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おやすみ

 







 み・見なきゃよかった…。
 2時間近い鑑賞の後、やっと訪れたエンドロールに集中していた一同は、ほっと一息ついていた。
 その中で俺はとてつもなく後悔を、そう。とても、思いっきり、後悔、している。
 たかがB級。されどB級。
 さ、最初は。平気だと思ったんだいい加減俺も大人だしグンマが見たいっつーくらいのモンだからよしそれなら高が知れてんだろーと。
 たいして怖く、ないんじゃねェのと。
 俺は忘れていた。
 あまりにも長い年月それから意図的に遠ざかっていたために幼い俺が何をどう、おそれていたのかを。すっかり忘れきっていた。
 俺が必死で逃げ道探してるっていうのになんで正面から飛び出てくんだよさっきまであっちにいたじゃねェかならどっちに行けばいいんだどうやって逃げれば主人公はつまり眼魔砲すら手段にない俺は生き残れるんだヨあッ畜生まただこっちが動けねェ時に追いかけてくるんじゃねえぇ  ッッ!!
 と、ほぼ2時間、心の中で叫びながら敷くはずのクッションを握りしめて抱きしめて、なんとかやり過ごした。終わった今でも心臓は早鐘のようだ。
 なんか、考えすぎてか、ぼんやりしてきた。
「やあ、なかなかに笑える出来だったねぇ。予算がなかったのかな?」
「確かに。ピアノ線で吊っていたのが丸見えだった」
 ピアノ線? ちゃちい小道具? そんなんがどーした!
 マジックとキンタローの会話を横目に俺は黙って心の中で毒づく。
 そんななぁ、つくりモンなのは最初っからわかってんだヨ。映画なんだから。
 馬鹿かテメーらは。問題はそこじゃねェだろ。
 そう、B級ホラーのあの不自然なほど辻褄の合わないストーリー展開が俺を恐怖に陥れるのだ。決して悪くはない頭をフル回転させて俺が納得できる筋書きを考えてる端から話は破綻していく。怖がらせる、を念頭につくられているものだから土台、物語じたいに重点は置かれていない。早打つ心臓に悪い突然の大音響。思わせぶりな演技。来るな来るなと思うところに必ず現れる演出。
 その辻褄のあまりのあわなさにずっと脳内補筆を続けていたら映画の内容より怖い展開が頭の中で繰り広げられている…ような気がする。散々だ。
「そうかなぁ。僕すっごい怖かったけど」
 ああグンマ、オメーはそうだろうな。
 だがグンマの事だ。どうせ、
「でもハッピーエンドで終わって良かった! 最後まで怖いと僕、眠れなくなっちゃうもの。あ、でもキンちゃん今日は一緒に寝よう~?」
 …やっぱな。どうせそれくらいのアタマだろうよ。単純明解馬鹿グンマめ。
「ああ、俺は別に構わない」
 しかもさっさとキンタローっつー都合の良い抱き枕をキープしやがって。
 俺としてはハッピーエンドに終わったからといって、あの話の終わり方がこれまたちっとも納得できないのだ。
 なんでいきなりああなるんだ?!
 それが説明されなきゃこっちは安心できねェんだヨッ!!
 くそう。
 つくづく、見なきゃよかったと、思うのだ。
 加えてド派手な重低音の余韻が身体にまだ残っているのも不安の種だ。
 5.1chサラウンドのハイビジョンプラズマも今回ばかりはその臨場感が恨めしい。
 これは、クる。確実な予感がある。
 絶ッ対うなされる。眼が醒める。二度寝が薄ら怖くなる。
 いや馬鹿言うなヨ俺怖いわけあるかただ怖いような気がするだけだ。
 そう、気が。
「じゃあ、皆明日も早いだろうから、これで解散しようか?」
「あ!? っあ、そうか…もうそんな時間か…」
「はぁい。おやすみなさーい」
「おやすみ」
 う、わ。待て待て。
 ちょっと待てっての、俺にだって心の準備ってモンがッツ。
 うがーっ。行ーくーなーっ!!
 そんな態度は口にも出せず顔にも出さず、俺はグンマとキンタローが部屋を去るのを見送った。





