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そして、今日、基礎体力を取り戻すリハビリといった名目上の、ガンマ団案内ツアーと言うガイド1名、患者1名、医者1名という、参加メンバーを聞いただけではどこかの年寄りの観光旅行のように聞こえてしまう、変なツアーが決行された。

集合場所は、医療フロアの5階分吹き抜けロビーに設置された噴水の前。

デザインは・・・・あの大根・・・・

大根の頭から、水が飛び出す仕掛け。

とっても、不必要な物品がそこにあった。

気味の悪いオブジェ?が否応無しに視界に入ってきてしまう、この不快感を早く吹き飛ばすため、俺は早足でそのオブジェのふもとまで進んでいった。

集合場所に行くと、観光ガイドがよくきるようなピンク色のハッピを着て、その場所あの人がすでにいた。

「おはようございます」

「ああ、おはよう。よく眠れたかな?私は興奮しちゃって、眠れ無かったよ。お陰で今日が晴れるように、照る照る坊主を108個つくっちゃった」

おい、何故煩悩の数?

「108って、反対にすると801だよね。まるで都市伝説みたい108個の煩悩は反対にすると、801。この数字は実は腐女子の大好きな数だったのだ~」

黄色い旗をパタパタ振りながら、よう分からないことを熱弁するあの人をほっといて、近くにあった壁掛け時計に目をやった。

時間は、決められた集合時間5分過ぎたころ。

先ほどから気にはなっていたのだが、俺よりも先に集合場所に来ているはずの高松は、何故かいなかった。

時間厳守の人間だから、遅れてくるということはありえない。

「ドクターは?」

「腹痛で休むって言っていたよv」

即答で返されて言葉に、何も怪しさが篭もっていなかったのだが、俺はいた。

何せ、集合場所の壁に不自然なほどに大きな穴があいていたからだ。

この痕跡から見て、眼魔砲で高松が吹っ飛ばされたと予想される。

何故、吹っ飛ばす必要があったのかは、ここはあえて聞かないほうがいいだろう。

必要以上の情報提供の要求は、スパイだという容疑をよりいっそう高めてしまう判断材料になりかねない。

ましてや、聞かずとしても答えなど分かっている。

高松が、ジャンの悪口か何かあの人の癇に障ることをつい言ってしまったのだろう。

自業自得ともいえるので、同情なんてしてやらない。

「さあ、いこう!」

「え、あ・・・・はい」

何も知りませんといった風に、わざとらしいスキップをしながら、俺と手をつなぐあの人の横顔は、まるで純粋無垢の子供のように見えた。



「さて、ここは・・・」

すでに知り尽くしている団内だったが、あの人は知らないであろう俺のために丁寧に案内してくれる。  

「第3ブロック、事務仕事のフロアになるよ。特にこれといった特殊能力も無い普通の人がいるから、あまり刺激が無くてつまらないように見えて、事務処理のうでは特殊能力と言ってもいいほどの素晴らしさだよ」

自慢げに話すその言葉は、まるで自分の家族を自慢しているかのように聞こえた。

「大切な、仲間なんですね」

自然と口から出た言葉に、あの人は嬉しそうに頷いた。

「ああ、みんな家族みたいなものだよ」

そして、君もね・・・・・

優しくとても暖かみのある微笑を浮かべながら、そんなことを言いのけたあの人の顔をそのまま見ることができず、俺はつい目を逸らしてしまった。

「お、俺は・・・・」

何とか平静を取り持ち、言葉を続けようとするのに声は異様なほど震えてしまい、まるで蛙の鳴き声のような変な言葉になってしまっている。

「君も、大切な家族だよ」

頭に心地よい重みが加わった。

視線をあの人に戻すと、俯き加減だった俺の頭にあの大きな手が乗っかっていた。

つい視線を合わせてしまうと、あの人は自愛に満ちた笑みを俺に与えてくれた。

このままでは、いけない。

そんな警告音が鳴り響く中、暖かいその手の感触につい目を閉じてしまった。

「とても大切な、家族だよ」

目頭が熱くなる。

絶対このままだと、泣いてしまう。

泣いてはダメだと、何度も自分に言い聞かせても、俺が望んでいたその言葉に体は言うことを聞いてはくれなかった。

ずっと、ずっと、言って欲しかった。

「お前は、私の大切な家族だよ」


その言葉を。


その後、手をひかれながら色々な箇所の案内を受け、全体のほんの10分の1ぐらいを回ったとき、あの人が「休憩しよう」と、近くにあったリフレッシュルームにほぼ無理やりとも言えるぐらい、腕を強く引っ張り俺をそこへ連れ込んだ。

そこにはすでに、数人の団員が談笑をしており、急に入ってきた俺たちを見た途端起立をし、背筋をぴんと伸ばし敬礼をした。

それは誰にむけてしたのかは一目瞭然で、団員達の視線はあの人にしか向いていなかった。

「ああ、すまないね。座りなさい、私たちのことは気にしなくていいよ」

「イエッサー!」

軽く手を上げて座るように指示を出すと、彼らは大きな声を上げその指示に従った。

先ほどまで座っていた先に座ると、まるで俺たちがここにいないかのように先ほど途中で止まってしまった話を再開させ、談笑し始めた。

そのうちの2人ぐらいは、すこし俺に視線を向けていたが特に驚いた素振りなど一切見せず、話をしている団員のほうに視線を戻していた。

ここの団員に俺は、いったい誰に見えたのだろう。

シンタロー?

もし俺の顔をじっくり観察する暇があったら?

多分、シンタローに似ていると誰かが気がついたとしても、つけているものの印象が強いためか、なんとなく似た人がいると受け止めてもらえるだろう。

病室から出るとき高松が「何も見えないといけませんので」と、機転を利かした嘘で俺に渡してくれた、新しい眼鏡。

何せ、あの人に素直に手を引かれているシンタローなんてありえないのだから、その可能性なんてあっさりと消えてしまうに過ぎない。

では、俺は誰に見えるのか?

あの人がたまたま気まぐれで拾った男?

そのほうがしっくり来るかもしれない。

たまたま、シンタローに似ている男を間男にしたと考えるほうが無難だろう。

それならば、シンタローとしてここで働いていたとき何度も感じた痛みを、一切受けることが無くてすむのだろう。

何せ、一族の色に縛られない俺が今ここにいる。

今のこの髪の毛が、俺の色だと認められたということか。

それは、初めてのことかもしれない・・・・

ああ、俺は何を考えているんだ。

そんなことなど今更気にしても、今の俺にはあまり関係が無いことかもしれない。

あの人が、俺に名前を与え一個人として見てくれ、家族と言ってくれたこの事実が俺をここに存在させる意味になっている。

だから、悲観的になるな。

今の俺は、幸福の渦に飲み込まれかけているのではないのか?

そんなことを考えながら、俺はつい声を出さず苦笑してしまった。

「ん?何か面白いことでもあったのかい?」

「いえ・・・、人の愚かさについて少し考えていただけです」

自販機でコーヒーを選ぶため俺に背を向けていたというのに、気配で何をしているのか、どんな表情なのか読み取ってしまうとは、やはりこの人の引退は早すぎたのかもしれない。

「それは由々しき問題だね。私といるときは、私のことだけ考えなさい」

その声音は、少し厳しいものが感じられた。

圧倒的は支配力を持つその声に、俺は逆らえる術などなくただ「承知しました」と頷くだけだった。

一息ついた後、再会した案内ツアーは順調に進んでいた。

何気ない会話で、代わり映えの無い団内を歩き回る俺が飽きないように、一つ一つの場所での逸話や、面白い出来事を聞かせてくれる気配りが伺えた。

昔は、やることされることに過剰に反応し、反発してしまっていたため、こういった側面で見ることなんてできなかった。

今、他人として接してみて始めて分かった。

この人は、本当の紳士であり、そして世渡り上手なのだと

「ところで、今夜の食事は私が作ろうかと思うんだけど、何か好きな食べ物いってごらん」

たまに他愛無い会話がでるのも、緊張しているだろう俺をリラックスするためなのだろう。

「そうですね、嫌いなものは特に無いんですが・・・・好きなものは・・・・」

ここで正直にカレーだと答えたい。

だけど、そんなことをしたらばれてしまう。

だから、軍人らしい答えを探し出そうとした。

「カレーは好きかい?」

「・・・・ええ」

質問された内容に、少々戸惑いながらも違和感の無いように勤めて返事を返す。

すると、「へぇ、そうか。やっぱり、そうなんだ。皆カレーが好きだよね。今日は頑張って作るぞ」と、一人気合を入れながらあどけない笑顔でよく分からないポーズをとっていた。

その姿が面白くて、つい噴出してしまった。

「ん?何か面白いことでもあった?」

「いえ、お気に為さらずに」

本当に子供のようにあどけない笑顔で笑うこの人が、ほんの数年前までは色々な戦況下で残酷な策略により人の命を弄んでいたなんて、想像もつかない。

それは誰のお陰なのか?

