* n o v e l *
PAPUWA~俺達類友!~
3/4
「うう、えらい目にあったどす……」
「まだまだ修行が足りんな、アラシヤマ」
「師匠。気のせいかもしれまへんが、なんや特訓いうよりも殺意込めた本気の攻撃しとりまへんでした……?」
「気のせいだ」
顔色一つ変えずにキッパリと弟子の言葉を否定し、マーカーは訓練所を出てガンマ団内を歩く。
その後をあちこち焦げてボロボロになったアラシヤマがよろよろと追う。
特訓(と見せかけて本気でアラシヤマを葬ろうと)している間に、大分ストレス解消ができたようだ。
マーカーの表情からは苛立ちが消えている。それとは対照的にアラシヤマは憔悴しきっていたが、ふと前方に見知った人影を見つけて思わず立ち止まった。
「マジック様!?こないな所で何してはるんどす?」
「ん?……ああ、マーカーとアラシヤマじゃないか」
声をかけられて振り向く前総帥のもとに、二人は歩み寄って頭を下げた。
「何だかアラシヤマはボロボロだねぇ。手合わせでもしていたのかい?」
「へ、へぇ……そうどす。師匠に相手してもろうとったんどす」
「ええ。偶然時間が空いていましたので、久しぶりに腕を見てやろうかと」
「ほう、麗しき師弟愛だね。羨ましいよ」
礼儀正しく沈黙を守るマーカーの隣でアラシヤマは口を引きつらせたが、気を取り直して最初の質問を再び投げ掛けた。
「マジック様、何かありましたん?側近も連れんと、こないな所でお一人で」
「あ、ああ……用はもう済んだのでね。今はシンちゃんの部屋から帰るところさ」
「ええ!?シンタローはんの!!?」
過剰反応を見せる弟子に、マーカーは露骨に嫌な顔をした。
だが自他共に認めるシンタローマニアである二人はそんな事に気付きもせず、興奮した様子で「今日のシンちゃん(シンタローはん)」の話で盛り上がっている。
「いやぁ~、ハッハッハ。今頃シンちゃんはカレーを食べている筈だよ。あの子はカレーが好きだけど、その中でも私の作ったカレーが一番の好物だからね!」
「えっ、マジック様の作りはったカレー……どすか?」
「ああ。シンタローの好みは父親である私が一番よく分かっているし、シンタロー本人もパパの作ったカレーライスじゃないとヤダって泣いちゃう位の甘えん坊だからね!」
「なっ……何どすってぇー!!?」
いささか誇張されている(妄想の入っている)自慢話に、アラシヤマは激しいショックを受けてよろめいた。その隣で、「嘘つけオッサン」と心の中で冷静にツッコミを入れつつも、
「そうですか。やはり幾つになっても親子の絆は失われないものですね」
などとテキトーな事を言っているマーカーの馬鹿にしまくった絶対零度の眼差しにも、暴走している二人は気付かない。
「し、シンタローはん……心友であるわてのカレーでも駄目なんどすか!?」
「ハッハッハ、駄目だよもちろん」
「即答どすか!?」
「シンちゃんは照れ屋なだけで、本当はパパの事が大好きなんだからね。君じゃあ無理だよアラシヤマ」
フフン、と見下されてアラシヤマは嫉妬の炎を轟々と燃え滾らせた。
「照れ屋、ですか……シンタロー様の性格と、話の流れから察するにマジック様もシンタロー様から追い出されたのでは?」
「マーカー、余計な事言うとオシオキするよ」
「申し訳ありません」
アラシヤマは打ちひしがれた様子でボタボタと大粒の涙をこぼしていたが、身に纏う炎は益々燃え盛り、ぐっと力強く拳を握った。
「わ、わてもカレーを作りますえ……そしてシンタローはんにっ、シンタローはんに……っ!
『え――?これ、お前が作ったのアラシヤマ?……ああ、すっげー美味いよ。親父のなんか目じゃねー位に。いや、誰が作ったカレーよりお前のが一番だ。俺の為にこんなに美味いカレー作ってくれるなんて……大変だったろ?
