あなたに届くまで
青の一族は人工授精で生まれてくる。
夕闇に包まれた、マジック伯父の書斎。
いつもより小さく見える伯父の背中。
明かされた事実に、俺は思ったよりも動揺していたらしい。
電気を点けるのも忘れていた。
「じゃあ、シンタローの『母さん』は…?」
声も掠れている気がする。
伯父は何も言わない。背中が返答を拒否している。
(まだ何か隠している)
眉がいつもよりきつく寄るのが自分でも分かった。
だが伯父は、俺などの追及に口を割る人ではない。
案の定、話し始めたのは別のことだった。
「ルーザーも」
思わずはっと目を上げた。
それは―――俺の父の名前だ。
「思えば、このシステムの犠牲者だったのかもしれないね。両親も揃わずに生まれたせいで、あんな…善悪も知らない人間になったのかもしれない」
「伯父上…」
喉まで出かかった言葉を、俺はかろうじて飲み込んだ。
なるべく明るい声を作ったつもりだ。
「でもそうすると、父さんは俺を望んで命をくれたんですね。もしかして予定外に出来たから、仕方なく産ませたのかと…」
たとえそうであっても、最後に俺を息子としてちゃんと愛してくれた人だから、別に不満はなかったけれど。
「勿論だ。どうしてそんなことを考えたんだい?」
「長兄以外は子孫を残してはいけないのかと思っていたから。だって一族には、ほとんど直系しかいな―――」
その瞬間、俺は激しく後悔した。
話題が変わってあからさまに安堵していた伯父が、急に振り向いたのだ。
「…いない訳じゃないよ、キンタロー。みんな亡くなっただけだ」
視線だけで人を殺せる男。
それは青の一族に限っていえば、比喩でも何でもない。
一瞬、本気で身の危険を感じた視線を緩ませて、伯父は微笑んだ。
「ああ、シンちゃんとグンちゃんが帰ってきたみたいだね」
扉の外が急に騒がしくなって、俺はそっと詰めていた息を吐いた。
2人は仲良く言い争っては笑っている。
「きっと大量に買い込んできたんだろう。キンちゃんも手伝いに行ってきたらどうだい?」
「そうします」
いつもなら真っ先に行って手伝おうとし、シンタローと揉めたに違いないのに。
マジック伯父は俺を追い出せるなら何でも良かったのだろう。
俺も出て行けるなら何でも良かった。
「あっキンちゃん、ただいま~」
「おういいとこに来た、手伝え」
大きな買い物袋を抱えたグンマが笑い、1つずつ取り出して冷蔵庫にしまっていたシンタローが顔を上げる。
「多過ぎだ。賞味期限が切れたらどうするんだ」
「だーいじょーぶだって、ちゃんと使い切れるよう計算して買ってきたんだから」
「シンちゃん食べもの捨てるの大っ嫌いだもんねー」
「当たり前だろ、もったいないオバケが出んぞ」
賑やかな会話と弾ける笑い声。
俺の大切な従兄弟たち。
シンタローが母と呼んだ女性の真実は分からない。
伯父が掟を破ったのかもしれないし、両親を揃えたくて用意したのかもしれない。
(ルーザーも、このシステムの)
違う、伯父上、それは違う。
飲み込んだ言葉を心の中で呟いて、俺はグンマから買い込んできた食料を受け取り、シンタローと一緒に冷蔵庫へ移す。
世間にだってよくあることだ。死別や離別によって親を失っても、人間は真っ当に育つのだ。
善悪の区別なんて、誰だって生まれたときは知らない。
そうだ、俺だって。
親も、子どもの時間も、成長期も思春期も―――何もかもを欠いていた俺だって、こうやって笑っていられるのだから。
信頼し、協力してくれる団員たち。
俺のために泣いてくれた高松。
何も言わないけれど見守っていてくれる2人の叔父。
伯父上、あなたもだ。
みんなに学んだ。その姿が教えてくれた。
(そして)
「わあ、美味しそう」
昼食にとシンタローがホワイトソースの缶を開け、パスタを茹で始める。
グンマがグリーンアスパラを指で摘み、シンタローに叱られる。
「こら、つまみ食いすんな」
「これホワイトソースと合うね」
「だろ?」
俺はカウンターにもたれて、従兄弟たちを眺める。
(グンマに受け入れられ、シンタローに導かれて)
「そこの味見係、ちょっと来い」
「キンちゃんこれ美味しいよ~」
計ったようなタイミングで2つの笑顔が振り向いた。
伯父がどんな重い過去を背負っているのかは分からない。
けれど重過ぎる荷物はみんなで担ぐ方が楽だと、そう教えてくれたのは、他ならぬ彼とその家族だったから。
「ね、美味しいでしょっ?」
「グンマ、親父呼んで来い。さっさとメシにするぞ」
「はーい」
(俺はこうやって、ちゃんと立っていられる)
「キンタロー、テーブルの用意してくれよ。あ、皿そこに伏せてあるやつ使えよ、しまってあるのは洗いにくいから」
―――お前は敗北者になるな。
(父の最期の言葉を今の出発点に)
4枚の皿を並べ、俺は最上階へと目を向けた。
味見をした昼食は本当に美味しかったから、早く皿が1枚増えればいいと思う。
(眠り続ける小さな従兄弟を今の目標点にして)
まだ知らぬ世界が目の前に広がっている。
一人じゃないから、俺は歩いていける。
「洗い物は俺がする」
「お、悪ィ、頼む」
鍋を受け取り、熱いうちに洗っていく。
シンタローが作ったから、食卓の準備と片付けは俺がやる。食後の洗い物はきっとグンマが立候補するだろう。
一人で何もかもすることはない。
(伯父上)
あなたも、一人じゃない。もう一人で背負うことはないんだ。
彼の心の奥まで届いたら、いつか話してくれるだろうか。
それまでは呼び続けるだけだと決めたら急に気持ちが軽くなって、俺は水を止めると晴れ晴れと食卓を点検した。
(みんなの声は聴こえていますか?)
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