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 どうにも忘れようもない特徴のあることばづかいに、シンタローの脳裏につい先日のいまいましい記憶がよみがえった。関わりあいになりたくもなかったが、四尺と離れていないすぐ近くにいるうえ、騒がれると非常に困るので無視するわけにもいかない。
 わきあがってきた腹立たしさを押さえつけ、不承不承、シンタローが後ろを向くと、はたして片目に鬱陶しく前髪がかぶさった山伏が腕を組んで立っていた。どうやら、笈や杖はどこかに置いてきたらしく身軽な姿であった。
 「テメー、なんでこんなとこに居やがる……」
 思いっきり眇めた目でシンタローがアラシヤマを睨むと、
 「なんどすの、その態度?」
 と不機嫌そうに山伏はいった。そして、わざとらしくため息をついた。
 「あんさん自分からわてに迫っておいて、なんやのあの仕打ち?わて、あの後商いの話があったんどすえ?わて、泥池で服のまま泳ぐ趣味はあいにく持ち合わせておりまへんで……」
 シンタローは、恨みがましげにじっとみつめてくるアラシヤマの視線を切り捨てるような口調で、
 「それがどうした?テメェの都合なんざ知ったこっちゃねぇな!」
 といった。声はあくまで抑えたままである。
 それを聞いたアラシヤマは目を細め、口角をつりあげた。
 「あんさん、つくづく可愛げがおまへんなぁ……」
 「ああ゛?可愛げだぁ!?てめぇキショイこと言ってんじゃねーヨ!ったく、うでに鳥肌がたつぜッ!!」
 そういってむきになったように腕をするシンタローを眺めつつ、アラシヤマは無表情に片手を差し出した。
 「―――あんだよ?この手は」
 「返しておくれやす、金」
 「…………」
 「そら、当然でっしゃろ?あんさんを抱いてもおまへんのに、金だけ払うとはおかしな話どす。何が何でも金を返さへんいわはるんなら、体で支払ってもらいますえ?体で、というんは別にあんさんが屍でもええんやけどナ」
 一歩、アラシヤマは間合いを詰めた。
 (この俺様がこんな野郎になんざ負けるはずはねぇけど、コイツ、かなり強えーな……)
 おそらく本気の殺気をぶつけてくるアラシヤマを睨みつけながら、シンタローは考えをめぐらせた。
 (眼魔砲は……、無理か)
 体術戦をこの場で繰り広げるというのも同様である。シンタローとしては騒ぎを起こして見つかるのだけはどうしても避けたかった。再び機を見て出直してくるなどの時間も余裕もない。なれば、金を返してでもアラシヤマを説得して事をおさめるよりほか、すべはなさそうであった。
 (すっげームカつくけど、コイツの金なんざ持ってても仕方ねぇしナ)
 おい、と声をかけると、男は無言のまま(何だ?)と目で問い返してきた。
 「今はお前の金は持ってきてねぇけど、また日をあらためて返してやっから、今日はあきらめてくんねぇ?えーと、俺達ってさ、ホラ、友達ダロ?」
 シンタローは、かなり苦しまぎれな言い訳かと自分自身思ったが、アラシヤマの方を見やると俯いて、握りしめた拳をふるわせている。
 (―――そら納得できねーよなぁ。俺だって同じこと言われても殴るだろうし)
 おそらく数秒後には激怒してこちらへと向かってくるであろうアラシヤマの行動を予想し、心中で(なんでよりによってこんなヤツに出会っちまったんだ?とことんついてねぇ)と息を吐いたシンタローは、アラシヤマがいつ仕掛けてきても対応できるよう心構えをした。
 何やらブツブツ小声でひとりごちていたアラシヤマは、いきなり顔を上げた。
 「シンタローはんッツ!」
 ものすごい勢いで間合いをつめたアラシヤマは、シンタローの片手をとり、両手で握りしめた。少し汗ばんだ男の掌に自分の手を包まれるというのも気味が悪く、シンタローは正直すぐさまにでもふりはらいたかったが、そうするとなんだかまずいような気がしたので、
 「……何だ?離せよ」
 と、眉根を寄せて咎めるだけで我慢した。
 「ほ、ほんまに、わてら友達なんどすなっ?」
 一片たりとも嘘は見逃さないといった様子で、アラシヤマは食い入るようにシンタローの顔をみている。思いもよらない反応であった。
 「あ、ああ。まぁ一応な」
 何とか、シンタローはそう答えた。すると、アラシヤマの顔から険しさが拭い去ったかのように消えた。
 「わて、生まれて初めて人間のお友達ができましたえ~!!やっぱり、シンタローはんとわては運命の赤い糸で固く結ばれているんどす……!!」
 と、叫んだ。とにかく尋常ではない喜びようである。
 「うるせえっ!見つかったらどーすんだッ!?」
 握られたままであった手をふりはらい、アラシヤマの頭を一発殴ったシンタローは、それでも嬉しそうに殴られた箇所をさすりながらにやついている山伏を見て、
 (なんか、俺、すっげぇマズイこと言っちまったか……?)
 いまさらながら、この暑さにも関わらず背中に冷たい汗がつたい落ちるような心持ちがした。