やっぱり俺の真の理解者はお前だけだよ。サンキュー、アラシヤマ。――俺の大切な……心友』
……って、褒めてもらいますえーーっ!!!」
妙な妄想を繰り広げ、バーニンラブ!!と暑苦しく叫ぶ弟子に流石に呆れ果て(というか心底気持ち悪いと思って)マーカーはアラシヤマから無言で距離を取った。
「あんなのが弟子で、君も大変だねぇマーカー」
「…………恐縮です」
貴様には言われたくない、と思いながらも、マーカーは分別ある大人だったので黙って頷いておいた。
そして、そんなのにばかり付き纏われている年若き総帥の事を思うと、マーカーはこの冷淡な男にしては珍しく、少しばかり同情の念がわいてくるのを感じるのであった。
アラシヤマは燃えていた。実際に炎が出ていたので、途中すれ違った何人かに火傷を負わせたようだが、そんな瑣末な事に関わっている暇は無い。
あの後、ガンマ団内にある食堂へ駆け込んだアラシヤマは、食堂のおばちゃん達に鬼気迫る表情で事情を説明し、ふりふりエプロン(白の総レース)を借り受けてシンタローの為に執念のカレーを作り上げた。
「友情、愛情、二人のスウィートメモリー……シンタローはんを想うて思わず流してしもうたわての切ない涙でスパイスをきかせ……愛憎渦巻く『ビバ☆シンタローはん愛してますえ友情パワー爆裂カレーライス!』の出来上がりどすぅ!!!」
名前を聞いた時点で誰もが食欲を無くすような名前を恍惚とした表情で叫び、アラシヤマは大切そうに特製のカレーが盛られた皿を捧げ持つように持って、愛しい彼のもとへ駆けていた。
――そんな事をしたらカレーが冷めるという事にアラシヤマは気付いていない。
「フ…フフフ……!これでシンタローはんのハートはわてのもんどすなぁ~……!」
黙っていれば彼はなかなかの美男子だ。だが、鍛え上げられた肉体の成人男性がエプロンを身に着けて「フフフフフ……」と暗く笑う様はたいそう不気味だった。
不幸にもその姿を見てしまった者達は、沈痛な面持ちで「……俺は何も見なかった」と自己暗示をかけて目をそらすしかなかった。
自分の組織内でそんな悲惨な事件が起きているとは夢にも思わず。
「あ~、食った食った!……ま、こんなもんなんじゃねーの?食えねぇ事はねーな」
マジックの作ったカレーを綺麗に平らげて、シンタローは感想を聞いてきた父の側近達にそう答えた。
だがその素直でない返答とは裏腹に、表情は満足気だ。それを見て側近達も笑みを浮かべる。
「そうですか。それを聞いたらマジック様もお喜びになられるでしょう」
「あんまあの親父を調子づかせんじゃねーぞ、ティラ、チョコ」
「心得ております、シンタロー総帥」
キンタローも美味かった、と満足気に言ってスプーンを置き、ティラミスとチョコレートロマンスが皿を片付けて部屋を去っていくのを見送った。
「次回は、一緒に食事をしてやってもいいんじゃないか?シンタロー」
二人が出ていって暫くしてから、キンタローは何気なさを装ってそう提案してみた。
シンタローは一瞬嫌そうな顔をしたが、少し照れ臭そうにがしがしと乱暴に頭をかき。
「……ま、たまには付き合ってやってもいいかもな」
と答えた。
ほのぼのとした空気がその場に流れる――が、
「シンタローはん!わての燃える愛も受け取っておくれやすぅぅぅ!!」
世界一空気を読めない男の登場で、一瞬にしてそれは霧散した。
* n o v e l *
PAPUWA~俺達類友!~
4/4
こんなもん食えるかあぁぁぁぁ!!!」
怒声と共にドガァァァーン!!と本日2発目の眼魔砲が炸裂した。
「溜めナシどすかー!!?」
キリモミ状に空を飛んで床に叩き付けられながらも、アラシヤマは即座に復活してずぅーるずーるとゾンビのように床を這いずる。
咄嗟に庇ったのか、奇跡的にカレーは無事だった。
「げほっ!……ぐっ、な…何でどすかシンタローはん……!マジック様のカレーやないと、嫌なんどすか!?泣くんどすか!?駄々こねはるんどすか!!?
