夜中に喉の渇きを覚えたキンタローは部屋に備え付けの冷蔵庫を開けたが、あいにく中に飲み物は入っていなかった。どうしようか一瞬迷ったが、ないとわかるとよけいに喉が乾き、結局ダイニングに飲み物を求めに行くことにした。
生あくびをしながら誰もいないであろうドアを開けると、意外なことにそこにはシンタローがいた。奥のキッチンにはマジックもいて、後はもう寝るだけだというのに忙しく料理を作っている。
「おう、キンタロー。どうした?」
「いや、喉が渇いたのだが…」
状況が把握できずにぼうっと立ち尽くすキンタローにシンタローが笑いかけると、とにかく座るように促された。ダイニングの自分の席につくとマジックがミネラルウォーターの入ったグラスを持ってきてくれる。
「ごめんね~。せわしないことしてて」
「いや」
マジックはニッコリ笑うと鍋の火加減を見にキッチンに戻った。ダイニングのテーブルではシンタローがホイッパーを片手に何かを懸命に混ぜている。
「それは、何をしているんだ?」
好奇心にかられて聞いてみるとシンタローは手を休めることなく、ケーキを作っているのだ、と応えて言った。
「こんな時間にか?」
「ああ。明日はグンマの誕生日だからな」
「誕生日だとケーキを作るのか?」
「そういうわけじゃないけどよ。久しぶりに誕生祝でもしてやろうかと思ってよ」
「シンちゃんってばひどいんだよ」
料理の仕込みをしているのだろうか、マジックが包丁を片手に話に混じってきた。
「パパにも内緒で誕生パーティしようとしてたんだよ! ハーレムが連絡くれなかったらパパなんにも知らないところだったよ」
そうなのか?とキンタローが見ると、シンタローは苦笑しながら手を止めた。
「だってよ、ケーキと簡単な料理ぐらいしか用意するつもりなかったんだよ」
「でもそれじゃ寂しいでしょ~。久しぶりだし」
「久しぶり、とは?」
「二人が士官学校に入るまでは毎年してたんだけどね」
「10代も後半になった男が誕生パーティなんて普通しねーよ」
どこか恥ずかしそうに言い捨てて再びホイッパーを動かしだす。
「誕生日とはパーティをするものなのか」
素直なキンタローの言葉にマジックとシンタローが顔を見合わせる。これは話の仕方が拙かったか、とお互いに反省した。キンタローはまだ体こそシンタローと変わらないが、小さな子供と同じなのだ。
「何かおかしなことを言ったか?」
不思議そうに首を傾げるキンタローにマジックは目元を和ませ、かつてシンタローにそうしていたように優しい口調で言う。
「おかしくはないよ。確かに誕生日にパーティをするからね。でも、誕生日はパーティをする日じゃないんだよ」
「では、どういう日なんだ?」
「生まれてきたことを感謝する日さ。キミがこの世に生を受けて、生まれてきてくれてありがとう、と。そして祝うんだ」
「祝う…」
「そう。その形がパーティだったり、プレゼントだったりするだけだよ」
なるほど、とキンタローは思った。それはとても温かい風習のように思える。そしてそんなふうに祝ってもらえるグンマが、正直言って羨ましかった。だからつい口に出たのかもしれない。
「俺にもあるのだろうか、そんな日が…」
「もちろんあるとも! シンちゃんと同じ24日さ!」
「お前の時も俺がケーキ作ってやるよ」
「だーめ! シンちゃんのお祝いもするんだから」
「俺はいいよ」
「ダメダメ!」
テレて笑うシンタローにいつもどおり我を張るマジック。初めはコミュニケーションでもそのうち押し問答になり、やがて親子喧嘩に発展する。今回も険悪なムードになりそうなところを察したキンタローがさりげなく制止をかけた。
「マジック」
「ん? なに、キンちゃん」
「焦げ臭い」
「…あ! お鍋を火にかけっぱなし!」
慌ててキッチンに戻るマジックにシンタローが、バーカ、とからかいながら舌を出す。そんな姿を見て、仲のいい親子だ、と思うが口にはしない。シンタローがムキになって怒るからだ。
改めて作業に戻るシンタローにキンタローがたずねた。
「俺も何か手伝うか?」
「いや、手は足りているから。もう休め」
「だが」
「そうだな、明日起きたら部屋の飾り付けを手伝ってくれよ。そこまではたぶん手がまわらねーから」
「わかった」
素直にひとつうなずくとグラスに残ったミネラルウォーターを飲み干して席を立った。ダイニングを出て行こうとしたその時、ふと思い立ってドアの前で振り返った。
「シンタロー。ひとつ聞きたいのだが」
「なんだ?」
「グンマに内緒でパーティをすると言っていたが、今夜グンマがダイニングに来たらどうするつもりだったんだ?」
例えば今の自分のように、喉が乾いた、という理由で偶然ダイニングに姿をあらわすということもあるかもしれないだろうに。
「ありえねぇよ」
「その根拠は?」
「晩飯に一服盛ったからな。昼までぐっすりだ」
まったく、あきれてものも言えない。自分がされたら烈火の如く怒るくせに、人にはしれっとやってのける。所詮シンタローも一族ということか。
目を丸くして言葉もないキンタローにシンタローはにやりと笑うと、まるで追い払うように手を振った。
「ホレホレ。さっさと寝た寝た! 計画を知ったからにはお前にも一枚かんでもらうぜ。明日は準備にたたき起こすからな!」
「了解した」
肩をすくめて喉で笑うとダイニングを後にした。
自室に戻る足取りが妙に軽く感じられる。なんだか意味もなくそわそわしているが、決してその感じが不快ではない。
明日は早く起きてシンタローとマジックを手伝わなければ。準備の手伝いというよりは、つまらないことですぐに口論を始め作業がお留守になりがちな二人の監視役かもしれないが、それはそれでまた楽しさを感じる。
そういえばマジックが誕生の感謝を表すことにプレゼントを贈るといっていた。なにか用意をしたほうがいいだろうか。グンマは一体何を喜んでくれるだろう。
キミがいるということを、キミの生誕を
言祝ぎ、そして慶ぶという行為。
なんとすばらしいことであろうか。
キンタローはベッドにもぐりこみながら、温かいものを胸に感じる。
キミがある、すばらしき記念。
キミが生まれた、良き日。
この喜びを伝えたいから――。
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