二日酔いだ二日酔いだと吠えながら、ハーレムはシンタローの所へやって来た。
「・・・いつまでいるんだよ」
ため息まじりのシンタローの声も、ハーレムの大欠伸にかき消される。総帥用の大きなテーブルと椅子の反対側、負けず劣らず大きな来客用のソファにハーレムは我が物顔で寝転がっていた。背もたれの上の部分から、オレンジがかった金の鬣が見え隠れしている。全力で追い返そうと努力すればそうできるのだが、今は山になった仕事の合間、片手間に「帰れ」というくらいしか出来ない。仕方なくシンタローは、ハーレムが自分の意志で出て行くのを待つ事にした。
「泣いてないんだな」
唐突に、ハーレムの声が空気を震わせた。
「は?」
シンタローは、目を走らせていた書類から視線をソファに移す。いつの間に起きたのか、ハーレムはソファの背もたれに片手をかけこちらをじっと見つめていた。声の主は深々と煙草をくゆらせ、距離はあるはずなのにその匂いはシンタローの元まで届いていた。ただよう煙とハーレムの顔を交互に見遣ると、もう一度ハーレムは問う。
「泣いてないんだな」
同じ言葉で、少しだけ大きな声。今度ははっきりとその音はシンタローの耳に沈んだ。小さく噛みしめるようにシンタローは自分の中でその言葉を繰り返す。
「・・・なんのことだ」
結果だけを問うハーレムの言葉に苛つきながらもシンタローは平静を装う。書類は既に手から離れテーブルの上に落ち着いていた。
「・・・・・・・」
言葉の代わりにハーレムはたっぷりと煙を吐き出した。さまよい、そして消えて行く。何も言わないハーレムのおかげでシンタローは、記憶を全てひっくり返す羽目になった。
「総帥」の名をその肩に負うものは、泣くという事を自らに禁じているようだった。だから、入団以来の親友だと笑っていた男の訃報を聞いても、シンタローはその背中で、ましてや表情で泣くなんて、これっぽっちもしてみせなかった。
「・・・あんたに関係ないだろ」
青い目が、痛かった。視線を合わせていると本心を見抜かれそうで、シンタローは思わず部屋の中の何も無い空間に視線を這わせた。目の端でハーレムが動くのが見えて、何か厄介な事でもされるんじゃないかと思わず椅子に座ったまま少し後ずさる。ざざ、と椅子の脚と床が擦れる音がやけに響いた。手が伸びて来て、ついでに酒と煙草の匂いも運んで来た。きつい匂いにくらりとして、そして頭の上の影に気づく。ハーレムの、軍人らしい大きな手がシンタローの頭の上の空間に乗っていた。叩くのだろうか、殴るのだろうか。予想は外れた。ぽん、と軽く頭に手をのせられ、そして手は動く。撫でているのだった。ハーレムの手は、まるでそうする事しか知らないみたいにシンタローの頭を撫で続ける。黒髪が乱れて、くしゃ、と潰れる。
ハーレムなりの、それは慰め方だった。
人が、その命を失くすという事は悲しい事なのだと。
どんな肩書きを持っていようと、死を嘆いてはいけない事など無いのだと。
例えようも無く、不器用だった。
「・・・へたくそ」
ただ左右に動く手を、シンタローは笑い飛ばした。
二日酔いの目、泣きはらした目
「・・・いつまでいるんだよ」
ため息まじりのシンタローの声も、ハーレムの大欠伸にかき消される。総帥用の大きなテーブルと椅子の反対側、負けず劣らず大きな来客用のソファにハーレムは我が物顔で寝転がっていた。背もたれの上の部分から、オレンジがかった金の鬣が見え隠れしている。全力で追い返そうと努力すればそうできるのだが、今は山になった仕事の合間、片手間に「帰れ」というくらいしか出来ない。仕方なくシンタローは、ハーレムが自分の意志で出て行くのを待つ事にした。
「泣いてないんだな」
唐突に、ハーレムの声が空気を震わせた。
「は?」
シンタローは、目を走らせていた書類から視線をソファに移す。いつの間に起きたのか、ハーレムはソファの背もたれに片手をかけこちらをじっと見つめていた。声の主は深々と煙草をくゆらせ、距離はあるはずなのにその匂いはシンタローの元まで届いていた。ただよう煙とハーレムの顔を交互に見遣ると、もう一度ハーレムは問う。
「泣いてないんだな」
同じ言葉で、少しだけ大きな声。今度ははっきりとその音はシンタローの耳に沈んだ。小さく噛みしめるようにシンタローは自分の中でその言葉を繰り返す。
「・・・なんのことだ」
結果だけを問うハーレムの言葉に苛つきながらもシンタローは平静を装う。書類は既に手から離れテーブルの上に落ち着いていた。
「・・・・・・・」
言葉の代わりにハーレムはたっぷりと煙を吐き出した。さまよい、そして消えて行く。何も言わないハーレムのおかげでシンタローは、記憶を全てひっくり返す羽目になった。
「総帥」の名をその肩に負うものは、泣くという事を自らに禁じているようだった。だから、入団以来の親友だと笑っていた男の訃報を聞いても、シンタローはその背中で、ましてや表情で泣くなんて、これっぽっちもしてみせなかった。
「・・・あんたに関係ないだろ」
青い目が、痛かった。視線を合わせていると本心を見抜かれそうで、シンタローは思わず部屋の中の何も無い空間に視線を這わせた。目の端でハーレムが動くのが見えて、何か厄介な事でもされるんじゃないかと思わず椅子に座ったまま少し後ずさる。ざざ、と椅子の脚と床が擦れる音がやけに響いた。手が伸びて来て、ついでに酒と煙草の匂いも運んで来た。きつい匂いにくらりとして、そして頭の上の影に気づく。ハーレムの、軍人らしい大きな手がシンタローの頭の上の空間に乗っていた。叩くのだろうか、殴るのだろうか。予想は外れた。ぽん、と軽く頭に手をのせられ、そして手は動く。撫でているのだった。ハーレムの手は、まるでそうする事しか知らないみたいにシンタローの頭を撫で続ける。黒髪が乱れて、くしゃ、と潰れる。
ハーレムなりの、それは慰め方だった。
人が、その命を失くすという事は悲しい事なのだと。
どんな肩書きを持っていようと、死を嘆いてはいけない事など無いのだと。
例えようも無く、不器用だった。
「・・・へたくそ」
ただ左右に動く手を、シンタローは笑い飛ばした。
二日酔いの目、泣きはらした目
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