そないなシンタローはんも愛らしいて好きどすけど、わてのカレーも一口でええから食べておくれやすぅ!」
足に縋りついてくるアラシヤマに鳥肌を立ててゲシゲシ!!と容赦なく蹴散らしながら、シンタローは「何の話だそれは!?」と怒鳴った。
「どんな怪電波を受信してんだよオメーは。何喋ってんのかよく分かンねーけど……俺は米の代わりにおたべが敷き詰めてあるようなカレーをカレーライスとは認めねぇ!」
そう、アラシヤマの作ってきたカレーはカレーライスとは名ばかりの、米が一粒も入っていないカレーおたべであった。アラシヤマはシンタローの蹴りで更にダメージを受けつつ、不思議そうに彼を見上げる。
「……な、何か不都合でもありましたん?シンタローはん。米が好きや言いはるんなら、安心してええどすえ。おたべには米粉が使われてましてなぁ、主な原材料は米粉と砂糖とニッキ……」
「誰が製造過程言えっつったよ、ああ!?ニッキの匂いとカレーの匂いがイヤな感じでコラボしてんぞコラ」
「せやかて……カレーには隠し味でチョコレートやらヨーグルトやら入れる人がおるんやから、おたべが入っても大して気にならんと違います?」
「お前、世界のカレーライス愛好家の皆さんに土下座して謝れ。あとついでに京都の皆さんにも謝ってそのまま永遠の眠りにつきやがれ」
特別に俺の手で送ってやるからさ、と爽やかに笑いかけながらアラシヤマの頭をぐりぐりと踏みつけてやる。
「ああん、そんなシンタローはんも素敵どすわ!」
「おいキンタロー、ちょっと手ぇ貸してくれ。デカいゴミ埋めるから」
本気でアラシヤマを血の海に沈めようとするシンタローだが、キンタローが無言で首を横に振るのを見て、チッと舌打ちした。
踏むのをやめると足元でアラシヤマが血反吐を吐いているのが見えたが、無視してソファに向かい、どさっと腰を下ろす。偉そうに足を組んでアラシヤマを見やり、「……で?」と低い声音で訊ねる。
「へ……?」
「へ?じゃねーよ。何だって突然カレーなんか作ってきたんだ?めんどくせーけど一応聞いてやっから、言ってみろよ」
「し、シンタローはん……!」
感激して此方を見つめる男にシンタローは一瞬「やっぱ聞かなきゃよかったかも……」と思ったが、すぐにまぁいっか、と気を取り直して先を促した。
何だかんだ言っても好物のカレーライスを食べた後で、機嫌は悪くなかったのかもしれない。
「――――と、いうワケどすえ」
「なぁーるほどね。情けなさに涙が出そうだわ俺」
アラシヤマの説明を聞き終わった後、シンタローは下を向いて心底疲れたようにハァ……と溜息をついた。意味不明な自慢をするマジックもマジックだが、それを真に受ける奴も真に受ける奴だ。
「確かお前、今日は一日休みの筈だろ?遠征から帰ってきたばっかで疲れてるだろうに、なーに下らねぇ事やってンだよ」
「心友のシンタローはんに喜んでもらいたかったんどす……!」
「いや、心友どころかただの友達ですらねーから。俺とお前の間に関係があるとしたら、それは無関係ってやつだ」
「ひ、久しぶりに聞くと堪えますなぁ…シンタローはんの照れ隠しは……。照れ屋なお人やって分かっとってもグサグサ突き刺さってわての繊細な心を容赦なく抉っていきますわ……」
繊細というには打たれ強すぎるのでは、と後ろでキンタローが異を唱えた。それに対して深く頷いて同意を示しつつ、
「んっとに……仕方ねー奴だなぁ」
やれやれ、シンタローは呟いて呆れたように苦笑いした。
それを見てアラシヤマが鮮やかな鼻血をふき上げたが、シンタローは意識して目をそらし、軽く伸びをした。
「事情はわぁったよ。でももう親父の作ったカレー先に食っちまったから、今は腹減ってねーんだ。
折角作ってくれたのにワリーな。……ま、一応礼言っとくぜアラシヤマ。サンキュー」
