忍者ブログ
* admin *
[1484]  [1483]  [1482]  [1481]  [1480]  [1479]  [1478]  [1477]  [1476]  [1475]  [1474
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

pa2

 「暑っちい…」
 シンタローは、こめかみを伝う汗を腕でぬぐった。
 寺といえば谷中や上野、という人宿のことばに背を押され、谷中の寺をまわってはみたものの売り上げはいまのところわずかであった。
 (高く売りつけろっつーてもよ、限度があんダロ?せめて、菓子とかだったらな…。パプワとチャッピーに持って帰ってやれんのに)
 重箱に入っている線香もろうそくもあまり上等な品ではない。シンタローなりに値段を上乗せしてはみたが特別わりのいい商売とも思えなかった。
 (人宿の野郎、何であんなに喜んでやがったんだ?)
 油断も隙もない老人が嬉しがっている時は、十中八九ろくでもないことである場合が多い。そして、人宿だけではなく寺で応対に出てきた坊主どもの態度も気になった。ある僧など線香とろうそくを買ってくれたはいいが、シンタローをジロジロとみて、
 「あと十ほど若かったら…」
 などと溜め息を吐くのである。なんとはなしに気に食わず、坊主を睨み返すと怯えたようにあわてて顔をそむけてしまったが。


 日も高くなり土の道には陽炎がたちのぼっている。昼時でもあったので寺を辞し、シンタローは不忍池のほとりで休むこととした。炎天下、あたりに人の姿は見あたらない。
 柳の木の根元に座ると、茂った葉が影を落とし池の上を吹きわたる風が涼しかった。
 シンタローが目を閉じ木の幹にもたれると、不意に、
 「あんさん、売れまへんやろ?」
 と、底意地の悪そうな男の声がした。


