かえり道
「おかえり」
ドアハッチが開き、長い黒髪が見えると、抑えきれずに寸時に声をかけた。
「…ただいま」
ひとつ、間を空けて言葉が戻ってくるのは一週間ぶりで、懐かしい。
このこが意地を張る癖だ。
「は、なんだそれ。親父、髪ばっさばさ」
一報を聞いてヘリポートに来てからずっと、高層の風に嬲られていた私の様態を鼻で笑うと、シンタローは機内からばさりと大きな花束を引きだした。
「行くぜ」
そしてそのままパイロットを置いて、私のほうへと歩きだす。
何かを考えている顔で、後ろ手で花束を持って私に視線を投げた。
ちょうど私も今、思案顔でシンタローを見つめている。
「何だよ」
「パパにくれる花束?」
「違う。これはコタローへのプレゼントだ。やんねーよ!」
えぇ、と私が声をあげて眉を下げるとそれが可笑しかったのか、飛び切りの笑顔で肩をぶつけてきた。
いつもと違うスキンシップを受けてそのままエレベーターに乗り込むと、シンタローは機嫌の良い顔で後から続く。
ああ手がふさがってるから。
肩をぶつけるしかなかったようだ。
他愛ない。
信用がないのか、奪われるのを避けるように花束を持ったまま、シンタローは表情を戻す。
エレベーターの降下の重力を感じながら、しばらく2人、無言でいたら、珍しいと無表情に呟かれた。
「随分いつもと違うんじゃねェの?」
黒曜の色をした瞳がこちらに向かう。
吸い込まれるように冷えた手を伸ばして頬に触れてみる。
「うわ、冷てー」
でも、逃げられなかったので、そのまま鼻と鼻を擦りつけてみた。
瞬きの、睫毛も触れる距離だ。
「……クリスマスだからね、今日のパパはカッコ良いんだ」
「は、」
また薄く笑われた。
シンタローの顎が上がって、皮膚一枚、唇が掠める。
それを首を傾いで寄られた分だけ、わずかに退いた。
「シンちゃんは、いつもの可愛いパパが良かった?」
唇が触れてもキスじゃないような、触れては離れるだけの。くちづけ。
逃げては追う、そんな事をゆっくりと繰り返す。
「…どっちも、お断りだ」
意地を張る、癖。
後ろ手に花束。
軽い落下感。
「どっちも?」
「…、ン」
答えず、切なげに瞳が閉じられ。
それと同時にエレベーターは落ちることをやめ、加重が為され、扉が開いた。
目的の階に到着したのだ。
「……」
廊下のまばゆい明るさに、エレベーター内の柔らかな明かりの中での内緒のいたずらのような雰囲気は一気に掻き消されてしまった。
「…ぷッ。あっはははっ」
乗り気を崩されて、呆気にとられたシンタローの顔に堪らず吹き出すと、私に笑われたシンタローは不機嫌な顔を作る。これは照れ隠しだろうから別段構わない。
「あー…クソッ!」
他愛のない、キスの話。
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