勢いよく開いた扉の先には、さも当然のように総帥椅子に腰掛けて、秘書から回されてくる書類にペンを走らせている自分の姿があった。
「・・・お前、何してんの」
「あっシンタローはん、お早うさんどす~って、ひやぁあああ!」
その声でその顔でその言葉遣いはヤメロ。しかも変な声で叫ぶんじゃねぇ。
と、口にする前に酷く恐ろしい顔した自分が目の前まで走り寄って来るものだから、ただただ恐怖で固まってしまった。
そんな俺を、俺の姿をしたその男は慌てて総帥室の中に引っ張り込む。首だけ出して廊下に誰も居ないのを確かめるようにキョロキョロと見回すと、大きな音をさせて扉を閉じた。
「シンタローはん、なんやわてに恨みでもありますのん・・・!? あぁっ恥ずかしい、その格好でこの部屋まで来たんどすかー!? 最短コース通って来ましたやろな? 誰か途中すれ違うたりしまへんどしたっ!? はぁー信じられへんッツ」
とにかく何か着てやぁと、寝て起きたそのまんまのスパッツ一枚でいる自分を嘆かわしげに見て、勝手知ったる奥の部屋へと、男が人の服を漁りに一瞬その姿を消した隙に俺は深く溜息を吐いた。
「信じられねぇのはお前だよ・・・」
朝目覚めると、自分の部屋ではない場所にいた。
何となく見覚えはあるような、そしてどこかで嗅いだ匂い。香なんぞ知らないから、
(線香臭ぇ・・・)
すぐにピンと来た。だが一応ここはどこだと、気を張り詰めて辺りを見回す。そしてやはり脳裏を過ぎったその男の部屋であると、確定する品々(木製人形やら、ファンシーなフォトフレームに収まった自分の隠し撮り写真など)が目に止まってしまい、背筋に悪寒が走った。
なぜ自分はここに────と、部屋の主の姿を探しかけたところで身体の異変に気付く。
まず頭が軽い。さっと上に手をやり髪を梳けば、首筋の辺りでなくなる手ごたえ。そして鬱陶しく長い前髪。
声も微妙に違うように感じた。
「おいっアラシヤマッ」
いない。というか、これは・・・
慌ててベッドから降り、シャワールームに駆け込んで鏡を覗くと、そこには信じられないものが映っていた。
「理由? わてにもわかりまへんよ。朝起きたらシンタローはんの部屋におって、顔洗うて鏡見たらシンタローはんが居てはるから、綺麗~に髪梳かして総帥服着せて出勤したんどすえ」
なんで俺の部屋だとすぐわかったのかなんて、大体返事は想像出来たのであえて聞かない。それよりも、まるで俺は着せ替え人形かといった言い方に、ゾワリと神経を逆撫でされた。
「オマエ、勝手に人の身体に触りまくったりしてねぇだろうなぁ?」
ピキピキとこめかみに筋が立つ。最悪の事態を想像して、返される言葉に備えていたが、
「触ったかて、感触は今は自分の肌やない。中にシンタローはんがおってこそ、触りたなるいうもんどす」
まぁ、鏡の中の姿には堪能さしてもらいましたけどな。と言って、とろんと顔を緩ませる。俺様の顔で変な顔すんじゃねぇ! と殴ろうとしたところで、それが自分の顔だと思うと殴るに殴れなかった。
「てか、何でそんなに落ち着いてんだよ。平然と仕事までしてやがって、元に戻ろうとかどうしようとか考えねーのかよっ」
「なってもたモンはしゃぁないし・・・とりあえず溜まってる仕事片すには便利な姿やし。あんたはんサボってばかりおるから、毎回押せ押せでわてが徹夜する羽目になるんどすえ? 今のうちに全部片付けさしてもらいますから」
折角やから、シンタローはんは寝ててエエどすえ~わてのお肌の為になどと嬉々として言われ、イライラは最高潮に達した。
「信じらんねぇ、寝られっかよ! 気色悪ぃんだヨてめーの身体なんて・・・おめーは気分いいかもしんねーけど俺は最悪だッツ」
バン! と徐に総帥デスクを叩き───って、何でフツーに俺が立っててコイツが座っているんだよとはたと気付き、アラシヤマの身体にその椅子に座らせるのも癪だが今の俺の姿をしたコイツにも座らせてるのは腹立たしい、ではどうすればって、ともかくいつも着用している自分の赤い服の胸倉を掴んでアラシヤマを引っ張り上げた。
瞳に映る姿は自分の姿。だが、中身はアラシヤマだ。
そして、自分はアラシヤマの姿をしていたって、頭ン中は自分。感情も自分。
自分の身体に傷はつけたくなかった。だが、
「うっわ、気色悪ぅ」
彼の口からその言葉と、あからさまに至近距離から顔を背けられたその行為とが、考える間もなく自分の顔を目掛け拳を突き出させていた。
わかっている。
彼が口にしたその言葉の意味は、俺(シンタロー)との至近距離が気持ち悪いのではなく、自分(アラシヤマ)の顔が至近距離に来たから気持ち悪かったのだと。
わかってはいるが、ムカついたのも事実。アラシヤマが俺から顔を背けるなど、しかも台詞が「気色悪い」ときたもんだ。いつもは胸倉掴んだだけでうっとりしやがるくせに。
それはそれで背筋がゾワゾワするので眼魔砲の刑なのは変わりないのだが、それでもまだ許せる。
昏倒した自分の身体を、総帥室奥に備え付けのベッドへと運んで、その傍らに腰掛けて目覚めを見守る頭の中では、アラシヤマに対する鬱憤で一杯だ。なのに殴りたい身体は今は自分の身体だという口惜しさ。
寝ている自分の姿など、幽体離脱でもあるまいし気味が悪くて見てなどいられないから、背中を向けて気配だけを窺っていた。
(気はやっぱアラシヤマだな・・・)
目を背けていればいつも通りの自分達だった。目の前に鏡もないから、自分はシンタローだと思える。髪も子どもの頃に戻ったと思えば前髪以外は違和感はない。
けれど、何か非常に窮屈だった。
その理由になかなか思い当たらず、少々の息苦しさにぐっと背を伸ばすと、
ビシッ─────
(・・・・!?)
