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「匂い、移ってるな」
行為の後、キスの後、まるで世間話でもするみたいにハーレムはそう言った。何の、と聞けば、俺の匂いだ、と返って来た。ハーレムはおもむろにシンタローの髪をつかんで、大げさに掲げてその匂いを嗅いでみせた。閉じていた目が開かれ、やっぱりな、と呟く。続けて首筋に顔を近づけ、その匂いも嗅ぐ。
「犬かアンタは」
行為と、さっきハーレムが嗅いだせいで乱れた髪をかきあげながらシンタローは言う。その間にも大きな犬のその鼻は移動し、首筋から鎖骨、臍の辺りまでをクンクンと嗅いでいた。そこまで来てようやく満足したらしいハーレムはようやくシンタローの体を解放する。

必然であれ偶然であれ、ハーレムはシンタローに自分の跡を残すことを、自分にシンタローの跡が残ることを好む。行為が乱雑なのも、生来のものもあるだろうが、そう言った意味合いの方が強かった。背中に爪痕を残され、そして鎖骨に跡を残すような行為。
移り香に、まるでこいつはハーレムのものだとシンタローが宣言しながら歩いているように感じられ、思わぬ刻印にハーレムは嬉しそうに笑う。

シンタローは、といえば、たまったもんじゃないと慌てて自分の腕の匂いを嗅いで見る。確かに自分の汗に重なって、ハーレムの酒と、そして煙草の匂い。染み付いたような匂いは、風呂に入っても消えないだろう。
「・・・最悪だ」
心底そう呟けば、ハーレムは大いに笑う。
「ま、いいじゃねェか」
言ってハーレムは、煙草の煙を豪快に吐き出す。また匂いが移る、とばかりにシンタローは思わず身を引く。それでも煙は、まるで意志を持っているみたいにシンタローの周りを、宙に浮かんで離れない。
「さ、次いくぞ」
「次」とはもちろん次のことだった。
「・・・嫌だ。俺はもう帰る」
もうここには居たくない。そう吐き捨てて、シンタローは立ち上がろうとした。けれど腕は既にハーレムの豪腕につかまれていて、それも叶わない。
素早くベッドに組み敷かれ、もう逃げ場は無かった。
消えない移り香がまた、増えて行く。
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