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時が過ぎても
永遠に動き続ける
そんな何かを
探していたのかもしれない



クロノグラフ



「へえ・・・凄いな」
「表の文字盤よりもこっちの方が綺麗だろう?」
砂粒のように小さな部品を組み合わせた精巧な造りの機械部。
まるで生き物のように規則正しい呼吸を繰り返している。
目を輝かせてその動きに見入るシンタローの手首をそっと掴んだ。
「これは、おまえのものだ」
身長のわりにほっそりした手首に、機械部に蓋をした先ほどの時計をはめる。
「・・え?」
PIAGETのサインが入った文字盤は、シンタローの瞳と同じ色。
時を刻む銀色の針が、まるで星のように輝いていた。
「何で・・? 誕生日じゃないし、別に何かの記念日って訳じゃないぜ?」
「いいんだ」
戸惑う瞳を見つめ返して微笑んだ。
「おまえに似合うと思った、それだけだから。―――」


贈り物ですか?
そう言って微笑む女性店員に曖昧に肯いた。
優雅な手つきでラッピングをしてくれながら、女性は美しく首を傾げた。
時計を贈るのは、相手を縛りたいという心の表れだそうですわ。
そうなのですか?
ええ、そう言いますわね。でもお客様なら、相手を縛る必要もなさそうですけれど。
さすが一流店、俺が買ったのが男物だということにも微塵の詮索はない。
ありがとうございました。
鮮やかな微笑とともに手渡された箱には、想い人の瞳に似た黒絹のリボンがかかっていた。


「でもこんな・・・」
「気に入らないか?」
「そんな訳ないだろ! すっごく綺麗だ。―――でも、いいのか?」
「いつも、身に着けておいて欲しいんだ。防水だから風呂に入るときも大丈夫だと保証されているし、表もサファイアガラスだから傷はつかないと言っていた」

セックスの時も?
悪戯っぽく笑ってそう訊いてきた恋人を抱きしめる。
「んっ・・や、キンタロ・・ッ」
新しい時計をはめた手首にキスをする。
そのまま舌を滑らせ細い指を口に含んで愛撫すると、シンタローは切ない吐息を洩らして俺にすがりついてきた。
「聞こえるだろう、シンタロー」
「・・あっ・・な、にが?」
「時計の音が」
「・・ん」
「長時間はずしておくと止まってしまうんだ。だから、はずしてはいけない」
「あっ・・あ、ああっ」
「はずすなよ。なあ、シンタロー」

俺も同じなんだ。
(離れれば止まってしまう)
規則正しいリズムで動き続ける。

それは時計か、それとも俺の心臓の音なのか。


冷たい肌が次第に熱をおびてくる。
内部に侵入する頃にはもう、シンタローは半分意識を飛ばしてしまっていた。
それでもぐっと腰を突き入れれば、小さな悲鳴をあげて俺の首にしがみつく。
俺の耳に、時計の小さな音が聞こえた。
「あ、もう・・やっ・・キンタロー・・・!」
もう何を言っているのか自分でも分からないのだろう。
意味のない言葉と熱い吐息を吸い取ってやる。
いつでもこれが最後の逢瀬のようにしがみついてくるその指と、今戯れにでもこの腕をふりほどいてしまえばそれだけで死んでしまいそうな必死なキスが俺はとても好きだった。

おまえを縛ってしまいたい。
縛りつけて、側に置いて。
他人に渡すくらいなら殺してしまいたいと、そう思ったあの頃の俺が、今ここにいる。


「シンタロー・・・」
あの島で、おまえは今でもあの時計をしてくれているだろうか。
おまえの瞳を宿したような文字盤の針は、今でも正確に時計を刻んでいるだろうか。
時が過ぎても人の心が変わっても、永遠に動き続ける。

そんな何かを探していた俺は、あの時すでにおまえとの別離を予感していたのかもしれない。

(離れていれば止まってしまう)
あの日聴いた時計の音は、今でも俺の心を切り刻み続けている。
どうかこの心臓が止まってしまう前に、俺のところへ戻ってきて欲しい。

「―――これ、止まっちまったんですけど」
心配そうに言うリキッドの手の中に眼を遣って、シンタローはああ、と肯いた。
「大丈夫だよ」
取り上げて数回振ってみる。
すると、カチカチと音を立てて時計は再び動き出した。
「よかった! それ、シンタローさん大事にしてますもんね」
ほっとしたような顔で年下のヤンキーが笑う。
寂しそうな、悲しそうな複雑な表情でシンタローは笑い返した。
「・・・うん」

この島へ来て暫くはずっと大事にこの時計をつけていた。
でも今はもうはずしたまま、仕舞い込んでいる。

「綺麗な時計っすね・・高価そう」
「そうだな・・・高価いな、きっと。―――」
「誰かからの、プレゼントっすか」
「え?」

―――綺麗だけど俺はその時計、嫌いだな。

そう言ったリキッドの口調は、今まで聞いた中でいちばん静かで、いちばん冷たかった。


「リキッ―――」
言いかけた言葉は、熱いキスで封じられた。
「・・あっ」
「あんたの大事なものを壊す気なんかないけど」
「あっ、・・んっ」
「だけどあいつに教えてやる」
「あ・・やっ」

―――人の心はね、シンタローさん。
   縛ったり出来ないんすよ―――

確固とした声と目眩くような口づけに軽い眩暈を覚えて眼を閉じる。
(俺は今誰に抱かれてるんだろう)
離れていると止まってしまう。
そう言ったのはキンタローだったか、それともリキッドだったのか。
「シンタローさん、愛してます」
(愛している、シンタロー)
「―――・・俺も」
(この気持ちに嘘なんかひと欠片もないから)

もう、どうにもならないんだ。

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