「――――!!!!しっ、しししシンタローはん……!!い、今、わわわわて、わてに…お、おおおお礼を言わはりました!!?」
「……おぉ、言ったけど」
バッと立ち上がってハァハァと鼻息荒くブルブル震えながら問い掛けてくるアラシヤマに、シンタローはちょっと引きながら頷いた。
危険を感じたキンタローがさり気なくシンタローを守るように前に立ちはだかるが、アラシヤマは最早シンタローしか見えていないらしく、滂沱の涙を流しながら感極まったように両手を組んだ。
「はぅあ……!!!わ、わて!!わて!!もういつ死んでもいいどすうぅぅーっ!!!」
「…………そぉか、良かったな」
シンタローの名を呼んで抱きつこうとしてくるアラシヤマに、W眼魔砲が炸裂した。
「フッフフン、フ~ン。フッフフン、フ~~ン♪」
「うるさいぞアラシヤマ!貴様、それで鼻歌のつもりか?」
「あ、師匠!」
上機嫌にスキップしていたアラシヤマは、マーカーに声をかけられて嬉しそうに立ち止まった。その笑顔にマーカーは悪寒を覚えたが、ちょうど自分の進行方向にアラシヤマがいるので背を向けて立ち去る事ができない。
「耳障りだ、死ね」
「出会い頭にいきなり何言いますのん!……まぁ今はわて、誰に何を言われても許せそうどすけどな」
「……ついに脳細胞が全て死に絶えたか」
幸せそうなアラシヤマの笑顔を見てマーカーは戦慄した。これ以上奇行をやらかして師である自分の名を地に落とす前に、今の内に始末してやる方がお互いにとって幸いであるのかもしれない。
必殺技の構えを取ろうとするマーカーに気付かないまま、アラシヤマは何が可笑しいのかクスクスと笑った(殺るしかない、とマーカーはこの時確信した)。
「聞いておくれやす師匠!実はさっき、シンタローはんがわてに、このわてにっ、ありがとう心友って言うてくれましたんえ!?」
「哀しい白昼夢だな」
マーカーは即座に切って捨てた。
だがアラシヤマは気にした様子もなく「何言うてはりますのん」と鼻で笑った。
「ほんまに言うてくれましたんえ?わてのカレーライスにえらい感動してはりましてなぁ……マジック様のカレーを先に食べてもうたせいで今はわてのカレーが食べられへんて、それはもう残念そうに言うてはりましたわ。でもわては大丈夫なんどすえ!また次の機会がありますし、シンタローはんの切ない想いはちゃーんと受け取りましたんや!……これも、以心伝心っちゅーやつやろか。フフ…フフフフフ……」
ニヤニヤと笑うアラシヤマを見てマーカーは眉間に深いしわを刻んだ。せめてもの慈悲で、苦しまないように送ってやろうと思いながら。
「師匠もわてとシンタローはんを見習って、早いとこ友達作った方がいいどすえ?師匠はその歪んだ性格直さんと無理でっしゃろうけど、歳取った時にだぁーれも周りにおらんと不憫――」
「蛇炎流!!」
調子に乗って、上から目線で余計な事を口走ったアラシヤマは、全治3ヶ月の全身火傷を負ったという。
一方何だかんだ言っても心優しいシンタローは、アラシヤマを部屋から叩き出した後、
「ったく、何で俺がこんなマズそうなもん……」
とブツブツ言いながらも、カレーおたべを一口だけ食べてやった。そして想像以上のそのマズさに、「アイツ次会ったらぜってぇぶっ殺す」と堅く心に誓い、二人の間にはまた大きな溝が生まれた。
そして更に踏んだり蹴ったりな事に、アラシヤマに妙な対抗心を燃やしたマジックに毎日毎日カレーライスの出前をされ、うんざりして彼は空に向かって吼えた。
「もう暫くは誰の作ったカレーも食わねぇ……!!!」
後日、ガンマ団の食堂入り口には『アラシヤマ、厨房立チ入ルベカラズ』と書かれた紙がデカデカと張られ、ついでにアラシヤマの給料はシンタローの気が晴れるまでの間ずっと、90%カットされたという。
