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接触という事象。
その存在に気付いたのは、いつだったか。




流れては消えていく音と映像。
それが全てだと思っていた。

それに手を下す事が出来るなど、想像すら出来なかった。






自我の確立は、「彼」と比べると随分と遅かっただろう。








「シンちゃんこっちだよ~よしよし、あんよがお上手♪」

「総帥ぃ~お願いですから会議はちゃんと出て下さい~」


徐々に青い目が近付く。


「到着~っ。ほら、高い高い♪」


だけど、何かが違う。
噛み合わない。






「シンちゃんは暖かいねぇ」


……アタタカイ?







大音量が響く。


「あぁ~泣かないでっ!」


それは、自分に向けられた言葉。







「パ~パ」

「シンちゃんが喋った~」


目の前の人物は、破顔する。


自分は、何も。
何も。









例えばTVの画面。
或いは映し鏡。
奥の方に、奥の方に、覗き込むだけ。

いや、違う。

……違うんだ。





享受された世界への違和感。
今思えば、それらはすべて、一つの事に帰結していたのだ。





あるべき相互作用。





「パパ」





この人が見てるのは、誰?
それは、潮が満ちるようにやって来る。

まずは音。ざわざわとした空気の震えが、膨らんでゆく。
次に光。ぼんやりとした金色が、人の輪郭を形作る。


剥がされた幕の向こう側。

―――あぁ、ここは学生食堂だ。



「シンタローさんっ。次の二人一組対抗試合、オラと組まねぇか?」

「あー悪りぃ。俺の相手っていつも、教官の指示でさ」

「そ、そうだべか……」

「がっはっはっ。見事にフラれたのう」

「うっさいべコージ!トットリ、早目に行って練習するべ!」

「……普段コンビ組んでる僕に何の断りも無く他の人誘って、断られたら何事も無かったよーに振る舞うっちゃね、ミヤギくん……」



目の前で飛び交う、返す言葉と返される言葉。
会話中の単語と、記憶の中の授業日程を照らし合わせ、誰に届く事も無い呟きを漏らす。

――前に眠りについた時から、恐らく三日、か。

己にとって時間の経過など何の意味を持たなくとも、確認せずにはいられない。



「ごっそさん」

"奴"は綺麗に平らげられた食器の乗ったトレイを指定の場所に置き、厨房内の調理員に軽く手を振ると、食堂の扉を潜った。








見慣れた廊下を進み、角を曲がると、大分年長の男が数名、正面奥からこちら側へと向かっていた。
軍人然とした歩みの彼らは、見覚えの無い顔だ。恐らく、今日の実習の為に呼ばれたガンマ団員だろう。
時期総帥と囁かれようとも、現状としてこちらは学生、相手は一兵卒だとしても団員。
進行の妨げにならぬよう僅かに端に寄り、道を開けた。


そのまま何事も無く通り過ぎようとして―――

「ジャン……っ!?」

―――内一人が、驚愕の声を上げた。


「……あ?」

訳の分からぬ単語を口走る男に、奴は一瞬素に戻り、慇懃さに欠けた声を漏らした。


しかし男達はそれを咎める事も無く、一学生を前に、一斉に滑稽なまでの慌てぶりを見せる。

「馬鹿っ!以前、上から言われただろっ!」
「あ……し、失礼しました……シンタロー様」


名乗ってもいないのにこちらの名を口にした男達は、そのまま追及の間も与えず、逃げるように去っていった。
一体、どこまでこの顔が広まっているというのか。


「なんだぁ?あいつら」

不条理な一瞬の出来事に、こちらが出来る事と言えば、ただ立ち尽くすのみ。
だが直ぐに、同じく呆気に取られた顔でこちらを見つめるギャラリーに気付くと、一先ずこの場を後にした。



普段よりやや大股で歩きながら、他者には聞こえない程度の小声で呟く。

「そういや時々、初対面で俺の顔を見るなり、妙な顔する奴がいるな……」

それは、覚醒時間の短い俺ですら稀に目にする事実だった。
この身が持つ"総帥の息子"という肩書きへの萎縮―――つまりは父親を恐れての反応かと思っていたが、それではやや説明不充分の感も否めなかった。


思考よりも遥かに早く、脳に直接叩き付けられたような―――瞬間的で強烈な驚愕。














燃え上がった日がもうじき沈む、人影も疎らな校舎の一室。
一人キーボードを叩く音が、空調機の低い唸りとは異質の高さで、部屋に響いていた。


「げーっ、こんなにいやがる」

ディスプレイに映し出された表にぎっちりと敷き詰められた小さな文字の羅列に、奴はうんざりとした声を上げた。

「まぁ、さっきの奴の年齢からして、せいぜい三十年前までには絞れるか」

ぶつくさと呟きながら、検索範囲を徐々に縮めていく。
キーワードは、昼間耳にしたあの単語。

心の引っ掛かりは、確かめなければ気が済まない性分の奴だ。
ガンマ団に縁のある者なら、一部の隠密任務の者を除いて、全て組織内の巨大ネットワークに管理されている。
そして、簡単なプロフィール程度なら、学内の端末からでも引き出せた。



この時はまだ、俺も奴も、夢にも思ってはいなかったのだ。
それが、開けてはいけないパンドラの箱だったなど。



「あれ、サービス伯父さんの同期にもいるな。どれどれ……」

心酔しているらしい叔父の名を見つけると、苛々とした空気が若干和んだ。

俺にとっては、どうでも良い存在だった。
奴に真っ直ぐな期待を寄せる男など。


―――いや、誰の存在だって、俺にとってはどうでも良いものだ。

この世界に、俺は存在しない。
あるのはただ、媒体にもならぬ、視点のみ。



カシャ、と、キーが一際高く音を鳴らした。
次の瞬間、映し出されたものは。


あぁ―――


その時、
奴と俺の境界線が、揺らいだ。



洪水のように奴から流れ込んで来たのは、俺にとっては馴染みの深い感情。

絶望。

この男の絶望は、俺の歓喜。



似ている、どころの騒ぎではない。
コイツは―――コレだ。



やはり、やはりそうだ―――

此処に在るべきなのは、俺だ。
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マジックがいっぱい
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★★★-----あっさりプロローグ-----★★★



 ――ガンマ団総帥室で執務中のシンタローは、異変を感じて顔を上げ、目を見開いた。眼前に、磁場の乱れによりワームホールが出現したのである。
 最初の衝撃により、遠征に発つ父親を見送りに来たという9歳の子供が。次の衝撃により、シンタローと同じ総帥服を着た13歳の少年が降ってきた。
 どちらも過去のマジックである。ワームホールは時空を超えて、過去のガンマ団本部とつながってしまっていたのだ。
 ワームホールはすぐに消え、二人は帰る場所を失った。
 驚きつつもシンタローは、計器の異常を察知して駆けつけてきたグンマやキンタローの助けを借りて、事態を把握する。二人のマジックにも、彼らが未来に迷い込んでしまったのだということを、なんとか納得させたのだ。
 そして、とりあえずは面倒を見るために、シンタローは仕事を早引けして、彼らを家へと連れ帰ったのであった。なおちょうどこの時のガンマ団は、仕事の閑散期に入っていたのでヒマだったことを付け加えておこう。
 そして勿論、家には本物のマジックが待ち構えていたのである――



★★★-----激闘! お昼ごはん編-----★★★



「……はあ」
 気を抜けば、溜息が口からこぼれ落ちている。手元の中華鍋が、じゅっと音を立てる。食欲を誘う匂いが、キッチンや隣接する居間に立ち込めていた。
 頭がぼうっとしているのとは逆に、慣れた手は器用に動き、鍋底から大きくかきまぜるように、チャーハンを炒めている。
 鍛え上げられた腕の力で、宙に浮いた米と具は、弧を描いて再び鍋へと着地する。強い火力にステップを踏み、華麗なダンスを披露する。
 塩と胡椒で味付けし、最後に葱を散らせばできあがりだ。
 シンタローは火を止めると、用意しておいた4つの皿に、手早く鍋の中身を盛り付けた。スプーンを並べる。
 各々の皿の脇に、同時進行していた鶏がらでダシをとった中華風スープを入れた小鉢を添える。レンゲも一緒に、である。
 それから――悩んだ。腕を組む、目をつむり、しばし沈思黙考。
「……」
 昼食を用意する、という自分の仕事は、これで果たされてしまった訳だ。
 シンタローは再びまた、あのカオスの中に戻らねばならなくなったのである。
 そう、カオス。同じ色の髪の毛と目の色が、入り乱れてのカオス。何がなんだかわからない。自分にはわからない。誰にもわからないであろう。どうしてこんなことになったのだろうか。
 しかしこれが現実なのだから。俺は現実と向き合わねばならない。さしあたってはメシを三人に食べさせてやらねばならない。
 まったく――自分が二人の少年を連れて帰宅してから、さらにまた一悶着も二悶着もあったのである。主に、あの三人の間で。
 いや、三人だけれど。みんな同じ――マジック。



