* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
1/5
キンタローは悩んでいた。
常日頃、「それ」に気付いた時からずっと、彼は考え続けていた。
「何故人は、写真を撮るんだ?」と。
周りを見回してみれば、彼の周囲にはやたら記録を取りたがる人間が多かった。
「ほら、これはシンちゃんが初めてハイハイをした時の写真だよ~。
こっちは掴まり立ちができるようになった時!……いやぁ~、この頃は夜泣きが激しくてねー。思い出すなぁ。
あ、こっちはタマネギを刻んで泣いてるシンちゃん17歳ね!可愛いだろう?隠し撮りするのに苦労したんだよ」
「グンマ様グンマ様グンマ様……ああ、いつ見てもほんっとうに天使のような笑顔ですねぇ。あひるさんボートに乗ってはしゃいでいるこの笑顔がまた……!
観賞用、保存用、引き伸ばしてポスター用、その他と計50枚は焼き増ししておかなければいけませんねぇ……ほんと幾つアルバムがあっても足りませんよ」
「フフ、フフフフフ……!ついに、ついにシンタローはんのお宝写真をゲットしたどすえー!
コタロー様原寸大人形を抱いて幸せそうに眠ってはるこのあどけない表情!まさにレア中のレアどすッ!命がけで部屋に忍び込んだ甲斐がありましたなぁ~」
――今すぐヤツらを警察に突き出した方がいいような気もしたが、とりあえずそれは置いといて。
キンタローは真剣に疑問に思っていた。
研究対象として捉え、記録を取っているというのなら理解できる。キンタロー自身が研究者であるから、『記録を取る』という行為の重要性はよく知っている。
だが彼らはそういう理由で行動している訳ではなさそうだ。
ならば何の為だ?
首を傾げて、キンタローはまた今日もその謎について考えている。
「――で、結論は出たのか?」
「ああ。人が写真を撮るという行動の原理についてはまだ結論は出ていないが、結論を出す為の手段は思いついた」
生真面目な顔をしてメモを取る為のノートとペンを持ってどこかへ出かけようとするキンタローに、シンタローは半ば呆れた顔をしながらも「手段って?」と訊ねた。
「簡単な事だ。彼らが何故写真を撮るのかを彼ら自身に直接訊ねその答えを傾向ごとに分類して表を作成、そこから考察を進め写真を撮るという行為はどのような動機から生じるのかまたその行為が我々にどのような心理的作用をもたらすのかを」
「あ~、細かい事はいいから。要するに、写真好きなヤツらに何で写真撮んの?って聞きに行くって事だな?」
「そういう事だ」
「りょーかい。……ま、今日はもう大した仕事ねーし。いいぜ、行って来いよ。もしオメーの手がいる事があったら、携帯鳴らすか団内放送で呼び出すから」
「分かった。すまないなシンタロー。……では、行ってくる」
「はーいはいはい。気をつけていってらっしゃい」
もはや苦笑いしか出ないらしく、子どもを見送るような表情でシンタローは軽く手を振った。
キンタローはまずは誰から行こう、と考えながら総帥室を後にした。
とりあえず身近な人間から行ってみる事にした。
「おや、どうしたんですかキンタロー様。わざわざ私の元へ来て下さるなんて、珍しいですね。……呼んで下さればこの高松、どこにいても誰を診ていてもどんな人体実験をしていても全て放り出して即座に駆けつけましたのにっ」
「いや、そこまでして来て欲しくない。むしろ来るな」
キンタローは、最高の笑顔で自分を出迎えてくれた高松の好意をバッサリと斬って捨て、彼の仕事場である医務室に足を踏み入れた。