コタローが帰ってきて、そしてジャンが手に入ったお陰なのだろう。

そこに、俺の存在は必要なかったはずだ。

だから、俺がいなくなったと知っている今でも、この人はこんなに明るく笑うことができる。

俺という、『荷物』が消えたお陰で。


「な~にしてんだ、このクソ親父っ!! 今日は講演会があるって言ってたくせに、なにこんなところをほっつき歩いてんだ!!」

切羽詰ったような叫ぶ声が、廊下の壁に響き渡り、すこしエコーがかかったように聞こえた。

その声は、少し前聞いたあいつの声で、俺は恐る恐る声のした方へ振り返った。

まっすぐ伸びた廊下の向こうから、真っ赤な軍服に実を包んだジャンが長い髪をなびかせながら歩いてきた。

「おや、そんなに息を切らしてどうしたの?」

あいつと目が合う寸前に、あの人が俺の前に出て肩をすくめながら、おどけた口調で返した。

「だから、何故ここにいるかって・・・・・・あ? 後ろにいる奴って・・・」

あの人の肩ごしから、わずかに見えるジャンの眉間に、皺が寄よっていた。

「この子は、新しい私の秘書のシロガネ君だよ」

ジャンから、俺を隠すかのようにして紹介する。

紹介の意味が全くない気もするんだが、そこは黙っておこう。

「顔、みえねーんですけど?」

最もな、ジャンの意見にあの人は小さく溜息を吐いた。

「分かっているくせに。私の秘書だし、見る必要も無いだろう?」

その声色はどこか、シベリアの真冬のように凍てつく冷たさを感じさせるようなものだった

「勝手に決めんな。人事権限のあるのは、俺なんだよ!」

「このことに関しては、範囲外だろう?」

ジャンの言葉に、即座にあの人が返す。

表情は全く見えないが、ジャンの表情が、少しこわばったように見受けられた。

俺が、何かまずいことでもしてしまったのだろうか?

「マジック様、私がお邪魔のようですので下がらせていただきます」

今後あの人に仕える身としては、これ以上この二人の仲を邪魔するようなことをしてはいけないだろう。

ここは、己のみを引くべきだと考えあの人に申し出たのだが、「いや、大丈夫。向こうで話してくるから、君は少しそこで待っていなさい」と返ってきてしまった。

「はい」

こんな風に言われてしまったら、俺は素直に返事をし、二人の様子を見送るしか道がない。

二人の動向を見守るかのように眺めていると、あの人がジャンに近づきなにやら耳元で話をした後、二人はそのままどこかに行ってしまった。

その小さくなっていく背中を見つめたまま、俺は命令どおりその場所で待つことにした。

一人残された廊下は、白を基調とした綺麗な色合いの壁だというのに、閑散とした今はただ寂しさをより一層強調しているかのように感じる。

唯一つ救いなのは、ここの通路には大きな窓が続いていることだ。

そこから見える外の景色を眺めながら、時間を潰すことを考え窓へ近づいた。

太陽の光が体に注がれ、暖かいそこに少し安堵の息を漏らし地上を見下ろした。

そこから丁度見えるのは、ガンマ団の訓練用グランドだ。

昔、何度もこの廊下を通ったことがあったが、その時グランドに少し目をやるぐらいでそのまま通り過ぎていた。

今、立場が変わり改めてこの景色を眺めてみると、前とは違った印象を受けることができる。

グランドでは、懸命に組み手で汗を流す者、障害物をいかに早く抜けることができるか訓練をする者、各々自分に見合った訓練方法で鍛錬するその光景は、生き生きとした輝きに満ちていた。

その時、ふと考えた。

俺は、生き生きとした輝きを持っているのだろうか?

それは俺が判断できるものではない。

他人が見て判断することだ。

そして、小さく息を吐いた。




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「ここは広いから、私が案内してあげよう」

すっごく張り切っていますと、誰かが見てもすぐ分かる耳が痛くなるような大きな声で、あの人が俺にあてがわれた部屋のリビングで、黄色の小さな旗『団内案内ツアー・シロガネ様ご一行』を片手に、そう提案してきたのは昨日の午後の話。

面会許可が下りたのがその1週間前。

病室から、秘所専用フロアに作られた俺の部屋に引っ越したのは、昨日の午前。

真新しい家具に包まれたその部屋は、以前俺が借りていたアパートと比べ物にならないぐらい広く、4人家族が住むぐらいの広さと部屋の数。

贅沢をし尽くした部屋に、再び胃がキリキリと痛くなり、病室に戻りたい気持ちを味わう羽目となった。

面会許可が下りたのは、一週間前の出来事。

そして、1時間もしないうちに面会時は専属医が立ち会うことになるほど、今の俺の胃はい酷く弱くなってしまっていた。



「シロガネ君!どうだい、これ全部君の服!」

そういわれて見たものは、山のように積み重ねられた、高級ブランドの箱、箱、箱・・・・。

「え、いや、そんなには・・・・」

庶民ってことで生きているのに、ブランドに詳しかったらおかしいので、曖昧な答えをしたが、どれだけのお金をこの人は使ったのか考えたくも無い。

すこし計算しただけで、頭が痛くなってくる。

「これみて、ほら、この時計。私のサイン入りなんだよ!レア、超レア!ファンクラブ会員でさえ持っていない!!これを、君にあげるよ」

24金と眩しいフレームの腕時計は、何故かバンドのところがミンクの毛皮。

意味ねーっ!

つうか、無駄すぎる。

こんなものつけて仕事したら、ファンクラブの方々に殺される。

「は・・・はあ」

もう、言葉も出ません。

「ほらほら、このカーディガンに袖を通して!私が寝ている君を観察鑑賞・・・もとい、看病しているときに編んだ、私の毛入りカーディガンだよ!!因みに、毛は毛でも・・・・まあ、そこは置いておこう!」

どこ?

一体、この金色の糸らしき物体はどこの毛だ?

「え、いや、それは・・・・」

よく分からない毛の服を、着させないで!

「これは、君が寝ている間に作った『シロガネ君人形1/2』1号だよ!こっちが、『シロガネ君人形50分の1』2号で、これが・・・・」

え?

なに?

2号って!?

「う、う・・・・、胃が・・・・」

話を聞いているだけで、激しい胃痛が襲ってきたのは言うまでもない。

過度のストレスのため、絶対安静が必要な病人にたいして別の病気を作ったあの人と、二人っきりにしたら俺の身が持たない為、『医師立会いの下の面会』というのが、俺の専属医と任命された高松の診断結果だ。

あの人の命令で俺の専属医になった高松が、ちょうど俺と二人っきりになったときに、2週間ほど意識不明の状態だったと教えてくれた。

その間、あの人が寝ずの看病をしていたことも知らされた。

そういえば、目が覚めて始めて視界に入れたのが、あの人の少し疲れが見え隠れする温かい笑顔だったことを思い出した。

その時、「おはよう」と言われ、俺は「おはよございます」と、応えて再び瞼を閉じたような気がする。

そのときは夢心地気分だったせいか、まさか目が覚めてあの人の顔が見れると思っていなかった俺は、てっきりその話を聞くまで夢だと思っていた。

何せ、次に目が覚めたときのほうが現実に一番近かったから仕方が無いだろう。

高松がカルテを片手に、「すいませんでした」と謝罪をしてきたのだから。








高松は、まだ言葉もはっきりと喋ることのできない俺に、ただ淡々とあのことを説明し始めた。

「グンマ様は、貴方にまだ試験段階の薬品を投与していたことは、私も把握していました。

私が作った、染髪目的のための試薬品で、動物実験はすでに終わっていましたから、体に害を及ぼすことはほぼ無いことは分かってしました。

だから、止める必要もないと思って黙って見ていました。

ご自分がマジック様の嫡男だと知ったあのときから、貴方に向けて日に日に膨れ上がる一方の憎悪を、少しでも減少すればと願いながら、私はあの方を止める術を模索せず傍観していただけでした。

