ある日、年下のルームメイトは意思の強そうな眉をひそめて言った。
「アンタって変なヤツだよな」
勝気な目をそらさずに言う言葉は心底理解しがたいといわんばかりだった。
「変なヤツ」
駄目押しのようにもう一度言う。言われたコージはわけもわからずハトが豆鉄砲でも食らったような顔でぽかんと口を開けているのがだらしない。
下から睨みつけるシンタローと、反応に困って固まってしまったコージと。傍で見るものがいたとしたら、かなりマヌケな構図だった。
「…わしは…」
思わず呟く。
「どの辺が変かのぉ」
決してショックを受けているわけではない。リアクションに困って思わず漏れたセリフだったのだが、それがシンタローの気に障ったらしい。額に筋を立てながら眉をひくつかせ、さらにコージを思い切り睨みつけて言う。
「どこが変かって? そりゃ全部だろ」
「全部か」
「全部だ。だいたいアンタ、俺のことどー思ってんだよ」
「どーっちゅわれても…」
なじるようなシンタローの調子にコージが若干たじろぐ。
「フツーはよ、俺みたいなのは扱いづらいだろーが!」
「そーか?」
風に吹かれる柳のように手ごたえの薄いコージにシンタローはイラついて噛み付く。
「あのさ、俺を誰だと思ってんだ? マジックの息子だ。総帥令息だぜ? アンタ、俺が煙たくないのかよ。鬱陶しくないのかよ」
シンタローはまくし立てるように言い募る。
「フツーのヤツはマジックや教官へのご機嫌取りで俺にへつらうんだぜ。じゃなきゃ腫れ物扱いかどっちかだ。教官だって俺のことは扱いかねてる。当然だぜ。なんかありゃ俺が親父に告げ口すると思ってんだからな。アンタだって俺と同室で迷惑してんだろ? どーってことないって顔で泰然自若としてるくせに、腹の中じゃ俺がウザったくて仕方ね―んじゃねーの?」
ほとんどワンブレスで言い切ったシンタローは肩で息をしながら呼吸を整えている。そんなシンタローを見てコージは、なるほど、と思った。
確かに士官学校入学以来、シンタローの周囲にはロクなヤツがいない。たいした実力もないクセにご令息サマの学友として、ゆくゆくは楽に出世をしてやろうと目論んで見え透いたおべっかを使うヤツ。もしくはシンタローの立場をやっかんで嫉むヤツ。もしくは『君子危うきに近寄らず』を気取ってさも自分が賢しいといわんばかりに遠巻きにするヤツ。教官ですら総帥が溺愛しているシンタローの不興を買うまいとあからさまな態度をとるものも少なくない。
この数週間でシンタローは精神的に参ってしまったのであろう。好奇の目にさらされ、いわれのない妬みを買い、初めて自分を守ってくれるもののいない生活に疲れたのかもしれない。
ここでは誰もシンタローに救いの手を差し伸べない。
ある程度の覚悟はしていたとしても想像以上のギャップだったのだろう。そしてそのギャップを埋められるほど、このルームメイトは精神的な強靭さを身につけてはいないのだ。
シンタローの思わぬもろさを垣間見て、コージはほんの少しだけ嬉しくなって思わず笑ってしまった。
「なにがおかしいんだよ!」
「別になんもおかしかないがの。シンタロー」
「なんだよ!」
笑い含みに呼びかけられてシンタローはむくれたようにそっぽを向く。
「ぬしゃあ、特別扱いされたいのか?」
「バッ……!」
シンタローは背けた顔を真っ赤にしてコージを勢いよく仰ぎ見た。そしてコージと視線が合う。
コージはいつものふざけたような笑みをほんの少しだけ引っ込めて、シンタローに笑いかける。
「わしはシンタローが総帥の息子じゃろーがなんだろーが、気にしたことはないぞ? シンタローはシンタローじゃけんのぉ!」
そう言って豪快に笑い飛ばすコージを見てシンタローは呆気に取られたと同時に、いろいろと悩んだ自分が馬鹿らしくなった。
シンタローはシンタロー。
子供の頃から言われていた言葉だった。一族とは明らかに異質な自分を嘆くシンタローに、父が、叔父達が、ことあるごとにいっていた言葉。そんな言葉はただ自分を傷つけないための言葉だと思っていた。自分を慰めるための言葉だと感じていた。そのことを言われるたびにひどく悲しい思いがした。それを押し隠してさも納得したようなふりをして無理に笑ったこともあった。
それなのに、まったく同じ言葉を投げかけられて、不思議と心が軽くなる。いままで実感していたしこりが溶けていくような気さえした。
シンタローはまじまじとコージを見上げる。
少なくとも馬鹿口を開けて笑うこの男はその場しのぎの慰めやごまかしのためではなく、本気でそう思っているのだ。シンタローはシンタローである、と。
嬉しさと戸惑いに困惑しながらシンタローは呟いた。
「やっぱり変な奴……」
「そうかのぉ?」
「あぁ。変なヤツだよ」
そう言いながらやっと何かが吹っ切れたように笑うシンタローを見て、コージもつられて笑った。
「さーて、それじゃわしは行くかのぉ」
「なんか用事があったのか?」
「この間、演習をサボったのがバレての。お説教じゃ」
「俺が教官にとりなしてやろうか?」
「…格好つけた手前、断っとかんといかんじゃろ」
「そーいうと思ったぜ。オマエならな!」
コージの肩をしたたか叩くとシンタローは肩越しに手を振りながら廊下の向うへ走りながら消えていった。
教官室へ向かいながらコージは思った。
シンタローは今の時点で十分強い。同期の中では一番の強さだろう。今日、一つわだかまりが解けたことで、また一つ強さの階段を上った。おそらく彼は士官学校を一番の成績で卒業し、やがて眼魔団で最強の男になるだろう。
だが今のままではおそらくそれまでだ。
もしシンタローが真実の強さを求めるのなら、シンタローが本当の意味でシンタローにならなければいけないだろう。
もし、シンタローがシンタローになることが出来たら?
そのときを想像するだけで、コージはたまらなく楽しくなった。それだけで心が沸き立つ思いがした―――。
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