00:PRELUDE (07.11.28)
事の始まりは、コタローを探す為の装置を作ったことにあった。
「シンタロー!ついに出来たぞ、俺が開発した、いいか、この俺が開発したこのアヒル印のアフラ○ク一号を使えば、パプワ島とやらにひとっとびだ!」
「おうこら、なんだそのファンシーな飴玉は。そんなん使ってどうやって、飛ぼうって言うんだ?ファンシーランドにか」
「シンちゃん、その前に一号なのに飴玉っていうのにはつっこまないのかい?」
ここはガンマ団本部にある研究室、帰ってきたキンタローと、グンマが泊り込み作り上げたのが前述したアフラ○ク一号である。
原理は長い説明に飽きたシンタローがちゃんと聞かなかった為不明ではあるが、ワームホールを生身で通ることが出来る、と言うことらしい。
しかもこのアフラ○ク一号を使えばいちいち海に飛び込まなくても良い上に、体内に飴玉の効力が残る時間は向こうで過ごせる、と言うもののようだ。
「おとーさま!シンちゃん、すごいでしょー?僕、がんばっちゃったぁ~」
少々疲れた風ではあるが、グンマは嬉しそうに報告をする。それを見てマジックは爆発のこげ後の残る金の髪を優しく撫で、有難うと呟いた。
この二人、当初に比べ親子である、と言う認識が生まれたのか、中々上手くやっているのだな、とシンタローは感慨深げにこっそりと頷いた。
「えへへっ!」
「で、この飴玉舐めたらそっこーで行けんのかよ?」
「いや、そういうわけではない。流石に飴玉はワームホールで体を持たすため、そして帰る為に使うだけでそれだけでは行けない」
そう言いながらまたごそごそと後ろから取り出したのは、ガンマ団の制服に良く似た青い服、少し違うのは襟元にこれまたアヒルのマークがあることぐらいだろうか。
「なんだ、これは?」
「これはねー、簡単に言うとワームホールを発生させる装置で、えーとね、それで、タイムマシンみたいなものかなー」
「時間は移動しないぞ、グンマ。……シンタローいいか、これはだな、二人以上の人員を必要としている。海に飛び込むと言うのは、飛空艇を使ったとしても危ないものは危ない。それに大きい上に人員も必要になる。先程の893国を片付け多少は暇になったとは言え、今忙しいガンマ団を大人数空けるのは少々問題があるだろう」
更に紙を取り出し説明を開始する。のらりくらりとしたボールペンが壊滅的な渦を書くのを見え、説明を聞くに、どうやらこれは海上に出現した渦潮のようだ。
渦潮の大きさから、飛空挺が通れる程の大きさが現れる時間を計算して、速くとも三ヶ月近くは掛かる、と言うことらしく、シンタローが待てるとも思えない為に今回の単独スーツを作ったようだ。
そういう意味では前回グンマが作ったものでも問題は無いが、渦潮に単独で飛び込ませるという行為は、総帥であるシンタローにさせることが出来る筈もなく、陸上、このガンマ団にワームホールを作ってしまおう、と言うことらしい。
方法としては飴玉を口に含んだ状態でアヒル印の制服に身を包んだ二人以上の人員が手を繋ぎ、ワームホールを発生させ、あとは先に伊達集が通った道を通る、と言うものである。
隊服に身を包んだ人間に何かが起こる場合も視野に入れ、随時この研究室に心音や健康状態などの情報が送られるようになっている。
もしもの際は強制的に此方側へ引き戻すことが可能となっているなど、至れり尽くせりである。
「制服にしちゃったのはねー、手近な服がそれしかなくって……本当はアヒルの着ぐるみにするつもりだったんだぁ、ごめんね?」
「いや、制服でいい。いや、制服がいい」
研究室の傍らに置いてあるアヒルスーツを視界に入れないようにして、シンタローは早速説明を受けだした。
「早速、行って見ようぜ」
「シンちゃん!パパも行くよ!」
今まで黙っていたマジックがシンタローに声を掛ける、多少は自分の責任だと思っているようで、勢い込んでいるマジックにシンタローは首を振った。
「いや、親父はここで残っててくれ。もし、俺に何かあったときは親父がガンマ団を運営してくれよな?」
何か、が何とは言わないがこの作戦が必ずしも成功するとは限らないことをシンタローは言っているのだろう。
普段は自信満々なキンタローですら、その言葉を否定しない。
「シ、シンちゃん………」
「あ、別に俺は死ぬだなんて思っちゃいねーぞ。キンタローやグンマが作ったやつなんだ、大丈夫だろ、それに………コタローが親父見たら逃げるかもしんねーしな」
心配そうな表情を浮かべるマジックを不機嫌そうに見て、シンタローは口を開く。最後は表情を和らげ、からかうような雰囲気ですら、ある。
「シンちゃんってばー、素直じゃないんだから」
「そうだな」
そんなシンタローを見て柔らかな表情を浮かべる二人と、シンタローの心情を汲み取ることが出来たマジックは、力強く頷いた。
「分かった、ガンマ団はパパに任せて、しっかりとコタローを向かえに行ってきなさい。…………ちゃんと、帰って来るんだよ?」
「おう、コタロー連れて帰ってきてやるよ、親父」
******
「つーかよぉ、なんでお前まで来るんだよ、グンマ」
「え、だって僕もコタローちゃん迎えに行きたいし……」
「仲間外れは関心しないぞ、シンタロー」
アヒル印の制服に身を包んだ三人が向かい合い話しをする。シンタローはキンタローと二人で行くものだと思っていたものだからグンマの参加に驚いていた。
「嫌は訳じゃねーけどよ、計測器の点検とかどーすんだよ」
「それは心配要らないよー。研究室には優秀な人たちが集まってるからね!」
