聖 戦
その日、朝から嫌な視線が付きまとっていることにシンタローは気付かない振りをしていた。
毎年この時期になると感じる視線。
突き刺さるような、纏わり付くような、とにかく落ち着かない不快な視線だ。
しかもそれは年を追う毎に数を増やし、かつ濃さを増している気がする。
一戦闘員の頃から似たような視線は感じていたが、この日だけは特に瘴気が濃いのだ。
そう、今日は2月14日。
世に言うバレンタインデーである。
シンタローは確かにモテる。
友情から愛情まで、男女問わず想いを寄せられることは多い。
けれど、どこか人を寄せ付けぬ雰囲気からか、面と向って彼に想いを告げることは滅多に無い。
そんなシンタローファン達にとって、世界公認の告白チャンスであるバレンタインデーは、
決してはずすことの出来ない大切な日の一つである。
団内のテンションが高まるのも無理は無い。
しかし、実際にそんな秋波を一身に受けるシンタローにとっては楽しいものではなく、
凛々しい眉は常に寄せられて益々人を遠ざける。
その様子にまた、一層熱を上げるファンが増えることをシンタローは気付かない。
一進一退の心理戦が繰り広げられていること知らないのか、または知っていて気付かぬ振りをしているのか、
今年は思わぬ伏兵が彼らをざわめかせた。
「シンタロー、これは俺の気持ちだ」
目の前に差し出されたベルベット・ローズの花束。
ご丁寧に金の縁取り模様のついたカード付き。
差し出しているのは、僅かにはにかむように微笑んでいるキンタロー。
暦の上では春とはいえ、まだ寒さ残る2月の午後。
日当たりの良いラウンジで紅茶の香りを楽しんでいたシンタローは、
突然の出来事にうまく対処できずに居た。
「…え、えっと…」
「どうした?…受け取っては貰えないのだろうか?」
カップを手にしたまま固まっているシンタローの姿を拒否ととったのか、
キンタローは形のよい眉をひそめる。
しかし、すぐさま何かに思い至ったような顔つきになると、シンタローの前の椅子に腰を下ろし話始めた。
「グンマから今日はバレンタインデーだと聞いた。
バレンタインデーと言えば西暦270年2月14日に処刑された聖バレンチノを起源とする…」
「い、いや!そうじゃなくてな!!」
シンタローは、滔々と語り始めたキンタローの口を慌てて塞ぐ。
そう、シンタローもバレンタインデーの起源くらいは知っている。
日本ではチョコレートを贈るが、実際は普段の感謝や親愛の意味を込め、
家族や恋人同士でカードや花束、菓子を贈りあう日だ。
キンタローにバレンタインの情報を吹き込んだのはグンマだというのは分かった。
どのように話したかは分からないが、ほぼ正確に情報は伝わったらしい。
二人が分離してから、紆余曲折の末に互いが互いを支えあい、必要とし合うほどに大切な存在になった。
特にキンタローにとってシンタローは、生きていく上での指針様な存在である。
まるで親鳥に付いて回る雛鳥の様に、公私共にキンタローがシンタローと共に居たがっていることも分かる。
子に慕われて嬉しくない親は居ない。
感情が未だ未分化のキンタローが、必死にシンタローに気持ちを伝えようとする姿は、
シンタローにとって嬉しいものであるが、同時にくすぐったくもあった。
今回のことは、そんな二人の姿を見たグンマの心遣いであろう。
では何が問題か?
それまで全くの無音だった空間に、徐々にざわめきが広まってゆく。
ひそひそと交わされる声に、シンタローやキンタローの名が含まれているのは、嫌でも聴こえてくる。
日当たりの良いラウンジ。
そう、ここはガンマ団内本部塔に設えら得た喫茶室である。
肩書きの有無に係わらず、すべての団員が自由に使えるようにと開放されたそのスペースの真っ只中で、
キンタローはシンタローにバラの花束を差し出したのだ。
キンタローに他意が無いのは分かる。
分かるのだが、如何せん場所とタイミングが悪かった。
今まで高嶺の花と近寄りがたかったシンタローに、臆することなく告白するキンタロー。
そう他の団員達の目には映った。
そして団員達は思った。
確かにキンタローはシンタローの副官と言う立場にあり、一団員の自分達とはスタートラインが違う。
しかし、シンタローを慕う気持ちは誰にも負けない。
気持ちを受け入れては貰えないかもしれないが、気持ちを伝える事は誰にも禁止されていない。
いや、この想いを止める事は誰にも出来ない。
そうだ、想いを伝えたい!
ぶつけたい!!
ふつ…っと何かが切れたような気配。
途端にシンタローの背筋を、禍々しい何かが撫で上げる。
「…総帥」
ポツリと誰かが呟く。
きっとダムが決壊する瞬間はこんな感じなのだろう。
一瞬の沈黙の後、
「総帥ーーっ!!お慕い申し上げておりますっ!!!」
「総帥ーーっ!!自分は何処までも総帥に着いて行きますっ!!!」
凄まじい勢いでその場にいた団員達がシンタロー目掛けて一斉に駆け寄る。
口々に告白とも宣誓とも着かぬ言葉を叫びながら。
「シンタロー様ーっ!!愛してますーーっ!!!」
それから暫くの間、救護室は負傷者で溢れかえった。
しかし、どの顔も酷く幸せそうな顔をしていて、救護係を気味悪がらせたとか。
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copyright;三朗
◇ ◇ ◇
シンタローアイドル伝説。
ガンマ砲で撃たれても幸せな皆さん。
ひたすら「バレンタインバレンタイン…」と念じながら打ったらこのようなことに。
ちなみに、キン×シンではありません(笑)
あくまでもキンタはシンちゃんを親鳥のように慕っているということで…。
ちなみに、シンタローは毎年この日は手料理や手作りの菓子をパパやグンマに振る舞います。
何時もより手の掛かった料理です。
上座にいるのはサービスなので、パパは悔し泣きします。
20050214
copyright;三朗
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