 障子をたてきった部屋の中央、脇息に片身をもたせかけた武士が憔悴しきった様子で座していた。
 目はどこを見ているものか虚ろであり、表情に生気はなかったが、刀の鞘をつかむ指には筋の浮くほど力が入っている。
 (遅い、十太夫は来ぬか……)
 暇を願い出るものが続出し、もはや屋敷には用人の柴田しか残っていないはずであった。ここ数日、用人が彼の身の回りの世話をしていた。
 播磨の神経は過敏にすぎるほど研ぎ澄まされていたが、廊下を歩く柴田の少し慌て気味の足音は一向に聞こえてこない。
 播磨は、ほう、と息を吐いた。
 (―――ああ、わしが斬ったのであったな)
 と、数刻前の事実を思い出した。
 

 播磨は斬った使用人達の亡骸の臭気がひどくなってきたことを十太夫に諭され、放置しておいた亡骸を十太夫と共に集め、土蔵に運び入れた。
 十太夫が鍵を閉めている間、播磨は後ろに立っていたが、
 「播磨様……」
 と十太夫から聞き覚えのある女の声で呼びかけられた。
 (さては、菊が十太夫に化けておったか!?)
 播磨は背筋が凍りつく思いがした。カチリ、と刀の鯉口を切ったが、十太夫は気づく様子はない。
 慎重に様子をうかがうと、十太夫は不審げに振り向き、もう一度女の声で
 「どうなされた、播磨様?」
 と云ったので、播磨は夢中で柄に白い布の巻かれた刀を振り下ろした。
 

 幻惑は消え去ったかと期待したが、土蔵の前の石畳の上には用人が横たわるのみであった。
 播磨は、
 「わあぁぁぁッツ!!」
 声を上げ、なりふりかまわずその場から逃げ出した。


 (菊め、どこまでわしを苦しめれば気が済むのだ?)
 播磨は、蒸し暑い空気の中、ぼんやりとそう思った。しかし、その後とくに述懐がわいてくるわけでもなかった。
 そのまま放心したように播磨は座り続けていたが、幾時過ぎた頃か、ふと辺りの空気が水気を含んだかのように重くなり、めまいがした。
 顔を上げると、数尺と離れていない辺りに髪が解けておどろに垂れた女が立っている。女は青白い顔でじっと播磨を見ていた。
 「播磨様、むかえに参りしぞや」
 か細い声で、女はそう云った。
 「何ともうらみがましいことよのう……」
 播磨は、脇息にもたせかけていた体を起こした。
 「播磨様」
 切々とした声で女が呼ぶ。
 「そちは、そちを斬ったわしがそれほどまでに憎いか!?答えよ、菊ッツ!!」
 厳しく声を励まし、播磨は刀を杖代わりに立ち上がろうとした。
 「そうではござりませぬ」
 女がかぶりを振ると、ぽたぽたと髪の先から雫が畳に落ちた。
 「あなた様は浄土へは行けませぬ。ならば菊とともに奈落へ参りましょうぞ」
 女は手を差し伸べすうっと播磨との間の距離を縮めた。
 「わしは行かぬ!行くならそち一人でゆけいッツ!」
 播磨が抜刀し、女に切りかかると、女の姿は掻き消えるように無くなった。
 畳の上には所々水溜りができ、播磨は張り詰めた糸が切れたかのようにその場に座り込んだ。