 目を開けると、眼前にはいつのまにか男が座っていた。頭には黒布の兜布をかぶり、結袈裟や鈴懸を身につけている姿をみるとどうやら山伏らしい。傍らには、金剛杖と木でできた笈、何やら丸みを帯びた凸凹のある黒い襤褸袋がおいてあった。
 気配が感じ取れなかったことに驚き、少し警戒しつつ、シンタローが
 「何だてめぇ?」
 と問うと、男はニヤニヤしながら、
 「見てのとおりどす。なんやけったいなころあいのもんがおるなぁ、と思いまして」
 そう、小馬鹿にしたように答えた。
 「……退け、邪魔だ」
 シンタローが睨みつけると、男はますます楽しげに身を乗り出し、
 「そら、寺の軟弱な坊主どもにはとうてい無理な話や。……そやなぁ、わてが買うたげてもよろしおますえ?」
 と云う。
 シンタローは、少し俯き思案した。男はどういうつもりかは知らないが、自分が困ったり怒ったりする様子を見て馬鹿にしたいのだろう、ということは容易に想像がついた。男を殴ることは簡単であったが、それぐらいでは腹立ちが収まりそうにない。
 (この野郎。カンペキおちょくってやがる上、買う気がねーの見えみえだな。でも超ムカつくし。…そうだ、この野郎に線香と蝋燭を押し付けて有り金全部を巻き上げてやるか?うん、まぁアリだナ!)
 シンタローは俯いたまま小さく笑んだ。そして、顔を上げると、
 「えっ、本当か?」
 と、とびきりの笑顔を見せた。もちろん作り笑顔であったが、男は予想外に動揺し、全く気づかなかったようすである。
 「いや、あの、あんさんなぁ、冗談にきまって…」
 「もちろん、男に二言はねーよナ?そこまで言うなら、オマエに買ってもらおうじゃねーか?」
 男は傍にあった笈をものすごい勢いで開くと、中から何かを掴みだした。
 (武器か…!?)
 シンタローは身構えたが、男は何故かそのまま柳の木の後ろに駆け込み、何かと会話しているようであった。時折、「トージ君っ、それはせっしょうな話どす~!」などという声が聞こえた。
 (何か、すげーキモイ野郎だよな…。関わりあいにならねー方がいいかも)
 シンタローがその場を離れようと立ち上がり、重箱を掴むと、ちょうど男が戻ってきた。手には木でできた人形らしきものを持っている。先程笈のなかから取り出したのは この人形のようであった。
 男はシンタローの全身を上から下まで見て、
 「買いますさかい」
 と云った。
 「え?やっぱ、別にいい。さっきの言葉にひっこみがつかなくなっただけなら、取り消してやっから。それにテメー、見たとこそんなに金も持ってねーダロ?」
 「馬鹿にせんといておくれやす」
 そう言って、男は懐から皮の小袋を取り出し、シンタローの方に放った。シンタローは片手で受け取ったが、ずしり、と重い。
 (小判か?)
 「それでも足りへんかったら、わての商談が終わってから払いますさかい。だから、買わせておくれやす」
 と、男は言った。さきほどまでとは様子が違ってからかうでもない。
 「まぁ、いいけどよ…」
 (とりあえず、ろうそくと線香をコイツに全部やればいいのか?)
 何が男の気持ちをひるがえしたものか、シンタローには皆目見当もつかなかったが、とりあえず地面に重箱を下ろし、しゃがんで線香とろうそくを包み始めた。
 男は、立ったままシンタローの後姿をじっとながめていた。
 「あんさん、名前なんていいますのん?わて、アラシヤマといいます」
 「シンタロー」
 「はぁ、シンタローはんいうんどすか。もしかしてシンタローはんは素人どすか?わてには長年この商売をしてはるお人のようには見えへんのやけど…」
 「素人とかそんなの関係ねーダロ?こちとら、生活のためにやってんだ」
 「―――何で、わてに買うてほしいって思わはったんどすか?」
 (買ってほしいんじゃなくて、テメーがムカついたから、とは言えねぇよナ。いまさら金返せとか言われたら困るし)
 「理由なんてどーでもいいだろ」
 「あっ、もしかするとひょっとして、運命を感じちゃったってアレどすか!わてもシンタローはんに会うたのは運命やと思いますえー!」
 「あっそう」
 シンタローは、三つめのろうそく包みをつくるのに必死でアラシヤマの言葉をほとんど聴いてなかった。少し傾斜のついた道の上ではろうそくは転がりやすく、包みにくい。
 「あの、早うしてもらえまへんか?」
 「ちょっと待て、くそっ、結構むずかしーナ」
 「待ちきれまへん。少々味見を」
 いつのまにか背後から近づいたアラシヤマがシンタローの腹に腕をまわし、首筋に顔をうずめるとシンタローの身体が兎のようにはねた。
 「……ああ、上玉どすな。トージ君のアドバイスに間違いはおまへん!わてはラッキーどすぅ~vvv」
 「何すんだこの変態野郎ッツ!!」
 腕をふりほどき、シンタローは立ち上がりざまアラシヤマを蹴飛ばした。そのままアラシヤマは土手の下に転げ落ちた。
 シンタローは顔を赤くして着物の袖で首をごしごしと拭った。
 「何すんだは、こっちの台詞どす!わては、あんさんの身を買うたんどすえ!?まだ抱いてもおへんのに、いきなり蹴り飛ばされるとはどないな話なんどすか!?」
 ほどなく、土手を這い上がってきたらしいアラシヤマが恨みがましげにそう言った。
 「身を買う!?何でテメェなんざに俺が身売りをしなきゃなんねーんだヨ!」
 「提重の格好で寺のまわりをうろついて、まさか線香とロウソクだけ商ってると思う阿呆はフツーおらへんやろ!?」
 「何だと?要するに俺がマヌケだって言いてーのか…!?」
 「―――あんさん、この際わてに素直に身を売る気はないんどすな?」
 「当たり前だ。フザケンナ!」
 「なら、しょうがおまへん…」
 アラシヤマは、シンタローの手首をつかむと、
 「わわわわわての目を見ておくれやす!」
 と言った。
 「何キモイこと言ってやがんだ?さわんなッ!」
 シンタローが手を振りほどき睨み返すと、アラシヤマは髪に隠れていない片目を見開いた。どうやら、驚いたようである。
 「あれ?何であんさん、わての暗示にかかりまへんの??」
 「―――死ね。眼魔砲ッツ!!」
 昼下がりの不忍池に、水音が響いた。



 ゆでた茄子を一口大に切りながら、シンタローは考え込んでいた。
 茄子はこのたび庭で採れたものである。
 (あの変態野郎の金は、なるべくなら使いたくはねーよナ………)
 かといって、当座は人宿の顔も見たくなかった。