 意を決して、シンタローは振り返った。
「昼メシできたぞー! えーと……」
 名前を呼ぼうとして、シンタローは戸惑った。3人が3人とも、マジックなのである。さて、何と呼べばいいのだろう。
 一分は考え込んだ後、まず易しい方から、手をつけることにした。
 最も年若い子供の方を向いて、声をかける。
「えーと、マジックくん。ご飯ができたから、こっちにおいで」
「はい!」
 居間の中央に位置するソファに座って、絵本を――そういう年でもないと思うのだが、どうやら本部でグンマがくれたらしい――読んでいた9歳のマジックが、返事をした。
 澄んだ目をした、いかにもな良家の子息である。優等生。お坊ちゃま。そんな表現の似合う子供は、きちんと絵本を置いて、すっとソファから立ち上がり、すたすたと歩いてきて、皿を並べたテーブルにつく。
 チャーハンだというのに、テーブル脇に重ねてあった簡易ナプキンをとり、綺麗に折って、膝に置いている。
 9歳ながらに、非の打ち所のないお客様である。



 次にシンタローは、居間の左隅の方を向いた。
 この三人は、わざわざ部屋の中で分散して座っているのだった。同じ自分同士であるなら仲良くできそうなものだと、シンタローなどは思うが、どうもそうは上手くいかないらしい。
 えーと、何と呼ぼうか。
 迷った挙句、シンタローはこのもう一人の少年を、普通に呼ぶことに決めた。
「マジック、昼飯だぞ」
「……フン、気安く呼ぶな」
 ギラリと赤い総帥服を着た少年の目が光り、シンタローを睨んだ後、仕方ないといった風に立ち上がる。
 脇にはすでに読み終えたらしい新聞が山と積まれている。13歳の若さで総帥を務める少年。彼の背後には、荒んだ空気が立ち込めていた。
 背筋をぴんと伸ばした少年は、威厳を込めた足取りで、ゆっくりとテーブルへと向かう。がたん、と乱暴に椅子を引き、これまたゆっくりと浅く腰かけた。足を組んでいる。横柄に背もたれに腕をかけている。
 ともあれ少年二人を呼び寄せてから、シンタローは残ったもう一人の方を見遣った。一番やっかいな、もう一人。
「……」



 こちらが一応、現在時間においての本物、というべきか、大人のマジックなのである。シンタローと一緒に暮らしてきた、いつものマジック。
 窓際の安楽椅子にかけたままのマジックは、先ほどから読書をしているようである。分厚いハードカバーの本をもっともらしくめくっては、時々考え込むように、かたちのいい顎に指で触れている。
 シンタローの方を見ない。我関せずといった風で、本に熱中しているようだ。
 しかし付き合いの長いシンタローには、よくわかっている。マジックの横顔のうち、かすかに動く眉。頬。静かに足を組みかえる仕草。それだけのことから、彼の気持ちが読み取れてしまうのであった。
 明らかに、マジックはわくわくしていた。わくわく。どきどき。まるで白い大型犬が、主人に自分の名前を呼ばれるのを、そわそわと待っているような感じである。
 隠れたシッポが、ぱたぱた振られている。
 まだかな。まだかな。早く私のこと、呼んでくれないかな。まだかな。
 シンちゃん。シンちゃん。はやく、はやく。
 そんな空気が、マジックからは伝わってくるのであった。
「……うっ」
 シンタローは言葉に詰まる。何だか、どっと疲れを感じた。呼ぶのがためらわれる。
 仕方なく、マジックの方を向いたシンタローは、ぶっきら棒にこれだけを口にしたのであった。
「おい」
 そして身を翻し、すたすたと歩いていって年若い二人がついているテーブルへと戻り、自分も椅子をひいて腰かける。
「よーし、食おうぜ」
 ちゃんと待っていた二人に声をかけ、いただきますをしてスプーンをとる。



 窓際に一人残されたマジックが首をかしげた。
「……それだけ?」
 シンタローは答えない。聞いてないぞという風に、そっぽを向いた。
「海苔あるぞ。好きなだけ、かけろ」
 テーブルの上で青海苔の袋を開け、目の前の子供たちに勧めた。
「ねえねえ! それだけ? それだけっ?」
 マジックが立ち上がる。物凄いスピードでやってきて、シンタローの側に立った。ばん、とテーブルに手をつく。
「ちょっとちょっと、シンちゃん! 私だけ扱い違う! ヒドイ! ヒドイよ――ッ!」
「ああん? ちゃんと呼んだだろうが」
「シンちゃんが、私のこと、何て呼んでくれるかなって! 何て呼んでくれるかなって思って! パパわくわくしてたのにっ! わくわくしてたのにぃーっ!」
「ええい、勝手にわくわくすんな! 早く座って食えよ! メシが冷めるだろ」
 一番の年長者が、一番子供っぽいとはどういうことなのだろうか。シンタローは深い深い溜息をつく。
 とにかく早く食卓についてほしい。
 ありあわせのもので作ったチャーハンであったが、なかなかに美味いのだから。



「おいしいです、シンタローさん」
「フン。まあまあだな」
 やっと大きいマジックを自分の隣に座らせ、やれやれと正面を向いたシンタローに、小さいマジックが二人、そう言ってきた。
 二人からの好意的な反応にシンタローは嬉しくなり、『おかわりあるぞ』と笑顔を返す。もともとシンタローは、子供が好きなのだ。自然、態度が優しくなる。
 すると隣から、シンタローを制するように、大きいマジックが割り込んでくるのである。
 大きいマジックは、フフンと笑った。
「フッ、私は毎日、シンタローの手料理を食べているのだよ」
 大威張りで言うマジックに、子供マジックと少年マジックは、両極端な反応を返している。
「へえー、いいなあ!」
「だから何?」
 いったい大人のマジックは、子供相手に、何を張り合っているのだろうか。大人気ないこと、この上ない。
「……」
 無言でシンタローは隣の相手を呆れたように見つめ、自分の皿からチャーハンを一さじすくって、口に含んだ。
 よし。卵のふわふわ加減は、理想的だ。自分の腕に納得しつつ、具材を咀嚼して、味わいながら思う。
 ヤバい、マジックのやつ……って、大人の方だぞ、なんかいつにもまして、ヘンになってやがる……。
「はい、シンちゃん。スープ飲ませてあげる。あーんして あーん」
「うっさい! するか! 黙って食え!」
 子供の前でも、この調子なのである。



 おそらくマジックが、いつも以上にベタベタしてくるからであろう。
 食後のお茶を飲んでいる時に、
「……アンタらって、ほんとうに親子なのか、デキてるのか、どっちなんだ」
 ズバッと単刀直入に、少年総帥が聞いてきたのである。
 最初に親子であることは説明していたのだが、その先は詳しくは言ってはいないのである。言えるはずがない。
「えっ」
 思わず顔を赤くしたシンタローが答える前に、嬉しそうに隣の男が、うんうん頷いて言った。
「まあ、そう。君たちのような子供にはまだわからないだろうが、私とシンタローは、ちょっとラブしてアレして角を曲がってハリキリ戻ってウットリ恋してラブラブってるのだよ」
「アンタ、子供の前で何言ってんだ――!」
「はっは、シンちゃん、そう照れなくっても。いずれわかることじゃないか」
 マジックの腕が伸びてきて、シンタローの肩はぐっと抱き寄せられてしまう。
「ちょっと、何すんだよ!」
 テーブルの下で、シンタローがマジックの足を踏んだり、膝をつねったりしても、一向に効果がない。



「両方。親子で恋人。うらやましいだろう」
 鼻高々のマジックに、軽蔑したようなまなざしと共に、少年総帥は言い放った。
「変態」
「クッ! 昔の私に言われると、なんだかヤな感じ! 私が変態なら、お前だって変態なんだがね」
 同一人物の小さい方は、大きい方にそう言われて、不快そうに顔をしかめている。紅茶を一口すすってから、吐き捨てるように言った。
「僕は将来、アンタみたいのには絶対にならないから」
「いーや、なる! フッ、私はお前のことは、なーんでも知ってるんだよ」
 自信たっぷりに大きいマジックは小さいマジックをねめつけると、語り始めた。
「何しろ自分の過去だからねえ。隅から隅まで知ってるよ。そうだなあ、まあこれは変態とは言わないけれど、例えば本邸のお前の部屋、奥の本棚の上から二段目、右から三番目の本の背後には、何が隠してあるんだっけ?」
「ッ!」
 何やら秘密を指摘されたらしく、少年マジックの顔が、さっと朱に染まった。羞恥のためか、ワナワナ震えている。
 鬼の首を取ったかのように、大人マジックが嘲笑した。
「ははははは、まだまだ青いな、私!」
「くぅっ、このぉ、最低の大人だな!」



 大人と少年が口論している様子を、呆れて見ているシンタローに向かって、自分同士の争いから一人はじき出され、困ったような顔をした子供マジックが、小さな声で尋ねてきた。
「シンタローさん」
「ん? なんだ、どうした」
 ついついシンタローは、可愛いなあ、と思ってしまう。この子が、一体どんな育ち方をしたら、あんな大人になるんだろうか。
 聞かれれば、何でも親身になって答えてやろうという気になってしまうのだ。
 だが身を乗り出したシンタローに対して、子供は純粋な瞳で聞いてきた。
「えっと……親子で恋人って、そういうことってあるんですか?」
「……」
 何と答えればいいのか、シンタローにはよくわからないのだ。