きちんと整頓された部屋は白一色、微かに漂うアルコールの匂い、そこにしっくりと馴染む主の姿――主はキンタローを見て盛大に吹き出した鼻血を白いレースのハンカチで上品に拭った後、イスを引いてどうぞ、と微笑んだ。
見慣れた光景にキンタローはリラックスした様子で、引いてもらったイスに腰を下ろす。
今日はグンマが一緒でないのでまだ鼻血の量はセーブされている方だ。
「で、今日はどういったご用向きですか?――まさか、身体のどこかに不調が?」
机を挟んでキンタローの正面に座った高松が、気遣わしげに訊いてくる。
即座に首を横に振って否定すると、このグンマとキンタロー限定で過保護で心配性なドクターはあからさまにホッとした表情を浮かべた。
では……?と目で話を促してくる高松にキンタローは単刀直入に訊ねる事にした。
「時間が無いので早速本題に入らせてもらう。……高松、お前は何故
グンマの写真を撮るんだ?」
「グンマ様が可愛いからです」
1+1=2、とでもいうかのように一切の迷いの無い即答。
此方の唐突な質問に全く戸惑う様子が無い高松に、逆にキンタローの方が眉を寄せる。
「む……?それはどういう事だ。あいつが可愛いかどうかは置いておくとして、可愛いという事と写真を撮って記録を残すという事に何か因果関係があるのか?」
「とーーーぜんですよキンタロー様。写真を撮るとその時、その瞬間のグンマ様の愛くるしいお姿を留めておく事ができますよね?」
「ああ、形になって残るな」
「そうです。そうするとっ、後でいつでもその写真を見てグンマ様の天使の笑顔に浸れるのですよ!!いつでもどこでもグンマ様のお顔を見て悦に入る事が可能になるのですッ!!」
「…………?」
変態ドクターの言葉がいまいち理解できずキンタローは眉間のしわを深くした。
だが一応、何かの参考になるだろうと取り出したノートに高松の言葉をメモしておく。
「いいですかキンタロー様!写真だけに限らず私はビデオで動画も撮る派ですが、ついでに盗聴器で音声も録っておく完璧派ですがっ、それらの行為は全てグンマ様への愛ゆえ!思い出を残す為なのですッ!そしてその素晴らしい思い出を何度も何度も繰り返し思い起こす事によって更なる境地へと」
「高松、一応何がしかの参考にはなった。礼を言う」
また勢い良く鼻血をふいている高松の熱弁を途中で遮り、キンタローは鼻血を浴びる前に素早く席を立ってドアの方へと避難した。
「おや、キンタロー様。まだお話は終わっておりませんよ?それにお茶の一杯でもいかがですか」
「折角の申し出だが断らせてもらう。まだ他にも回るところがあるのでな。――あと、仕掛けた盗聴器は全て撤去しておけ」
まだ何か言い募ろうとする高松を置いて、キンタローは速やかに医務室から立ち去った。
後でグンマに、身辺に気をつけるようよく言い聞かせておこう、と思いながら。
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
2/5
医務室から出て暫く歩いていると、キンタローは急に辺りの気温が下がったのに気付いて立ち止まった。
気のせいか、照明も薄暗くなった気がする。
この現象に覚えがあるキンタローは、ある男の姿を探して周囲を見回した。
「やはり居たな、アラシヤマ」
「何の用どすの、あんさん……」
廊下の端っこで木製の人形と向かい合って正座をしている暗い男―― 妖気を背負ったアラシヤマが陰鬱に応えた。
「お前こそ何をしている、誰かを呪うのなら丑三つ時に神社へ行け。
いいか、白装束を着て神社だ」
「二度も言わんでええどす!ちゅーか、何でわてが丑の刻参りですのん!?」
「貴様のイメージにピッタリだ」
「……アンタ、さり気にキッツイ事言わはりますなぁ~」