確かな音をさせて、伸び上げた両腕のシャツの脇下が切れた。
(・・・ちょっと待てよオイ)
着ていたシャツは俺(シンタロー)のもの。別にどんな運動をしたって切れることなどなかった。
(まさか)
焦って、先程意識を失った男を寝かす前に脱がせた総帥服に袖を通す。
(・・・・嘘、だろォ)
明らかにサイズが合わない。それも、ぶかぶかだというのならわかる。身長もアラシヤマの方が低い。なら、服だって俺のものが着れて当然だ。
と、思っていたが実際。
がばりとベッドに乗り上げ、寝ている自分の身体に触れて確かめる。両肩のラインを確かめ、二の腕から胸囲、腰の太さなどを、アラシヤマの身体と触り比べて愕然とした。
腰は自分(シンタロー)の方が太かった。が、肩幅は・・・
「・・冗談・・・・っ」
なで肩に騙された。そしていつも猫背だから気付かなかったが、背もシャンと伸ばしてみればそんなに高さも変わらないのではないのか?
ちょっと待てちょっと待てと、叫び出してしまいそうな口元を手のひらで抑え、その手のひらの大きさにもドキリとした。
(冗談じゃねェ)
確か姿見があった筈。と、クローゼットの扉を開け、縦長のそれを発見してじっと中を覗き込んだ。
(信じらんねェ・・・)
今までちゃんと、アラシヤマの姿を見たことはなかった。目には入れても直視したことがない。恐らく。
士官学校時代は、もっと向き合ってた筈だ。一体いつから俺は、コイツから目を背けるようになってしまったのか。
鏡に映るその姿は、まるで初めて会った男のようだった。
「シンタローはんっ! 折角昨日わてが全部片したのに、また仰山書類溜めはって~・・・ヤル気おへんの!?」
「はいはい、うっせぇなー」
あの後意識を取り戻したアラシヤマは、すっかり自分が寝込んでしまったものだと思い込み、慌てて総帥デスクへと飛んで行った。
「この姿でいられるンも、いつまでかわかりまへんしな。こないな機会、逃す手はありまへん」
と言っていた通りに翌日には、何事もなかったかのように中身は元の入れ物に戻った。
「はぁ~神様は残酷や。わてが総帥やったら、ナンバーツー基い心友のこと、大事に大事にしますのになぁ。こない書類溜め込むこと、しまへんのになぁ」
などと嘆いて、持ち込んだ卓袱台の前に正座して、俺から回された書類を片付けていく。
「おめー、まだこの椅子狙ってんのかよ? そういうことは俺様に一度でも勝ってから言うんだな」
ホレ、と、その男の前に新しい書類の山を築き上げると、
「・・・・・・・」
「・・・ンだよ、その目は」
「へぇ、何でもわてに頼んでおくれやす。シンタローはんには、一生敵いまへんから」
にっこりと嬉しそうに笑って、書類に視線を戻したその下げられた顎を思いっきり蹴り上げた。
「痛ぁーーーー!! いきなり何しはりますのん!? わて何かしたー!?」
「るっせ。眼魔砲でなかっただけありがたいと思え」
くるりと踵を返してデスクに戻るその背に、まったくシャイなお方やなぁなどとうっとり唱える声が届いたが、技を発動させる為に振り返るにはあからさまに顔が火照り過ぎていた。
アラシヤマは気付いていたのだろう。毎日許す限りの時間飽きもせずに、人のことを眺めているのだから。
(あー、ちくしょう)
まったく舐められたモンだ。今度コテンパンに伸してやる。
奴の口にする“本気”は、これから二度と信じないことにした。
なっ、なんと!皆様!!渡様から素敵「俺アイツ」小説をいただいてしまいました・・・!アラとシン
ちゃんの人格交換ネタを、渡様に書いていただけるとは、まさに私は果報者ですvvv
渡様~!ほんまに素敵萌え小説をありがとうございましたー!!(涙)
ではでは、皆様も、渡様の素敵小説をご堪能くださいませvvv
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