END
PAPUWA~俺達類友!~
3/4
「うう、えらい目にあったどす……」
「まだまだ修行が足りんな、アラシヤマ」
「師匠。気のせいかもしれまへんが、なんや特訓いうよりも殺意込めた本気の攻撃しとりまへんでした……?」
「気のせいだ」
顔色一つ変えずにキッパリと弟子の言葉を否定し、マーカーは訓練所を出てガンマ団内を歩く。
その後をあちこち焦げてボロボロになったアラシヤマがよろよろと追う。
特訓(と見せかけて本気でアラシヤマを葬ろうと)している間に、大分ストレス解消ができたようだ。
マーカーの表情からは苛立ちが消えている。それとは対照的にアラシヤマは憔悴しきっていたが、ふと前方に見知った人影を見つけて思わず立ち止まった。
「マジック様!?こないな所で何してはるんどす?」
「ん?……ああ、マーカーとアラシヤマじゃないか」
声をかけられて振り向く前総帥のもとに、二人は歩み寄って頭を下げた。
「何だかアラシヤマはボロボロだねぇ。手合わせでもしていたのかい?」
「へ、へぇ……そうどす。師匠に相手してもろうとったんどす」
「ええ。偶然時間が空いていましたので、久しぶりに腕を見てやろうかと」
「ほう、麗しき師弟愛だね。羨ましいよ」
礼儀正しく沈黙を守るマーカーの隣でアラシヤマは口を引きつらせたが、気を取り直して最初の質問を再び投げ掛けた。
「マジック様、何かありましたん?側近も連れんと、こないな所でお一人で」
「あ、ああ……用はもう済んだのでね。今はシンちゃんの部屋から帰るところさ」
「ええ!?シンタローはんの!!?」
過剰反応を見せる弟子に、マーカーは露骨に嫌な顔をした。
だが自他共に認めるシンタローマニアである二人はそんな事に気付きもせず、興奮した様子で「今日のシンちゃん(シンタローはん)」の話で盛り上がっている。
「いやぁ~、ハッハッハ。今頃シンちゃんはカレーを食べている筈だよ。あの子はカレーが好きだけど、その中でも私の作ったカレーが一番の好物だからね!」
「えっ、マジック様の作りはったカレー……どすか?」
「ああ。シンタローの好みは父親である私が一番よく分かっているし、シンタロー本人もパパの作ったカレーライスじゃないとヤダって泣いちゃう位の甘えん坊だからね!」
「なっ……何どすってぇー!!?」
いささか誇張されている(妄想の入っている)自慢話に、アラシヤマは激しいショックを受けてよろめいた。その隣で、「嘘つけオッサン」と心の中で冷静にツッコミを入れつつも、
「そうですか。やはり幾つになっても親子の絆は失われないものですね」
などとテキトーな事を言っているマーカーの馬鹿にしまくった絶対零度の眼差しにも、暴走している二人は気付かない。
「し、シンタローはん……心友であるわてのカレーでも駄目なんどすか!?」
「ハッハッハ、駄目だよもちろん」
「即答どすか!?」
「シンちゃんは照れ屋なだけで、本当はパパの事が大好きなんだからね。君じゃあ無理だよアラシヤマ」
フフン、と見下されてアラシヤマは嫉妬の炎を轟々と燃え滾らせた。
「照れ屋、ですか……シンタロー様の性格と、話の流れから察するにマジック様もシンタロー様から追い出されたのでは?」
「マーカー、余計な事言うとオシオキするよ」
「申し訳ありません」
アラシヤマは打ちひしがれた様子でボタボタと大粒の涙をこぼしていたが、身に纏う炎は益々燃え盛り、ぐっと力強く拳を握った。
「わ、わてもカレーを作りますえ……そしてシンタローはんにっ、シンタローはんに……っ!
『え――?これ、お前が作ったのアラシヤマ?……ああ、すっげー美味いよ。親父のなんか目じゃねー位に。いや、誰が作ったカレーよりお前のが一番だ。俺の為にこんなに美味いカレー作ってくれるなんて……大変だったろ?