こめかみに青筋を浮かべつつも、流石にやり合う気は無いのかアラシヤマはフン、とそっぽを向いた。
「わてとトージくんのお見合いタイムを邪魔せんといておくれやす。まだ知り合ったばかりなんどすから……最初の印象が重要なんどすえ~」
「そういうのを見合いとは言わん」
「同じようなもんどす」
本気でそう思っているらしく、アラシヤマはどこか緊張した面持ちでトージくん(漫画家が使うデッサン人形)に向かって「と、トージくんのご趣味は何どすか!?」等と聞いている。
キンタローは無視して立ち去ろうとしたが、続いて聞こえてきたアラシヤマの言葉に興味を引かれて足を止めた。
「そうなんどすか~。……え、わて?わての趣味はシンタローはんウォッチングどす!シンタローはんはわての、し、し……心友どしてなぁ!シャイな上にお忙しいお人やからなかなか会う機会はありまへんけど……シンタローはんはわての一番大切な人どすえ!……あ、いやいや勿論トージくんの事も大事に思っとりますわ。まだ会うたばかりどすけど、いいお友達になれたらって……ああっ、大胆な事言うてしもうたわ!いややわ~、わてとした事が。あっ、こないなとこ見られたら……シンタローはんヤキモチ焼かはるかもしれまへんなぁ~!」「それは絶対に無い」
幸せな妄想モードに入ってトリップしているアラシヤマに思わずツッコミを入れると、「何ですのん横から!?」と思いっきり睨まれた。
「人の会話を盗み聞きするやなんて、お里が知れるっちゅーもんどすわ。……シンタローはんはああ見えて独占欲が強いお人どす、わてが新しいお友達と一緒におるとこ見たらきっとヤキモチで大変な事になりますなぁ。可愛いお人や、まったく」
わて困りますわ~、とピンクのオーラを放っているアラシヤマにキンタローは眼魔砲を撃つべきか一瞬迷った。
いつもなら迷わず撃つところだが、今回は一つ気になる事がある。
「貴様とこれ以上会話を続けても得るものは何一つ無いという気がして仕方がないが……ついでに言うとシンタローの為に今すぐ貴様を葬り去るべきだとは思うが――アラシヤマ、お前に訊ねたい事がある」「一言、二言多かった気がしますなぁ~キンタロー。……まぁええわ、何どすのん?」
キンタローとアラシヤマが二人で会話を交わす事は滅多に無い。それだけにアラシヤマは、何か団に関わるような重要な事を聞かれるのかと思い、居住まいを正して話を促した。
「今お前が言った『シンタローうぉっちんぐ』とやらの詳細を聞きたい」
「…………はぁッ?」
予想を思いっきり外してくれた質問に、アラシヤマはガクッと肩をこけさせて呆れたようにキンタローを見た。
「何言うてますの、あんさん」
「至極真面目に聞いている。……今、人が写真を撮る理由について調査中だ。お前はシンタローの写真を撮っているだろう?何故そのような行為に及ぶのかを訊ねている」
「……あんさん、頭はええけどアホどすなぁ~」
トリップ状態から覚めたアラシヤマは案外常識人だ。
呆れ返った目でキンタローを見て冷静につっこむが、キンタローが真面目な顔をしてノートとペンを取り出しているのを見ると、毒気を抜かれたようにやれやれと肩をすくめた。
「図体ばかりデカくて中身はてんでお子様どすな。難儀なお人やわ… …。まぁ仕方ありまへん、シンタローはんもあんさんの事は気にかけとるようどすし、相手してやってもええどすえ?」
「そういう恩着せがましいところが嫌われる一因だな」
「……フフフフフ、黙ンなはれ金髪紳士。いくら温厚なわてでも怒る時は怒りますえ~……?」
アラシヤマはぶすぶすと炎を燻ぶらせながら陰気に怒気を放った。
どうやらキンタローの邪気の無い一言に心を抉られたらしい。