親指を立て、自信有り気な表情で研究室を見守る。そもそも計測器云々に関してはグンマは元々ノータッチである。
「………はぁ……ま、いーか、俺達四人が従兄弟で兄弟だもんな」
数秒考えたシンタローはコタローと会ったときを嬉しそうに話すグンマを思い出し、考えを改めたようで、諦めて仕方がない、と言った風体でグンマの同行を許可していた。
「ほら、飴玉だ。手を繋いだらすぐにワームホールが発生する。後は団員が頑張ってくれるだろう」
「分かった。………じゃ、親父、行ってくるよ」
シンタローは少し離れた位置で不安そうに立っているマジックに声を掛けた。そして、手を繋ぐ。
ブゥン、と言う羽音の様な物が耳元で聞こえ、内臓を引っ張られるような感覚が一瞬襲う。
口の中のピーチ味が妙に濃く感じるな、と思いながら浮遊感に身を包んだ。
「シンちゃん!待っているからね!シンちゃんの好きなカレーを作って、だから無事に帰って来るんだよ……」
最後に何時もとは違う真剣味を帯びたマジックの声が聞こえ、聞こえなくなったと思ったときには、意識を失っていた。
01:AUTHENTIC (07.11.28)
耳元の不快な羽音が消え、エレベーターに乗った際に感じる重力も消えた頃、一瞬だけ失っていた意識は回復した。
「……キンタロー……?グンマ……?」
シンタローが瞼を開ける。そこは見慣れたような、見慣れないようは不思議な場所だった。
「シ、シンちゃぁん……ここ、どこぉ?」
辺りを見渡す、ダンボールが山と詰まれ、その側面にはぞんざいにサインペンで書かれた危険な文字が見て取れる。
「……パプワ島、と言うところにはダイナマイトが詰まれた部屋があるのか?」
無論、そんな物はない。弾薬なんていう血生臭いものが最も似合わないと行っても良いところだろう。
「ここは……………ガンマ、団……?」
壁の色や、ボルトの打ち付け具合を見てもどう有っても思い出すのはガンマ団である。
「し、失敗したのか……?」
シンタローはグンマ、キンタローを見る。微妙な表情を浮べ、考えあぐねている。そんな二人にシンタローは埒が明かないとばかりにその長い髪をグシャグシャと掻いた。
「とりあえず、ここは研究室じゃねーみてぇだな……とりあえず、研究室に行こうぜ。親父達だって心配するだろうしな」
「そ、そうだね!変な次元に飛んだんじゃないし、もう一度戻って位置計測しなおそう!」
いち早く立ち直ったシンタローが出口へと近づき、次いで復活したグンマがいまだ復活の兆しを見せないキンタローの腕を引き後に続いた。
******
扉を出て、最初に違和感に気がついたのはグンマだった。
「あれ………?」
「どうしたんだ、グンマ」
実は今の部屋を出てすぐの所に六段程度の低い階段があるのだが、その階段に少々、違和感を感じてしまった。いや、この場合は既視感、だろうか。
「………あれ?やっぱおかしいよ!」
グンマは出た扉を見直し、そうしてまた呟いた。
「だから、どうしたっつーんだ!!」
「あのね、あのね!このドア、古いんだよ、しかもすっごく!!」
ガンマ団は良く壊れる。主にガンマ団を率いる青の一族による眼魔砲が原因であるのだが………それ故にシンタローが新総帥となった際、扉を全て壊れにくい素材にしたのだ、が。
「これ、僕が研究室に入った頃のよりも古い扉だよぉ!」
指を差すそれは確かにどうみても鉄製の扉である。シンタローも自分が扉を付け替え忘れた、なんてことをするとも思えず、首を傾げる。
「確かにな………」
「それにね、それにね、この階段も変なんだよぉ!キンちゃん!!」
いまだ復活しないキンタローを引張り、グンマは階段に下から五段目へと顔を近づけさせる。勢いあまって階段に頭をぶつけたが、興奮気味のグンマは気付かない。
「痛いぞ、グンマ………ん?この痕は……」
涙目で額を摩るキンタローも何かを発見したようで、その階段を凝視する。ついていけないシンタローは首を傾げるのみだ。
「お前等、意味わかんねーぞ」
「……これ、これね、この痕。この痕ってさ、研究所の傍にも階段ってあるでしょ?そこと同じ痕なの!」
「痕、たって似たようなもんばっかだろ………」
「それは違うぞ、シンタロー。この模様。どう見てもファンシーヤンキーランドの例のアレのシルエットにそっくりなんだ」
そう言われシンタローもその痕を覗き込む。何かで溶かしたような奇妙な痕、確かに例のシルエットにしか見えない。
「………ん?……どういうことだぁ……?」
かなり古い扉、研究室傍の階段と同じ痕を持つ、どう見ても倉庫にしか見えない別室の痕。
そしてなによりもワームホールと言う次元の狭間を通ってきた自分達。
「……ここは………過去の世界か……?」
シンタローの口から出た言葉に、否定できる人間は居なかった。
******
今日は珍しく全員が揃っての食事を取ることとなった。父の凱旋、無事の帰りを感謝しながらマジックは料理を作る。
料理の隠し味が愛情、だなんて良く言ったものだな、と思いながら父の好きだと言っていた料理を作る。
時は同じくして双子の弟の誕生日を一週間ほど過ぎたこともあり、誕生会を含め行うこととなった。
常ならばシェフを呼んだりと手を凝らすのだが、今回は急の凱旋であり、もとから二人の弟からリクエストの有った家庭の味、ともあり、マジックは一人昨夜から下ごしらえをしていた。
父はまだ総帥室で執務の最中であろう。帰ってくるのは早くて八時だと聞いていた。双子は今から夜更かしをするために昼寝を慣行し、もう一人の弟はフェンシングの試合で父の為に勝利を勝ち取ってくると息巻いていた。