★★★-----昼下がりのサンルーム編-----★★★



「あーもう、何なんだよ!」
 食後に皿を洗おうと腕まくりをしていたら、それは後で私がやるから、いいから、いいからとマジックが言ってきて、いつの間にか『いいから、いいから。こっち、こっち』と居間脇のサンルームに引っ張り込まれてしまったシンタローである。
「ったく」
 舌打ちをするシンタローの顔を、庭の緑を通した穏やかな光が通り過ぎていく。多角形をしたガラス張りのサンルームは、広い庭に向かって突き出している明るい空間で、家族がよくお茶を飲む場所でもある。気持ちのよい開放感に満ち溢れ、小鳥の声も聞こえてくる。
 ガラス窓は周囲を花壇に取り囲まれていて、赤と白のゼラニウムが彩りを添えていた。
 後ろ手にドアを閉めたマジックは、ほう、と溜息をついている。
 その様子を見ながら、シンタローは思う。まったく、何だってんだよ。この男は。こっちが溜息つきたいんだよ、もう。
 とりあえずは、中央に置かれている幅広のラタンのソファに座り、ともかくを自分をここに呼んだ理由を聞いてやることにした。
「……で、何だよ」
 すると続いてマジックもシンタローの隣に座り、シンタローの目をじっと覗き込んできて、重々しい声で正面から言ったことには、
「ショタコン」
 シンタローの怒りを沸騰させるに十分であった。



「な――っ! なっなっなっ!!!」
 なんだと、と叫びたいのだが、怒気が喉から溢れすぎて、逆に渋滞を起こしてしまい、上手く叫ぶことができないシンタローの機先を制して、マジックはシンタローの額に、自分の額をくっつけてきた。
 そして今度は、ごくごく至近距離から、小さな声で囁いた。
「ひどいよ、シンちゃん」
 おでこコッツンの状態で、そうしみじみ言われれば、このまま怒気を発する訳にもいかない。
 シンタローは舌の付け根まであがってきていた大声を、ひとまずはゴクンと飲み込んだ。
 マジックの額は冷たい。相手の青い目が自分を見つめている。吐く息が頬にかかる。色んなマジックの要素が感じられて、肌に食い込んでくるようだ。仕方なくシンタローも、小さな声で言った。
「何だよ……もう」
 ひどく近い距離で、黒い目と青い目とが出会う。青い目が言う。
「だって、シンちゃんったら、子供にばっかり優しくて」
「んなこたねえよ」
「私には優しくしてくれないから」
「バッ、バッカヤロ、何言ってんだよ!」
 マジックが体をずらし、今度は額ばかりか、頬と頬が触れ合う。相手に寄りかかられるような形になって、シンタローは重みを感じると同時に、やれやれと思う。どうしてこの男は、こうして密着するのが好きなのだろうと考える。



 シンタローに頬を寄せて、サンルームの窓の向こうにある美しい庭を眺めながら、マジックは嘆息した。
「お前は本当に子供に弱いんだから……」
「だっ、だーかーらー、そんなんじゃねえって!」
 相手の頬の冷たさを感じながら、シンタローは弁解する。いや、弁解するようなことは何もしてないと思うのだが、ちょっと気まずい。相手は言葉を重ねてくる。
「じゃあさ。あの子たちに優しくするのは、どうして?」
「どうしてって……そりゃ、急に知らない世界に来ちまって不安だろうし……大体なあ、子供に優しくするのは大人としては当たり前だろうが! ってか、俺が普通なんだよ! 妙にツンケンするアンタが異常なんだろ! ったく」
 自分の口がやけになめらかに動くのを、シンタローはぼんやりと意識していた。
 自分の台詞が他人事のように聞こえている。心の奥では、本当はこんなことを考えている。
 そりゃ、そういう理由もあるけど。だってあの子たちは。
 ――こんな時、『アンタの過去だから』とか、さらりと言えればいいのに。
 だが心ではそう思っていても、いざ相手を目の前にすれば、シンタローはそんな言葉を決して口にすることはできないのだ。



「ふうん」
 シンタローのうわべの饒舌を聞いた後、不満そうに頷いたマジックは、しばらく黙った。そしてまた緑の庭を見つめている。
 やがて述懐するように口を開いた。
「でも私としては、まだあの子供二人で済んでよかった。たとえば20歳前後の殺伐な頃の私なんかが、時空を越えてやって来なくてよかったと思ってる」
「あんだよ、そりゃ」
 また別の方向から攻めてきやがった、とシンタローは身構える。何を言い出すんだ、この男は。そして相手が言ったのは、やはり思いもかけないことだった。
「あの頃の私は、なにしろ手が早い」
「あああああ?」
 マジックは遠い目をし、述懐するように言う。
「あの頃の私は、そりゃあもう。見つめあったらそこで撃墜、切ったはったの……いや詳しい話はどうでもいいけど、とにかく酷かった。荒れていたね」
「あんだって――!!!」
 撃墜。ゲキツイ、って何だ。切ったはったって、何!
 非常に複雑な気分に襲われるシンタローである。若い時分のマジックの様子は、シンタローにはなんとなくは想像がつくような、つかないような、曖昧なところであるので、このように言われるとモヤモヤしてしまう。当人であるマジックと寄り添ったままであるのに、胸が痛い。
 ムカつく気持ちと切ない気持ちが混ざりあって、そこにグレーのインクをたらしこんだ感じ。ぐるぐる、ぐるぐる、かき回されている感じ。とてもよろしくない気分。
 それなのにマジックは、また言葉を続けるのである。頬が触れ合っているから、肌を通して音が伝わってくる。
「シンちゃんなんか、私の好みストライクだからさ。かわいいんだもん。罪だよ。だから昔の私だって、お前と出会ったら、絶対に手に入れようとするよ。そこで戦争が起こるね。若者な私が現れたら、シンちゃんの貞操を守るために、私は私と血みどろの闘いを繰り広げねばならないところだった」
 あのお子様たちならまだしも、青年時代に入ってくると、何せ現在と力が均衡してるから、とマジックは言い、
「しかも……なんとなく私の予感では、若い私に、シンちゃんはいちころ」
 とんでもないことを言い出した。
「あんだとっ! 何うぬぼれてやがる!」
 これにはさすがに、ぴったりと寄り添ってきていた相手の体を跳ね除け、正面から抗議しなければならぬと決意するシンタローである。決意しただけでなく、もちろん実行し、その上に睨みつけてやった。
 泣く子も黙るガンマ団総帥を『いちころ』扱いするとは、なんたる不届き者。失礼千万。
 怒るシンタローをマジックはちらりと見やって、首を振っている。
「だってさ、シンちゃんが、さっきみたいに私につれない態度をとるのは、私がシンちゃんのこと好きだって思ってるからでしょ。なんだかんだで、お前は自信があるんだ」
「なにっ! ナニッ! なっななななんだとッ――!」
 たまにはマジックも鋭いのである。しかしこう正面きって言うなんて、なんと最低な男であろうか。
 頭のてっぺんから湯気を噴出して、シンタローは叫んだ。



「でもね、そんな自信がない場合――たとえばお前のことを知らない私、なんかが現れたとしたら、お前は同じように、つれない態度をとるかな?」
「ぐっ……」
 どう答えていいのかわからずに、シンタローは言葉に詰まる。相手は回想するように目を細め、悲しそうに呟いた。
「多分、若い時の殺伐な私なら、もっと荒々しくお前に迫るね。間違いなく。見下すように、征服するように、『シンタロー、私はお前が欲しい! 力ずくでも!』って感じで。そこでお前は拒否できるかい?」
「えっ……」
 つい想像してしまったシンタローの両肩を、マジックは凄い勢いでつかんだ。シンタローを揺さぶる。
「あっあっあ――! ホラ! きゅんとしてる! ちょっといいかもって思ってる!」
 揺らされながら、シンタローの目が泳ぐ。声まで揺れる。
「おおおおお思ってねえヨヨヨ!」
「刹那的に、一夜の思い出でもいい、お前を抱く! とか強引に、かつ傲慢にだね」
「えっ……」
「ぐっ、やっぱり、きゅんとしてる――!」
「し、してねえ……って……」
 声が弱まるシンタローに、マジックはシンタローをぎゅっと抱きしめ、大声で嘆いた。
「パパね、パパね、シンちゃんは、若いパパを絶対に拒めない気がするんだよ――っ! 悪い予感がするんだよ――ッ!!! ああもう、ああもうったら!」
 万力で締め上げられるような圧力が全身にかかり、シンタローは青ざめる。情熱に駆られたマジックほど怖いものはないと、これまでの経験上、よく知っている。



