!」
「…隊長!」
シンタローとロッドは構えのまま同時に声を上げる。
「おら、何時まで遊んでやがるんだ」
ハーレムはずかずかと近寄ってくると、続けざまに二人を殴った。
「おい!ロッド!手前は遣い一つまともにやれねぇのか!」
「ああ、すんませんっす!」
そもそも、ロッドは報告書を提出に来ただけだったのだ。
それはシンタローもロッドから聞いていた。
ハーレムはロッドの首をガッシリと掴まえ、こめかみにグリグリと拳を押し付けている。
「シンタロー!手前もあんまりこいつを焚き付けんなよ」
投げられた言葉は、すでにシンタローの耳には入っていなかった。
殺気さえ漂う緊張感は完全に吹き飛んでしまった。
急に気合の抜けてしまった間抜けな空間に、シンタローはこれ以上居たくは無かった。
尚じゃれ合う叔父とその部下を残し、シンタローは上着を手に取るとさっさと歩き出す。
しかし、完全に放出出来なかった欲求が、シンタローの胸のうちをぐるぐると駆け回る。
逃げ場を無くした衝動に唇を噛む。
――そして、自ら孕む破壊への衝動に再び嫌悪する。
「何時か続きやりましょうねー」
扉を抜ける間際聞こえた、妙に明るい声ロッドの声に、シンタローは気付かぬ振りをした。
e n d
copyright;三朗
◇ ◇ ◇
ロッドとシンタロー。
密かにロド→シン萌えなんで一つSSでも…なんて思ったんですが。
あ、あれ?全然色っぽくならない(笑)
20040419
copyright;三朗
PR