だが当のキンタローは全く頓着せずに、「で」と冷静に続きを促した。
アラシヤマは「いつか燃やす……!」と心に誓いながらも、顔には出さずにはいはい、と頷いた。
「写真を撮る理由、でっしゃろ?そないに深く考えた事はあらしまへんが……単純に考えて、好きやからと違います?」
「写真を撮る行為そのものがか?それとも被写体がか?」
「わての場合は後者どすな。写真そのものには興味ありまへん。わてが興味をひかれるんはあのお人に対してだけどすわ」
――言ってる内容はかなりアレだったが、淡々と語るアラシヤマにキンタローもまた淡々と質問を続けた。
「好きだから、その対象とする人物の姿を写真にして手元に置いておきたい、という事か?」
「単純にそうでっしゃろ。会いたい思うても、そういつもいつも会えるとは限りまへんし。――二度と会えなくなる事もありますわ。なら、残しておきたい思うんは人情と違いますのん。例え紙切れ一枚の写真やとしても」
キンタローは淀みなく動かしていたペンを、一瞬だけ、止めた。
アラシヤマはどこか遠くを見るような目で、どことも知れぬ宙を眺めていた。
「そうか……その気持ちは少し、俺にも分か――」
「とは言ってもシンタローはんの写真はそれだけで価値がありますえー!わてなんかもう30分置きに見てはシンタローはんシンタローはんてハァハァ……ッ!」
「――ったような気がしたがやはり気のせいのようだ」
懐からシンタローの写真を取り出してまた暴走を始めたアラシヤマに、キンタローは冷ややかに告げてノートとペンをしまった。
「ああっ、シンタローはぁぁ~ん!わての心のライブラリーにはあんさんとの愛と友情のストーリーが溢れてますえー!」
「愛と友情に燃え上がるのは勝手だが……デッサン用の木製人形トージくんに引火しかけているぞ」
香ばしい匂いが立ちこみ始めているその場をそっと立ち去るキンタローの後ろで、「がはーーーん!?し、しっかりしておくれやすトージくぅ~~んッ!!!」というアラシヤマの切羽詰った叫びが哀しく響き渡っていた――。
PAPUWA~らぶメモ~
1/5
キンタローは悩んでいた。
常日頃、「それ」に気付いた時からずっと、彼は考え続けていた。
「何故人は、写真を撮るんだ?」と。
周りを見回してみれば、彼の周囲にはやたら記録を取りたがる人間が多かった。
「ほら、これはシンちゃんが初めてハイハイをした時の写真だよ~。
こっちは掴まり立ちができるようになった時!……いやぁ~、この頃は夜泣きが激しくてねー。思い出すなぁ。
あ、こっちはタマネギを刻んで泣いてるシンちゃん17歳ね!可愛いだろう?隠し撮りするのに苦労したんだよ」
「グンマ様グンマ様グンマ様……ああ、いつ見てもほんっとうに天使のような笑顔ですねぇ。あひるさんボートに乗ってはしゃいでいるこの笑顔がまた……!
観賞用、保存用、引き伸ばしてポスター用、その他と計50枚は焼き増ししておかなければいけませんねぇ……ほんと幾つアルバムがあっても足りませんよ」
「フフ、フフフフフ……!ついに、ついにシンタローはんのお宝写真をゲットしたどすえー!
コタロー様原寸大人形を抱いて幸せそうに眠ってはるこのあどけない表情!まさにレア中のレアどすッ!命がけで部屋に忍び込んだ甲斐がありましたなぁ~」
――今すぐヤツらを警察に突き出した方がいいような気もしたが、とりあえずそれは置いといて。
キンタローは真剣に疑問に思っていた。
研究対象として捉え、記録を取っているというのなら理解できる。キンタロー自身が研究者であるから、『記録を取る』という行為の重要性はよく知っている。
だが彼らはそういう理由で行動している訳ではなさそうだ。
ならば何の為だ?