平和な、平和な日常だった。
そう、父の来客がマジックの心を乱すまでは……
******
三人は倉庫へと戻り作戦会議を開いていた。どうにも先程シンタローの口から出た言葉を否定できなくなったからだ。
どうやらここは後に研究室なる区画の一室のようで、言われて見れば後の研究室にも見たことがあるような傷が幾つも発見できた。
とりあえず隠れることも出来、人が来ることも少なそうなここで作戦を立てる、と言うことになったらしい。
「………いつの時代かは分からないが、とりあえず上の階に行くか?」
「………でもよぉーこれって殺し屋時代のガンマ団だろ?下手に見つかってぶっ殺されたらどうするんだ」
「………こ、こわいよぉ!!」
三人は三様の表情を浮べ、腕を組んだ。とりあえず殺される、に関しては無いだろう。
腐っても今はガンマ団新総帥、過去にもガンマ団No.1を名乗るほどだったシンタローが敵わない、と言うことはない。
いざとなれば眼魔砲を放つことも出来るだろうが……
「……悩んでいても仕方が無い。どうせ食料がないんだ、どうにかして食事にありつくことが先決だろう」
キンタローの意見は正しかった。
倉庫はあくまで武器保管庫であり、食糧貯蔵庫ではない、出発から二十四時間後に予定している定時連絡が向こうから無い限り、こちら側から強制的に元居たところへと戻ることも出来ない。
無論、24時間くらいであれば食事を我慢することなど造作もないが、何よりも強く感じる興味があった。
シンタローが感じているかは定かではないが、キンタロー、グンマは先程から秘石眼のある目が疼いていた。何処か懐かしい、むずがゆい感覚が。
好奇心が猫を殺す、とは言うが、研究者たる二人は好奇心を元より抑える事に向いては居なかった。
そして、シンタローも同様に何か思うところがあるようだ。要するに、誰かが一歩足を出せば、皆行くという心境であるのだ。
「そうだな、よし、いっちょ行ってみっか。制服は昔のアルバム見た感じ発足当時からほとんど変わってねぇみてぇだし………誤魔化せるだろ」
そういって立ち上がったのは、やはりシンタローだった。そして後にキンタロー、遅れまいとグンマが立ち上がる。
「じゃ、冒険に行きますか」
「おう」
「おー!」
02:VESPERA (07.12.01)
ガンマ団本部の構造はほぼ、シンタローの居る世界と変わりが無かった。
多少配置が違う、であるとか、移動がある、と言っただけで基本的には変わりは無い。
記憶を頼りにやってきたのはガンマ団の食堂のようなところである。
一斉に視線がシンタローの後ろ、グンマの隣であるキンタローに集まる。
何も金髪碧眼が珍しいわけではない、ただ、その姿がどうにも総帥一族であり、次男のルーザーと酷似していた為に皆が見つめてきたのである。
そして、そんなことを全く知らず、常より視線を集めまくっている三人は全く意に介さずに食堂を堂々とした様子で歩いていた。
シンタローを前に、その悠々とした歩きは支配者然としており、名も知らぬ一般兵は同じ下っ端だとは思えずただ目を丸くしていた。
そして、何よりもそんな雰囲気の似た二人とは全く別種の金色の長い髪の、男。
どう見ても兵士とは思えないその見た目に、一般兵達はただ首を傾げるのみだった。
「良かったねぇ、別世界のパラレルぅ~とかで皆性別逆転とかしてなくって!」
そもそも過去の世界とは今だって決まっていない。
なんとなく、そんな気がするだけで決定打がないのだから、仕方がないが……
そしてグンマの言葉に、シンタロー、キンタローの両名は目を丸くしていた。
確かに、そんな可能性だってあるのだ、迂闊に動くべきではなかったかもしれない……
「つーか、とりあえず誰かに今が何年か聞かなきゃなんねーんじゃね?」
グンマの一言で動揺した様子など微塵も出さず、シンタローは小声でキンタローに話し掛ける。
小さく顔を上下に動かし、同意を表したキンタローは、手近なところで自分を見つめていた少年兵へと声を掛けた。
声を掛けられた少年兵は、よもや自分に話しかけるとは思っても見なかったのだろう、きょろきょろと辺りを見渡し助けを求めるように視線を彷徨わせたが、誰も彼を助けてはくれず、観念したようにキンタローを見上げる。
「今は、何年何月の何日だ?」
******
「約40年前の世界、と言うことになるわけか………」
あまり美味しくはない食事を喉に通し、シンタローは唸る様に声を上げる。
先程の少年兵の話に寄れば、今より大体40年程前であり、現総帥はマジックではなくその父の世代であるらしい。
「……ここが、別次元の平行世界でなければ、の話だがな」
唸るシンタローと同様に、眉間に深いし皺を寄せたキンタローも更に唸り、応える。そ
んな彼の食器はもう空で、グンマはそういえばあのアフラ○ク一号が完成するまでの間、あまり食事をしなかったな、と思い至った。
グンマ自身の食器ももう空に近く、元来甘党であり、しかも好き嫌いの多い彼も、自分は随分と空腹だったのだな、と他人事のように手にしたスプーンを眺めた。
「………あの、さ、シンちゃん、キンちゃん……」
スプーンを眺める内に、グンマはあることに気がついたのだ。
コレはもしかしたら、喜ばしいアクシデントかもしれない、と。
「どうしたんだ、グンマ」
「食えねぇのがあるんならさっさと入れろ、冷める」
「ち、違うよぉ!全部食べられるってば!」
最後に残っていたスープに浮んだ野菜をシンタローは箸で差し、そう突っ込んだが、どうやらそういう内容ではないらしい。
