君は僕の太陽
僕を幸せにしてくれる
たったひとつの
MY ONLY SUNSHINE
総帥室の扉を開けた途端に耳に飛び込んできた怒鳴り声に、思わずコージは足を止めた。
「何だよコレ! 書き方間違ってんだろーが! おいチョコロマ、誰が作った書類だ」
「は、これはミヤ」
「あの顔だけ男、三ヶ月減給。すぐやり直させろ!」
「はいっ!」
「伝言が一つか・・・『シンちゃん、今日のご飯は何がいい?v』―――ティラミス、馬鹿親父の部屋に催涙弾ぶちこんどけ」
激昂した言葉に、沈着冷静で鳴らした秘書が睫毛一本動かさずに答えている声が聞こえる。
「生憎催涙弾は在庫を切らしております」
「じゃあ核弾頭用意」
「ビルが壊れます。管理課の苦情を受けるのも、ついでに補佐官のお説教を聞くのも私です」
「知るか! それからチョコ、茶がぬるい、淹れ直し!!」
「は、はいっ!」
やれやれ、と溜息をついて足を踏み入れる。
時刻は午後四時。
「忙しそうじゃの」
声を掛けると、シンタローは吃驚したように顔を上げた。
「何だコージか。ノックくらいしろっていつも言ってんだろ」
「次の遠征の部隊編成の事で話があったんじゃが―――」
言葉を切ってシンタローの顔を見つめる。
何だよ、と聞き返したそうに眉を上げる恋人の顔には隠しきれない疲れが滲んでいた。
「部隊編成ならキンタローに任してるから」
「飯は食うたか」
「あいつと相談して・・・は?」
「昼飯はちゃんと食うたかと訊いちょるんじゃ」
「おまえは俺の母親か! 話が違うだろ、おまえの用事は部隊」
「食うておらんのじゃな。そげなことじゃ身体を壊すぞ。ちょっとは休め」
「んな時間はねェ。今日中にこんだけの書類を処理しねえと」
「部下に回せば良かろうが。キンタローもアラシヤマも、今日はそげに忙しゅうはない筈じゃ」
「普段からあいつらには負担かけてるからな、内勤の日くらい俺が―――ギャッ!」
独り言のような言葉が悲鳴に変わったのは、突然ふわりと足が宙に浮いたからだった。
景色がぐらりと揺れて、床の絨毯が視界に入る。
「ちょ、何・・・ええええ!?」
新しい茶を持ってきたチョコレートロマンスが目を丸くする。
「こらコージ! 離せエェ!!」
「聞けんのぉ」
よっ、とコージが身体を揺すって姿勢を整える。
シンタローは、コージの肩の上に担ぎ上げられていた。
そのまますたすたと歩き出すコージにシンタローは本気で慌てた。
「ちょっコラ何処行くんだテメー!」
「休憩じゃ」
「はあ!? だからそんな時間はねェって・・とにかく下ろせ! 俺を下ろせ!」
「全く、聞き分けの無い上司を持つと苦労するのぉ」
「何言ってんだコラ! とりあえず下ろせっつの!」
ギャアギャア喚く声に何事かと顔を覗かせたティラミスに、チョコレートロマンスが振り返る。
「ティラ、コージさんが総帥を拉致しちゃったんだけど」
秘書官は既決ファイルのボックスを見た。
「達成率92%というところか」
「はっ? ああ・・・今日は総帥、意外と真面目に仕事したな」
「まあこれだけ終わっていれば儲けものだ。後は我々で処理しよう」
「そうだな。コレ総帥用の高級茶葉だけど、俺たちで飲んじゃう?」
主の消えた総帥室で、二人の秘書は何事もなかったかのようににっこり笑いあった。
コージは本部の廊下をエレベーターに向かって大股で歩いていた。
彼の身長は2メートルを軽く超えている。ガンマ団ではおそらく一番の大男だろう。
その肩の上からの眺めは最高の筈だが、後ろ向きに担がれているシンタローにその絶景を楽しむ余裕は露ほども無かった。