 「さっきの、やっぱナシな!」
 「ええー、ひどうおます~!!武士に二言はないていいますえ?シンタローはんは武士とちゃいますのんッ!?」
 「それとこれとは別だッ!男にはどーしても、つー時があんだヨ!」
 「わてら修験の間でも、一度いうたことは取り消せまへんのやで?せやから、あんさんとわては、とととと友達どすえー!」
 嬉しそうにそう云う山伏を相手にせず、シンタローが背を向けて歩き出すと、アラシヤマも後に続いた。
 「ついてくんなよっ!」
 シンタローが振り返ってアラシヤマを睨みつけると、 
 「わ、わても、ここの家に一寸用があるんどす……」
 シンタローと目が合ったことにうろたえたらしく、おろおろと視線をさまよわせながらアラシヤマはそう答えた。
 どのような理由からか頬を赤らめているアラシヤマを見ているのも気味が悪かったので、シンタローは視線をそらし、
 「勝手にしろッツ!」
 そう小声で言うと、母屋の濡れ縁に足をかけた。
 「シンタローはん、そない堂々とあがらはってもええんどすか?」
 「非常事態だからいーんだよ。それに、屋敷全体に人の気配が感じられねーからナ」
 アラシヤマの同行を認めたわけでもなかったが、話しかけられるとつい返答をしてしまった自分にシンタローは顔を顰めた。
 (そういや、コイツが突然現れやがったせいで土蔵の中を確かめなかったな。男が一人死んでたけど、あれがミヤギが言ってた用人かもナ。先にそっちを見ておくか?)
 庭に下りようとすると、中の様子をうかがっていたアラシヤマが、
 「シンタローはん」
 と、シンタローの腕を掴んだ。
 「離せ」
 シンタローが腕を振り払うと、アラシヤマは真面目な面持ちで、
 「中からこの世のもんやない気配がします。お願いどすから、わてから離れんといておくんなはれ」
 と云った。







  

 母屋の中に入り込むと水気をふくんだ空気がベタベタと肌にまつわりつき、外よりも蒸し暑く感じられた。あいかわらず、人が住んでいるようではなく、かなり前から空き家のような荒れた気配がした。 
 勝手知ったる家であるかのように次々と襖をあけはなちながら迷いのない足取りで歩くアラシヤマの後から、シンタローは(何か、納得いかねぇナ)と思いながらついていったが、急にアラシヤマは立ち止まった。
 「ここどす」
 シンタローを振り返ると、アラシヤマは襖障子を引き開け一歩足を踏み入れた。
 そこには、仏壇から畳敷へとただよい流れる線香の白い煙の中、女がひっそりと座っていた。
 俯いた顔にはもつれた黒髪がかかり、桔梗色の着物から水がしたたっている。すでに、女の周りには水だまりができていた。
 何よりも尋常でないのは、女の姿を透して向こう側の山梨色の壁がぼんやりと見えていることであった。
 女は、シンタローとアラシヤマが部屋に入ったことを気にするでもなく、
 「一つ、二つ、三つ…」
 細い声で、繰り返し繰り返し皿を数えていた。
 皿は全部で5枚しかなく、5枚数え終わると女は悲しげな顔になり、もう一度最初から数え直す。
 アラシヤマは女を見て目を細めた。
 「―――ああ、今日は知り合いによおけ会いますな」
 と、いうアラシヤマをシンタローは胡散臭そうに見たが、アラシヤマは気づいた様子はない。
 「つくづく、幸の薄いおなごやなぁ……」
 どうやら独り言らしかったが、少し憂鬱そうな、相手を憐れむような響きに聞こえた。
 「おい、コイツは……」
 「本来やったら、故人に縁のあるもんか、わてらみたいな修行をした連中にしか見えへんはずなんやけど、あんさんにも視えてはるんどすな」
 「ああ」
 「お察しのとおり、幽霊どす。……退治しても、このぶんやと金は出そうにおまへんなぁ」
 淡々とそう言ったアラシヤマの声音には、さきほどまでの情のようなものは一切感じられなかった。
 「―――そういやオマエ、一応山伏だよナ?なんつーか、経を読んだり祈祷とかできねーのかヨ!?」
 思わず、といった様子でシンタローがアラシヤマの胸倉をひっつかむとアラシヤマはシンタローとは目を合わさず、
 「まぁ、できへんこともおまへんけど……」
 と、気が乗らなさそうに言った。
 「なら、成仏させてやるとかなんとかしろッ!テメーはこの女と知り合いなんだろ!?」
 シンタローが怒鳴ると、アラシヤマは襟元をつかんでいるシンタローの手に上からそっと自分の手を沿え、
 「し、シンタローはんッ!それってもしかするとひょっとして、ヤキモチなんどすかぁ!?かいらしおす……!」
 と、頬を染めて言った。
 「安心しておくんなはれ!知り合いいうても通りすがりみたいなもんで、わての心友はあんさんだけどすvあ、それとシンタローはん。いくら幽霊でも人を指さしたら、行儀わるいんとちがいます?」
 シンタローは嬉しそうなアラシヤマの胸倉をつきはなしざま、右手で思いっきりアラシヤマの頬を殴った。アラシヤマは襖に背をぶつけ、ずるずると座り込んだ。
 「いきなり、なっ、何しはりますのんッ!?ひどうおすー!!」
 アラシヤマを冷たく見下ろし、
 「心底、うぜェ」
 と言い切ったシンタローは、なにやら落ち込んでいるらしいアラシヤマを放っておき、女の幽霊の方へと向き直った。
 (ミヤギの言ってた化け物ってこの女のことか?でも、襲ってもこねぇで皿ばかり数えているヤツをいきなり刀で斬ったり眼魔砲で撃つってのもなぁ……。何とかなんねーのか?)
 女は、相変わらず皿を数えており、周りに目を向ける様子はない。
 「―――おい、あんた」
 「道理を説くつもりなら無駄どすえ」
 いきなり下方から声がした。アラシヤマが真面目な顔でシンタローを見上げている。
 「ああ゛?」
 「この幽霊は見かけよりもやっかいなんや。今はおとなしゅう見えますけど、何人も取殺した怨霊なんどす。シンタローはん、ここは大親友のわてにまかせておくんなはれ」
 アラシヤマは身を起こすと立ち上がり、
 「手ぇ、ちょっと拝借してもよろしおすか?」
 と、シンタローの片手首に懐から出した最多角念珠を三重に巻きつけた。


