手をいっぱいいっぱい開いてあのひとに差し伸ばす。大好きなあのひとに届くように、うんとうんと背伸びして。そうしたらあのひとはやさしく笑ってこう言った―――。
* * *
目の前には怪しく輝く青い玉。一族の家宝だ、いずれお前が継ぐものだ、と言われ続けたそれを見ても何の感銘も受けない。それどころか憎しみで体のシンが灼き切れてしまいそうだ。
「こんなモノのために……!」
床に叩きつけ粉々にしてしまいたい衝動を堪え、シンタローは青い玉をバッグにぞんざいに放りこみ、長居は無用とばかりに踵を返した。
秘石が盗まれたことはセキュリティシステムによってすぐに知れるだろう。だがシンタローにとって勝手を知り尽くした場所だ。逃走経路は幾通りもシュミレーションしていた。
走って走って、逃げて逃げて通りかかった一部屋に飛び込んで追っ手をやり過ごす。
壁に背を預けて荒い息を整え、しばし休息を取った。
全ては計画通り。何もかもシンタローの思惑通りに進んでいる。シンタローはこみ上げて来るなにかを必死で抑えた。そうでなければ大声で笑い出してしまいそうだ。
ザマァミロ――
奪われた痛みを、悲しみをとくと味わうがいい。胸の中で毒づきながら手をかざして見た。
――シンタローの手は、まるでもみじみたいだね
やさしい声を思い出す。
そうして手を引かれ、母と三人で紅く色づく山を見にいった。
滲む視界に手を引かれ振り返る子供がオーバーラップする。
愛らしい笑みは失われ、戸惑いと悲しみに満ちて。
差し伸べられていた手は、今は力なく垂れている。
何が違うというのだ。あの時の子供と、あの、子供と。
同じように、それ以上に愛情をかけて育つのだと信じていた。
与えられた以上のものを、あの子に与えてあげたかった。
なのに――――。
気がつけば、かざした手で目元を覆っていた。悲しいのでもない、悔しいのでもない、まして憤りでもない。ただもう、そうせずにはいられなかった。
だが、長くこうしているわけにはいかない。シンタローはスイッチを切り替えると逃走を再開する。
あたりを見渡してすばやく部屋を出ると目的の場所へと走った。そこはメンテナンス用通路の入り口で一般の団員にはあまり知られていない。もちろん鍵はかかっているがあらかじめ極秘に鍵を複製しておいた。ここを通れば裏口まで一直線。
何とか追っ手に見つかることなくボートを隠している場所の真上までやってきた。あとはこの崖を降りていくだけなのだが――。
「いたぞー! シンタローだ!!」
手に手に武器を持ち、必死の形相で追ってくる団員達を見て、不敵な笑みを浮かべながら崖を蹴った。
「あばよ!」
海へ落下していくほんの短い間。シンタローの胸によぎった寂寥感。
あのやまを、あのてを、あのことばを、そしてあのよろこびを。
――なぁ、アンタは忘れてしまったんだな…
END。。。。。
『もみじのて』
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今回は0話の蛇足ということで…。
だそく 【蛇足】<
余分なもの。不要のもの。なくてもよいもの。
うん、まさにそんな感じですね……。
シンタローはパパの事が大好きだったんですよー。いくつになっても大好きだったんですよーというお話。
家族が大好きなシンタローさん。
パパと、シンタローと、コタローと、三人でささやかに暮らしていくだけできっと幸せだったのだろう、と。
パパと、シンタローと、コタローと、三人で美しい思い出を作っていきたかったんだろう、と。
そんなふうに思ってみただけなんですが、いかがでしょうか?(って聞かれてもねぇ…/笑)
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