首を傾げて、キンタローはまた今日もその謎について考えている。
「――で、結論は出たのか?」
「ああ。人が写真を撮るという行動の原理についてはまだ結論は出ていないが、結論を出す為の手段は思いついた」
生真面目な顔をしてメモを取る為のノートとペンを持ってどこかへ出かけようとするキンタローに、シンタローは半ば呆れた顔をしながらも「手段って?」と訊ねた。
「簡単な事だ。彼らが何故写真を撮るのかを彼ら自身に直接訊ねその答えを傾向ごとに分類して表を作成、そこから考察を進め写真を撮るという行為はどのような動機から生じるのかまたその行為が我々にどのような心理的作用をもたらすのかを」
「あ~、細かい事はいいから。要するに、写真好きなヤツらに何で写真撮んの?って聞きに行くって事だな?」
「そういう事だ」
「りょーかい。……ま、今日はもう大した仕事ねーし。いいぜ、行って来いよ。もしオメーの手がいる事があったら、携帯鳴らすか団内放送で呼び出すから」
「分かった。すまないなシンタロー。……では、行ってくる」
「はーいはいはい。気をつけていってらっしゃい」
もはや苦笑いしか出ないらしく、子どもを見送るような表情でシンタローは軽く手を振った。
キンタローはまずは誰から行こう、と考えながら総帥室を後にした。
とりあえず身近な人間から行ってみる事にした。
「おや、どうしたんですかキンタロー様。わざわざ私の元へ来て下さるなんて、珍しいですね。……呼んで下さればこの高松、どこにいても誰を診ていてもどんな人体実験をしていても全て放り出して即座に駆けつけましたのにっ」
「いや、そこまでして来て欲しくない。むしろ来るな」
キンタローは、最高の笑顔で自分を出迎えてくれた高松の好意をバッサリと斬って捨て、彼の仕事場である医務室に足を踏み入れた。
きちんと整頓された部屋は白一色、微かに漂うアルコールの匂い、そこにしっくりと馴染む主の姿――主はキンタローを見て盛大に吹き出した鼻血を白いレースのハンカチで上品に拭った後、イスを引いてどうぞ、と微笑んだ。
見慣れた光景にキンタローはリラックスした様子で、引いてもらったイスに腰を下ろす。
今日はグンマが一緒でないのでまだ鼻血の量はセーブされている方だ。
「で、今日はどういったご用向きですか?――まさか、身体のどこかに不調が?」
机を挟んでキンタローの正面に座った高松が、気遣わしげに訊いてくる。
即座に首を横に振って否定すると、このグンマとキンタロー限定で過保護で心配性なドクターはあからさまにホッとした表情を浮かべた。
では……?と目で話を促してくる高松にキンタローは単刀直入に訊ねる事にした。
「時間が無いので早速本題に入らせてもらう。……高松、お前は何故
グンマの写真を撮るんだ?」
「グンマ様が可愛いからです」
1+1=2、とでもいうかのように一切の迷いの無い即答。
此方の唐突な質問に全く戸惑う様子が無い高松に、逆にキンタローの方が眉を寄せる。
「む……?それはどういう事だ。あいつが可愛いかどうかは置いておくとして、可愛いという事と写真を撮って記録を残すという事に何か因果関係があるのか?」
「とーーーぜんですよキンタロー様。写真を撮るとその時、その瞬間のグンマ様の愛くるしいお姿を留めておく事ができますよね?」
「ああ、形になって残るな」
「そうです。そうするとっ、後でいつでもその写真を見てグンマ様の天使の笑顔に浸れるのですよ!!いつでもどこでもグンマ様のお顔を見て悦に入る事が可能になるのですッ!!」
「…………?」
変態ドクターの言葉がいまいち理解できずキンタローは眉間のしわを深くした。
だが一応、何かの参考になるだろうと取り出したノートに高松の言葉をメモしておく。