そして、貴方の髪の色が全て落ちてしまったとき、事態は急変し私は焦りました。

あれだけ貴方に執着していたマジック様が、まったく貴方を見ようとしなくなった。

私は急いで、グンマ様がその事実に気がつく前に保管する薬品に細工をし、吐血を促す副作用の無い薬と摩り替えたのです。

ご自分が投与した薬の副作用により、『憎しむ相手』が病に倒れ己の行いが招いた結果により予測できる窮地を目の当たりにしない限り、犯した罪の重さも気がつかないまま、いずれグンマ様は何の罪も感じず本物の毒薬を使用することが簡単に予測できました。

そして、もしマジック様に捨てられた貴方を知れば、薬よりももっと酷いことをしたでしょう。

私は、貴方にこの地獄から逃げ出して欲しかった」

眉間にしわを寄せ、どこか苦しそうに話す高松は全く嘘をついているようには見えなかった。

「私は24年間、貴方をルーザー様の息子と思い見守ってきました。そのせいでしょうか、私は貴方を守りたかった。今、私にできることは、貴方が『シンタロー』である証拠を全て隠すことだけです。遺伝子情報は、他人のものに取り替えてマジック様に報告しています」

その言葉が、胸に熱く沁みた。

「ああ、サンキュー」

かすれた声でお礼を言った後、高松の顔が今まで見たことも無い、今にも泣きそうだから俺はわざと少しの間視線を別のところにやった。

僅かに響く機械のモーター音と、高松が黙読しているカルテを捲る音しか聞こえない無機質な部屋を見渡し、高松のほうに視線を戻した。

彼は、もういつもの何も読み取れない顔になっていた。

「今後貴方の扱いは、マジック様直属の秘書となります。そして、これだけは注意してください」

そこで一旦言葉を止めた高松は、その手に持っていたカルテの最後の紙を俺のほうに向けた。

「え?」

「マジック様の命令により、貴方は24時間、盗聴・監視カメラによる監視対象となりました。見につけている衣服、及びボタン、全てに貴方を監視するものが、この部屋を出て以降貴方の周りに設置されます」

赤い極秘スタンプがついたその書類には、俺の顔写真と『シロガネ』の名前、そして24時間の監視対象とする旨が書かれていた。

「正体がばれるような行動は、絶対しないで下さい。そして監視から解放されることを望むのなら、信頼を作り上げてください」

そういって、高松はきびすを返し部屋を出て行くためにドアに向かって歩き始めた。

そして、ドアノブを掴むとたった一言残して、出て行った。

「守りきれなくて、申し訳ございません」

涙があふれそうになった。

あれだけ、我慢していたのに。

あの24年間、『シンタロー』は一人じゃなかったんだ。








意識が戻ってから病室を出るまで、毎日あの人がここを訪れては、他愛も無い話をしていった。

その際、応えにくいことには高松がフォローを入れてくれ、俺の胃痛が悪化すると即座にあの人をこの部屋から追い出してくれた。

俺を思って、立ち会うことを決めてくれたことが良く分かった。

そして、高松が教えてくれた通り、病室中には監視カメラや、盗聴器が目に見えるところまで設置され、目視で確認できるだけでも数十台。

見えないところには一体何台着いているのやら。

高松と話したいことがあっても、話すことができないもどかしさを感じながらも、自分に与えられた運命を受け入れるべく、日々胃痛と戦うことだけに専念した。

「シロガネ君。聞いてよ」

今日も、林檎をウサギの形にしながら最近の『シンタロー』について語りだした。

「はい、なんでしょうか?」

別に俺は精神科医の免許を持っているわけでも、恋愛相談の先生でもない。

百戦錬磨のあの人が俺に対して持ちかけることのできる話題が、これだけしか残されていないのは事実で、「はい、あーん」とフォークに突き刺して差し出してきた林檎を、お礼を言いながら右手で取ると「ひどい!」と非難の声を受けながら、虚しいだけの会話を進めさせるべく「お気になさらずに、どうぞ話を続けてください」と促した。

「ああ、えっと、あのね・・・」

何が悲しくて、自分を捨てた男の恋愛相談を受けなければいけないんだろうか。

「ここ2日、シンタローが冷たいんだ」

そう言って、手元にあった1/1のシンタロー人形(パプワ島バージョン)を握り締めながら、おんおんと泣き始めた。

「私が話しかけても、そっけない返事で返してきたり、それに今日なんて私が食べさせてあげようと大好きな果物を差し出したのに、それをスルーさせたんだよ!! 『はい、あーん。パパのモノも食べて欲しいなv作戦』が台無しだよ!」

そして、今度は人形を扱って腹話術をし始めた。

「ねえ、シンちゃんは何故、パパの手から食べ物を食べないの?」

小首を傾げながら、人形を膝の上に乗せ話し始める。

『だって、先にパパの息子を食べたかったんだもん』

人形の両手をそのフェルトで出来た頬に持っていき、恥ずかしいのと変なポーズを取らせる。

「そうだったんだね!パパ、早とちりしちゃった」

そして、人形をぎゅ~っと抱きしめ。

「シンちゃん、愛してるよーっ!!」

胃が痛くなりそうな光景だった。

「で、シロガネ君。君はどうしたらいいと思う?」

急に真剣な表情に変わり、そんなことを聞いてきた。

人形は抱きしめたまま。

適当に応えてあしらうと言うのが、ここはいい手だろう。

あの町にいた酔っ払いのガンマ団員のおっさん(永眠)より、相当たちの悪い人だ。

「何かプレゼントをしてみては?」

ありきたりなアドバイスを出すと、あの人は目を輝かせながら「名案だ!!」と叫ぶと急に椅子から立ち上がった。

「なるほど、者を物で釣る作戦だね!」

嫌なたとえをしないで欲しい。

「ありがとう、シロガネ君!早速実行だ!」

そう言って、ものすごい速さで病室を出て行ってしまった。

やっと胃痛の原因が立ち去ったことに、ほっと息を吐きながらあきれた顔をしているだろう高松へ視線をやると、想像とは違う表情で立ち尽くしていた。

「ドクター高松?」

幽霊でも見たかのような、真っ青な表情に驚きながら名前を呼ぶと、少しだけ俺のほうに視線をやると小さく一礼だけしてそのまま何も言わずに部屋を出て行ってしまった。







高松が出て行ってから暫くして、病室のドアが開いた。

「シロガネ君、高松は?」

そこにいたのは、あの人だった。

先ほどものすごい速さで病室を出て行ったのに、戻ってきたということは何か忘れ物でもしたのだろう。

「さあ、存じ上げません」

「そうか、よかった」

俺の返答に嬉しそうに笑うと、あの人は病室に入ってくると何故かそのドアに鍵を掛けた。

「いっつも邪魔をするからね」

そういってウィンクをされても困る。

「何か、忘れ物でも?」

先ほど思っていたことを口に出すと、あの人は「まあ、それにちかいね」と曖昧に答えて、俺のベットのほうに来た。

「君はさっき、私にいいアドバイスをくれたから、それのお礼」

そういって、唇に軽いキスと一緒に何か箱を渡された。

それは細長い箱で、長さ薄さを見て中身がネクタイだと想像できる。

「それを絞めるのは、私の手だけだからね」

良く分からない言葉を言った後、あの人はそそくさと部屋から出ていった。

あの人は、忘れ物をしたのではなく俺にこれを渡すために戻ってきたみたいだということは、分かった。

そして、中身をまだ確認していないが、このネクタイと思われる代物を締めるのは自分だけだと主張してきたのはどんな意味があるんだ?

あの人が、俺の唇に落としていったものが大きすぎて、頭がうまく回転してくれない。

心臓がバクバク言って、めまいがしてきた。

「中身でも見て、落ち着こう」

独り言をで気を紛らわせながら、貰った箱についてある包装用の白いリボンを解き、そして黒い細長い箱を開けた。

・・・・・・・・胃が痛くなってきた。

『マジカルマジック』と、刺繍入りのショッキングピンクが目に痛かった。






「はい、どうぞ」

「ありがとう」

手のひらに乗せられた胃薬の袋を、俺は口の中に入れた。

あれから暫くして、高松が病室に戻ってきた。

俺が胃痛で顔をしかめているのを察知した高松は、すぐに常備薬になりつつある胃薬を一袋俺に渡してくれた。

薬の袋を俺の手のひらに乗せたあと、水差しからグラスに水を入れそれを俺に渡してくる。

まるで、俺だけの執事みたいに世話をするものだから、グラスの中の水を飲みながらついつい笑ってしまう。

「どうかしました?」

「いえ、なんでもないです」

わざとらしい敬語を使いながら、お互い顔を合わせて笑いあう。

「楽しそうだね?」

その時、タイミングを計ったかのようにあの人がドアのところで、とっても不機嫌といった表情でそこに立っていた。

「私を仲間はずれにして」

プンプンと、擬音語が飛び出しそうなほど頬を膨らませながら、俺のいるベッドのところまでものすごい早足でやってくると、そのままベッドの上に突っ伏した。

「マ、マジック様?」

俺はどこか具合でも悪いのかと、手を伸ばすとその手をものすごい速さで伸びてきたあの人の手によって捕まえられてしまった。

「シロガネ君、ジャンがひどいんだよ~」

ああ、またその話か。

「何かされたんですか?」

捕まっていないもう一つの手で、あの人の頭を撫でるように触りながら聞くと、あの人はちょっと機嫌がよくなったのか俺の手を捕まえたまま、ベッドの上で正座をすると良くぞ聞いてくれましたといわんばかりに顔を寄せてきた。

