アラシヤマは、シンタローを殺そうとして失敗した夜以来、夜毎PAPUWAハウスに不法侵入していた。
「何で、此処に来てしまうんやろか・・・」
その行動をとらずにはいられない自分自身が分からないまま戸惑っていたが、漠然と、つきつめて考えてみるのは怖いような心持がした。
(シンタローは、超ブラコンで、俺様で、可愛気ゼロで、しかも男どすえ?)
自戒のためそう思いつつも、シンタローの寝顔を眺めていると、そんなことはどうでもいいような気もしてくるのが不思議であった。
ここの住人たちが生半可なことでは起きないことは承知していたので、アラシヤマがすっかり気を抜いて過ごしていると、不意に真ん中に寝ていた小さな人影が目をこすりながら起きた。
「やっぱり、おまえか」
「なっ、何どすのんッ?起きてはったんどすか!?バッチリ気配は消しとったはずやのになんでッツ!?」
「気がつかいでか。ただ、僕はお前に害意が感じられなかったから放っておいただけだ」
「―――あんた、たいしたちみっ子どすなぁ・・・」
子供は、トコトコとアラシヤマの対面に来ると少し間を置いて座り、
「それよりも、おまえ、ホモなのか?」
と聞いた。
アラシヤマは、非常に動揺した。
「なっ、何てこと言わはりますのんッツ!?わてはホモやおまへんえ~!!」
「じゃあ、何で毎晩わざわざ男の寝顔を見に来ているんダ?」
「そっ、それは・・・」
アラシヤマが答えに窮して冷や汗を掻きながらシドロモドロの状態になっていると、待っているうちに子供は再び眠くなったのか、布団に戻って寝てしまった。
その後、スースーと安らかな寝息が聞こえてきた。
「ぱっ、パプワはんッツ!最後に一つだけ教えておくれやす!!どーして、シンタローはあんさんや犬と一緒に寝たり、色々いうことをきいたりしとるんどすかッツ?」
「んー?僕らは、友達だからナ!」
眠そうにそう言うと、子供は再び眠りについた。
(友達・・・。成る程、友達やったら、ご飯をつくってもろうたり、一緒に寝たりできるんか。もしかして、お揃いのマフラーをしたり、手を繋いで歩いても全然不自然やないんやろか!?)
アラシヤマは、それまで友達という言葉にはごく一般的なイメージを抱いていた。しかし、実際に友達がいた経験が今まで無かったので、自分が知らなかっただけでそういった“友達”関係もあるのだろうと彼は思った。そう考えると、何かが腑に落ちたような気がした。
(わては、シンタローと“友達”になりたいんや)
自分から“シンタローと友達になりたい”と思ってしまったことについては、プライド上少し釈然としないところが無いでもなかったが、“友達”という単語はアラシヤマにとって安心感を与えた。
PAPUWAハウスの外に出ると、空が白み始めるのが見えた。
アラシヤマは、シンタローから
「今日から俺が友達だ!」
と言われた時、非常に嬉しかった。
(なんてったって、あんさんから言い出したことやからナ!)
少し先を歩くシンタローの束ねた長い黒髪が白いタンクトップの上で揺れるのを見ながら、
「嘘でも何でも、とにかくその言葉をもろうたからには、もう一生離しまへんで・・・!!」
シンタローには聞こえないくらいの小声で、そう呟いた。
「テメー、おせーゾ!トロトロしてっと置いてくからナ!!」
いつの間にか立ち止まってしまっていたアラシヤマを振り返ったシンタローが、そう言うのを聞きながら、
「待っておくれやすぅ~vvvシンタローはーんッツ!!」
アラシヤマは、慌てて駆け出した。
マーカーは、パプワ島でアラシヤマと相対した際、アラシヤマに違和感を感じた。
守りたいと願うものがあり、それを阻もうとする者は例え師匠である自分にさえも刃を向けた。マーカーは、アラシヤマを殺すより他、道はないと思った。
結局、そのようにはならなかったが。
マーカーは、勝ち目の無い無謀な勝負を挑んでくるアラシヤマを大馬鹿者だと思った。さらに、恥をさらしてまで“生きる”とのたまうアラシヤマに対して苛立った。
(安っぽい思い込みなど、一体何になる!?)
