「師匠、わてに稽古をつけておくれやす!」
ある日、いきなりアラシヤマが休暇中のマーカーの元を訪ねて来た。アラシヤマが士官学校に入学して以来、彼とは数年間会ってはいなかったので、マーカーは怪訝に思ったが表情には顕わさなかった。
ちらり、と、アラシヤマの方を見遣ったマーカーは、(それにしても・・・)と思い、
「蛇炎流!」
少々手加減はしたものの、まぎれもなく必殺技をアラシヤマに向けた。アラシヤマは何とか避けたものの、髪や服の一部が焼け焦げた様である。
「久々に会った愛弟子に、いきなり何しはりますのんッツ!?びっくりしますやん!!」
「―――その髪型は一体何だ?」
「えっ、コレどすか?格好ええでっしゃろ♪流行の最先端どすえ~!!」
「見るも不愉快だ。とっとと、直してこいッツ!!話はそれからだ」
マーカーが一喝すると、アラシヤマは、
「まったく、年寄りはセンスがおまへんナ!気に入ってましたのにコレ・・・」
などと小声で面白くなさそうにブツブツ言いながら引き返していった。勿論、マーカーの耳にはしっかり聞こえていたので、彼は久々に会った弟子を、どういびってやろうかと思案した。
「お久しぶりどす」
夜になると、何処かで髪型を何とか以前のように戻してきたアラシヤマが、再びマーカーのもとを訪れた。以前のようにといっても、ずいぶんと背が伸び、顔つきや声も大人の域に移行していたので少年時代とは与える印象はかなり違ったが。見慣れないながらも、そのうちすぐに慣れるのだろうとマーカーは思った。
一方、アラシヤマから見てマーカーは、全く変わっていないように見えたらしい。どうやら内心安心したようである。
やはり久々に会うというので、珍しく気を使ったのか、
「あっコレ、お土産のおたべどすえ~」
と言いながらアラシヤマが鞄の中から四角い包みを取り出すのを見ながら、
「一体、何の用だ?」
マーカーはとりつくしまも無い調子でそう聞いた。アラシヤマは手を止め、
「技を、教えてほしいんどす。とにかく、わては今のままやったらあかんのどす・・・!」
何を思い返しているのか、目をギラギラさせ、鞄を睨みつけたまま悔しそうにそう言った。
「・・・私は、必要なことはお前に全て伝授したつもりだ」
マーカーが静かにそう応じると、アラシヤマは暗い目でマーカーを見た。
「お師匠はん。まだ教えてもろうてない技があるはずどす」
「帰れ」
「・・・極炎舞、わてに教えて下さい」
アラシヤマは、頭を下げたままその場を動かなかった。
アラシヤマは、クワズイモやビンロウ樹、ソテツなどの熱帯植物の陰から登場する機会を窺っていた。
寒い時期にガンマ団から刺客としてパプワ島まで来たわけであるが、とにかくこの島は暑い。それでも彼は律儀に派手なコスチュームを身に纏っていた。
(なんやアレは・・・)
アラシヤマはその光景を見て、自分の目を疑った。
シンタローが、ギャーギャーと騒ぎながら足の生えた鯛や巨大カタツムリから逃げ回ったり、料理を作ったり、犬を洗ったりしている。まるで無邪気な子どものように表情が豊かであり、3ヶ月前までシンタローがガンマ団に居た時の、冷たい投遣りな様子とはかけ離れていた。
「一体、何やの?」
声に出してそう呟いた。呆れたような気持ちが大きかったが、何だか、見ていると胸が騒いだ。
冷たい雨が顔に当たり、アラシヤマが気がつくと、辺りには誰も居なくなっていた。彼は、とりあえずその場に身を起こした。
「この島に秘石眼の子供がいるやなんて、全く予想外どしたわ」
(それにしても、さすが秘石眼の威力は凄まじいもんやな。もし、あのガキと秘石をうまく利用したら・・・)
「―――わてにも、世界を手に入れる勝算は十分にあるやないか」
彼は、ニヤリと笑った。
(ほな、早速明日からアイツラを見張ってガキの観察と秘石を奪うチャンスを見つけなあきまへんな!・・・となると、シンタローは邪魔になる。今のわての立場はガンマ団の刺客やし、真面目に最後の任務を完了させまひょか)
アラシヤマは、着ていた鎧を地面に投げ捨てた。
「これで、ちょっとは身軽になったわ」
そして、雨の中を歩き出した。
アラシヤマは毎日、シンタロー達を物陰から見張っていた。子供を観察するはずが、気がつくといつも、子供よりもシンタローの方を目で追っていた。
シンタローはどうやら子供にこき使われているようであったが、何だかんだいいながら洗濯や料理など結構楽しそうにこなしており、アラシヤマは驚いた。ある日、シンタローは外で料理をしながら子供や犬と何か話していたが、不意に優しい笑顔になった。
アラシヤマは、目を瞠った。
(なんて顔で、笑うんやろか)
再び、胸がザワザワと騒いだ。
アラシヤマは秘石を手に入れ損ねた後、アダンの樹上で考え込んでいた。
(そろそろ、シンタローを殺らなあきまへんな。昼間は色々と邪魔が入るし、夜やったらどうやろか?テヅカくんはコウモリやけど、夜は家に帰るから好都合どす)
考えが纏まったのか、アラシヤマは木から飛び降りた。
PAPUWAハウスの前に着いた頃、すっかり辺りは暗く、月が中天に昇っていた。
(どうにも、気の抜ける家やナ・・・)
そう思いつつ、鍵のかかっていないドアをそっと開けて中に入ると、2人と一匹が川の字になって眠っていた。川の字というよりは縦にした三の字と言った方が正確かもしれない。
見るからに幸せそうな光景で、アラシヤマは自分が非常に場違いな気がした。
(何をグズグズしとるんや、わて!とっととシンタローを殺ってここから出て行かんと・・・)
アラシヤマは、携帯していたナイフを取り出した。刃が、窓から入る月の光を弾いて鈍く光っている。
寝ているシンタローの横に屈むと、(これが、最後のお別れや)そう思いながら、眠っているシンタローの顔を眺めた。
強い印象的な目が伏せられていると、年齢よりも幼い顔立ちに見えた。あどけないといってもいいかもしれない。
アラシヤマが、何故か躊躇っていると、身じろぎしたシンタローが
「・・・さみィ」
と眠ったまま呟き、不意にアラシヤマのマントを掴み、引き寄せた。
(なっ、何しはるんやー!!)
引っ張られ、自然、シンタローの上に覆い被さる形となったが、シンタローは暖かくなればそれでよかったのか、安心したように眠ってしまった。
アラシヤマは非常に困った。他人とこれほど身近な距離まで接近する事は、普段の彼にとって皆無であったので、どうしたらよいのか検討もつかず固まっていた。途方に暮れたので、とりあえずそのままの状態でいた。
(あったこうおます・・・)
ボーっと現実逃避気味にそんな事を考えていると、不意にあることに気がついた。
(シンタローは、裸やないか・・・!)
ますます、どうしたらよいのか分からなくなった。とりあえず、シンタローを起こさないようにそっと退こうとすると、腰に手が当たった。
(思ったよりも、細い・・・ってわて、何考えとりますんや!?)
「うーん・・・」
くすぐったかったのか、向こう側に寝返りを打ったシンタローが握っていたマントを手から放したので、アラシヤマは慌ててシンタローの上から退いた。
もう一度マントを掴まれては困る気がしたので、掛け布団を掛けておいた。シンタローを殺そうという気はすっかり失せており、なんだか呆然としたままPAPUWAハウスを出た。
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