神妙な面持ちでグンマは口を開いた。
「あのさ、もしかして、だよ、もしかして……キンちゃんのお父さん……ルーザーさんとか、居るんじゃ、ないかな……」
「!!」
グンマの台詞に反応を見せたのは、キンタローだった。
もしここが40年程前の世界と仮定するならば、マジックの年齢で言えば約12~13だろう。
聞いた話では、キンタローの父であるルーザーの死亡年齢が23歳である。
今はそれの約10年前、確実に生きている。ただ、少年ではあるが。
「つーか、つーかさ……俺達のじいさんにも会えるわけ、だよな」
シンタローは慎重に言葉を発している。過去かも知れない、そう思っていた時から長い間考えていたことだ。
じいさん……つまりマジックやルーザーの父親、と言うわけだが、この人は親達が幼い頃に亡くなった、と聞いていた。
会った事は勿論、ない。
とても強く勇敢で優秀な人だった、と聞く。会ってみたい、話してみたい。シンタローは願っていた。
この時、これからのことは決まったも同然だった。
時はものすごくタイミング良く、総帥がガンマ団本部で休んでいる、と言う情報を得たのだ。
******
眠れる獅子を起こすな、これは恐怖からではない。秘書課では当然と言える位、守られてきた掟だ。
彼はとても部下に好かれる男であり、彼もまた、部下を愛していた。
シンタロー、キンタロー、グンマの三人は、慣れた足つきでガンマ団の中枢へと向かっている。
旧セキュリティを破ることは現ガンマ団の頭脳である二人には造作もないことであり、また、ある程度であればわざわざ危険を冒し破る必要は全くないのも本当だった。
ガンマ団中枢は、基本的に青の一族しか入ることは許されていない。それ故、セキュリティも分かりやすく単純、かつ簡単には破られないものを使用している。
現ガンマ団において、シンタローが総帥となったときは全てを取り替えたが、昔のガンマ団は一つのセキュリティを採用していた。
『秘石眼による施錠、及び開錠』である。
秘石眼と言うのは特殊な虹彩パターンを有しており、一見して青に見えるそれだが正確には違う。
そうした特性を生かしたセキュリティがガンマ団には施されており、中枢に近づけば近づく程プラスアルファで他のセキュリティが付随されていく。
今回目指すのは中枢も中枢なのだが、先に述べたようにある程度はグンマ、キンタローの目でどうにかなり、何かが付随する度にシンタローが資料として読んだセキュリティの知識で開けていったのである。
「……シンちゃんってさ、良く覚えてるよねぇ、昔のパスワードとかなんて」
「んー……総帥になる前に読んだんだよ。なんでも、な」
元より記憶力は良い方であるシンタローは、一時期がむしゃらに知識を詰めていっていた。
それはガンマ団を任されることへの責任感であるだとか、重責であるだとか、父親に負けたくないと言うプライドであるだとか、複雑な思いがあってのことだった。
「さてと……次がいよいよ最後の扉だ………」
ここはガンマ団最上階。たった一つの部屋を守るために作られたような内部構造の終着点である。
扉の前に立つ、頑強な扉は戦車が来たところでビクともしなさそうな程に、冷たく重い印象をシンタローたちに与える。
だがしかし、扉には何か特別な施しはされていないようで、目立ったセキュリティシステムもないようだ。
いや、そればかりではない。今まで扉に絶対ついていた虹彩認証システムすら、ないのである。
何か特別な事が必要なのだろう。ここまで来たと言うのに八方塞がりである。
どうしたものかと扉をじぃ、と眺めたところで解決の糸口は見えてこなかった。
「はぁ……俺の時代にゃこんな部屋、無かったなぁ……」
シンタローの時代、未来のこのガンマ団最上階は和室が広がっていた。
どうやら、マジックの趣味であるらしい。
また大きく溜息を吐き、シンタローはその扉に凭れ掛かった。
……かに見えたのだが。
「あぁ!?」
シンタローが扉に凭れた瞬間、シンタローの体が扉にめり込んだ。咄嗟に動いたのはキンタローで、その後を追うようにグンマ。
キンタローがシンタローの腕を掴むが、勢いは止まらず、倒れそうになるキンタローの襟をグンマが掴むが、力を込めるわけにもいかず、そのまま倒れてしまった。
******
「……こ、このドア、ホログラムだったのぉ~?」
シンタローの上に、キンタロー、その上にグンマと折り重なった状態で、グンマは扉を振り向きそう叫んだ。
重厚そうに見えた扉は、ホログラムでありそこに扉なんて存在しなかったのである。
だから当然、セキュリティシステムなんてものも付属されていなかったのである。
「……な、なんという事だ……すぐに気がつかなかったなんて……っく……あそこまで完璧な扉を再現するとは……」
悔しそうに扉を見つめ、拳を固めるキンタロー。余程悔しかったのか恨みがましい視線を送っている。
「てめぇらぁ………」
一番したで仰向けに転がり、お腹の上に二人分の体重を感じているシンタローは何時怒ろうかとタイミングを探っていた。
今すぐどけば、拳骨一発で済ましてやらないこともない。
そう考えながら。
「……騒々しいな、お前達は、誰だ」
失念していた。
大事な場面で抜けているのは何故なのか。
高い位置に見える窓から、夕日が落ちていくのが見えた。
[01:AUTHENTIC] <<< BACK + NEXT >>> [03:LENTO]
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事の始まりは、コタローを探す為の装置を作ったことにあった。
