声が掠れていることには、朝から気づいていた。それでも何も手当をしようとしなかったのは、それによって、際限なく出てくる仕事を中断するのを回避したかったからだ。のど飴で誤摩化していたけれど時間が経つほどにそれはひどくなって来て、話す人話す人に怪訝な目で見られて、ようやく、医務室に行かないということを諦めたのだった。
医務室に向かう途中グンマにすれ違って、大げさなまでに声のことを心配されて、本当にひどかったのだと気づかされる。
医務室には、幸い、というか偶然にもキンタローだけが居て、シンタローはほっと胸を撫で下ろす。高松には会いたくないと正直思っていた。奴に普段は誰にも見せないような、喉の奥を見せるなんて勘弁だった。
「シンタロー、どうかしたのか?」
「おう、ちょっとな」
言いながら医務室のドアを閉める。耳に届いた思っていた以上の枯れた声に舌打ちをする。その少しのやり取りでどうやらキンタローは気づいたようで、苦笑いを浮かべる。
「そんなになるまで、何したんだ?」
「知らねーよ。起きたらこれだ」
参った、とジェスチャーをして、シンタローは近くにあった簡易椅子に座る。正直喋るのも嫌だというシンタローにキンタローはさらに苦い笑みを浮かべる。
「・・・専門じゃないだろうけど、とにかく頼むわ」
「わかっている」
『医師』の顔になったキンタローは、シンタローの真向かいの椅子に座る。じっとシンタローを見つめ、口を開けるよう指示する。
「・・・なんか恥ずかしいな、これ」
言いながらも素直にシンタローは口を開ける。両頬に手を添えて中を覗き込めば、すぐにキンタローは、あぁ、とため息をつく。
「そんなにひどいのか?」
慌ててシンタローが尋ねると、
「いや、ひどくはない。ただ炎症を起こしているだけだが」
なんて答えが返っては来たものの、キンタローは未だ晴れない顔をしている。
「?」
「薬ですぐにでも治るんだが、その薬を今切らしててな。・・・自然に治るのを待つしか無いな」
すまない、と頭を垂れるキンタローにシンタローは構わない、と笑う。
「治らない訳じゃないんだから、別に気にしねーよ」
「・・・しかし、いいのか?」
「なにがだ?」
キンタローはすぐには答えず、何がいいあぐねている様子だった。はっきりしないキンタローの態度にシンタローは首を傾げ、そこから出てくる言葉を待った。
「ハーレム叔父貴が、黙ってないだろう?」
待たなければ良かった、とシンタローは思った。
「・・・な、なんでハーレムが出てくるんだよ、そこで」
動揺しているのに気づかれないだろうかと、必死にシンタローは平静を装って答える。
「叔父貴はシンタローの声が好きだと言っていた。とくに、喘ぎ声が」
何事にも恥ずかしさを知らないキンタローの言葉は、こんな時には反則だった。
「な、んで・・・」
かすれた声がさらに、かすれる。
自分とハーレムの関係を、ハーレムが自分の声が好きだなんて本人も知らないことをどうしてキンタローが知っているんだ。真っ赤になって一気にまくしたてると、キンタローは平然と「一緒に酒を飲んだときに聞いた」と一言。
「・・・あの糞オヤジ・・・」
今度は恥ずかしさよりも怒りの方が込み上げて来て、シンタローは慌ただしく医務室を出て行った。枯れてしまった声のことなどとうに忘れて。
「シンタロー!」
呼び止めるものの、その背は振り返らない。
キンタローが引き出しから見つけた、ひとつだけ残っていた薬がシンタローの手に届くことも無かったようだった。
医務室に向かう途中グンマにすれ違って、大げさなまでに声のことを心配されて、本当にひどかったのだと気づかされる。
医務室には、幸い、というか偶然にもキンタローだけが居て、シンタローはほっと胸を撫で下ろす。高松には会いたくないと正直思っていた。奴に普段は誰にも見せないような、喉の奥を見せるなんて勘弁だった。
「シンタロー、どうかしたのか?」
「おう、ちょっとな」
言いながら医務室のドアを閉める。耳に届いた思っていた以上の枯れた声に舌打ちをする。その少しのやり取りでどうやらキンタローは気づいたようで、苦笑いを浮かべる。
「そんなになるまで、何したんだ?」
「知らねーよ。起きたらこれだ」
参った、とジェスチャーをして、シンタローは近くにあった簡易椅子に座る。正直喋るのも嫌だというシンタローにキンタローはさらに苦い笑みを浮かべる。
「・・・専門じゃないだろうけど、とにかく頼むわ」
「わかっている」
『医師』の顔になったキンタローは、シンタローの真向かいの椅子に座る。じっとシンタローを見つめ、口を開けるよう指示する。
「・・・なんか恥ずかしいな、これ」
言いながらも素直にシンタローは口を開ける。両頬に手を添えて中を覗き込めば、すぐにキンタローは、あぁ、とため息をつく。
「そんなにひどいのか?」
慌ててシンタローが尋ねると、
「いや、ひどくはない。ただ炎症を起こしているだけだが」
なんて答えが返っては来たものの、キンタローは未だ晴れない顔をしている。
「?」
「薬ですぐにでも治るんだが、その薬を今切らしててな。・・・自然に治るのを待つしか無いな」
すまない、と頭を垂れるキンタローにシンタローは構わない、と笑う。
「治らない訳じゃないんだから、別に気にしねーよ」
「・・・しかし、いいのか?」
「なにがだ?」
キンタローはすぐには答えず、何がいいあぐねている様子だった。はっきりしないキンタローの態度にシンタローは首を傾げ、そこから出てくる言葉を待った。
「ハーレム叔父貴が、黙ってないだろう?」
待たなければ良かった、とシンタローは思った。
「・・・な、なんでハーレムが出てくるんだよ、そこで」
動揺しているのに気づかれないだろうかと、必死にシンタローは平静を装って答える。
「叔父貴はシンタローの声が好きだと言っていた。とくに、喘ぎ声が」
何事にも恥ずかしさを知らないキンタローの言葉は、こんな時には反則だった。
「な、んで・・・」
かすれた声がさらに、かすれる。
自分とハーレムの関係を、ハーレムが自分の声が好きだなんて本人も知らないことをどうしてキンタローが知っているんだ。真っ赤になって一気にまくしたてると、キンタローは平然と「一緒に酒を飲んだときに聞いた」と一言。
「・・・あの糞オヤジ・・・」
今度は恥ずかしさよりも怒りの方が込み上げて来て、シンタローは慌ただしく医務室を出て行った。枯れてしまった声のことなどとうに忘れて。
「シンタロー!」
呼び止めるものの、その背は振り返らない。
キンタローが引き出しから見つけた、ひとつだけ残っていた薬がシンタローの手に届くことも無かったようだった。
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