 結局、線香売りのアルバイトのしだいは人宿にだまされたようなものであったので、眼魔砲を撃った後すぐにシンタローは古着屋に乗り込んだ。
 「騙しやがったな!?てめえッツ!!」
 帳面をつけていた人宿の胸倉を掴み上げると、シンタローよりも小柄な老人の体は宙ぶらりんに吊り下がった。しかし、特に怯える様子もなく
 「おや、首尾は上々、ではなかったのかね?シンさん」
 と、にやついていた。
 「上々なわけねーダロ!?手前のせいで、ろくでもねぇ目に…」
 「首筋が赤うなっとるが、それも関係しておるのかの?」
 思わずシンタローが人宿から手を離し首筋をおさえたすきに、老人はさっと身軽に逃げた。
 吊るされた古着の陰からシンタローの表情を見て、
 「おお、くわばらくわばら」
 そうのたまう人宿は、口ほどには怖がっているようでもない。
 「わしが、もう四十ほど若かったら、シンさんのようないきのいい若衆を買うてみたいものじゃがのう」
 じろり、と人宿を睨むと、シンタローは無言で着ていた小袖を脱いでまるめ、ホッホッと笑う人宿に投げつけた。
 「これこれ、シンさん。これは高級品じゃ、もっと丁寧に扱うてくだされ」
 あわてて小袖のシワをのばしている人宿を無視し、シンタローは黙々と自分の着物を身につけ刀を腰に佩いた。
 「シンさん、明日はまともな日雇いの口を用意しておくからの」
 との人宿の声を捨て置き、土間にあった木桶を思いっきり蹴飛ばしたシンタローは古着屋を出た。


 それが、昨日のことである。
 (―――しばらくは、自給自足でなんとかすっか。一応味噌もしょうゆもあるしナ)
 と、シンタローは息を吐いた。
 切った茄子を手早く串にさし、木べらで山椒入りの味噌をぬる。あとは網で香ばしく焼けば茄子の鴫焼きの一丁あがり、であった。流しに置かれた手桶の中には水がはってあり、笊にいれた素麺が冷やされている。シンタローは素麺を引き上げ、手際よく水気を切った。
 そろそろ庭で遊んでいるパプワやチャッピーを呼び戻そうかと思ったところ、突然庭の方から
 「うっわー!なっ、何だべさー!!」
 という悲鳴が聞こえ、その後ずるずると何かを引きずって子どもが家の中に入ってきた。
 どうしたんだ、と聞くまでもなく、子どもが引きずってきたものを見やると気絶しているのは顔見知りの武士であった。
 「シンタロー、蹴鞠をしていたらこいつに当たったゾ」
 頭痛の種がふえた気がしたが、シンタローは、
 「とりあえず、昼飯だ。そいつを部屋に放りこんだら、茄子を焼くのを手伝えヨ」
 と云った。
 