「下ろせー! てめこれは立派な犯罪だぞこの人さらいー!」
誰も居ない場所でもこの体勢は恥ずかしいのに、廊下を行く団員達が驚愕の目で見ていくのがイヤというほど分かるだけに、今すぐこの厚顔無恥な恋人を殴り飛ばしたくなる。
「まっことウルサイ奴じゃの。下ろせばぬし、またすぐに仕事に戻るんじゃろうが」
「たりめーだろ! 俺は忙しいんだアアァ!」
「ほいじゃあ、聞けんな」
あっさり異議を却下してコージはエレベーターの前に立った。ちょうど扉が開いたところで、下りてきたのはシンタローの従兄弟であるグンマだった。
「あ、コージ―――とシンちゃん、元気~?」
「おお、明日はわしもお茶会に行けそうじゃぞ」
「わーい良かった~、いい玉露が入ったんだよ~v。ミヤギもお菓子持ってくるって」
「どうせ萩の月じゃろ」
「僕も何か甘くないケーキ持っていくね~v」
「ちょっと待てグンマ!」
コージの肩の上からシンタローが怒鳴る。
「おまえ、お茶会の話する前に何かツッコむところがあんだろーが!!」
真っ赤な顔で喚くシンタローに、グンマはちょっと考えていたがすぐにっこりと笑った。
「ああ、忘れてた。シンちゃんの好きなスコーンも焼いとくから、コージと一緒に来てね~」
じゃあねえ、と手を振り合う従兄弟と恋人に、シンタローは心底脱力したのだった―――。
しかしエレベーターを下りる頃にはもうシンタローも消耗してすっかり大人しくなっていた。
そこまで計算するような男ではないと思いながらも平然と歩いているコージが恨めしい。
だがこれではちっとも休憩にはならないと揺れる肩の上で思わず溜息が零れる。
(もういいや、どうでも・・・)
そう思った時、不意にコージの足が止まった。
今まで見えていた地面がくるっと回ったかと思うと大きな手に抱きかかえられ、シンタローはそのまますとんと地面に下ろされていた。
「ったくテメーは―――」
頭を掻き回しながら文句を言ってやろうと開いた唇がそのまま動きを止める。
目の前には、息を呑むような夕焼けが広がっていた。
コージがシンタローを連れてきたのは本部最上階のそのまた上の屋上だった。
風もない穏やかな夕暮れで、西の空に今にも沈もうとしている太陽は名残惜しげに最後の光を薔薇色の空に投げかけている。
「すっげェ・・・」
称賛が自然と口を衝いて出て、隣に立つコージがほっとしたように笑うのが分かった。
「のう、綺麗じゃろ」
「もしかして、これを俺に見せようと思ってあんな」
「無茶して済まんかったのう。じゃがこれくらいせんと、ぬしはわしの言うことなんぞ聞いてくれんじゃろうが」
ちょっと照れたようにぶっきらぼうな声が、切ないほど胸に沁みた。
(ずっと忘れてた)
ビルの外には、大きな空が広がっていること。
頭上にはいつも、太陽が照っていること。
そして、自分が独りではないということも。
突然、言葉を失ったまま薔薇色の空を凝視めているシンタローの背中が暖かくなった。
コージが、その広い胸の中にふわりとシンタローを抱きこんだのだ。
「寒うはないか?」
優しい温もりにほうっと力を抜いたシンタローの耳許で穏やかな声が囁く。
シンタローは凄まじいほどの夕焼けに横顔を赤く染めている年上の恋人を見上げた。
「・・・コージ」
「うん?」
今なら素直に言えるような気がした。
「ありがとな。―――」
ついと背伸びして、嬉しそうに破顔した男の暖かい唇にキスをする。
強い力で抱きしめられ、そのままシンタローは目を閉じた。
空の向こうで、太陽も一緒になって笑っているような気がした。
僕を幸せにしてくれる
たったひとつの