「う……ちょ、ちょっとアンタ、苦しいって、もうちょ……っと、腕の力弱め……」
「あーもう、不安! すっごい不安! もうその総帥室に開いたワームホールを、私はどんな手を使っても塞いでやるんだから! 絶対そうしてやるんだから!」
「あのな……あの子たちが帰れる方法を……み、見つけてやってからに……してくれ……よ」
「うわーん! シンちゃんは、私だけのものだ――!!!」
「……ぐぁっ……」
 相手が呼吸困難に陥りかけていることに、遅ればせながら気づいたマジックは、やっと抱きしめる力を緩め、ぜいぜいと胸を上下させている恋人に向かって、大きく頷いて断言した。
「大丈夫! 若い私よりも、今の私の方が、年の功でテクはあるからね! シンちゃん、安心して」
「……何の安心だ」
「あと私の方がハンサム」
「アホか。同じ顔だろ」
「違うよ! 私の方が、こう、歴史の刻まれた重みのある顔でね」
「ただのシワだろ」
「なにシンちゃん、その言い方! この前、私の顔の、この頬のとこが好きだって、ベッドで言ってくれた癖に――!」
「言ってねえよ! 言ってねえ!」
「言った! 絶対言ったー! パパは、ちゃーんとこの耳で、聞きました!」
「言ってねえ――!!!」
 そして――。
 思い当たる節があるだけに、真っ赤な顔をしたシンタローと、マジックの水掛け論が続いた後のことである。
「……今の私だって、本当はそっちの殺伐モードにもなることもできるんだけど……だって、シンちゃんが私のことを愛してくれなかったら、私は狂うから」
 ぽつりとマジックが呟いた。



「私が荒れ狂わないのは、お前がいてくれるからなんだ」
 まだ怒りの治まりきらなかったシンタローは、ハッとして相手の目を見た。俯いていたマジックが、顔を上げ、視線を合わせてきた。そして酷薄ささえ醸し出す薄い唇が動いて、こんな言葉を紡ぎ出した。
「でもね、シンタロー。お前は私のことが好きでしょ」
「……」
「ねえ、私のことを、愛してくれてるでしょう?」
「うっ、うううう~~~」
 今度はシンタローが俯く番だ。うー、ぐー、と変な声が喉の奥から漏れて、言葉にならない。
 しかしマジックは笑って、優しく言った。
「だから私は、こんなに穏やかな私でいられるのさ。お前のお陰さ。今、私は幸せだよ」
 ちっとも穏やかじゃないくせに、とシンタローは心の中でツッコミを返したが、その殺伐マジックとやらに戻られるのも嫌だったので、黙っていた。それだけじゃなくて。
 う……俺。俺って。
 自分の気持ちを、シンタローは噛み締める。ヤバい。どうしよう。
 マジックが幸せだと言ってくれたことが――とても嬉しくてならない。
「シンちゃんが愛してくれなかったら、私は死んでしまうよ」
 そう言ったマジックの指が伸びてきて、シンタローの顎に触れ、くい、と上向かせる。ドキッとしたシンタローの心が跳ねる。
 笑みを浮かべた唇が、囁いた。
「シンタロー。キスさせて」
「……」
「お前が私を、地獄から救ってくれたんだよ」
 シンタローは目を静かにつむった。



 だが一向に、唇は触れてこなかったのである。
「?」
 おかしいと思ったシンタローが目を開けたところ、顔が近づいた状態の至近距離のマジックは、シンタローにキスしかけたままで、横目で窓の外を窺っていた。
 シンタローもその視線の先を追う。そこにあったものは。
 午後の太陽の光。緑の庭。二人の子供の輝く金髪。ガラス窓に張り付くようにして、こちらを見ている四つの青い瞳。聞こえてくる囁き声。
『……あれって、キスしようとしてるの?』
『……シッ。いいから黙ってろ。見つかる』
『あれがコイビトなんだねー』
『チッ。黙ってろって。お前にはまだ早い』
 慌ててシンタローは大人マジックを押しのけた。側にあったクッションで無意味に自分の膝をバンバン叩き、窓の外に向き直る。
「いっ、いつからいたんだ! いたなら声をかけなさいッ!!!」
 声が裏返るシンタローに、サンルームの外にいた小さなマジックたちは、叱られた子供のように肩をすくめた。いや実際に子供なのだが。しかし絶対に反省していない。しまった、という顔を二人ともしている。
 マジックの気持ちに長年通じているシンタローには、子供マジックとはいえ、ある程度の心理はわかるのである。胃が痛い。
 折角のキスを邪魔されて、仏頂面の大人マジックといえば、それでも気を取り直したようだ。性懲りもなく、再びシンタローの顎に手を添えてくる。
「シンちゃん。やっぱり気にするのはやめよう。むしろ見せつけてやろう。さ、キスの続きを……」
 こちらも処置なし。
 クッションを、迫ってくるマジックの顔に、ばふっと押し付けて、シンタローは叫んだ。
「だ――っ! もう、どのマジックも、いい子にしてなさ――いッ!!!」
 沢山のマジックに囲まれて、シンタローの前途は多難のようだ。



★★★-----お昼寝編-----★★★



「おーい、ジュースでも飲むか?」
 右手でトレイを差し上げたシンタローが声をかけると、金髪の少年は振り向きもせず、答えもしなかった。
 ここは居間脇の小部屋。しんと静まり返った午後の日差しが、カーテンのレースの影を描いている。時間は止まる。トレイに乗せたグラスの中で、氷が澄んだ音を立てる。
 少年の答えはないままであったが、背中が。小さな背中が命令に慣れた権力者の顔をして、『さっさと、そこに置け』と答えているようにシンタローには見えた。気のせいか? いや、明らかにそう言っている。
 本当に13歳なのだろうか、この少年は。俺の13歳の頃はなあ、こんな暗くて荒んだ雰囲気じゃなくてなあ、もっと……。
 複雑な想いがこみあげてきたが、シンタローは頭を振ってそれを追い払った。
「ここに置いとくぞ」
 シンタローは鮮やかなオレンジ色に満たされたグラスを、少年の側のテーブルに置く。グラスの底と上質のオーク材とが触れ合って、コトリと響く。
「……」
 シンタローはマジック少年の横顔を見つめた。だが相手の表情は、何も映さない。シンタローの存在など、意に介していないようだ。
 グラスを置いてしまうと、もうこの部屋ではすることがなくなる。丸いトレイを撫でてみたり、裏返してみたりしながら、シンタローは所在なげに溜息をついた。それから指で鼻の頭を掻いた。
 何か声をかけたいと感じるのだが、何も思いつくことができなかった。
 ややあって。モニターを見つめ、黙々と端末から情報を閲覧しているマジック少年に向かって、シンタローはやっとのことで言葉を探し出した。
「はは、勉強熱心だなー、マジックは」
 ちょっと棒読み気味になってしまったかもしれない。するとシンタローの声に、マジック少年の口角が、はじめて動いたのがわかった。ただし、馬鹿にしたように、ではあるが。その横顔の輪郭が、少し揺れたのだ。



 椅子ごと体を回転させて、赤い総帥服を身にまとった少年は振り向いた。
 シンタローと、目が合う。年齢に合わない強い視線であった。少年の口が開いて、冷たい一言が飛び出してきた。
「誰に向かって物を言ってるんだ?」
「……ああ? 誰って、お前」
 目線は相手の方が下なのに。なんだか、見下されているような気がして、シンタローは決まり悪げに、また鼻の頭を掻いてしまった。
 そんなシンタローに向かって、相手は言葉を重ねる。押さえつけることに慣れた物言いだ。
「子供扱いするな。どうもアンタのことは気に食わない」
 言い切られてしまった。
 ついシンタローは、少年から目をそらしてしまう。
 いかに子供――また怒られるだろうが、子供は子供なのだ――の言葉とはいえ、面と向かってこんなことを言われると、気落ちする。
 そもそものこと。シンタローは、この子供への接し方を決めかねていた。どうもやりにくい。自分が気を遣いすぎなのかもしれないのだが。この子とどうやって付き合えばいいのだろうか。
 それにシンタローには、先刻のサンルームでの、後ろめたい事情もあるのである。
 先刻――シンタローは、大人のマジックと、キスしかけているところを見られてしまったのだ。
 ……やっぱり潔癖な子供にとって、俺たちの関係って誇れるものじゃないからなあ……。
 俺、嫌われちゃったのかもしれねえ。
 いくら未来はあのマジックに成長するとはいえ、子供は子供。考えると、どんよりと落ち込んでいく気持ちである。



「フン」
 沈黙を破ったのは、意外にもマジック少年の方であった。
 少年は、黙ってしまったシンタローを一瞥すると、手を伸ばしてグラスを取り、中身を一口含んだ。含んでから、
「甘い」
 と感想を述べた。とても不満そうだ。
 シンタローは首をかしげた。このオレンジジュースは大人のマジックが好んで飲んでいるメーカーのものだったので、口に合わないということはないと思うのだが。聞いてみる。
「甘いの嫌いか?」
「……だからガキ扱いするなっていうんだ」
 そう言って少年は、あとは一気にグラスを干し、わざとらしい渋面を作ってシンタローを睨みつける。
 そしてぶっきらぼうに手を突き出し、シンタローが持っているトレイにの上に、その空いたグラスを乗せた。持って帰れということだろう。