 
 「あら~、なかなかいい男じゃないの?」
 「いやーね、イトウちゃん。シンタロー様にはかなわないわヨ」
 「それもそうよね~!」
 「でも、ちょっと味見するぐらいならいいかも…v」
 「あっ、抜け駆けはズルイわヨ!?タンノちゃんッツ!!」
 「テメーら、たかるなッ!一応これでも客なんだからナ!眼魔砲ッツ!」
 眼魔砲を撃った衝撃からか、気絶していた武士はどうやら目覚めたようである。がばり、と身を起こし、
 「一体なんなんだべッツ!」
 と辺りを見まわして叫んだ。
 「アレ?ここは…」
 「よォ、久しぶりだナ!ミヤギ」
 「シンタロー!元気だったべかっ!」
 「まーな。あ、言っとくけど、お前の分の昼飯はねーから」
 「いや、昼飯は食ってきたから別にかまわんけんども…。これ、土産の羊羹だべ」
 ミヤギと呼ばれた武士は、傍らに置かれていた包みをシンタローの前に置いた。
 「すまねぇナ」
 包みを受け取ったシンタローは少し顔をほころばせた。
 「で、何の用だヨ?」
 「いや、ちょっとシンタローに頼みたいことがあるんだべ。それにしても、この家は薄気味の悪いところだなァ…。もしかしなくても化け物が住みついているんだべか?」
 ミヤギは、鯛と蝸牛のいる場所になんとはなしに胡乱な視線を向けた。
 「化け物!?」
 「なによもうッ、失礼な男ねぇ!」
 とニ匹は憤慨していたが、ミヤギには二匹の姿が見えず、声も聞こえないらしい。
 「まぁ、おめさは昔から豪胆だったからナ。肝だめしの後シンタローが高熱でたおれた時は何かのたたりかと心配したけんども、あの時も数日で元気になったべ!」
 「ああ、あれナ…」
 薬もきかない原因不明の高熱が出ている間中、天狗の顔と羽をもつ小鬼やら楽器に足の生えた妖怪やら着物を着た動物やら何やらがシンタローの床の周りで踊り騒いだが、いっこうに怯えた様子をみせないでいると数日で妖怪どもは自然と消えた。それ以来、人外のものが見えるようになったのである。
 ミヤギは庭で遊ぶ子どもと犬をながめ、ふかぶかと溜息をついた。
 「浪人してまであんなとんでもねぇガキを養うなんて、おめさもつくづく貧乏くじだべ。あのガキの蹴った鞠の勢いはただもんじゃなかったっぺ。オラの自慢の美貌になんてことをしてくれたんだァ…」
 シンタローは、ぶつぶついいながら顔をさするミヤギを見て、
 「鞠が避けられねーのはお前の日ごろからの鍛錬がたりないからなんじゃねぇ?」
 と、そっけなくかえした。
 「ところでシンタロー。折りいって話というのは、物の怪が見えるおめさを見込んでのことだァ」
 「物の怪?」
 シンタローは嫌な顔をした。
 「んだ。最近、青山殿という旗本の屋敷でおかしなことがおこっているという噂が巷に流れていて、オラが調べるようにいわれて行ってみたんだけんど、なんのかんのと理由をつけて断られて青山には会えなかったべ。こっそり屋敷に忍び込んではみたんだが、青山は尋常の様子ではねぇかんじがしたべ。それが物の怪の仕業かどうか確かめてきてくれねぇべか?」
 そう云って、紙に包んだ小判らしきものをシンタローの前に押しやった。シンタローは懐手のままである。
 「俺は、今、浪人してるんだ」
 「おめさに断られると、どうにもならねーんだべ!」
 必死で言い募るミヤギであったが、シンタローは
 「知るかよ」
 とため息をついて云った。
 どうにも重苦しい雰囲気の中、外の空模様が怪しくなり、いきなり通り雨が地面にたたきつけた。
 「シンタロー!雨だゾ」
 「くぅーん…」
 と、一人と一匹が家の中に駆け込んでくる。
 「こら、濡れたまま畳にあがんな!」
 立ち上がったシンタローは行李からだした手ぬぐいで子どもと犬を思いっきりふくと、かえの着物と新しい手ぬぐいを子どもにわたした。
 「風邪をひくから、しっかり拭けヨ?」
 壁にもたれていたミヤギはシンタローを見て目をまるくした。
 「おめ、かわったなぁ、シンタロー………」
 「別に、何もかわっちゃあいねーヨ」
 子どもと犬は遊び疲れたのか寝てしまったが、その上にシンタローは布団をかけた。
 彼はミヤギを振り向き、
 「やっぱ、さっきの話、ひきうけるわ」
 ときっぱりといった。
 「本当だべか?」
 ミヤギの顔色がひといきに明るいものへとかわった。