アラシヤマが姿を消すのを見つつ、あえて追いはしなかったが、そう思った。
再びアラシヤマと対峙した時、彼は再度勝ち目のない勝負を挑んできた。ボロボロになって、通常ならもう戦えない状態になっても、伊達衆の面々には何故か諦めた様子はみられなかった。
マーカーは、正しく状況判断が出来ず悪足掻きをする姿を見苦しいと思い、嫌悪感を抱いていたので彼らに失望した。
(―――このまま殺してやるのが、親切というものか)
半ば諦めたような気持ちになり炎を手に纏った時、アラシヤマが仲間達に何か話しているのが見えた。そして、
「極炎舞!!!」
炎は凄まじい勢いで広がり、あっという間に辺りは火の海となった。アラシヤマを糧に、いよいよ勢いを増した炎は、無差別に攻撃を始めた。
(―――それほどまでの覚悟なのか、アラシヤマ・・・!)
アラシヤマに請われて教えはしたものの、まさか彼が誰かのためにその技を使うようになるとは思いもよらなかった。
マーカーは、完全にアラシヤマが自分の手元から離れたと感じた。
「うわっ!?」
「ロッド!!」
炎がロッドを狙って一瞬で燃やし尽くそうとしたが、思わずマーカーはそれを防いだ。自分でも思いもよらない行動であったので呆然とした一瞬の隙に、炎が顔を掠めた。
炎の向こうにアラシヤマが崩れ落ちる姿が見えた。炎は地面を焦がし、緑の木々を焼き尽くす。生き物の焼ける臭いが鼻に衝いた。見慣れているとはいえ、凄惨な光景だと思った。
マーカーが火を消し終わると、辺りに立っている者はほとんどいなかった。Gは、どうするのか、と問いたげな表情でマーカーを見る。
マーカーは、無言で未だ煙が燻っている方向に歩いていった。
(何とか、生きてはいるようだ)
地面に倒れていた伊達衆の面々を一瞥し、そう判断した。
(・・・もう、二度と会うことも無いだろう)
彼は、倒れているアラシヤマを見て何故かそう思い、踵を返しGやロッドのもとに戻った。
シンタローが新総帥となり、ガンマ団が新生ガンマ団になってからかなり経ったある日、マーカーの予感を裏切り、アラシヤマが突然ひょっこりと訪ねて来た。
「師匠、お元気どしたか?」
「何の用だ」
「あっ、コレ、お土産どす~」
「いらんッツ!私は甘いものは嫌いだ!!」
「相変わらず、コミュニケーションの苦手なお方どすなぁ・・・」
土産を0.3秒で断られたアラシヤマは、ブツブツ言いながら紙袋に四角い包みを戻した。
そして、頬に傷跡の残るマーカーを見て、
「師匠、本当に有難うございました・・・!」
そう言って、頭を深く下げた。
マーカーは、何のことだとは聞かなかった。その代わり、
「・・・あの不器用な方は、お前には高嶺の花ではないのか?」
と言った。
その言葉を聞いたアラシヤマは顔を上げ、
「なななななっ、何でお師匠はんがッツ、シンタローはんのことを知ってはるんどすかぁ!?!?」
と、パニック状態に陥っていた。その様子が面白かったので、マーカーは少し溜飲を下げた。
「おまえの手に負える相手ではなかろう?そもそも、おまえが少しでも好かれているわけがない!」
「―――お師匠はん、もうちょっと他にも言いようがありますやろ?何もキッパリ断言しはらんでも・・・」
どうやら、思い当たる節が多々あったようで、アラシヤマはガックリと落ち込んでいた。しかし、頭を上げたアラシヤマは、
「でも、わては、いくら見込みが無いようでも、シンタローはんだけは絶対に諦められへんのどす」
静かに笑ってそう言った。
「まっ、わては信念の男どすから。―――それに、師匠の最初で最後の弟子どすしな!」
「・・・そんなことを言った覚えは、」
「無いとは言わせまへんで~!しっかりとわてのメモリーに記憶されていますさかいv」
(やっぱり、あの時火を消さないでおくべきだったか・・・。いや、今からでも遅くは、)
「なんやえらい殺気を感じますけど、ほな、わてはそろそろ失礼しますわ」
そう言うと、アラシヤマは帰っていった。
「特戦に、戻るか」
マーカーは、椅子から立ち上がり、
(誰か、食うかもしれんな)
アラシヤマが置き去りにしていった紙袋を手に取った。
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