MY ONLY SUNSHINE
総帥室の扉を開けた途端に耳に飛び込んできた怒鳴り声に、思わずコージは足を止めた。
「何だよコレ! 書き方間違ってんだろーが! おいチョコロマ、誰が作った書類だ」
「は、これはミヤ」
「あの顔だけ男、三ヶ月減給。すぐやり直させろ!」
「はいっ!」
「伝言が一つか・・・『シンちゃん、今日のご飯は何がいい?v』―――ティラミス、馬鹿親父の部屋に催涙弾ぶちこんどけ」
激昂した言葉に、沈着冷静で鳴らした秘書が睫毛一本動かさずに答えている声が聞こえる。
「生憎催涙弾は在庫を切らしております」
「じゃあ核弾頭用意」
「ビルが壊れます。管理課の苦情を受けるのも、ついでに補佐官のお説教を聞くのも私です」
「知るか! それからチョコ、茶がぬるい、淹れ直し!!」
「は、はいっ!」
やれやれ、と溜息をついて足を踏み入れる。
時刻は午後四時。
「忙しそうじゃの」
声を掛けると、シンタローは吃驚したように顔を上げた。
「何だコージか。ノックくらいしろっていつも言ってんだろ」
「次の遠征の部隊編成の事で話があったんじゃが―――」
言葉を切ってシンタローの顔を見つめる。
何だよ、と聞き返したそうに眉を上げる恋人の顔には隠しきれない疲れが滲んでいた。
「部隊編成ならキンタローに任してるから」
「飯は食うたか」
「あいつと相談して・・・は?」
「昼飯はちゃんと食うたかと訊いちょるんじゃ」
「おまえは俺の母親か! 話が違うだろ、おまえの用事は部隊」
「食うておらんのじゃな。そげなことじゃ身体を壊すぞ。ちょっとは休め」
「んな時間はねェ。今日中にこんだけの書類を処理しねえと」
「部下に回せば良かろうが。キンタローもアラシヤマも、今日はそげに忙しゅうはない筈じゃ」
「普段からあいつらには負担かけてるからな、内勤の日くらい俺が―――ギャッ!」
独り言のような言葉が悲鳴に変わったのは、突然ふわりと足が宙に浮いたからだった。
景色がぐらりと揺れて、床の絨毯が視界に入る。
「ちょ、何・・・ええええ!?」
新しい茶を持ってきたチョコレートロマンスが目を丸くする。
「こらコージ! 離せエェ!!」
「聞けんのぉ」
よっ、とコージが身体を揺すって姿勢を整える。
シンタローは、コージの肩の上に担ぎ上げられていた。
そのまますたすたと歩き出すコージにシンタローは本気で慌てた。
「ちょっコラ何処行くんだテメー!」
「休憩じゃ」
「はあ!? だからそんな時間はねェって・・とにかく下ろせ! 俺を下ろせ!」
「全く、聞き分けの無い上司を持つと苦労するのぉ」
「何言ってんだコラ! とりあえず下ろせっつの!」
ギャアギャア喚く声に何事かと顔を覗かせたティラミスに、チョコレートロマンスが振り返る。
「ティラ、コージさんが総帥を拉致しちゃったんだけど」
秘書官は既決ファイルのボックスを見た。
「達成率92%というところか」
「はっ? ああ・・・今日は総帥、意外と真面目に仕事したな」
「まあこれだけ終わっていれば儲けものだ。後は我々で処理しよう」
「そうだな。コレ総帥用の高級茶葉だけど、俺たちで飲んじゃう?」
主の消えた総帥室で、二人の秘書は何事もなかったかのようににっこり笑いあった。
コージは本部の廊下をエレベーターに向かって大股で歩いていた。
彼の身長は2メートルを軽く超えている。ガンマ団ではおそらく一番の大男だろう。
その肩の上からの眺めは最高の筈だが、後ろ向きに担がれているシンタローにその絶景を楽しむ余裕は露ほども無かった。
「下ろせー! てめこれは立派な犯罪だぞこの人さらいー!」