「今、チキンライス作ろうとしたら、ジャンったら冷蔵庫に牛肉のタンしか入れてなかったんだよ!」

買い置きしていたチキンは、焼き鳥となってハーレムが食べてしまったらしい。

補充された肉が、料理するにはある程度手を加えて楽しむ牛タンだったそうだ。

「ああ、それでは煮込み料理になってしまって時間がかかりますね」

頭の中にいくつか出てきた牛タン料理は、焼いて終わりの簡単なものより煮込みのほうが僅かに多かった。

「全く、料理ができない癖材料にこだわって・・・ブツブツ」

小さな声で文句を言うその口調が、何だか憎憎しさが込められているのは気のせいだろうか?

「でも、悪いことばかりじゃないんだよ」

今度は嬉しそうに笑いながら、俺の手をぎゅっと握り締めてくる。

「何かあったんですか?」

言葉の流れ上、訊ねてあげるとあの人は今まで見たことがないほどの優しい表情で、小さく頷いた。

「シンちゃんが、私を甘えさせてくれてたんだ。優しくしてくれたんだよ、この私に。嫉妬に狂いそうになったとき、優しく頭を撫でてくれた・・・・」

それがとても良い事だと、微笑む笑顔が目の前にある。

「そうですか、それはよかったですね」

それに愛想よく対応してはいるが、さすがにジャンとのノロケ話を聞きながら幸せそうな表情をするあの人を見るのは苦しかった。

それでもあの人が俺の存在を認めてくれたそれだけで、俺は生きる資格を得た。

だから、少しでもあの人の役に立とうと、その痛みにも堪えた。

ふと、視界の端に捕らえた高松の表情は、どこかこわばっているように見えた。





続く







店の外は暖かい空気に包まれていた。

「・・・・悲しんでなんか・・・いない、誰も」

悲しんでいるのは俺一人だけ。

もう、帰る場所も無い。

そんな場所、全部潰されてしまっている。

唯一つながりであった総帥職だって、ジャンがいる。

俺の居場所だったあの人の隣だって、ジャンがいる。

あれの特権であった、あの人とのスキンシップだって・・・・・

全部ジャンがいる。

まるでそれは空気のように、自然とそこに留まっている。

ジャンのためだけに用意されていた、場所。

俺の場所ではない。

だから帰る場所なんて、元々無かったんだ。

最初から、無かったんだ。

あの人が望んでいたこと、だから悲しむはずが無い。

「こんなことなら・・・」

こんなことなら、いっそのことあの人が望んでいる通りに、俺が消えてしまえばいいのではないだろうか。

この胸の痛みもなくなり、楽になれる。

なら、どうやって消える?

できれば、あの人に消してもらうのが一番幸せなんじゃないかと、そんな考えが頭を過ぎった。

「それって、とても幸せだろうな・・・・」

愛する人の手で、眠ることができる。

どうやればいい?

どうしたら、その願い叶う?

あの人を、怒り狂わせれば大丈夫?

ああ、簡単ではないか。

ジャンに対しての危険物質になればいい。

あの人は、ジャンを守るためなら人を殺す。

だから、俺がその危険物質になればいい。

ポケットの中に入れていた、護身用の小型ナイフを取り出し再び店のほうに振り返えった。

あの人はまだ出てこない。

今がチャンスだ。

唯一の。

そして、その扉を開けた。

店内は先ほどと変わっていない様子で、あの人は店員と談笑している。

そして、赤い男は驚いた表情で俺のほうを見ていた。

俺は手に持っていたナイフをかまえ、「死ね!シンタロー!」とわざと大声を出しながら、赤い男の胸元めがけて走り始めた。

その後は、一瞬の出来事だった。


あの人の声が聞こえ、

  「シンタローッ!!」
      
閃光が当たりを支配し、

  「なっ!?」
      
赤い服の男が眼を大きく広げ、
      
   

俺は微笑み、
   

   
強い衝撃が体を襲った。


吹き飛ばされながら、あの人のほうに何とか視線を送り、そして・・・・


「ごめんなさい」


それだけを伝え、俺の意識はそこで途切れた。










次に意識が浮上したのは、体中からの悲鳴により無理やり意識が呼び起こされた最悪な状況の中でだった。

今、自分のおかれている状況を把握するため、視線を回りに向けると体の半分以上が瓦礫の下敷きになってしまっていた。

体のいたるところから、ちくちくとした痛みと、圧迫感のある痛みに悲鳴を上げている。

手も満足に動かすことのできないこの現状に、死んでいないことに対して残念に思う自分と、再びあの人に会うことができるかもしれない期待が入り混じり、複雑な感情が胸の中に渦巻いていた。

「気がついたか」

冷たい声が聞こえ、ゆっくりと視線を上に上げるとそこには、あの人がいた。

冷たい眼で俺を観察するあの人の後ろのほうで、周りにいる団の制服に身を包んだ男達に指示を出している赤い服の男。

絶望を感じることしかできない、その地獄のような光景に自然と笑みがこぼれた。

「残念です。とどめ、さしていただけないんですね」

何とか声に出してみると、かすれた声しか出ない。

あの衝撃で、声帯を強く打ったのかもしれない。

「死にたかったのかい?」

俺の問いに、あの人は冷たいその眼は変えないまま質問で返してきた。

「すいません、アナタの大切な人を傷つけようとして・・・」

ワザと、その問いには答えず謝罪の言葉を口に出した。

「何故、謝る。殺したかったのだろう。それとも、君は殺す目的ではなく暗殺を演じたのか?」

かすれて聞き取りにくいこの声を、あの人は聞き間違うことなく正確に聞き取ってくれる。

それが、嬉しくてどんなに体が悲鳴を上げても、この笑顔を崩すことができない。

それほどにも、嬉しいことなんだ。

「さあ?正直、俺にもわからないんです」

あの人は、俺がずっと笑顔でいることに疑問を感じているのだろう。

首をかしげ、そして眉間に皺を寄せている。

「何か理由があるはずだろう。私には、君は好青年と印象にのこっているんだがね」

ああ、なんて幸せなんだ。

目が熱くなってくる。

あの人には、今の俺が好印象だったと、記憶にとどめているという真実。

「俺は、今の俺は、貴方の記憶に残っていますか?」

あれだけ、俺を見ようとしてくれなかった、あの人が。

「ああ、私の記憶に微かだがのこっているよ」

生まれて始めて、『俺』を見てくれた。

「そっか、そっか・・・・ああ、よかった。本当に・・・・・・よかった」

嬉しくて。

嬉しすぎて。

涙が止まらなかった。

「よかったのかい?」

このまま、ここで苦痛を味わって死ぬことになるだろう。

だが、そんなことを忘れさせてくれる幸せなことが、今起きた。

「君は・・・・欲がないね」

どこか辛そうに笑いながら、あの人は少し視線をずらしてあの紅い服の男を一瞥すると、また俺のほうに視線を戻した。

「あそこで、あの紅い服を着ているのは、実はシンタローじゃないんだ」

瞳は、もう冷たい色をしていなかった。









「シンタローに似ている男が、代わりに勤めているんだ。ああ、ごめんね。まあ選別と言うことで聞いてくれないか?年寄りの、つまらない独り言だと思ってね」

悲しい瞳を携えて笑うその顔に、胸の奥が締め付けられて悲しくなってきた。

あの人は幸せではないというのに、俺一人だけが幸せを味わってしまった。

せめてものお礼に、俺はその話を聞く了承の意味を込めて頷いた。

「ありがとう。今あそこにいるのは、私がもっとも愛して続けて止まない男なんだ」

胸が痛み始めたが、その言葉を何も言わず聞き続けた。

「なぜ、シンタローの格好をしているのか?それが不思議だろう?」

訊ねられ、それに応えるべく小さく頷いた。

「シンタローはね、私が殺してしまったようなものなんだよ。あの子が生まれて、いままでずっと唯一無二なる愛しい存在だと思っていた。だが、あの子の髪の色がまだら模様になっていったとき、私の心は驚くほど冷めていった」