「シンタロー!ついに出来たぞ、俺が開発した、いいか、この俺が開発したこのアヒル印のアフラ○ク一号を使えば、パプワ島とやらにひとっとびだ!」
「おうこら、なんだそのファンシーな飴玉は。そんなん使ってどうやって、飛ぼうって言うんだ?ファンシーランドにか」
「シンちゃん、その前に一号なのに飴玉っていうのにはつっこまないのかい?」
ここはガンマ団本部にある研究室、帰ってきたキンタローと、グンマが泊り込み作り上げたのが前述したアフラ○ク一号である。
原理は長い説明に飽きたシンタローがちゃんと聞かなかった為不明ではあるが、ワームホールを生身で通ることが出来る、と言うことらしい。
しかもこのアフラ○ク一号を使えばいちいち海に飛び込まなくても良い上に、体内に飴玉の効力が残る時間は向こうで過ごせる、と言うもののようだ。
「おとーさま!シンちゃん、すごいでしょー?僕、がんばっちゃったぁ~」
少々疲れた風ではあるが、グンマは嬉しそうに報告をする。それを見てマジックは爆発のこげ後の残る金の髪を優しく撫で、有難うと呟いた。
この二人、当初に比べ親子である、と言う認識が生まれたのか、中々上手くやっているのだな、とシンタローは感慨深げにこっそりと頷いた。
「えへへっ!」
「で、この飴玉舐めたらそっこーで行けんのかよ?」
「いや、そういうわけではない。流石に飴玉はワームホールで体を持たすため、そして帰る為に使うだけでそれだけでは行けない」
そう言いながらまたごそごそと後ろから取り出したのは、ガンマ団の制服に良く似た青い服、少し違うのは襟元にこれまたアヒルのマークがあることぐらいだろうか。
「なんだ、これは?」
「これはねー、簡単に言うとワームホールを発生させる装置で、えーとね、それで、タイムマシンみたいなものかなー」
「時間は移動しないぞ、グンマ。……シンタローいいか、これはだな、二人以上の人員を必要としている。海に飛び込むと言うのは、飛空艇を使ったとしても危ないものは危ない。それに大きい上に人員も必要になる。先程の893国を片付け多少は暇になったとは言え、今忙しいガンマ団を大人数空けるのは少々問題があるだろう」
更に紙を取り出し説明を開始する。のらりくらりとしたボールペンが壊滅的な渦を書くのを見え、説明を聞くに、どうやらこれは海上に出現した渦潮のようだ。
渦潮の大きさから、飛空挺が通れる程の大きさが現れる時間を計算して、速くとも三ヶ月近くは掛かる、と言うことらしく、シンタローが待てるとも思えない為に今回の単独スーツを作ったようだ。
そういう意味では前回グンマが作ったものでも問題は無いが、渦潮に単独で飛び込ませるという行為は、総帥であるシンタローにさせることが出来る筈もなく、陸上、このガンマ団にワームホールを作ってしまおう、と言うことらしい。
方法としては飴玉を口に含んだ状態でアヒル印の制服に身を包んだ二人以上の人員が手を繋ぎ、ワームホールを発生させ、あとは先に伊達集が通った道を通る、と言うものである。
隊服に身を包んだ人間に何かが起こる場合も視野に入れ、随時この研究室に心音や健康状態などの情報が送られるようになっている。
もしもの際は強制的に此方側へ引き戻すことが可能となっているなど、至れり尽くせりである。
「制服にしちゃったのはねー、手近な服がそれしかなくって……本当はアヒルの着ぐるみにするつもりだったんだぁ、ごめんね?」
「いや、制服でいい。いや、制服がいい」
研究室の傍らに置いてあるアヒルスーツを視界に入れないようにして、シンタローは早速説明を受けだした。
「早速、行って見ようぜ」
「シンちゃん!パパも行くよ!」
今まで黙っていたマジックがシンタローに声を掛ける、多少は自分の責任だと思っているようで、勢い込んでいるマジックにシンタローは首を振った。
「いや、親父はここで残っててくれ。もし、俺に何かあったときは親父がガンマ団を運営してくれよな?」
何か、が何とは言わないがこの作戦が必ずしも成功するとは限らないことをシンタローは言っているのだろう。
普段は自信満々なキンタローですら、その言葉を否定しない。
「シ、シンちゃん………」
「あ、別に俺は死ぬだなんて思っちゃいねーぞ。キンタローやグンマが作ったやつなんだ、大丈夫だろ、それに………コタローが親父見たら逃げるかもしんねーしな」
心配そうな表情を浮かべるマジックを不機嫌そうに見て、シンタローは口を開く。最後は表情を和らげ、からかうような雰囲気ですら、ある。
「シンちゃんってばー、素直じゃないんだから」
「そうだな」
そんなシンタローを見て柔らかな表情を浮かべる二人と、シンタローの心情を汲み取ることが出来たマジックは、力強く頷いた。
「分かった、ガンマ団はパパに任せて、しっかりとコタローを向かえに行ってきなさい。…………ちゃんと、帰って来るんだよ?」
「おう、コタロー連れて帰ってきてやるよ、親父」
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「つーかよぉ、なんでお前まで来るんだよ、グンマ」
「え、だって僕もコタローちゃん迎えに行きたいし……」
「仲間外れは関心しないぞ、シンタロー」
アヒル印の制服に身を包んだ三人が向かい合い話しをする。シンタローはキンタローと二人で行くものだと思っていたものだからグンマの参加に驚いていた。
「嫌は訳じゃねーけどよ、計測器の点検とかどーすんだよ」
「それは心配要らないよー。研究室には優秀な人たちが集まってるからね!」