 「また会いましたナ。まさか亡くなってはるとは思いもよりまへんどしたが。あんたはんのせいで屋敷のもんもおらんようになって、わての計画が台無しやんか」
 アラシヤマの声が届いたのかどうか、女は皿を数えるのをやめたが、依然として俯いたままである。
 「まぁ、この際ゆうれんでも何でもかまいまへんわ。代金さえ払うたら、あんたはんの望みを叶えてあげてもよろしおますえ?」
 初めて女は顔を上げ、アラシヤマを見た。生気の全く感じられない青白い顔である。
 「ただし、高うおますけどナ」
 (まかせろって、幽霊から金をまきあげんのかよ……)
 一歩下がって腕組し、そのやりとりを眺めていたシンタローはため息をついた。
 「オマエよぉ……」
 「なんどすの、シンタローはん?その呆れた目は!?だって、商売どすもん!わては幽霊だろうが、豆狸だろーが、払うもんはキッチリ払ってもらいますえー!自分を安売りせぇへん主義なんどすッ!」
 「逆切れすんじゃねぇッツ!!そもそも、いばるようなことでもねーだろ!?」
 振り向いたアラシヤマの頭をシンタローがはたく様子を、女はじっと見ている。
 そして、不意に、女とシンタローの目がかち合った。
 「アンタ、何があったか知んねーが、とっとと成仏したらどうだ?供養しろっつーんならしてやる!こんな胡散臭い根暗野郎と係わりあってもぜってーろくなことになんねーぞ?」
 女は答えない。
 「あの、胡散臭い根暗野郎って、ちょっとどころやなくひどうおへんか……?」
 というおずおずとした声が傍らから聞こえたが、シンタローは無視した。


 相変わらず押し黙ったまま、女は皿が入った桐箱をアラシヤマの方へと押しやった。
 「青山家伝来の高麗皿5枚どすか。陽刻花模様の高麗青磁か……まぁまぁやナ。それで、自分を殺した憎い男への無念を晴らしてほしいんどすか?」
 幽霊はゆっくりと首を横に振った。
 「播磨様と、いっしょになりたい」
 「―――わかりました」
 無表情にアラシヤマがそう言うと、女の姿がすうっと消えた。
 風もないのに、仏壇においてあった子どもの玩具らしい風車が畳の上に転がり落ちた。
 それを拾ったアラシヤマは、
 「取引、成立どす」
 と云った。


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