そこで、一旦言葉が途切れた。

「愛するための必要な条件が消えたシンタローは、正直・・・・私の行く手を阻む邪魔な存在だった。私が、若かれしころ愛した男が目の前に現れ、お互い愛し合っていたのだと知り、そして手に入れたくなる欲望が沸き立つそれを邪魔していたのが、シンタローの存在だった。あの子の存在なんて、所詮はダミーだと、私はそう思っていた」

それぐらい、もう気づいていたのに、あの人の口から直接聞いてしまうと、死ぬほど苦しくなって涙があふれ出て止まらない。

「あの子はね、そんな私でも愛してくれていたんだよ。何度も、何度も私に話しかけようと一生懸命に後を追いかけ、自分の存在価値が『髪の色』だということも知っていたんだろうね。それが消えてしまった後、私に謝罪の電話をしてきたりもした。だが、私はそれを無視し続け、避け続けた。――シンタローに、出来損ないと・・・・・オリジナルに劣るのかと、罵ってしまうだろう自分が、恐かった」

話していくうちに、段々と辛そうな表情になっていくあの人を、直視するのがつらい。

「ジャンと、違うものになっていったシンタローは、私にとって存在しなくても言い存在になるなんて、想像もつかなかったよ」

俺の話なんて、確かに死ぬほど苦しくなってしまうけど、もう過去のことだから。

「あの子は、私の前から姿を消した。キンタローに聞いたら、重い症状の病気で助かる見込みがないと聞かされ、安堵の息をついたのを覚えているよ」

過去の俺に囚われ続けている、あの人がとても可愛そうでしかたがなかった。

「ああ、これで私もあの子も解放されたってね。私は、最低な父親だったんだ」

そんなに、自分を罵らないで。

貴方は俺に、色々与えてくれた。

だから、そんな自分を嫌いにならないで。

「君がうらやましい。君のように、涙を流すことができれば、幸せなのかもしれない。だが、私は泣く事ができないんだよ」

苦しそうに、顔をゆがめるそんな姿を見るために俺はここにいるんじゃない。

少しでも苦しみから解放してもらいたくて、俺は笑って「変わりに俺が泣きます」とかすれた声で訴えた。

それに、あの人は少し笑ってくれた。

「あの子が出て行ったから、ジャンをシンタローとして置くことができた。普通にシンタローに接したとしても、怪しまれないからね」

自虐的な笑みを浮かべるその顔に、俺は自然と涙が流れ出ていた。

「本当は、あの子がいなくなってホッとした。嬉しかった。そして、楽だった。やっと、ジャンと愛し合えると・・・・だが、父親としてシンタローのことを思い出したとき、苦しかった。あの子が悩んで苦しんで、そして死が迫っていても私は親としてあの子に手を差し伸べることさえしなかった」

あの人は、そこでまた言葉を止め俺の前にしゃがみ込み、そして大きな手で俺の涙を拭ってくれた。

「・・・・・突き放すことしかできなかったんだよ、私は」

違う。

違うよ。

だって、貴方は今俺に手を差し伸べてくれた。

「・・・さて、そろそろ話は終わりにしようか・・・・。君はやはり、好青年だ。お礼に止めを刺してあげるよ」

立ち上がり、そして俺に手に平を向け構える。

「最後に、君の名前でも聞いておこう」

あの人は、どこかすっきりとした顔をしていた。

「こんな俺に、手を差し伸べてくれて・・・・ありがとうございます」

瞳は、とても温かい印象に変わっていた。

「おやおや、今から君を殺す人間にそれは無いだろう?」

さ、名前を言ってごらん。そう催促する声がとても優しかった。

俺が小さく頷くと、あの人の掌に光の球体が現れ、だんだんと大きくなっていく。

「俺の名前は・・・・・・」




      なまえ・・・・


      シンタロー?


      それは、俺に対して付けられた名前じゃない。


      じゃ、俺の本当の名前は?






「・・・・・名前なんて、ありません」

その言葉にあの人の方眉が少し動いた。

「ほう・・・・、面白いね。名前がないというのかい?」

光の玉は消え、構えていた腕も下ろされた。

俺は、何か可笑しなことを言ったのだろうか?

気を悪くさせてしまったのか?
「ということは、ご両親はいないのかな?」

その質問に、迷うことなく頷いた。

「そうかい。君はとても不思議な子だね。気が変わった。君を生かしてあげる」

唇に右手の人差し指を当てて、にっこりと笑うその顔は何かを企んでいる子供のよう。

純粋に、興味を引かれたから助けた、ただそれだけと受け取れる仕草。

「私の秘密を知ってしまったから、否応無しにガンマ団入りは決定だよ。さて、忙しくなるね・・・・、ああ、その前に君の名前だ」

先ほどの右手を顎に当て、うーんと考える素振りを見せるその姿も、どこか優雅に感じられるのは何故だろう。

「髪の毛がプラチナのようで、日の光に輝いて美しい。“シロガネ”ってのは、どうかな?」

この人のネーミングセンスのなさが、その容姿と反比例しとてもとても残念なのだが、折角『俺』に付けてくれた名前なので、ここはあえてつっこまず黙っていたほうがいいだろうな。

「・・・・・・・・・・ありがとうございます」

「いやいや、いいよ。シロガネ君。名前をつけるっていいね」

笑っているあの人の笑顔が、昔見ていたあの笑顔とダブル。

何故だろう?

この前まで見せていた笑顔より、とても生き生きしているように感じる。

もしかして、この人は名前を付けることで失ったと思っている『シンタロー』がいたポジションの、穴埋めにしようとしているのか?

それとも、ただ失ったことが悲しかったのか?

「さて、医療班に君を救出させないと・・・」

くるりと、軽やかに回れ右をし、スキップをしながらあの人はあの紅い服の男のところへ行った。

なにやら、コソコソと耳元で話し合っている。

そのうち、紅い男がまわりにいる団員に俺のほうを指差しながら、指示を出していた。

そんな姿を少し見た俺は、今まで下ろしていた視線を上に上げた。

空が青い。

結局のところ、俺は一体何者だったんだろうか?

シンタローでもなく、

あの人の子供でもなく、

あの人の恋人でもなく・・・・・


俺は代用品


青の番人の隠れ蓑。

そして、赤の番人の代用品。

小さく溜息を吐き、俺は瞼を下ろした。




     それにしても、あの人の考えてくることはさっぱり分からないな。





-第2部 完-

「一番テーブル、極上のドイツORGANICビール追加ぁっ!!」

注文を受けた店員が、叫び声にも誓い声で注文をカウンターにいるバーテンダーに伝える。

「了解っ!!」

それに、負けじと大きな声で返すバーテンだは、ケースに臥せておいてあるジョッキを掴み、オーダーを遂行する。

「っつかーっ!!ビールなんて水だ、水っ!!男は、ウォッカを飲むもんさ!!」

客も、店員に負けじとビールを頼んだ男に野次を飛ばし、ラム酒片手に歌いだす。

ここは活気あふれる、ビールバー。

庶民に手の届く範囲でなら、世界中の酒の品揃えと言ったら同じ町の中ではダントツ一位だ。

そのお陰で、平日の夜と言うのに満席で、店先にまでテーブルやら椅子やら、酒樽を出しての宴会騒ぎ。

連日この大賑わいの原因は、客の大半が身に着けているガンマ団の軍服が答えだ。

ガンマ団本部に一番近いこの町の、一番品揃えのいいビールバー。

「兄ちゃんも飲めよ!」

この店のいいところは、店員が客から酒をおごってもらえるところにもある。

そのせいか、どんなに酷い客でも店員は決して不平不満を漏らさず、誰それかまわず公平に対応する。

その点も、この店が人気の理由だ。

他の店で、泥酔してしまい立ち入り禁止を食らってしまうぐらい酷いことをしたとしても、ここはそれを寛容に受け止めてくれる。

無条件なる愛、母の愛。

そんなうたい文句がこの店にはついている。

「じゃ、お言葉に甘えて。ごっちっす~」

四方八方ガンマ団員に囲まれるこの店で、俺は働いていた。

客から貰った、自分が今運んできたビールを一気に飲み干すと、周りから拍手喝采が起きる。

「今日は、俺のおごりだー!!もっと、飲んでくれ!!」

それに気を良くしたのか、俺に酒をくれた客がビールを追加注文。

そして、それが全て俺に来た。

給料日前だと言うのに、そんなに懐を緩めていいのかと、心配する声なんて誰も与えてはくれない。

母の愛をうたい文句にしているここの店員全て、『無情の愛』で見守るため注意なんて一切しない。

下手に注意すれば相手は軍人。

自分が殺されてしまう可能性さえあるのだ。

「兄ちゃん、相変わらずいい飲みっぷりだね!」

ただのアルバイト店員でも、ガンマ団総帥のときと同じように死が隣り合わせだとは、思いもしなかった。

いつ死ぬか分からないと思っているためか、このおごりの一杯は仕事中であろうが、うまい!