親指を立て、自信有り気な表情で研究室を見守る。そもそも計測器云々に関してはグンマは元々ノータッチである。
「………はぁ……ま、いーか、俺達四人が従兄弟で兄弟だもんな」
数秒考えたシンタローはコタローと会ったときを嬉しそうに話すグンマを思い出し、考えを改めたようで、諦めて仕方がない、と言った風体でグンマの同行を許可していた。
「ほら、飴玉だ。手を繋いだらすぐにワームホールが発生する。後は団員が頑張ってくれるだろう」
「分かった。………じゃ、親父、行ってくるよ」
シンタローは少し離れた位置で不安そうに立っているマジックに声を掛けた。そして、手を繋ぐ。
ブゥン、と言う羽音の様な物が耳元で聞こえ、内臓を引っ張られるような感覚が一瞬襲う。
口の中のピーチ味が妙に濃く感じるな、と思いながら浮遊感に身を包んだ。
「シンちゃん!待っているからね!シンちゃんの好きなカレーを作って、だから無事に帰って来るんだよ……」
最後に何時もとは違う真剣味を帯びたマジックの声が聞こえ、聞こえなくなったと思ったときには、意識を失っていた。
01:AUTHENTIC (07.11.28)
耳元の不快な羽音が消え、エレベーターに乗った際に感じる重力も消えた頃、一瞬だけ失っていた意識は回復した。
「……キンタロー……?グンマ……?」
シンタローが瞼を開ける。そこは見慣れたような、見慣れないようは不思議な場所だった。
「シ、シンちゃぁん……ここ、どこぉ?」
辺りを見渡す、ダンボールが山と詰まれ、その側面にはぞんざいにサインペンで書かれた危険な文字が見て取れる。
「……パプワ島、と言うところにはダイナマイトが詰まれた部屋があるのか?」
無論、そんな物はない。弾薬なんていう血生臭いものが最も似合わないと行っても良いところだろう。
「ここは……………ガンマ、団……?」
壁の色や、ボルトの打ち付け具合を見てもどう有っても思い出すのはガンマ団である。
「し、失敗したのか……?」
シンタローはグンマ、キンタローを見る。微妙な表情を浮べ、考えあぐねている。そんな二人にシンタローは埒が明かないとばかりにその長い髪をグシャグシャと掻いた。
「とりあえず、ここは研究室じゃねーみてぇだな……とりあえず、研究室に行こうぜ。親父達だって心配するだろうしな」
「そ、そうだね!変な次元に飛んだんじゃないし、もう一度戻って位置計測しなおそう!」
いち早く立ち直ったシンタローが出口へと近づき、次いで復活したグンマがいまだ復活の兆しを見せないキンタローの腕を引き後に続いた。
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扉を出て、最初に違和感に気がついたのはグンマだった。
「あれ………?」
「どうしたんだ、グンマ」
実は今の部屋を出てすぐの所に六段程度の低い階段があるのだが、その階段に少々、違和感を感じてしまった。いや、この場合は既視感、だろうか。
「………あれ?やっぱおかしいよ!」
グンマは出た扉を見直し、そうしてまた呟いた。
「だから、どうしたっつーんだ!!」
「あのね、あのね!このドア、古いんだよ、しかもすっごく!!」
ガンマ団は良く壊れる。主にガンマ団を率いる青の一族による眼魔砲が原因であるのだが………それ故にシンタローが新総帥となった際、扉を全て壊れにくい素材にしたのだ、が。
「これ、僕が研究室に入った頃のよりも古い扉だよぉ!」
指を差すそれは確かにどうみても鉄製の扉である。シンタローも自分が扉を付け替え忘れた、なんてことをするとも思えず、首を傾げる。
「確かにな………」
「それにね、それにね、この階段も変なんだよぉ!キンちゃん!!」
いまだ復活しないキンタローを引張り、グンマは階段に下から五段目へと顔を近づけさせる。勢いあまって階段に頭をぶつけたが、興奮気味のグンマは気付かない。
「痛いぞ、グンマ………ん?この痕は……」
涙目で額を摩るキンタローも何かを発見したようで、その階段を凝視する。ついていけないシンタローは首を傾げるのみだ。
「お前等、意味わかんねーぞ」
「……これ、これね、この痕。この痕ってさ、研究所の傍にも階段ってあるでしょ?そこと同じ痕なの!」
「痕、たって似たようなもんばっかだろ………」
「それは違うぞ、シンタロー。この模様。どう見てもファンシーヤンキーランドの例のアレのシルエットにそっくりなんだ」
そう言われシンタローもその痕を覗き込む。何かで溶かしたような奇妙な痕、確かに例のシルエットにしか見えない。
「………ん?……どういうことだぁ……?」
かなり古い扉、研究室傍の階段と同じ痕を持つ、どう見ても倉庫にしか見えない別室の痕。
そしてなによりもワームホールと言う次元の狭間を通ってきた自分達。
「……ここは………過去の世界か……?」
シンタローの口から出た言葉に、否定できる人間は居なかった。
******
今日は珍しく全員が揃っての食事を取ることとなった。父の凱旋、無事の帰りを感謝しながらマジックは料理を作る。
料理の隠し味が愛情、だなんて良く言ったものだな、と思いながら父の好きだと言っていた料理を作る。
時は同じくして双子の弟の誕生日を一週間ほど過ぎたこともあり、誕生会を含め行うこととなった。
常ならばシェフを呼んだりと手を凝らすのだが、今回は急の凱旋であり、もとから二人の弟からリクエストの有った家庭の味、ともあり、マジックは一人昨夜から下ごしらえをしていた。