「いいですかキンタロー様!写真だけに限らず私はビデオで動画も撮る派ですが、ついでに盗聴器で音声も録っておく完璧派ですがっ、それらの行為は全てグンマ様への愛ゆえ!思い出を残す為なのですッ!そしてその素晴らしい思い出を何度も何度も繰り返し思い起こす事によって更なる境地へと」
「高松、一応何がしかの参考にはなった。礼を言う」
また勢い良く鼻血をふいている高松の熱弁を途中で遮り、キンタローは鼻血を浴びる前に素早く席を立ってドアの方へと避難した。
「おや、キンタロー様。まだお話は終わっておりませんよ?それにお茶の一杯でもいかがですか」
「折角の申し出だが断らせてもらう。まだ他にも回るところがあるのでな。――あと、仕掛けた盗聴器は全て撤去しておけ」
まだ何か言い募ろうとする高松を置いて、キンタローは速やかに医務室から立ち去った。
後でグンマに、身辺に気をつけるようよく言い聞かせておこう、と思いながら。
* n o v e l *
PAPUWA~らぶメモ~
2/5
医務室から出て暫く歩いていると、キンタローは急に辺りの気温が下がったのに気付いて立ち止まった。
気のせいか、照明も薄暗くなった気がする。
この現象に覚えがあるキンタローは、ある男の姿を探して周囲を見回した。
「やはり居たな、アラシヤマ」
「何の用どすの、あんさん……」
廊下の端っこで木製の人形と向かい合って正座をしている暗い男―― 妖気を背負ったアラシヤマが陰鬱に応えた。
「お前こそ何をしている、誰かを呪うのなら丑三つ時に神社へ行け。
いいか、白装束を着て神社だ」
「二度も言わんでええどす!ちゅーか、何でわてが丑の刻参りですのん!?」
「貴様のイメージにピッタリだ」
「……アンタ、さり気にキッツイ事言わはりますなぁ~」
こめかみに青筋を浮かべつつも、流石にやり合う気は無いのかアラシヤマはフン、とそっぽを向いた。
「わてとトージくんのお見合いタイムを邪魔せんといておくれやす。まだ知り合ったばかりなんどすから……最初の印象が重要なんどすえ~」
「そういうのを見合いとは言わん」
「同じようなもんどす」
本気でそう思っているらしく、アラシヤマはどこか緊張した面持ちでトージくん(漫画家が使うデッサン人形)に向かって「と、トージくんのご趣味は何どすか!?」等と聞いている。
キンタローは無視して立ち去ろうとしたが、続いて聞こえてきたアラシヤマの言葉に興味を引かれて足を止めた。
「そうなんどすか~。……え、わて?わての趣味はシンタローはんウォッチングどす!シンタローはんはわての、し、し……心友どしてなぁ!シャイな上にお忙しいお人やからなかなか会う機会はありまへんけど……シンタローはんはわての一番大切な人どすえ!……あ、いやいや勿論トージくんの事も大事に思っとりますわ。まだ会うたばかりどすけど、いいお友達になれたらって……ああっ、大胆な事言うてしもうたわ!いややわ~、わてとした事が。あっ、こないなとこ見られたら……シンタローはんヤキモチ焼かはるかもしれまへんなぁ~!」「それは絶対に無い」
幸せな妄想モードに入ってトリップしているアラシヤマに思わずツッコミを入れると、「何ですのん横から!?」と思いっきり睨まれた。
「人の会話を盗み聞きするやなんて、お里が知れるっちゅーもんどすわ。……シンタローはんはああ見えて独占欲が強いお人どす、わてが新しいお友達と一緒におるとこ見たらきっとヤキモチで大変な事になりますなぁ。可愛いお人や、まったく」
わて困りますわ~、とピンクのオーラを放っているアラシヤマにキンタローは眼魔砲を撃つべきか一瞬迷った。
いつもなら迷わず撃つところだが、今回は一つ気になる事がある。
「貴様とこれ以上会話を続けても得るものは何一つ無いという気がして仕方がないが……ついでに言うとシンタローの為に今すぐ貴様を葬り去るべきだとは思うが――アラシヤマ、お前に訊ねたい事がある」「一言、二言多かった気がしますなぁ~キンタロー。……まぁええわ、何どすのん?」