人生後の酒になるかも、なんて無意識に思っているのかもしれない。

「さ、もう一杯!」

喉を潤すその独特な喉越しと、口の中に残るホイップのほのかな香りと、麦のにが甘いこの味わい。

勧められるまま、ジョッキを空けていく。

「よし、仕切りなおしで乾杯だ!!」

「おう、何に乾杯だ?」

「この兄ちゃんの、飲みっぷりに!」

グラスのぶつかり合う音が鳴り響気渡る、そんな騒音の中に俺はいた。

「兄ちゃん、おかわりだ!たっぷりなみなみ頼むぜ!」

「了解!」

あれから、一年がたった。

もう、一年。

まだ、一年。

やっと、一年。

ここに、俺は確かにいる。





「おつまみ、追加~」

「了解!」

活気あふれるビールバーで、注文どおりに多種多様なビールを運び、たまにお客と一緒にバカ騒ぎをしては、ここでの生活を謳歌しているつもりだ。

別の奴から見たら、投げやりだと言われるかもしれない。

「・・・・・・・・で、その時びっくりしたぜ。何せ小銃片手によ」

ジョッキを片手に客達が話す内容のほとんどが、女と仕事。

未だにあの人の場所に帰りたいのか、それともあの人のことを知りたいのか、俺はついついお客の会話に耳を傾けていた。

仕事が終わり、自由になる時間をお酒と言う娯楽のため、ここには連日かなりの人数が訪れては、現在のガンマ団の内部について話している。

それが、ありがたいとさえ思ってしまう自分にあきれ返ってしまう。

お酒の力も借りてか、かなりの声量で話すものだから敵国のスパイでも、この店は大層いい商店だろう。

うまくいけば、作戦の計画を知ることができる。

だが、そこはガンマ団員がよく訪れるお店なだけあって、店の半分が防音ガラスで区切らせており、そこに団員達を座らせている。

のこりのスペースと店の外まではみ出して飲むのは、団員といっても傭兵以下の者か町の住民達。

仕切りをつけた理由としては、機密情報漏洩防止と、団員が町民に暴力を振るうことがないよう、あえて区切らせ出入り口も別々にしている。

肩が触れ合っただけでも、下手したら殺されるといわれている為だ。

団員専用スペースでの給仕は、店長に信頼された俺と後は先輩が数名。

ある程度格闘ができるのも、そこの給仕に選ばれた理由だ。

血の気が多いせいか、団員同士での喧嘩も日常茶飯事。

こんなに、ガンマ団員が大勢いるところで仕事をしている俺だが、未だ俺がシンタローだとばれたことは無い。

白髪のままの髪と、ばれないよう眼鏡をかけていたことが功をそうしたのか、誰にも気づかれることなくここで働いている。

それだけ、俺の印象と言うものは薄かったのかな・・・・なんて、暗く考えたりもする。

あれから、一度もはさみを入れていない髪は少し伸びてしまったため、今は後ろであの人の瞳のような青色のリボンで一まとめにしている。

「にーちゃん、おーきゃわりー」

「了解!」

「ぎゃはは、なんだその声はよう!」

「うるしぇー」

結局、ひどい病気なんて一つもなかった。

ちょっとした病気での吐血。

少し安静にし、点滴と薬を飲んで完治してしまった。

あの、キンタローがそんなミスを犯すはずが無い。

考えられるのは、その検査を行ったであろう高松。

あいつは、グンマのしていたことをもしかしたら知っていたのかもしれない。

そして、彼を守るためキンタローの検査を操作し、グンマに非が無いようにしたのだろう。

それを今わかったからと言って、何かが変わるわけでもない。

この髪の色が今すぐ戻るわけでもない。

『返せ』と言ってすぐ返せることのできないものを、俺はなくしてしまった。

「シンタロー総帥がさ・・・」

また、この話だ。

ばれないように小さく溜息をつきながら、空になったジョッキを片付けていく。

最近のガンマ団員お気に入りの話は、ここ最近『髪の色が戻ったシンタロー総帥』についてだ。

最初、その話を耳にしたときは驚きを隠せなかったが、よくよく考えてみるとあの人が『あいつ(オリジナル)』を手元に置くように手回ししたのは予想ができる。

どうやら、俺が早急に進めたコタローを総帥にするといった宣言は、いとも簡単に撤回されたらしい。

シンタロー総帥が静養のため、一年近く職を離れていた間、代行総帥はあの人が勤めたと聞いている。

この場所で、その情報を仕入れた。

「おーい!兄ちゃん、ビール追加」

「はい、ただいま!」


今日も顔を紅く染め、ほろ酔い状態の団員がビールを浴びるように飲んでいる。

酔えば口が軽くなることは、とてもありがたい。

どんなに、あの場所から離れたといっても、俺はあの人のことを知りたかった。

どんな、些細な情報でも今の俺にとっては、とても大きなもの。

だって、俺は未だにあの人を、好きだから。






「おつかれ~」

「お疲れ様です」

仕事が終わり、仲間達と別れ一人で夜道を歩いていた。

向かう先は、一月ほど前から借りている今の自分の部屋に帰るためだ。

石畳でできた古い道の脇には、制服のまま寝こけている奴、座ったまま定まった角度など決まっていないのかふらふらと視線を動かす奴、嘔吐したまま寝ている奴。

仕事で、心身ともに疲れているのが伺える。

暫く歩いていると、建物の隙間からやっと目的のアパートメントハウスが見えた。

少し古風な赤レンガの建物は、この時間帯は闇色に染まり、昼間見せる暖かい表情ではなくどこか恐怖を感じさせる表情に変わっていた。

「お、ビール屋の兄ちゃん」

あと少しで帰り着くというときに、自分にかかった声は酔っ払い特有のイントネーション。

ああ、今日は最悪だ。

「ひゃ、ひー。なあ、なあ、俺の超ぉぉー秘密な内緒話、聞いてくれ~」

肩に腕を回してくる酔っ払い。

やはりこいつも、ガンマ団員の制服を身に着けている。

「お客さん、タクシー呼びましょうか?」
やんわりと断るため、帰ったほうがいいと遠まわしで言ってみたが、酔っ払いには通じなかったようでそいつは「俺に逆らうと、殺すぞ~」と銃を取り出して脅してきた。

確かにここは、ガンマ団本部麓の町。

いたるところに監視カメラが着いている。

誰かが言っていたが、ガンマ団に逆らった住民で殺された奴がいたとか、逆らったら後日監視カメラの映像を証拠に捕まったなど、あまりよくない噂を耳にしていたため目立たないよう今日まで過ごしてきた。

酔っ払いに絡まれることもしばしばで、そうなってしまうと朝まで話し相手として付き合わされる羽目になる。

腕時計を見ると、もうすぐ夜明けの時刻になろうとしている。

話を聞いていたら、ほとんど睡眠時間が取れないまま、仕事をしなければない状態似になってしまうことが簡単に想像できる。

今日は最悪だと心の中で悪態をつき、その酔っ払いの内緒話を聞くことにした。

「俺さ、見ちゃったんだよね。今の総帥、偽者だってとこ~」

その言葉に、心の中で驚きの声をあげていた。

どこからどう見ても、冴えないオッサンがそんなことを知っているという、ありえない現実。

腕章を見ても、あまり階級はそんなに上のほうではない男が、あの機密事項を知っている。

そこまでガンマ団は落ちたはずは無いだろう。

それとも、こいつはスパイか何か?