誰も居ない場所でもこの体勢は恥ずかしいのに、廊下を行く団員達が驚愕の目で見ていくのがイヤというほど分かるだけに、今すぐこの厚顔無恥な恋人を殴り飛ばしたくなる。
「まっことウルサイ奴じゃの。下ろせばぬし、またすぐに仕事に戻るんじゃろうが」
「たりめーだろ! 俺は忙しいんだアアァ!」
「ほいじゃあ、聞けんな」
あっさり異議を却下してコージはエレベーターの前に立った。ちょうど扉が開いたところで、下りてきたのはシンタローの従兄弟であるグンマだった。
「あ、コージ―――とシンちゃん、元気~?」
「おお、明日はわしもお茶会に行けそうじゃぞ」
「わーい良かった~、いい玉露が入ったんだよ~v。ミヤギもお菓子持ってくるって」
「どうせ萩の月じゃろ」
「僕も何か甘くないケーキ持っていくね~v」
「ちょっと待てグンマ!」
コージの肩の上からシンタローが怒鳴る。
「おまえ、お茶会の話する前に何かツッコむところがあんだろーが!!」
真っ赤な顔で喚くシンタローに、グンマはちょっと考えていたがすぐにっこりと笑った。
「ああ、忘れてた。シンちゃんの好きなスコーンも焼いとくから、コージと一緒に来てね~」
じゃあねえ、と手を振り合う従兄弟と恋人に、シンタローは心底脱力したのだった―――。
しかしエレベーターを下りる頃にはもうシンタローも消耗してすっかり大人しくなっていた。
そこまで計算するような男ではないと思いながらも平然と歩いているコージが恨めしい。
だがこれではちっとも休憩にはならないと揺れる肩の上で思わず溜息が零れる。
(もういいや、どうでも・・・)
そう思った時、不意にコージの足が止まった。
今まで見えていた地面がくるっと回ったかと思うと大きな手に抱きかかえられ、シンタローはそのまますとんと地面に下ろされていた。
「ったくテメーは―――」
頭を掻き回しながら文句を言ってやろうと開いた唇がそのまま動きを止める。
目の前には、息を呑むような夕焼けが広がっていた。
コージがシンタローを連れてきたのは本部最上階のそのまた上の屋上だった。
風もない穏やかな夕暮れで、西の空に今にも沈もうとしている太陽は名残惜しげに最後の光を薔薇色の空に投げかけている。
「すっげェ・・・」
称賛が自然と口を衝いて出て、隣に立つコージがほっとしたように笑うのが分かった。
「のう、綺麗じゃろ」
「もしかして、これを俺に見せようと思ってあんな」
「無茶して済まんかったのう。じゃがこれくらいせんと、ぬしはわしの言うことなんぞ聞いてくれんじゃろうが」
ちょっと照れたようにぶっきらぼうな声が、切ないほど胸に沁みた。
(ずっと忘れてた)
ビルの外には、大きな空が広がっていること。
頭上にはいつも、太陽が照っていること。
そして、自分が独りではないということも。
突然、言葉を失ったまま薔薇色の空を凝視めているシンタローの背中が暖かくなった。
コージが、その広い胸の中にふわりとシンタローを抱きこんだのだ。
「寒うはないか?」
優しい温もりにほうっと力を抜いたシンタローの耳許で穏やかな声が囁く。
シンタローは凄まじいほどの夕焼けに横顔を赤く染めている年上の恋人を見上げた。
「・・・コージ」
「うん?」
今なら素直に言えるような気がした。
「ありがとな。―――」
ついと背伸びして、嬉しそうに破顔した男の暖かい唇にキスをする。
強い力で抱きしめられ、そのままシンタローは目を閉じた。
空の向こうで、太陽も一緒になって笑っているような気がした。
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