「マジック。お前……」
 全部飲んだくせに。
 不意にシンタローは、何だかおかしくなった。
 なんだ、ジュースを俺が持ってきたことが、不満だったのか。
 そう理解したからだ。
 虚勢をはっているんだ。この子は必死に大人になろうとしているんだ。それはとても簡単な説明で、だからこそシンタローにはなかなかそれが見えなかった。難しい事情が背景にあることはわかっていたからだ。
 あやうく、この子を遠巻きに見つめるだけで済ませるところだった。きっと、多くの大人たちがこの子にしたように。
 甘いジュースに反発する。大人ぶろうとしているマジック少年から垣間見える、子供っぽい一面。
 シンタローは唇に笑みを浮かべずにはいられなかった。
 なんだかこの子が、可愛らしく見えたから。
 ――あのマジックにも、こんな時期があったんだなあ……。コーヒーなら、絶対にブラックで飲むなんて言い張るんだろうな。
「何がおかしい」
 眉を上げて、マジック少年が聞いてくる。その眉の上げ方が、現在の大人のマジックとそっくりで、シンタローはますます笑ってしまった。
 眉の上げ方は同じだけれど、他人との壁の作り方が、大人のマジックよりもわかりやすいところが、可愛い。
「や、ごめん、ごめん」
「……チッ! だからアンタみたいのは嫌いなんだ!」
 完全に気分を害してしまったらしい少年は、今度は椅子を逆回転させ、再びモニターに向かってしまう。



「じゃあ俺はあっち行くけど。なあマジック、わかんないことあったら俺に聞けよ。端末もお前のいた時代とはかなり操作方法違ってるだろうし」
「それぐらいわかる! だからその」
「子供扱いすんなってことだろ。はいはい。困ったことがあったら、遠慮なく呼べよ」
 シンタローは、自分の肩の力が抜けたのを感じていた。なんだ、普通でいいんだ。
 この気難しい少年との接し方を、シンタローは徐々に会得し始めていた。



 立ち去り際に、少年がぼそりとこんなことを呟いた。
「……あいつ、いいのか」
 部屋のドアを開け、キッチンに向かおうとしていたシンタローは、その声に振り向く。
「あいつって」
「9歳の……僕のことだ」
 シンタローは窓に目をやった。もっと小さい方のマジックは、庭にいるのだと思っていたのだが。そういえば姿を見ない。この部屋の窓からも、確認できない。白いカーテンが揺れた。
「泣きながら、裏手の方に歩いていくのを見た」
「えっ」
 シンタローの胸が、どきりと波打った。
 少年は、まなざしに皮肉めいた色を浮かべながら、こう言った。
「過保護なアンタには、あいつぐらいがちょうどいいんだろ」



----------



「マジックくん」
 やっぱりなぜか『くん』をつけて呼んでしまうシンタローである。自分で思ったよりも声が響いて、訳もなく辺りを見回した。
 シンタローが呼んだその子は、庭の奥まった場所、小高い丘の上、明るい陽光に埋もれるオリーブの木の陰にいた。膝を抱えて座り、俯いている。白いシャツが、緑の野に立つ白い小鳥を思わせた。
 細かく分かれながら伸びたやわいオリーブの枝が、鱗のような葉を茂らせ、子供の金髪に影を作っている。
 青草を踏んでシンタローが近づくと、子供はハッと身をこわばらせた。振り向かずに、こう言った。
「……ごめんなさい! 勝手に家を離れたりして」
 濃緑をしたオリーブの葉は光を反射し、周囲に輝きを撒き散らす。葉裏は白い。その白さが、輝きに淡さを加えている。
 シンタローが子供の側に立ち、見下ろしても、彼はうつむいたままだった。顔を決してシンタローには見せようとはしない。
 子供の隣に肩を並べて、シンタローが座ると、子供は反対側に顔を向けてしまった。皮膚の薄そうな耳が、赤く染まっているのがわかった。



「どうしたんだ」
 そっと声をかけても、返事はない。細い肩だと思った。仕立ての良いクラシックな白シャツ、糊のきいた襟がうっすら光に透けて、逆に痛々しい。
 思わずシンタローは、その肩に自分の手をかけていた。子供が不安なのだろうと感じたからだ。
 当たり前だ。突然こんな未知の世界に放り出されて、不安にならない訳がない。しかも。こんな幼い子が。
 かわいそうに。
「はは、元気ないな」
 明るい調子で、シンタローは言った。肩に回した手で、相手の二の腕をぽんぽんと叩き、笑いかけてみる。
「確かに混乱するよな。無理ないよ。未来に来ちまうなんて、誰だって動揺する。だから謝ることなんて、ないんだぜ」
「……」
 シンタローの長い黒髪が、風になびいた。言葉を続ける
「きっとすぐに元の世界に帰れるさ。うちの科学者陣が総力を挙げて、お前らが帰る方法を研究してるから」
「……」
「大丈夫。心配すんな!」
 安心させるように大声で言った後、間をおいて、ゆっくりとシンタローはこう付け加えた。
「……俺がいるから」
「シンタローさん……」
 子供は、はじめて顔を上げた。泣きはらした目をしている。
 シンタローは、少年を抱きしめた。金髪がシンタローの胸に埋もれた。しばらくそのまま、そうしていた。小鳥がオリーブの木の中でさえずり、すぐに仲間を探しに飛んでいった。



 子供が落ち着くのを待って、シンタローは何気ない会話をかわした。特に気負わず、普通の話をしようと思った。
 日常のこと。風景のこと。青い空のこと。徐々に子供が心を開いていくのがわかった。
 聞けば、数十年前も、この庭の丘は変わっていないという。オリーブの木は何度代替わりをしたのか、と幼いマジックは指で葉を撫でていた。
 話は13歳のマジックのことに及ぶ。『あいつもお前のこと心配してたぞ』とシンタローが何の気なしに言うと、9歳のマジックは、さっと表情を曇らせた。
 どうしたんだろう。俺はまずい点に触れてしまったのだろうか。
 こうなってはシンタローとしては、ストレートに尋ねるしかない。回りくどいことをやっても無駄だと思った。
「あいつと何かあったのか?」
 草の香が二人の間をすり抜ける。子供は膝を抱えたまま、風の行方を見送っていたが、やがて口を開いて話し出した。
「別に、何か、あったんじゃ……なくって……でも新聞とか……PCとか使って……調べてて……」
 途切れがちな子供の声であったが、シンタローは了解した。13歳の方のマジック少年は、未来の情報収集に積極的で、こちらが驚くほどだった。
 そのことをこの9歳のマジックは、気にしているのだった。
「僕は……なるべく……知りたくない……です……」
 青い目から、一つ涙が零れ落ちた。



 シンタローの心を、悲しい気持ちが突き抜けていった。
 そうだった。この子は、そう遠くない将来に父親を亡くすことになっているのだ。そんな未来なんて、知らない方がいいに決まっている。それだけではなく不幸なことばかりが、この後の彼に押し寄せる。
 この子にとっては未来の世界なんて知らない方が、幸せであるに決まっている。
 勿論あの13歳のマジックが、この子供に何も言うはずはなかった。現在のマジックもそれは同じである。そして自分も、この子供の未来に何が起こるかなんて、言わない。いや、言えない。
 だが、誰も知らせずとも、子供は感じ取っているのだ。
 特に13歳のマジックが、父親が身につけていたはずの赤い総帥服を自らまとい、性格が一変してしまっていること。その事実ひとつだけをとっても、そのことが何を示しているかは明白であった。
 4年後の自分には、父親がもういないのだということを、この子は理解してしまったのだ。
 今まで平気な振りをして、我慢していたのだろうか。
 子供は目をこすった。
「なにやってんだろう、僕。弟たちの心配もしなきゃいけないのに。早く元の世界に帰らなきゃ。弟たちは、僕がいないと駄目なのに」



 またシンタローは子供の肩を抱いてやった。今度は前にも増してしっかりと、だ。
「大丈夫。大丈夫さ」
 言葉を繰り返す。子供の体温を感じながら、同時に思う。
 13歳のマジックが未来の情報を得ることに頓着しないのは、もはや失うものが何もないからなのか。もう何事にも動じないという決心をしているのだろうか。
 9歳のマジックを抱きしめながら、シンタローは、小さな部屋で一人モニターに向かっていた少年にも、想いを馳せる。
「……っ……」
 子供の肩が震えた。
「ほら、泣くなよ。さっきも言っただろ。俺がいるから」
「……」
 俺には、こうやって一緒にいてやることしかできない。
 やがて子供は、シンタローの膝に頭を乗せて、寝てしまった。



 子供の寝顔を見ながら、シンタローは日差しの中、ぼんやりと考えている。
 かたい殻を被る前のマジックって、こんな風なのかな――。
 長い年月で形成されていったのだろうと思われる、現在のマジックの姿。挑もうとするシンタローを阻む壁。その壁に風穴を開けることが、シンタローの願いであった。
 マジックってさ、あいつって――。
 考え続ければ、やわらかい光に徐々に脳は回転を緩め、シンタローは眠気に誘われる。総帥職の過酷さに耐え続けていた身体が、今は弛緩を望んでいるようであった。
 子供マジックの体をずらし、腕枕をしてやりながら、シンタローは自分も青草に横たわる。
 ゆっくりと意識が薄れていく。
 ――今のマジックも、まだ心の傷を抱えているんだろうな……。
 ――届かない、少年時代……。
 ――俺じゃ、駄目なのかな……。
 睡魔はボウルの中でとろりとしたクリームをかき混ぜるように、思考を細い筋にして夢の世界に溶かしこむ。
 午後の光と涼やかな風は、シンタローと小さなマジックの顔を、やさしい手のひらで撫でていくのであった。