だが、独特の気配も感じられず、自分をつま先から頭のてっぺんまで観察しているシンタローの視線になど全く気づかず、話続けた。

どうして一族と、一握りの幹部しか知らないことをこいつが知っているのか。

「お客さん、飲みすぎですよ。さ、帰りましょう?」

これ以上話を聞いてはいけないと、頭の中で警告が鳴り響く。

「あんだ、聞けないなら、しけいだ~。きけ~」

ああ、最悪だ。

「聞いちゃったのだよね。マジック様が総帥を『ジャン』って呼んでいたの」

どこか得意げに話すその内容は、本来一般人である俺に話していいはずがない。

もし、ここでカメラに撮られていたらどうなるか。

確実にこのおっさんは、殺される。

「きいていんのか?もう一回言うぜ?今のそーすいは・・・・」

「黙っていろ、おっさん!死にてえのか!?」
とっさに、そいつの口を押さえそれ以上喋らないようにする。

それに嫌な顔をしているが、俺が言っている意味が分かったのだろう、その男は段々顔色が青くなっていく。

「あ、あ、俺が言ったこと誰にも言うな・・・いや、ここで始末して、ああ、だめだ。カメラが、カメラが・・・・」

体を震わせながら、口から出てくる言葉はところどころ切れて聞き取りづらい。

だが、恐怖に怯えていることは明確だ。

ちらりと、カメラのほうに視線をやる。

先ほどまでは、まったく違う方角にむいていたカメラが全てこちらの方にレンズを向けている。

ああ、これではもう監視部隊の方が警備部隊に連絡を入れ、動き始めているだろう。

俺も、このままここにいてはいけない。

泣きじゃくり、震えるオッサンの腕を自分の肩からはずし、近くの路地裏に向かうため俺は走ろうとした。

「ま、まってくれ!俺は、お前に脅された!だから喋った!そうだ、その通りだ!」

「な・・・」

くそ!

自分を守るため俺を陥れようって魂胆だ。

そんなことしたって、助からないことは明確だというのに。

「ようし、反逆者!俺が成敗してやる!」

あのオッサンは、ゆらゆらと揺れながら立ち上がり、そして胸元から小銃震える手で取り出し、その照準を俺の頭に合わせ、にたりと気味の悪い笑みを浮かべた。

「ってめ・・・」

「ひゃはは、反逆者は死ね、死ね、死ね、反逆し―」




― 一瞬、世界が光に包まれた ―









「まったく、無粋だね」

聞き覚えのある声が聞こえ、俺はやっと目の前の光景を認識することができた。

あのおっさんがいたところだけが、ぽっかりと穴が開いており、数メートルのクレーターが出来上がっていた。

「民間人に罪をなすりつけようとしてまで、保身に走るとは・・・・。まったく嘆かわしい。ああ、君、大丈夫かい?」

段々近づいてくる、金髪のあの人がピンクのジャケットに身を包み、俺に笑いかけている。

胸が締め付けられるこの痛み。

「あ・・・・はい、大丈夫です」

あんたには、感じることができないんだろうな。

「そうか、よかった。本当に、こんな無能な部下がいたなんて、信じられないよ。シンちゃんが可愛そうだよ。君も・・・・そう思うだろう?」

いつの間にか、シンタロー人形(16分の1サイズ)を取り出しそれをいじりながら俺に同意を求めてくる。

ここでどう返せというんだ?

「ふふふ、もしかしてびっくりしちゃって声が出ないのかな?それとも、殺されるとでも思ってる?安心して、私は愛しいシンタローに有害なものしか、殺さないから」

君はその対象外だよと、微笑むその顔が胸に突き刺さる。

俺の顔を見ても、誰か分からないそれが、胸に大きな痛みを与える。

ただ、色が違うだけなのに。

「そうですか、ありがとうございます」

小さくお辞儀をすると、あの人は俺に興味がなくなったのか視線を違うところにやり、そして右手を上に上げ左右に振り出した。

いや、これは誰かに意思表示をしている。

視線の方向を辿ると、赤い服が視界に入ってきた。

黒い長髪を風になびかせ、どうどうと歩くその姿はまさしく大軍のトップたる威厳を漂わせていた。

元々猫背のあいつが、あの歩きをマスターするのにために、静養期間が一年近くかかったんだろうな。

「シンちゃん!パパね、頑張って悪い奴をやっつけたよ!」

「ったく、何やってんだよ!こんな街中に大きな穴あけやがって、このクソオヤジ!!」

「ひどい、シンちゃん、酷いよ!ほら、民間人だって助けたんだからパパを褒めて!」

「ああ、さいでっか!おら、とっとと帰るぞ!」

赤い男が、あの人の耳を引っ張りながら引きずるように去っていった。

ただ残されたのは、俺と、そして事故処理に当たるガンマ団の隊員数名。

「マジック様も相変わらずだな」

「ああ、総帥もまんざらでもないみたいだな」

「けどよ、一時髪の毛脱色した総帥が引退宣言したときは驚いたな?」

「まあ、すぐにマジック様が『シンちゃんと喧嘩して、もう、あの子反抗期なのか髪の毛を白にしちゃって・・・』て、親子喧嘩で引退だなんだって大騒ぎしてさ」

団員達の噂話が自然と耳に入る。

もう、何度も聞いてきたその会話。

知っている。

あの人は、あの時を待っていたことを。

なあ、ジャン。

幸せだろ?

だって、あんたもあの人のこと、


 愛していたんだろ?





あの男が消された夜の騒音は、次の日にはニュースにもなってはいたが、何も変哲も無い『ガス爆発によりガンマ団員死者1名』と言う、たまに聞くようなたったそれだけの内容で片付けられた。

俺は何度かガンマ団に呼ばれ、聞いた話がどれだけ真実味の無い嘘であるか、何度も何度もジャンとあの人の仲睦まじい映像を見させられ説明を受けた。

一週間ほどその生活が続き、ノイローゼ気味になりかけていた俺は、命が惜しいから公言しないと約束し誓約書にサインをした後、解放された。

あれから、2週間がたち穴も塞がった。

俺は、なんとか元の生活に戻りつつあった。

「さてと、あとは店長の依頼が残ってんな・・・」

街の中で店の買出しをしていた俺は、店長からの注文であまり利用しない酒屋で上質のワインを買いに向かっていた。

向かう途中の路上で子供達が走り回り、そしてこけてはまた走っていた。

それを遠めで、大人たちが笑いながら眺めている。

誰も急ぎ足で動いていない。

平和な生活だ。

そして、目的の店にたどり着いた。

重厚な樹のドアが、ここのお店のランクを現している。

扉に手をかける前に、中からドアを開けられちょっと驚いた。

「いらっしゃいませ」

上品な声に、優雅なお辞儀をする店員が迎えてくれた。

結構値が張る買い物だなと内心思いながら、店内に会わない服装の俺を嫌な顔一つせず接客をする店員に関心をし、目当てのワインを包装してもらうのをあとは待つだけとなった。