 ***





 きっかり三歩、じぶんの先を歩かせる。
 振りむくマジックは隙あらば立ち止まり絡んでくるので、黙々と背後から脚を蹴るようにして、先へ先へと追いやる。
 不機嫌を不器用によそおう俺に何度も促されては、痛いよシンちゃん、とさして痛くもなさそうに、マジックはまだ、笑う。
「いーから黙って歩けっっ」
「ええとシンちゃん。これは何の罰ゲームかな? 今夜はみんなでホラー映画を見ただけで、そういうゲームはちっともしなかったよねえ?」
「何がホラーだ。ったく、ヤローが夜中に集まってパジャマパーティもねェだろが。せーぜー猥談で盛り上がってろってんだヨ」
「シンちゃんこの前は正反対の事言ってたじゃない」
「そりゃテメーが嬉々として俺の性癖語るからだろッ。なーにが悲しくて身内相手に自分の性感帯暴露されなきゃなンねーんだっ!!」
「いやあ。あっはっは~」
「笑って済ますな!」
 苛々とさんざん蹴りこんで寝室まで追いやる。
 部屋に踏み込むとマジックはくるりと振り返り、間をあけずいきおい続いた俺を抱きとめた。
「これ以上はストップ。パパの足、アザだらけになっちゃうよ」
「てめ離っ………!」
 マジックの胸板から剥がれようと腕を伸ばしかけて、やめた。
 疲れきって夢も見ずに眠れるくらい、今日はこのまま流されてしまおうという妥協と思惑と打算が俺の脳裏を走馬燈のように駆け抜けたからだ。
 マジックは俺を抱き込んだまま顎に手をかけ、顔を上向かせると唇を舐めてきた。唇を伝う舌に身体の芯がじくりと融けるような感じがして、思わず声が漏れると、その隙に差し込まれた舌が歯列をなぞった。
「…ぅん…」 
「今日はやけにおとなしいね…そんなにあの映画、怖かった?」
「!」
 がばっと見上げると、青い瞳が笑っている。
「終わってから後悔するなら見なければよかったのに~」
 くつくつと心底愉快そうに喉で笑うマジックを見て、頭に血が上った。
「うるっせー!! グンマが見れるモンが俺に見れねーって道理があるか! それに中座なんかしたら後でナニ言われるか書かれるか判ったもんじゃねえッ」
「逆恨みの優越感云々されたくないんだったら日頃からグンちゃんいじめちゃダメだよ、シンちゃん」
「いーんだよグンマなんだからっ」
 ぶちぶちと文句を言いつつベッドに入った。
「   」
 マジックも同じベッドに滑り込むと、俺の傍らで肩肘をついてこちらを向いた。
 もう一方の腕は俺の胸の上でトン、トンとかるくリズムをとる。
 子供が安まる、心音に似せる動作だ。
 ガキの頃は、よくこうされて眠った覚えがある。
「シンちゃんがちっちゃかった頃を思い出すよ。懐かしいなあ」
 …考える事は同じか。
「ちっちゃい頃のシンちゃんも怖がりでねぇ、ちょっと怖い話するだけですぐおもらししちゃったり、やっぱり今とおんなじで眠れなくなって、パパ、ぜったい起きててねって。泣きべそかいて言ってたよねーvv」
「………あん時は。アンタ絶対寝ないって約束したのに俺が夜中怖い夢見て起きたら完璧寝てたじゃねーか」
 あれで酷くショックを受けたぞ。
「そんで起こそうとしてもちっとも起きねェで…」
「パパのうそつきーっ! て大泣きしてたねえ。その顔が可愛くて可愛くてvv 今でもハッキリ覚えてるよ。狸寝入りしてた甲斐があった」
「何?! …てめぇ…いたずらに子供心にトラウマ作りやがって…!」
「まあまあ。お詫びに今夜は一晩中シンちゃんが怖い夢を見ないように起きていてあげるから」
「……別にンな事、頼んでねー」
「私がそうしたいんだ。大丈夫だよ。安心して」
 そう言って、親父は俺の頬にキスをする。
 それはないだろう子供じゃないんだから。
「明日も仕事だろう? よーくおやすみ、シンちゃん」
「…」
 それもそうだ。とにかく寝よう。
 途中で起きた時には今度こそコイツを叩き起こしてやる。そうしよう。
 もぞもぞと、身じろぎして、俺は自分の眠りやすい体勢を探す。
 ふと思いついて、親父の肩肘をついていた腕を勝手に伸ばして、腕枕にする。
 そうすると、俺としては丁度よく収まった。
 親父は腕が痺れてしまいそうだが。ふん、いい気味だ。
「…おやすみ」
 今まであんなに怖い思いをしてきたんだ。今更そう簡単に眠れるもんかと。
 思い、俺は。
 親父の微笑みを睨んでから、瞳を、閉じた。





 ***





 光を感じて瞳が覚めると、視界に入ったのは、よく知った形をした爪。
 長い指。
 シーツに広がる俺の黒髪の一房を、指の背で愛おしそうに撫でている親父。
 口元。鼻筋。睫毛。
 キス。
「おはようシンちゃん。朝ご飯は何がいい?」
 夢は、見なかった。
「…寝てないのか?」
「ああ、一晩中ずっとシンちゃんの寝顔を月明かりに眺めていたよ。たまにはこんな夜があってもいいね」
「…」
 普段なら怒鳴り散らすところだが、ゆうべ、あんな言葉だけで熟睡しきった自分が恥ずかしくなって、俺は何も言い返す事ができなかった。


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