 そして。
 そんな二人を陰で見ている、もう一組の大人と少年がいるのである。



「何を話しているのかは、わからないが……」
 マジックは、ギリリと壁に爪を立てた。悔しげに震える。
「クッ、私め、シンちゃんとお昼寝なんぞしおって! 子供の特権使いまくりか!」
「何度も言うが、アンタって最低の大人だな」
 丘を見渡すことのできる離れの小屋――昔は鳩小屋だったもの――の陰に、ここにも一組の大人と少年がいた。
 前者はシンタローの様子を窺いつつ焦燥に駆られ、後者はその背後で腕組みをしている。
 呆れた目つきで少年が吐き捨てたところに、大人は振り返り、いまいましげに少年に向かって言い返す。
「こっちだって何度も言うが、私はお前。お前は私。お前はその『最低な大人』になるの。残念だったね、ははー」
 大人気ない大人の物言いに、うんざりして遠い目をしているマジック少年である。少年は呟いた。
「どうしてこの僕が、こんな大人になることになってるんだろう。運命の悪戯にも程がある。非常に不本意だ」
「あっ、あっ、あっ、シンちゃんってば、ほおずりまでしちゃってっ! してるよね、あれ! してるように見える! 接近! 接近しすぎ、離れないさい、ちっさい私ッ!!!」
「不本意すぎる」
「ああもう、シンちゃーんっ! シンちゃぁ――ん!!!」
「何なんだよ。真剣になりすぎだろ」
「邪魔するな。生意気な私めが!」
 大人マジックは今度は剣呑なオーラを漂わせて振り返り、ジロリと凶悪な視線を少年マジックに送る。
「……どっちがだ、破廉恥な大人めが!」
 負けずに少年マジックも、同じく物騒な視線を大人マジックに送る。数十cmの身長差はあるが、見上げながらも睨みつける。
 バチバチバチッと火花が飛び散った。緊迫感。小屋の壁に立てかけてあった園芸用のスコップが、音を立てて倒れた。積み上げてあった肥料の袋が空気の振動にあわせて、ぷるぷる揺れている。
 そこは子供ながらも現役の総帥と、引退したながらもかつては世界征服を企んだ元総帥。
 大抵の者なら震え上がるような一閃であるのだが、何しろ同一人物同士であるから、双方とも恐れを知らない。火花が激しく、同じ顔をした二人の間で、弾け飛ぶ。



 睨みあいの末、仏頂面で大人マジックが口を開いた。右手を顔の横でひらひらさせて、オーバーな仕草で深い溜息をつく。
「ああ、ああ。お前はこの事態がどんなに深刻かをわかってない。なぜならシンタローは、聞いて驚け、ショタコンなのだよ……ははははは」
 最後の方は棒読みに近い調子で、マジックが自嘲気味に唇を歪めた。疲れたように、壁に右手でもたれかかる。
「ショタ……コン……?」
 少年総帥は、聞きなれない言葉を耳にしたという表情をしていたが、やがて、
「……ああ、子供が好きな人間のことか」
 やや理解して、不快そうに顔を歪めた。
 どうしてこの自分がそんな馬鹿らしい言葉を口にしなければならないのだと、プライドを傷つけられたようである。僕は総帥なんだぞ。総帥なんだ。少年らしい潔癖さがにじみ出ている。
 だが同時に疑問を感じたらしく、13歳の少年は同じ顔をした大人に向かって尋ねる。
「……なら、なんであのシンタローってヤツは、範囲外のアンタとデキてるんだ」
「うるさいな。大人の事情を、青臭いお前がわかるものか。くっ、それはそうと! ああ、シンちゃん、あっあっ、あれってチュウしてないか? おでこにチュウ? ってかシンタローの唇が触れてる気がする! ちょっとほら、アレどう思う? どう思う? 許されると思う? あれは!」
「……」
 大人マジックの態度に、完全にお手上げの少年マジックである。
 処置無し、と空を仰ぐ。鳥が一羽、弧を描いていた。



 鳥の動きを目で追いながら、少年は建設的な意見を口にしてみる。
「そんなに嫌なら、さっさと出て行って、子供の方をどかせばいいだろ」
「フッ」
 しかしこんな場合は、まともな意見ほど役に立たないものである。よくもそんな愚問を、という風に大人マジックは鼻先で笑い、嘲笑を交えて言った。
「お前も馬鹿だな。そんなことをしたら、私がシンちゃんに嫌われてしまうじゃないか! そんな簡単なことがどうしてわからないんだ!」
「……」
 とんでもないくらいに真顔。こう大真面目に言われては、少年マジックとて沈黙するしかない。沈黙しながら、相手を白眼視するのみだ。
 大人マジックといえばそんな少年にはもう目もくれず、数十メートル先の、緑の丘にたたずむ二人を凝視するのみ。
「子供、子供は厄介だ……たしかに力で排除することは容易だが、そうしてしまうと私がシンちゃんに嫌われるという副作用がついてくる。なんという鉄壁の防御シールド! くっ、やっぱり若者な私と同じくらいに、子供の私も要注意だな! あなどれん!」
 訳のわからない独り言をブツブツ口にしている男は、少年にとってはまさに恥ずかしい大人そのものに見えた。



 ややあって。少年の口から、ぽつり、と漏れた言葉がある。
「フン……なら、アンタよりも僕の方が、あの男の趣味って訳だ」
 聞き捨てならない台詞を耳にして、大人マジックの動きがぴたりと止まる。
「……何?」
 騒がしかった(主に大人一人のせいで)空間が静まり返り、風が丘から青草の香りを運んでくる。
 大人マジックが問い質す。
「今、何て言った」
「別に。独り言」
「……」
「……」
「……」
「……」
 不意に沈黙が途切れ、堰を切ったように大人マジックが、すさまじい剣幕でまくしたてる。
「言っておくがね、過保護なシンタローには、私くらいがちょうどいいんだ!」
 先刻のシンタローとの会話を聞かれていたのかと、さっと顔を赤くして、少年マジックも口論を受けて立った。
「なに立ち聞きしてんだよ! ホントいい大人が何やってんだよ! 最悪だ、絶対に僕はこんな大人にならない! 絶対に!」
「いいか、これは私からの通告だ。お前がシンタローに手を出したら、殺す……覚悟したまえ」
「……ッ、戦闘ではこちらに分が悪いのは認めるが、冗談を冗談だとわかれよ、このバカ大人! それに自分で過去の自分を殺してどうする! 時空の関係上、そうすれば今現在のアンタだって消えるかもしれないんじゃないのか? 少しは頭を使え!」
「くっ、その可能性があったか! なんだお前なんか、ちんちくりんのクセに! あっ、あっ、そうだ! シンタローにお前の秘密をばらしてやる! あんなこととかそんなこととかばらしてやる! お前なんてシンちゃんに嫌われるがいい!」
「アホか! 自分自身の過去ばらしてどーするんだよ! アンタ自身が嫌われろよ! ああ、ああ、どうして僕ってこんな大人に……年々と知能が低下していくんじゃないか、まさか僕って」
「く、悔し――い! 目の前にライバルがいるのに、手出しできないのが、悔しくてならない! これが自分でなかったら、すぐさま抹殺しているのに!」
「悔しいのはこっちのセリフだ、本人の目の前で将来像打ち壊すなよ! これは悪夢だ、そうだ悪夢だ、そうに違いない……」
 やわらかな日差しと緑に包まれて、すやすやと眠る大人と子供。そしていがみあう大人と子供。静と動。安らぎと殺伐。寝息と喧騒。ひどく対照的な世界をかたちづくる。
 小鳥たちのさえずりばかりが、両陣営に等しく響き渡り、人間界の均衡を保とうとしているかのようであった。
 騒動はまだまだ続きそうである。