やっぱり俺の真の理解者はお前だけだよ。サンキュー、アラシヤマ。――俺の大切な……心友』
……って、褒めてもらいますえーーっ!!!」
妙な妄想を繰り広げ、バーニンラブ!!と暑苦しく叫ぶ弟子に流石に呆れ果て(というか心底気持ち悪いと思って)マーカーはアラシヤマから無言で距離を取った。
「あんなのが弟子で、君も大変だねぇマーカー」
「…………恐縮です」
貴様には言われたくない、と思いながらも、マーカーは分別ある大人だったので黙って頷いておいた。
そして、そんなのにばかり付き纏われている年若き総帥の事を思うと、マーカーはこの冷淡な男にしては珍しく、少しばかり同情の念がわいてくるのを感じるのであった。
アラシヤマは燃えていた。実際に炎が出ていたので、途中すれ違った何人かに火傷を負わせたようだが、そんな瑣末な事に関わっている暇は無い。
あの後、ガンマ団内にある食堂へ駆け込んだアラシヤマは、食堂のおばちゃん達に鬼気迫る表情で事情を説明し、ふりふりエプロン(白の総レース)を借り受けてシンタローの為に執念のカレーを作り上げた。
「友情、愛情、二人のスウィートメモリー……シンタローはんを想うて思わず流してしもうたわての切ない涙でスパイスをきかせ……愛憎渦巻く『ビバ☆シンタローはん愛してますえ友情パワー爆裂カレーライス!』の出来上がりどすぅ!!!」
名前を聞いた時点で誰もが食欲を無くすような名前を恍惚とした表情で叫び、アラシヤマは大切そうに特製のカレーが盛られた皿を捧げ持つように持って、愛しい彼のもとへ駆けていた。
――そんな事をしたらカレーが冷めるという事にアラシヤマは気付いていない。
「フ…フフフ……!これでシンタローはんのハートはわてのもんどすなぁ~……!」
黙っていれば彼はなかなかの美男子だ。だが、鍛え上げられた肉体の成人男性がエプロンを身に着けて「フフフフフ……」と暗く笑う様はたいそう不気味だった。
不幸にもその姿を見てしまった者達は、沈痛な面持ちで「……俺は何も見なかった」と自己暗示をかけて目をそらすしかなかった。
自分の組織内でそんな悲惨な事件が起きているとは夢にも思わず。
「あ~、食った食った!……ま、こんなもんなんじゃねーの?食えねぇ事はねーな」
マジックの作ったカレーを綺麗に平らげて、シンタローは感想を聞いてきた父の側近達にそう答えた。
だがその素直でない返答とは裏腹に、表情は満足気だ。それを見て側近達も笑みを浮かべる。
「そうですか。それを聞いたらマジック様もお喜びになられるでしょう」
「あんまあの親父を調子づかせんじゃねーぞ、ティラ、チョコ」
「心得ております、シンタロー総帥」
キンタローも美味かった、と満足気に言ってスプーンを置き、ティラミスとチョコレートロマンスが皿を片付けて部屋を去っていくのを見送った。
「次回は、一緒に食事をしてやってもいいんじゃないか?シンタロー」
二人が出ていって暫くしてから、キンタローは何気なさを装ってそう提案してみた。
シンタローは一瞬嫌そうな顔をしたが、少し照れ臭そうにがしがしと乱暴に頭をかき。
「……ま、たまには付き合ってやってもいいかもな」
と答えた。
ほのぼのとした空気がその場に流れる――が、
「シンタローはん!わての燃える愛も受け取っておくれやすぅぅぅ!!」
世界一空気を読めない男の登場で、一瞬にしてそれは霧散した。
* n o v e l *
PAPUWA~俺達類友!~
4/4
こんなもん食えるかあぁぁぁぁ!!!」
怒声と共にドガァァァーン!!と本日2発目の眼魔砲が炸裂した。
「溜めナシどすかー!!?」
キリモミ状に空を飛んで床に叩き付けられながらも、アラシヤマは即座に復活してずぅーるずーるとゾンビのように床を這いずる。
咄嗟に庇ったのか、奇跡的にカレーは無事だった。
「げほっ!……ぐっ、な…何でどすかシンタローはん……!マジック様のカレーやないと、嫌なんどすか!?泣くんどすか!?駄々こねはるんどすか!!?