父はまだ総帥室で執務の最中であろう。帰ってくるのは早くて八時だと聞いていた。双子は今から夜更かしをするために昼寝を慣行し、もう一人の弟はフェンシングの試合で父の為に勝利を勝ち取ってくると息巻いていた。
平和な、平和な日常だった。
そう、父の来客がマジックの心を乱すまでは……
******
三人は倉庫へと戻り作戦会議を開いていた。どうにも先程シンタローの口から出た言葉を否定できなくなったからだ。
どうやらここは後に研究室なる区画の一室のようで、言われて見れば後の研究室にも見たことがあるような傷が幾つも発見できた。
とりあえず隠れることも出来、人が来ることも少なそうなここで作戦を立てる、と言うことになったらしい。
「………いつの時代かは分からないが、とりあえず上の階に行くか?」
「………でもよぉーこれって殺し屋時代のガンマ団だろ?下手に見つかってぶっ殺されたらどうするんだ」
「………こ、こわいよぉ!!」
三人は三様の表情を浮べ、腕を組んだ。とりあえず殺される、に関しては無いだろう。
腐っても今はガンマ団新総帥、過去にもガンマ団No.1を名乗るほどだったシンタローが敵わない、と言うことはない。
いざとなれば眼魔砲を放つことも出来るだろうが……
「……悩んでいても仕方が無い。どうせ食料がないんだ、どうにかして食事にありつくことが先決だろう」
キンタローの意見は正しかった。
倉庫はあくまで武器保管庫であり、食糧貯蔵庫ではない、出発から二十四時間後に予定している定時連絡が向こうから無い限り、こちら側から強制的に元居たところへと戻ることも出来ない。
無論、24時間くらいであれば食事を我慢することなど造作もないが、何よりも強く感じる興味があった。
シンタローが感じているかは定かではないが、キンタロー、グンマは先程から秘石眼のある目が疼いていた。何処か懐かしい、むずがゆい感覚が。
好奇心が猫を殺す、とは言うが、研究者たる二人は好奇心を元より抑える事に向いては居なかった。
そして、シンタローも同様に何か思うところがあるようだ。要するに、誰かが一歩足を出せば、皆行くという心境であるのだ。
「そうだな、よし、いっちょ行ってみっか。制服は昔のアルバム見た感じ発足当時からほとんど変わってねぇみてぇだし………誤魔化せるだろ」
そういって立ち上がったのは、やはりシンタローだった。そして後にキンタロー、遅れまいとグンマが立ち上がる。
「じゃ、冒険に行きますか」
「おう」
「おー!」
02:VESPERA (07.12.01)
ガンマ団本部の構造はほぼ、シンタローの居る世界と変わりが無かった。
多少配置が違う、であるとか、移動がある、と言っただけで基本的には変わりは無い。
記憶を頼りにやってきたのはガンマ団の食堂のようなところである。
一斉に視線がシンタローの後ろ、グンマの隣であるキンタローに集まる。
何も金髪碧眼が珍しいわけではない、ただ、その姿がどうにも総帥一族であり、次男のルーザーと酷似していた為に皆が見つめてきたのである。
そして、そんなことを全く知らず、常より視線を集めまくっている三人は全く意に介さずに食堂を堂々とした様子で歩いていた。
シンタローを前に、その悠々とした歩きは支配者然としており、名も知らぬ一般兵は同じ下っ端だとは思えずただ目を丸くしていた。
そして、何よりもそんな雰囲気の似た二人とは全く別種の金色の長い髪の、男。
どう見ても兵士とは思えないその見た目に、一般兵達はただ首を傾げるのみだった。
「良かったねぇ、別世界のパラレルぅ~とかで皆性別逆転とかしてなくって!」
そもそも過去の世界とは今だって決まっていない。
なんとなく、そんな気がするだけで決定打がないのだから、仕方がないが……
そしてグンマの言葉に、シンタロー、キンタローの両名は目を丸くしていた。
確かに、そんな可能性だってあるのだ、迂闊に動くべきではなかったかもしれない……
「つーか、とりあえず誰かに今が何年か聞かなきゃなんねーんじゃね?」
グンマの一言で動揺した様子など微塵も出さず、シンタローは小声でキンタローに話し掛ける。
小さく顔を上下に動かし、同意を表したキンタローは、手近なところで自分を見つめていた少年兵へと声を掛けた。
声を掛けられた少年兵は、よもや自分に話しかけるとは思っても見なかったのだろう、きょろきょろと辺りを見渡し助けを求めるように視線を彷徨わせたが、誰も彼を助けてはくれず、観念したようにキンタローを見上げる。
「今は、何年何月の何日だ?」
******
「約40年前の世界、と言うことになるわけか………」
あまり美味しくはない食事を喉に通し、シンタローは唸る様に声を上げる。
先程の少年兵の話に寄れば、今より大体40年程前であり、現総帥はマジックではなくその父の世代であるらしい。
「……ここが、別次元の平行世界でなければ、の話だがな」
唸るシンタローと同様に、眉間に深いし皺を寄せたキンタローも更に唸り、応える。そ
んな彼の食器はもう空で、グンマはそういえばあのアフラ○ク一号が完成するまでの間、あまり食事をしなかったな、と思い至った。
グンマ自身の食器ももう空に近く、元来甘党であり、しかも好き嫌いの多い彼も、自分は随分と空腹だったのだな、と他人事のように手にしたスプーンを眺めた。
「………あの、さ、シンちゃん、キンちゃん……」
スプーンを眺める内に、グンマはあることに気がついたのだ。
コレはもしかしたら、喜ばしいアクシデントかもしれない、と。
「どうしたんだ、グンマ」
「食えねぇのがあるんならさっさと入れろ、冷める」
「ち、違うよぉ!全部食べられるってば!」