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 辺りを見渡しても岩ばかり、という荒涼とした風景の中、アラシヤマは
 「リッちゃーん!!」
 と叫ぶウマ子を、(いきなり、どないしたんやろか??この女子・・・)と不審に思いつつ、
 「ホラ、直りましたえ」
 鼻緒をすげ替えた下駄を手渡した。それを受け取ったウマ子は少し複雑そうな顔で下駄を見ると、
 「シンタローって、リッちゃんとひとつ屋根の下に暮らす御法度野郎じゃろ?そんな奴のどこがええんじゃ?」
 少し拗ねたように言いながらウマ子は下駄を履いた。なんとなく、アラシヤマは(さっきから、一体何どすの?)と、少々居心地の悪さを感じつつも、歩き出した。
 「一言言っときますが、別にシンタローはんはリキッドを狙うてはるわけやないと思いますえ?気に入って子分にしてはるんは確かやけど。どこがええんか聞かはったけど、とにかくシンタローはんは、強うて、綺麗で、優しおます」
 「そんなん、わしには信じられんわ。シンタローは、リッちゃんを扱き使う鬼姑じゃ!!」
 アラシヤマは、少し困った顔をし、腕を組んだ。
 「まぁ、それも俺様なシンタローはんの一面やと言えるかもしれへん。・・・あんたはんにやったら話してもええやろか。わてとシンタローはんが出会うたんは、ちょうどあんたはんぐらいの歳やったんどす。一目見たときから、シンタローはんは、とにかく他とは全然違ってましたわ」
 なんとなく、アラシヤマは今この場には心在らずといった様子で、何かを懐かしむような顔をした。
 「士官学校に入学した日、わてが一人でご飯を食べてたら、シンタローはんが『仲良くしよーぜ』って話しかけてくれはったんどす。すごい嬉しかったんやけど、何でかその後殴られまして。でも、それ以来、紆余曲折はありましたが今は一番の心友どす!正直な話、わてはシンタローはんのためやったら何でもします」
 アラシヤマはそう言いきった。それは他者が口をはさめるような雰囲気ではなく、少しウマ子は疎外感のようなものを感じた。
 黙ったままのウマ子を見て、アラシヤマはどう思ったのか、
 「・・・あんたはんにはつまらん話やったら、すみまへんな」
 そう言って、少し笑った。
 (なんじゃ、もう!わしだってリッちゃん一筋なんじゃけぇ!!)
 ウマ子は何故か悔しく思った。
 「リッちゃーん!リッちゃーんッツ!!」
 再び大声で叫びだしたウマ子を見て、アラシヤマは少し呆れた様子で、
 「あんたはん、そないにリキッドのことが好きなんどすか?」
 とウマ子に声をかけた。
 「す、好きって・・・、もちろんじゃあ!!!」
 「わてにはよう分からんけど、あんたはんこそあのヤンキー小僧のどこがええのん?」
 「むぅ、リッちゃんほど格好よくて可愛い男はおらんッツ!」
 それを聞いたアラシヤマが、
 「シンタローはんの方が格好よいし、可愛いおますえ!?」
 と断言したのでウマ子はムッとした。
 「リッちゃんは目が綺麗な空色じゃし、髪も金髪で王子様みたいじゃ!」
 「わては、シンタローはんのあの目が、好きどす!いつも睨まれてばかりなんどすが、笑ったり、わてのために泣いたりしてくれはると、もう、おぼこすぎてどないしようか思いますわ。長い髪はシンタローはんの気性みたいに真っ直ぐで手触りがようおますしナ」
 「り、リッちゃんはすごく料理上手な男じゃ!わしはリッちゃんの手料理を毎日食べることが夢なんじゃが、たまにはわしが作ってリッちゃんをドキッとさせてやりたいのぉ・・・」
 「リキッドよりも、シンタローはんの方が料理の腕は上でしゃろ!シンタローはんの手料理は絶品どす!ただ、わてのためには中々作ってくれまへんけど・・・」
 アラシヤマが色々と言っていたが、ウマ子はリキッドのことを思い出しているうちに、もはやアラシヤマのことはすっかり忘れていた。
 「リッちゃんは照れ屋じゃけん。ウマ子のセクシー・コスプレを見て正視できんほどテレまくるし。げに純情で可愛い男じゃ。だから、リッちゃんのためにいつも可愛い服を着とうなるのぉ。ウマ子を近づけようとしないのは、一度ウマ子に触れたら我を忘れて抱きしめたくなるからじゃろvvv」
 そう呟くと、ウマ子の顔は赤くなった。
 「シンタローはんかて照れ屋どすえ?いつもわてがプレゼントしたり何か言うとすぐに眼魔砲を撃ちますが、あんなにおぼこい人はおりまへんナ!と、特に、アノ時なんかは・・・」
 何かを妄想し、鼻血を垂らしているアラシヤマを見て、ウマ子は(なんじゃあ、この男)と、かなり呆れつつ不気味に思った。
 「優しくて、ちみっ子やシンタローに振り回されてばかりじゃけど、リッちゃんは本当は一番強いけん。ウマ子のせいで大事な赤い玉を手放した時も、『ウマ子は責任感じなくてもいい』って言いきることのできる器の広い男なんじゃあ。わしも、今までいろんな男と働いてきたけど、何のためらいもウソもなしにそう言い切ることのできる男なんてなかなかおらん。リッちゃんは男の中の男じゃ。御法度野郎どもも思わず群がるくらい、魅力的なリッちゃんやけど、わしは負けんけぇの!というわけで、シンタローよりもリッちゃんが一番なんじゃ!」
 そうアラシヤマに言うと、アラシヤマも、
 「何を言うてますんや、シンタローはんが一番どす!いくら女子相手とはいえ、そこは譲れへんところや」
 一向に譲る気配はなかった。
 「このままじゃ埒があきまへんナ・・・」
 どれほど歩いたか分からないが、2人が気づくと辺りの風景にどことなく見覚えがあった。そして、少し先には木のようなものが見えた。どうやら迷って元の場所に戻ってきてしまったらしい。
 「こうなったら、シンタローはんとリキッドのどっちが一番か、カシオはんに決めてもらおうやおまへんか!」
 「望むところじゃ!」
 2人は、木の方に向かって走った。


 「また、おぬしらか。先程別れたばかりじゃのに」
 歩く世界樹は、困惑しつつも少し嬉しそうであった。
 「カシオはん、今からわてらの好きな人の話を聞いて、その2人のうちどっちが一番か決めておくれやす!」
 「唐突にそう言われてものう・・・。そう比べられるものでもないじゃろうし、実際に会わないことには、わしにはよくわからんぞ?」
 そう言われた2人は言葉に詰まった。そして、数秒して
 「・・・シンタローはーんッツ!会いとうおますぅ~!!」
 「・・・リッちゃーんッツ!!会いたいよ~!!」
 そう叫ぶと顔を見合わせ、
 「―――こんなとこでボヤボヤしてられまへんナ!早う2人を探しに行かへんとッツ!」
 「そうじゃそうじゃ!」
 アラシヤマとウマ子は頷きあった。
 「それじゃ、わしら探している人がおるけん。カシオくん、元気でね!」
 2人が土埃をあげて走り去っていった方角を見て、
 「一体、何だったんじゃ?」
 あっけにとられた様子の世界樹であったが、
 「でも、あやつらにはまた会えるといいのう・・・」
 そう言うと、彼は1つ大きなあくびをし、うつらうつらと眠り始めた。
 よい夢を見ているのか、深い皺が刻まれたその口元には微笑が浮かんでいた。










i 様ー!いつもキリリクをしていただきほんまにありがとうございます!(涙)
毎度ながら、キリリクの内容に色々副えていないような気がします(泣)が、
もしよろしければ i 様に捧げますので・・・!


 明るい日差しが差し込む部屋の棚に置かれたガラスケースの中、彼は小さな両手でピーナッツを持ち、カリコリと音を立ててその好物を齧っていた。隣のケースではやはり彼の同胞がピーナツを齧っていたが、彼が半分ほど食べ進んだ時には既に食べ終わっており、うらやましげに彼の方を眺め始めたので、彼は慌てて同胞に背を向け、ピーナッツをゆっくりと味わった。
 不意にガラスケースの蓋が開き、上から薬品臭のする白い袖口に包まれた大きな手が降りてきて彼は掴み上げられた。
 彼がジタバタと暴れると、
 「ちょっと簡単な実験に協力してもらうだけですよ」
 と言って、大きな箱の中に降ろされた。彼が混乱しその場を歩き回ると、溜め息が聞こえ、
 「脳の活動部位の変化は見られませんね。やはり、薬剤の媒介による記憶そのものの伝達には無理がありましたか・・・。まぁ、他にも方法は考えますし、別にいいんですが」
 と誰かが呟いていた。彼にはその意味が全く分からなかったが、再びつまみ上げられ、ガラスケースの中に戻されたので安心した。
 「実験にご協力、ありがとうございました」
 声が聞こえ、餌箱の中にはピーナッツが入れられた。
 「あ、そうそう。ついでに君にもオマケであげましょうかね。封を開けたままだと湿気っちゃいますし・・・」
 どうやら隣の同胞もピーナッツを貰ったようであったが、彼は気にせず好物を齧る事に集中した。バタンと大きな音がし、どうやら人間は部屋から出て行ったようである。
 不意に意識が途切れ、我に返った際、彼は手にピーナッツを持っていなかった。そして、周囲の環境にも何故か違和感を感じた。ガラスケースの向こうでは、ピーナッツを食べ終えていたはずの同胞が、ピーナッツを齧っていた。彼は全く訳が分からず、部屋の匂いを嗅いだりおが屑の敷かれたガラスケース内をウロウロした。再び目の前が暗くなり、気がつくと手にはピーナッツの欠片を握っていた。彼には一体何が起こったか解らなかったが、とにかく手に持っていたピーナッツを急いで口に放り込むと満足し、ヒゲを震わせて
 「チィ」
 と一声鳴いた。


 彼は眠っていたが、明るさと物音を感じたので眠りから覚めた。
 「わァ、ハツカネズミだッツv高松が実験で使ったのかな?」
 と人間がガラスケースを覗き込んできたので、彼は慌てて巣箱の中に顔を引っ込めた。
 「あれッ、高松いないのー??それじゃ、約束のリンゴとミカンのハチミツ、勝手に貰っていくからねッツ♪今からシンちゃんにケーキを焼いてもらうんだ~vvv」
 そう言うと、人間は再びバタバタと騒々しく出て行ったので彼はホッとした。




 