そないなシンタローはんも愛らしいて好きどすけど、わてのカレーも一口でええから食べておくれやすぅ!」
足に縋りついてくるアラシヤマに鳥肌を立ててゲシゲシ!!と容赦なく蹴散らしながら、シンタローは「何の話だそれは!?」と怒鳴った。
「どんな怪電波を受信してんだよオメーは。何喋ってんのかよく分かンねーけど……俺は米の代わりにおたべが敷き詰めてあるようなカレーをカレーライスとは認めねぇ!」
そう、アラシヤマの作ってきたカレーはカレーライスとは名ばかりの、米が一粒も入っていないカレーおたべであった。アラシヤマはシンタローの蹴りで更にダメージを受けつつ、不思議そうに彼を見上げる。
「……な、何か不都合でもありましたん?シンタローはん。米が好きや言いはるんなら、安心してええどすえ。おたべには米粉が使われてましてなぁ、主な原材料は米粉と砂糖とニッキ……」
「誰が製造過程言えっつったよ、ああ!?ニッキの匂いとカレーの匂いがイヤな感じでコラボしてんぞコラ」
「せやかて……カレーには隠し味でチョコレートやらヨーグルトやら入れる人がおるんやから、おたべが入っても大して気にならんと違います?」
「お前、世界のカレーライス愛好家の皆さんに土下座して謝れ。あとついでに京都の皆さんにも謝ってそのまま永遠の眠りにつきやがれ」
特別に俺の手で送ってやるからさ、と爽やかに笑いかけながらアラシヤマの頭をぐりぐりと踏みつけてやる。
「ああん、そんなシンタローはんも素敵どすわ!」
「おいキンタロー、ちょっと手ぇ貸してくれ。デカいゴミ埋めるから」
本気でアラシヤマを血の海に沈めようとするシンタローだが、キンタローが無言で首を横に振るのを見て、チッと舌打ちした。
踏むのをやめると足元でアラシヤマが血反吐を吐いているのが見えたが、無視してソファに向かい、どさっと腰を下ろす。偉そうに足を組んでアラシヤマを見やり、「……で?」と低い声音で訊ねる。
「へ……?」
「へ?じゃねーよ。何だって突然カレーなんか作ってきたんだ?めんどくせーけど一応聞いてやっから、言ってみろよ」
「し、シンタローはん……!」
感激して此方を見つめる男にシンタローは一瞬「やっぱ聞かなきゃよかったかも……」と思ったが、すぐにまぁいっか、と気を取り直して先を促した。
何だかんだ言っても好物のカレーライスを食べた後で、機嫌は悪くなかったのかもしれない。
「――――と、いうワケどすえ」
「なぁーるほどね。情けなさに涙が出そうだわ俺」
アラシヤマの説明を聞き終わった後、シンタローは下を向いて心底疲れたようにハァ……と溜息をついた。意味不明な自慢をするマジックもマジックだが、それを真に受ける奴も真に受ける奴だ。
「確かお前、今日は一日休みの筈だろ?遠征から帰ってきたばっかで疲れてるだろうに、なーに下らねぇ事やってンだよ」
「心友のシンタローはんに喜んでもらいたかったんどす……!」
「いや、心友どころかただの友達ですらねーから。俺とお前の間に関係があるとしたら、それは無関係ってやつだ」
「ひ、久しぶりに聞くと堪えますなぁ…シンタローはんの照れ隠しは……。照れ屋なお人やって分かっとってもグサグサ突き刺さってわての繊細な心を容赦なく抉っていきますわ……」
繊細というには打たれ強すぎるのでは、と後ろでキンタローが異を唱えた。それに対して深く頷いて同意を示しつつ、
「んっとに……仕方ねー奴だなぁ」
やれやれ、シンタローは呟いて呆れたように苦笑いした。
それを見てアラシヤマが鮮やかな鼻血をふき上げたが、シンタローは意識して目をそらし、軽く伸びをした。
「事情はわぁったよ。でももう親父の作ったカレー先に食っちまったから、今は腹減ってねーんだ。
折角作ってくれたのにワリーな。……ま、一応礼言っとくぜアラシヤマ。サンキュー」