 「それで、本題に入らせてもらうけんども」
 ひとまず、ミヤギは湯飲みを置いた。
 「青山は七百石の旗本で、白柄組の一味だべ。まぁ、喧嘩っぱやい旗本奴だべなぁ。番町の三番町に屋敷があるんだけんども、最近、夜になると屋敷の周りに人魂が飛ぶとか、使用人の姿が見あたらねぇとか、殿様の怒鳴る声が毎夜聞こえるとか怪しげな噂が絶えねーべ」
 「お前、屋敷まで行ったんだろ?」
 「ああ、柴田という用人が応対に出てきたんだけんども、どうぞおひきとりくださりませの一点張りで、とにかく顔色が尋常じゃなかったべ。そんで、らちがあかねぇから、オラは夜忍び込んだんだ」
 「人魂は見えたのかヨ?」
 シンタローが少し面白そうにミヤギに聞くと、ミヤギは頬についた鞠跡をさすりながら、
 「うーん、見えはしなかったけんども……」
 考え込む様子であった。
 「何だよ、はっきりしねぇナ」
 「いや、オラには見えなかった。でも、夜気が暑いのに背筋が寒くなるような変な感じがしたべ。それに、障子が開け放たれていて庭から青山らしい姿が見えたんだけんど、何もねぇところに向かってわめきながら刀を無茶苦茶にふり回していた」
 「単に乱心じゃねーの?」
 シンタローがそっけなくそう云うと、ミヤギはますます難しい面構えになった。
 「オラもそう思いてーべ。んだども、十人はいるはずの使用人たちの姿も用人以外は噂通り全く見当たらなかったし、まさか全員逃げたとかいうはずはねぇべ?そうすると、やっぱり何かおかしいべ」
 「事によっては家事不取締で、そのままお家断絶、か?」
 「だべなァ……。でも青山は上の連中と繋がりがあるらしぐて、そう簡単に話はすすまねぇみたいだ。だからオラ達に話がまわってきたらしいっぺ」
 「乱心者を放置はしておけねぇけど、怪異の仕業のせいにして青山を隔離すれば、ひとまず青山の旗本としての面目は保たれるってわけか?」
 「さすがはシンタローだべッ!」
 ミヤギは、感心した面持ちでシンタローをみた。
 「もう筋書きが決まってんなら、本当に化け物が絡んでいるかどうかなんてわざわざ調べる必要はねーダロ?」
 「念のため、だっぺ。上の連中に臆病なのがいるんだぁ。もし本当に怪異の仕業だったら、そんじょそこらの坊主が拝んだくらいじゃきかねーべ?それに、わざわざ高僧を呼ぶんなら目ん玉の飛び出るほど金もかかるしなァ」
 「どーしようもねぇ野郎どもだナ……」
 シンタローは呆れた顔つきになった。
 「と、いうわけで、もし化け物さいたらついでにおめが退治してけろ」
 「おい、ちょっと待てテメェ!ついでって、何をさらっと聞き捨てなんねぇことを言い出しやがんだ!?」
 「化け物さいるのはオラぁ確実だと思うだ!でも化け物は体さねーから、オラの筆はきかねぇべ!?」
 「じょーだんじゃねぇッツ!そんなの、命がいくらあっても足りねーじゃねぇか!?」
 シンタローはミヤギを無言でしばしにらんでいたが、しばらくのち
 「……まさか、さっきの金は化け物退治料こみなのかヨ?」
 と剣呑な口調で訊くと、
 「んだ」
 ひきつった笑顔でミヤギはうなずいた。
 「―――金額を割り増しさせてもらうからナ」
 「こ、これでも下っ端のオラにはギリギリ精一杯なんだべっ!云っとくけど、オラの小遣いも全部入っているんだからナ!! 頼むべ、シンタロー!この通りだッツ!!」
 両手を合わせて自分を拝むミヤギを眇めた目で見て
 「お前よォ……」
 シンタローは何か云おうと口を開いたが、ミヤギは刀を掴んで勢いよく立ち上がり、
 「じゃっ、化け物退治の方もよろしく頼んだべ!んだらば、そろそろオラは失礼させてもらうべッツ!!」
 シンタローの返事も聞かず、大慌てで家から出て行った。
 シンタローは腕を組み、
 「フザケンナ」
 と、紙に包まれた小判をにらみつけた。



 数日後、シンタローは番町へと足を向けた。よくよく考えても、自給自足には限界があり、とりあえず金は必要である。
 昼下がりの番町は、うだるような暑さであり、地面には陽炎がゆらゆらと立ちのぼっていた。武家屋敷が並ぶ坂道には行商人の姿などほとんどみあたらない。
 シンタローは、三番町通りの青山の屋敷の前で立ち止まった。使用人が常駐しているはずの長屋門の内には人の気配はなさそうであった。周りを日の高いうちに辺りの様子見ておこうと、瓦の載った白塀のまわりをぐるりと歩んでいたが、邸内は静まり返っているようである。ふと、何か魚などが腐ったかのようなかすかな異臭が鼻についた。
 (位置的には裏庭あたりか?)
 シンタローは辺りに人気の無いことを確かめ、塀を身軽に乗り越えた。はたして、裏庭であるらしく、深緑色の光艶のある葉が生い茂った数本の山茶花の木の横には土蔵が建っていた。
 土蔵の手前の石畳の上には、継裃を身に着けた白髪混じりの男が、肩口から胴まで斜めに切り下げられ倒れていた。シンタローは屈みこみ、男の息があるかどうかを確かめたが、すでに事切れているようであった。
 どうやら、男は土蔵の鍵を閉めようとしたところを何者かに襲われたらしい。立ち上がったシンタローが土蔵の扉を開こうと手を伸ばしたとき、後ろから
 「奇遇どすなぁ……。まさか、こんなところでシンタローはんに会えるとは思いもよりまへんどしたえ?」
 と、陰気ながらも嬉しそうな声がした。

PR
BACK HOME NEXT
カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新記事
as
(06/27)
p
(02/26)
pp
(02/26)
mm
(02/26)
s2
(02/26)
ブログ内検索
忍者ブログ // [PR]

template ゆきぱんだ  //  Copyright: ふらいんぐ All Rights Reserved