キンタローとアラシヤマが二人で会話を交わす事は滅多に無い。それだけにアラシヤマは、何か団に関わるような重要な事を聞かれるのかと思い、居住まいを正して話を促した。
「今お前が言った『シンタローうぉっちんぐ』とやらの詳細を聞きたい」
「…………はぁッ?」
予想を思いっきり外してくれた質問に、アラシヤマはガクッと肩をこけさせて呆れたようにキンタローを見た。
「何言うてますの、あんさん」
「至極真面目に聞いている。……今、人が写真を撮る理由について調査中だ。お前はシンタローの写真を撮っているだろう?何故そのような行為に及ぶのかを訊ねている」
「……あんさん、頭はええけどアホどすなぁ~」
トリップ状態から覚めたアラシヤマは案外常識人だ。
呆れ返った目でキンタローを見て冷静につっこむが、キンタローが真面目な顔をしてノートとペンを取り出しているのを見ると、毒気を抜かれたようにやれやれと肩をすくめた。
「図体ばかりデカくて中身はてんでお子様どすな。難儀なお人やわ… …。まぁ仕方ありまへん、シンタローはんもあんさんの事は気にかけとるようどすし、相手してやってもええどすえ?」
「そういう恩着せがましいところが嫌われる一因だな」
「……フフフフフ、黙ンなはれ金髪紳士。いくら温厚なわてでも怒る時は怒りますえ~……?」
アラシヤマはぶすぶすと炎を燻ぶらせながら陰気に怒気を放った。
どうやらキンタローの邪気の無い一言に心を抉られたらしい。
だが当のキンタローは全く頓着せずに、「で」と冷静に続きを促した。
アラシヤマは「いつか燃やす……!」と心に誓いながらも、顔には出さずにはいはい、と頷いた。
「写真を撮る理由、でっしゃろ?そないに深く考えた事はあらしまへんが……単純に考えて、好きやからと違います?」
「写真を撮る行為そのものがか?それとも被写体がか?」
「わての場合は後者どすな。写真そのものには興味ありまへん。わてが興味をひかれるんはあのお人に対してだけどすわ」
――言ってる内容はかなりアレだったが、淡々と語るアラシヤマにキンタローもまた淡々と質問を続けた。
「好きだから、その対象とする人物の姿を写真にして手元に置いておきたい、という事か?」
「単純にそうでっしゃろ。会いたい思うても、そういつもいつも会えるとは限りまへんし。――二度と会えなくなる事もありますわ。なら、残しておきたい思うんは人情と違いますのん。例え紙切れ一枚の写真やとしても」
キンタローは淀みなく動かしていたペンを、一瞬だけ、止めた。
アラシヤマはどこか遠くを見るような目で、どことも知れぬ宙を眺めていた。
「そうか……その気持ちは少し、俺にも分か――」
「とは言ってもシンタローはんの写真はそれだけで価値がありますえー!わてなんかもう30分置きに見てはシンタローはんシンタローはんてハァハァ……ッ!」
「――ったような気がしたがやはり気のせいのようだ」
懐からシンタローの写真を取り出してまた暴走を始めたアラシヤマに、キンタローは冷ややかに告げてノートとペンをしまった。
「ああっ、シンタローはぁぁ~ん!わての心のライブラリーにはあんさんとの愛と友情のストーリーが溢れてますえー!」
「愛と友情に燃え上がるのは勝手だが……デッサン用の木製人形トージくんに引火しかけているぞ」
香ばしい匂いが立ちこみ始めているその場をそっと立ち去るキンタローの後ろで、「がはーーーん!?し、しっかりしておくれやすトージくぅ~~んッ!!!」というアラシヤマの切羽詰った叫びが哀しく響き渡っていた――。
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