「――――!!!!しっ、しししシンタローはん……!!い、今、わわわわて、わてに…お、おおおお礼を言わはりました!!?」
「……おぉ、言ったけど」
バッと立ち上がってハァハァと鼻息荒くブルブル震えながら問い掛けてくるアラシヤマに、シンタローはちょっと引きながら頷いた。
危険を感じたキンタローがさり気なくシンタローを守るように前に立ちはだかるが、アラシヤマは最早シンタローしか見えていないらしく、滂沱の涙を流しながら感極まったように両手を組んだ。
「はぅあ……!!!わ、わて!!わて!!もういつ死んでもいいどすうぅぅーっ!!!」
「…………そぉか、良かったな」
シンタローの名を呼んで抱きつこうとしてくるアラシヤマに、W眼魔砲が炸裂した。
「フッフフン、フ~ン。フッフフン、フ~~ン♪」
「うるさいぞアラシヤマ!貴様、それで鼻歌のつもりか?」
「あ、師匠!」
上機嫌にスキップしていたアラシヤマは、マーカーに声をかけられて嬉しそうに立ち止まった。その笑顔にマーカーは悪寒を覚えたが、ちょうど自分の進行方向にアラシヤマがいるので背を向けて立ち去る事ができない。
「耳障りだ、死ね」
「出会い頭にいきなり何言いますのん!……まぁ今はわて、誰に何を言われても許せそうどすけどな」
「……ついに脳細胞が全て死に絶えたか」
幸せそうなアラシヤマの笑顔を見てマーカーは戦慄した。これ以上奇行をやらかして師である自分の名を地に落とす前に、今の内に始末してやる方がお互いにとって幸いであるのかもしれない。
必殺技の構えを取ろうとするマーカーに気付かないまま、アラシヤマは何が可笑しいのかクスクスと笑った(殺るしかない、とマーカーはこの時確信した)。
「聞いておくれやす師匠!実はさっき、シンタローはんがわてに、このわてにっ、ありがとう心友って言うてくれましたんえ!?」
「哀しい白昼夢だな」
マーカーは即座に切って捨てた。
だがアラシヤマは気にした様子もなく「何言うてはりますのん」と鼻で笑った。
「ほんまに言うてくれましたんえ?わてのカレーライスにえらい感動してはりましてなぁ……マジック様のカレーを先に食べてもうたせいで今はわてのカレーが食べられへんて、それはもう残念そうに言うてはりましたわ。でもわては大丈夫なんどすえ!また次の機会がありますし、シンタローはんの切ない想いはちゃーんと受け取りましたんや!……これも、以心伝心っちゅーやつやろか。フフ…フフフフフ……」
ニヤニヤと笑うアラシヤマを見てマーカーは眉間に深いしわを刻んだ。せめてもの慈悲で、苦しまないように送ってやろうと思いながら。
「師匠もわてとシンタローはんを見習って、早いとこ友達作った方がいいどすえ?師匠はその歪んだ性格直さんと無理でっしゃろうけど、歳取った時にだぁーれも周りにおらんと不憫――」
「蛇炎流!!」
調子に乗って、上から目線で余計な事を口走ったアラシヤマは、全治3ヶ月の全身火傷を負ったという。
一方何だかんだ言っても心優しいシンタローは、アラシヤマを部屋から叩き出した後、
「ったく、何で俺がこんなマズそうなもん……」
とブツブツ言いながらも、カレーおたべを一口だけ食べてやった。そして想像以上のそのマズさに、「アイツ次会ったらぜってぇぶっ殺す」と堅く心に誓い、二人の間にはまた大きな溝が生まれた。
そして更に踏んだり蹴ったりな事に、アラシヤマに妙な対抗心を燃やしたマジックに毎日毎日カレーライスの出前をされ、うんざりして彼は空に向かって吼えた。
「もう暫くは誰の作ったカレーも食わねぇ……!!!」
後日、ガンマ団の食堂入り口には『アラシヤマ、厨房立チ入ルベカラズ』と書かれた紙がデカデカと張られ、ついでにアラシヤマの給料はシンタローの気が晴れるまでの間ずっと、90%カットされたという。
END
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