 (・・・ここは、総帥室の前か?)
 マジックは気がつくと、見覚えのあるドアの前に立って居た。
 (前髪が鬱陶しいな)
 片方の腕は何やら持っていてふさがっていたので、無意識にもう一方の手で髪を掻き揚げると、少しは視界が広くなった。
 ふと、視界をよぎった腕の服地の色が自分の着ていたスーツと違ったので、色々と不審に思いつつも、とにかくドアを開けた。
 「シンちゃーん!元気だった?朝会ってお茶を入れてもらったばかりだけど、寂しかったヨーvvv」
 「相変わらず、ウゼェ!!・・・って、アラシヤマ!?」
 マジックは、顔を上げて自分を見たシンタローが非常に驚いたような顔をしたので、自分も驚いた。
 「シンちゃん?」
 (アレ?やっぱり私の声じゃないね。・・・この声は、アラシヤマなのか??)
 「・・・てっめぇ、何の悪ふざけだッツ!?」
 椅子から立ち上がり、胸倉を掴んだシンタローは自分よりも背が高かった。
 「シンタロー」
 と、低く呼び、両目で見つめると彼は動揺しているようであった。服を掴んでいる手に手を重ねると、手を振り払って逃げようとしたが、もちろん逃すようなマジックではなかった。
 (シンちゃん、何だかすっごく可愛いし。・・・こんな表情、私には見せたことがないよねぇ)
 シンタローを抱き寄せ、耳元で、
 「シンタロー、いつもヤツにはこんな可愛い顔を見せているのかい?ムカツクね?」
 そう囁くと、
 「一体、何だってんだよ・・・」
 困惑したような力ない返事が返ってきた。
 その時、扉がバンッと開き、
 「シンタローはーん!大変どすえ~!!気がついて鏡を見たら金髪オヤジになってたんどすッツ!!」
 片目を前髪で隠し、何故か京言葉のマジックが入ってきた。
 「あっ、シンタローはんがわてに襲われてますやん!?一体全体どういうことどすか!?頭がこんがらがりそうどすが、とにかく離れてんかッツ」
 マジック(アラシヤマ)がシンタローからアラシヤマ(マジック)を無理矢理引き離すと、シンタローは既に我慢の限界であったらしく、
 「何だかわかんねぇけど、眼魔砲ッツ!!」
 と二人に向かって眼魔砲を撃った。
 「あっ、元に戻りましたえ~・・・」
 「シンちゃん、酷いヨ~・・・」
 どうやらお互い本来の体に戻ったらしい二人がそう言ってバタリと倒れると、シンタローは彼らをドアの外に引きずって行き、
 「テメーら、しばらく俺の前にその面見せんなッツ!!」
 そう叫ぶとバタンとドアを閉めた。何やら、扉の向こうで重いソファやテーブルを引きずる音がし、扉の前に積み上げているようであった。
 「―――アラシヤマ。お前のせいで、シンちゃんに嫌われちゃったじゃないかッツ!!」
 「・・・前総帥。シンタローはんをどないしはるつもりやったんどすか?自業自得ですやろ!?」
 「あっ、お前色々ムカツクし、減給ね」
 「それとこれとは、話が違いますえー!!」
 二人はボロボロになった状態でいがみ合っていたが、元凶のハチミツについては知るよしもなかった。
 その頃、高松の実験室では、ハツカネズミがグンマから
 「おすそ分けだよ~v」
 と胡桃を貰い、幸せそうにそれを齧っていた。










 i 様ー!リクエストをしていただき、本当にありがとうございました・・・!(涙)
何かまた的外れなSSのような気もします(汗)が、 i 様に捧げますので・・・m(_ _)m


ss
チームサンタ(シンタロー・マジック)


「シンちゃん、お髭は付けちゃ駄目だよ。
せっかくの可愛いお顔が隠れてしまうのはパパ許さないよ!!」

「っるっせぇ~!!黙ってろ!!動かすのは口じゃね~!!手だ!!」

「シ・・・シンちゃん・・・だ・い・た・ん」ジョバ~~

「うお!!何を想像してやがる!!(知りたくないが)
黙って料理を作り続けろと言ってるんだ!!鼻血をどうにかしろ!!
料理につけやがったら二度とてめぇ~には手伝わせないぞっ!」

「なに!?それは困る。せっかくのシンちゃんとの共同作業だからね。
共同作業・・・良い響きだ。共同作業にもいろいろあるからね。
愛には共同作業がつきものなんだよ~。ふふふ」ジョジョバ~~

「てめぇ~!!もうどっか行け!!冬眠・・・いや春夏秋冬眠しとけ!!」

「シンちゃん・・・一年中パパと一緒に寝たいんだね?」ジョジョジョバ~~

「・・・・・・・・・」シンタローは耐えた。そして自分の忍耐力を称えた。
襲い来る疲労感を少しでも軽減させようとマジックを無視しながら
手作りお菓子の数々を生み出し続けることに決めた。

「あ、そうそう、帽子はちゃんとかぶってね。可愛いお顔も隠れないから。」

「ぬぅわんで俺があんな浮かれ赤帽子をかぶらなければならね~んだ!!
サンタの衣装なんて必要ねぇ。普段着のままでじゅうぶんだろ。
だいたいプレゼントを配る時は皆が寝静まってる時だ。服なんて誰も見ね~よ。」

「パパは見るよ!!シンちゃんがサンタ衣装であろうがなかろうが
パパの寝室に忍び込んでくるシンちゃんにパパは眠ってる場合じゃないからね。」

「ニヤニヤしながら鼻血たらしてんじゃね~!!」

「想像するくらい良いじゃないか!パパはシンちゃんと一緒にサンタ組だから
『寝室に忍び込んで来てくれるシンちゃん体験』ができないんだよ。
本当はパパだってシンちゃんに忍び込んできてほしいよ!

だけどプレゼント配る相手はガンマ団の中でも並みの連中じゃないから、
気配を気取られないようにするのは大変なので、パパに手伝ってほしいという
シンちゃんのたってのお願いを断れるわけがないからね。」

シンタローからお願いされるということはレアな体験なので
マジックは口では文句らしいセリフを言っているものの
全身からピンクな空気をほとばしらせている。

それを見たシンタローは思った。マジックをサンタ組に入れておいて正解だったと。
そう、シンタローはマジックをサンタ組に入れることで、夜中にマジックの部屋へ
自分から忍び込むという危険な行為を回避することに成功したのである。

マジックはマジックで、皆の部屋に忍び込んだシンタローがその部屋主に
捕らえられてあんなことやそんなことをされては一大事!!
パパが可愛いシンちゃんを守らなければ!!とばかりに張り切っている。

そんなお互いの思惑にそれぞれが気づくこともなく2人は作業を続けている。

「ありがとう。シンちゃん。」突然マジックが真剣な顔で呟いた。

「なんだよいきなり・・・?」怪訝そうにシンタローが聞く。

「パパを頼ってくれて、ありがとう。」

「ケッ」照れくさそうに顔を背けるシンタロー。

「パパは『寝室に忍び込んで来てくれるシンちゃん体験』はできないけど
『シンちゃんの寝室に忍び込むサンタパパ』は何度も体験してるから我慢するよ。」

「なにっ!?」ぎょっとしてこちらをむくシンタロー。

「もちろん忍び込むだけなんて勿体無いことはしていないよ?
可愛いシンちゃんが目の前で無邪気に眠っているというのに
プレゼントを置いてくるだけなんてパパができると思うかい?」
フフンとほくそ笑みながら鼻血をたらすマジック。

「思う!!というか思いたい!!プレゼントを置いただけだと
そう言ってくれ・・・。俺のお願いは断れないんだろ・・・?」

「シンちゃんのお願いは断りたくないけど・・・・
パパ嘘つくなんて悪い子になりたくないから正直に言うよ。
シンちゃんのほっぺにスリスリして額やほっぺやあちこちにチュ~して
一緒のお布団に入り込んで添い寝してから・・・」

「それ以上何も言うな。俺、立ち直れなくなりそうだから。」
それって子供の頃の話だよな?と聞きたい気持ちと聞いてはいけない予感に
額からは嫌な汗、目から大量の涙をながすシンタロー。

「ところでシンちゃん?お菓子はそんなに必要なのかい?
もうずいぶん作ったのでじゅうぶんじゃないのかい?」

「駄目だ。グンマのやつが、出来れば何度も見たくない柄の
バカでかい靴下を用意してやがった。しかもみんなのぶんまでな。
その靴下いっぱいにお菓子を入れてもらうとほざいてやがった。

キンタローもサンタのことを興味深そうに聞いてきたし
密かに期待してる感じだったからな。こんなもんじゃ全然足りね~。
・・・ということで口を動かす前に手を動かしとけ!」

「シンちゃん・・・だ・い・た・ん」

「てめぇ~は今すぐ眠りやがれ!!」ちゅど~~ん

「シンちゃ~ん!!おやすみのチュ~~~」という
マジックのセリフが遠のいて行くのを感じながら
まだ終わらぬお菓子作りにせいをだすシンタローだった。

この時シンタローは思った。マジックをサンタ組に入れたのは不正解だったと。
最初から1人で準備するべきだったという後悔を胸に秘めお菓子作りは続く。
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