最後に残っていたスープに浮んだ野菜をシンタローは箸で差し、そう突っ込んだが、どうやらそういう内容ではないらしい。
神妙な面持ちでグンマは口を開いた。
「あのさ、もしかして、だよ、もしかして……キンちゃんのお父さん……ルーザーさんとか、居るんじゃ、ないかな……」
「!!」
グンマの台詞に反応を見せたのは、キンタローだった。
もしここが40年程前の世界と仮定するならば、マジックの年齢で言えば約12~13だろう。
聞いた話では、キンタローの父であるルーザーの死亡年齢が23歳である。
今はそれの約10年前、確実に生きている。ただ、少年ではあるが。
「つーか、つーかさ……俺達のじいさんにも会えるわけ、だよな」
シンタローは慎重に言葉を発している。過去かも知れない、そう思っていた時から長い間考えていたことだ。
じいさん……つまりマジックやルーザーの父親、と言うわけだが、この人は親達が幼い頃に亡くなった、と聞いていた。
会った事は勿論、ない。
とても強く勇敢で優秀な人だった、と聞く。会ってみたい、話してみたい。シンタローは願っていた。
この時、これからのことは決まったも同然だった。
時はものすごくタイミング良く、総帥がガンマ団本部で休んでいる、と言う情報を得たのだ。
******
眠れる獅子を起こすな、これは恐怖からではない。秘書課では当然と言える位、守られてきた掟だ。
彼はとても部下に好かれる男であり、彼もまた、部下を愛していた。
シンタロー、キンタロー、グンマの三人は、慣れた足つきでガンマ団の中枢へと向かっている。
旧セキュリティを破ることは現ガンマ団の頭脳である二人には造作もないことであり、また、ある程度であればわざわざ危険を冒し破る必要は全くないのも本当だった。
ガンマ団中枢は、基本的に青の一族しか入ることは許されていない。それ故、セキュリティも分かりやすく単純、かつ簡単には破られないものを使用している。
現ガンマ団において、シンタローが総帥となったときは全てを取り替えたが、昔のガンマ団は一つのセキュリティを採用していた。
『秘石眼による施錠、及び開錠』である。
秘石眼と言うのは特殊な虹彩パターンを有しており、一見して青に見えるそれだが正確には違う。
そうした特性を生かしたセキュリティがガンマ団には施されており、中枢に近づけば近づく程プラスアルファで他のセキュリティが付随されていく。
今回目指すのは中枢も中枢なのだが、先に述べたようにある程度はグンマ、キンタローの目でどうにかなり、何かが付随する度にシンタローが資料として読んだセキュリティの知識で開けていったのである。
「……シンちゃんってさ、良く覚えてるよねぇ、昔のパスワードとかなんて」
「んー……総帥になる前に読んだんだよ。なんでも、な」
元より記憶力は良い方であるシンタローは、一時期がむしゃらに知識を詰めていっていた。
それはガンマ団を任されることへの責任感であるだとか、重責であるだとか、父親に負けたくないと言うプライドであるだとか、複雑な思いがあってのことだった。
「さてと……次がいよいよ最後の扉だ………」
ここはガンマ団最上階。たった一つの部屋を守るために作られたような内部構造の終着点である。
扉の前に立つ、頑強な扉は戦車が来たところでビクともしなさそうな程に、冷たく重い印象をシンタローたちに与える。
だがしかし、扉には何か特別な施しはされていないようで、目立ったセキュリティシステムもないようだ。
いや、そればかりではない。今まで扉に絶対ついていた虹彩認証システムすら、ないのである。
何か特別な事が必要なのだろう。ここまで来たと言うのに八方塞がりである。
どうしたものかと扉をじぃ、と眺めたところで解決の糸口は見えてこなかった。
「はぁ……俺の時代にゃこんな部屋、無かったなぁ……」
シンタローの時代、未来のこのガンマ団最上階は和室が広がっていた。
どうやら、マジックの趣味であるらしい。
また大きく溜息を吐き、シンタローはその扉に凭れ掛かった。
……かに見えたのだが。
「あぁ!?」
シンタローが扉に凭れた瞬間、シンタローの体が扉にめり込んだ。咄嗟に動いたのはキンタローで、その後を追うようにグンマ。
キンタローがシンタローの腕を掴むが、勢いは止まらず、倒れそうになるキンタローの襟をグンマが掴むが、力を込めるわけにもいかず、そのまま倒れてしまった。
******
「……こ、このドア、ホログラムだったのぉ~?」
シンタローの上に、キンタロー、その上にグンマと折り重なった状態で、グンマは扉を振り向きそう叫んだ。
重厚そうに見えた扉は、ホログラムでありそこに扉なんて存在しなかったのである。
だから当然、セキュリティシステムなんてものも付属されていなかったのである。
「……な、なんという事だ……すぐに気がつかなかったなんて……っく……あそこまで完璧な扉を再現するとは……」
悔しそうに扉を見つめ、拳を固めるキンタロー。余程悔しかったのか恨みがましい視線を送っている。
「てめぇらぁ………」
一番したで仰向けに転がり、お腹の上に二人分の体重を感じているシンタローは何時怒ろうかとタイミングを探っていた。
今すぐどけば、拳骨一発で済ましてやらないこともない。
そう考えながら。
「……騒々しいな、お前達は、誰だ」
失念していた。
大事な場面で抜けているのは何故なのか。
高い位置に見える窓から、夕日が落ちていくのが見えた。
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