「おや、君は?」

急にかけられた声に、びっくりして体が少し飛んでしまった。

しかも、あの人の声。

恐る恐る振り返ると、この前とは違う淡いブルーのジャケットに身を包み、あの赤い服の男性と一緒に居た。

「元気だったかい?」

今まで店内の客は俺一人だったから気にもしなかったが、あの人がいると自分の服装が気になってしまう。

上質なスーツはこの店内の雰囲気に合っている。

だが、俺は薄汚れたTシャツに破れかけたジーンズ。

場に合わない。

「ええ、おかげさまで」

無難な言葉でその場をやり過ごす。

ちらりと後ろにいる赤い服の男を見ると、つまらなそうに店内のワインを手にとっては棚に戻していた。

「マジック様、お久しぶりです」

店長と思われる男が、人のよさそうな笑みで近づいてきた。

「ああ、久しぶりだね」

俺から興味がその店長のほうに向いたおかげで、俺との会話がそこで終わった。

「あれから、どうですか?」

「残念なことに、あれから1度しか行っていないんだよ」

「それはそれは、是非今度ご一緒に・・・」

優雅さが身についている者同士の会話は、まるで一幅の絵になる美しさを醸し出していた。

俺の接客をしてくれていた店員から品物を受け取り、俺は軽く会釈をして店を出るためにドアのほうに向かって歩き始めた。

「おい、まてよ」

急に呼び止められ、俺は声のした方に顔を向けると、あの赤い服を着た男が腕を組み俺を睨んでいた。

「何か、御用ですか?」

ちょっと怖気づいた振りをしながら、俺はその視線から目をそらすことなく見つめていた。

すると、相手は小さな溜息をつきまだ店長と話をしているあの人のほうをちらりと見ると、また俺のほうに視線を戻した。

「正直に言うぞ?」

それでもいいのかと、向こうには聞こえないほどの小さな声で聞いてきた。

それに、首かしげながら頷いた。




「お前は、いつまで続けるつもりだ?」



空気が僅かだが揺れた。

頬に何かいたいものを感じる。

あの人がこちらを見ているのだろう、視線がすごく痛い。

少しあの人のほうに視線を向けると、店長と会話はしているものの視線だけは俺を捕らえていた。

「何を言っているのか・・・」

視線を戻し、苦笑しながら軽くお辞儀をして再度ドアのほうに体を向けた。

「あの方をこれ以上悲しませるのか?お前はそれでいいのか?」

俺の背にかかる嘘の言葉に、笑みが自然と漏れる。

「ですから、一体何のことを言っているのか分かりません」

それだけを言い残し、俺はその店から出た。


 ―ごめんなさい―

大切なものを、俺は落としてしまいました。

 ―もうしません―

それは、とても大切なもの。

 ―ごめんなさい―

あなたが大切にしていたものを、俺は無くしてしまいました。

 ―許してください―

たった、それだけで変わってしまうと思わなかったから、

 ―お願いだから―

俺は、大切に扱わなかった、

 ―どうか、もう一度―

あなたにとって、それがどれだけ大切なものなのか、

 ―最後にもう一度だけ―

無くした今、気がつきました。

 ―俺を―

今更ながらに気がつきました。

 ―「好き」だと言って下さい―

もう、遅いということに、今更ながら気がつきました。。

 ―父さん―





『落し物』





「シンちゃん!」

ガンマ団本部の廊下を歩いていると、グンマの少し甲高い声が後ろから聞こえた。

仕方なく振り返ると、腰に手をあてながらも荒い息で仁王立ちしているグンマがそこにいた。

「お父様から聞いたよ!」

眉間に皺をよせ、すっごく怒っているという感情を表情に出している。

その青い瞳が、何をいいたいのか分かって欲しいと、懸命に訴えてきている。

「ここを出て行くって聞いたよ!全部終わって、やっと皆で新しい思い出を作ろうって、この前お父様と約束したばかりでしょ?今更、なんでそんなこというの!」

やはりあのことかと小さく溜息をつき、俺は再び歩みを進めるためグンマに背を向け、歩き始めた。

「シンちゃん!」

俺の歩みを止めようと声を張り上げるが、そこを動いて俺を止めようとはしないグンマに、バレバレだと呟くような口調で伝える。

「!」

少し空気が張るのが分かった。

先ほどのあれは、ただの演技にしか過ぎない。

グンマが生きていくうえで、生まれながらに自然と身に着けた『弱い自分』という仮面。

実際それを見破ったのは、今まででパプワただ一人。

長年一緒に居る俺も、パプワからそれを聞かされる日まで気がつかなかった。

「何を言っているの?」

ああ、声が少し震えている。

今まで、指摘されたことがないんだ。

「さあな」

親父や高松でさえ見破れなかったその迫真の演技を、俺が見破ったことに驚いているといった雰囲気が、背中からひしひしと伝わってくる。

「シンちゃん、僕ぜんぜん意味がわかんないよ・・・」

最後まで嘘を吐き通そうとするその態度に、俺はつい苦笑を漏らした。

やはり、柔軟性にかける。

「ひとつだけお前に伝えることがある」

「え?」

俺は、グンマに一つ忠告するために歩みをとめ再び振り返り、焦りと怯えが感じられる瞳を見つめながら、ゆっくりとその頭でも分かるように言葉を紡いだ。



「そんなに、赤の他人が青の後継者として、ガンマ団に君臨するのが憎くかったか?

血のつながる自分よりも、血のつながらない相手が愛されていることが悔しかったか?

マジックの正統後継者は自分だというのに、俺がその場所にいることが許せれないか?」

違うか?と訊ねると、グンマは細い肩を小さく震わせながら真っ青な顔で俺を凝視している。

図星をつかれ、何も言葉が出ないといった表情だ。

「だから、この俺をあの人の心から殺したかったんだろ?」

「し・・・・シンちゃん?」

自虐的な笑みを浮かべる俺に怯えるグンマ。

お前が望んだことだろう?

「出て行くよ。もう、お前にも、あの人にも会うことねえだろうな」

「そんな、お父様がおこ・・・・・・あ、ダメだよ。シンちゃん!でてっちゃダメ!」

そしてグンマは、己のつむぎだした言葉にあることに気がついた。

唯一、あの人をなだめることができた存在の俺。

それを今、遠くにやってしまえばどんなことが起きるのか、あの4年前の惨事を思い出したのだろう。

今回は自分がやってしまったことが原因で、俺を遠くにやってしまう。

ならば、今度の惨事は自分の命でさえ危ういのではないかと、そういう考えに到ったようだ。

その想像もつかないだろう惨事に対する恐怖に、グンマでさえ俺がいなくなることに反対だと、己の心の中と正反対の回答に戸惑いを隠せない色を宿した瞳で俺を見つめる。

ああ、演技は恐怖に打ち勝てなかったのか。

すぐに態度に出てしまい分かってしまう。

「安心しろ。あの人は俺を欲さない」

「え?」

そんな筈は無いと、また表情に出る。

「ジャンがいる」

「ジャンさんが?何故?」

よく分からないと、首を傾げるその態度はもう仮面など一切見当たらない。




「あの人は、『欠陥の模造品』より『オリジナル』を欲する」



その言葉に、俺がいなくなっても惨事は起きないという確証を得た為か、それとも安心からなのか、グンマはすぐ頬を紅く染め幸せそうな笑みを浮かべた。

それにつられ、俺の自虐的な笑みももっと深いものになる。

「ああ、安心しろ。お前が、毎日のように俺に投与したあの薬が効いたみたいだ」


ガンマ団の基地を後にした俺は、延々と続く道をひたすら徒歩で歩いていた。

門を潜ってから、街中を歩いていたが1時間ほどしてドコまでも続く広い草原に辿りついた。

グンマの薬は、俺のあるものを奪っていった。

先のとがった毛先が、頬にちくちく当たって少しかゆみを感じる。

あれだけ長い時をかけ、腰ぐらいまで伸ばしていた自慢の髪は、今は肩より少し上の長さになっている。

「頭軽くなったな・・・」

独り言を呟いても、いつものようにそれに対する声は一切投げかけられることが無かった。

あれだけ五月蝿く、俺の周りを付きまとっていた声は、今は何も聞こえない。

それが恋しくて、悲しくて自然と目を閉じた。

暗くなった視界は、視覚からの情報を全て遮断し、聴覚が状況を把握するべく働きを強めるのだが、草木のざわめく音など一切入ってくることはなく、今はあのふざけた声が聞こえてくる。

『もったいないな~』

それは幻聴。

『私は、シンちゃんの髪、好きだよ』

これも、いつも言われていた言葉をただ繰り返し再生しているだけの、幻聴。

あの人は、いつも俺の髪を好きだといった。

それが何を指しているのか知った時でも、俺はあの人が好きだといった黒髪が好きだった。

髪に口付けをされるのも好きだった。

この髪があるからこそ、あの人から無償の愛を受けることができていたのに。

今視界に映る自分の髪は、色が無くなっている。

太陽の光を浴びて、光っているその髪が恨めしかった。

風が悪戯に髪を揺らし、俺の頬をなでる。

それを手で少し摘み、太陽の光に透かし遊びながら思い出す。

2月ほど前から、グンマがココアを俺に作るようになった。

最初のうちは、疑うことなくありがたく頂いていた。

だが、体に現れる変化に戸惑い、悩み、隠しながら生活を通した1月の間。

裏切らないだろうと信じていた元従兄弟からの、薬物投与が原因だと確信を持ったのは、自慢の黒髪が全て白髪に変わってしまったとき。

グンマはそれを見て、「綺麗だね」と嬉しそうに笑っていた。

キンタローは、俺の体調の変化に驚き精密検査を俺に分からないように何度も行った。

心労からきていると言って、俺に休養を与えたりもした。

あの人は、どこか寂しそうな眼を一度向けたっきり、俺を避け続けた。

ハーレムは、年を取ったと笑っていた。

サービスおじさんは、銀髪だと褒めた。

コタローは、銀髪のほうが目立つから自分にくれと、ダダをこねた。

体に大きく現れたのは、その白髪と、グンマさえ予見できなかった副作用。

あいつにとって、俺の髪が黒ではなく白になればいいだけであって、モルモットの実験も簡単にしか調査しなかったのだろう。

結果、その副作用のほうが俺にとって、苦しいものになったことはグンマにとって大きな産物だっただろう。





『シンちゃん、ココアもって来たよ』

『おう、そこに置いて・・・・っぐ!!』

『し、シンちゃん!?』




真っ赤な軍服に、大きな黒い染みができたとき、俺は残された時間が残り少ないものになっていると、そう感じた。




『お前に行った、血液検査の結果のことだが・・・・』

『んだよ、言ってみろ。答えは分かっているから』

『染色体の、異常ともいえる速度での崩壊により、白髪になったと考えられる。あと、体についての病名だが急性白血病だ。1月前までそんな影さえなきあったのに・・・・。悪いが、回復の見込みは無い』

『余命は?』




あのときの、キンタローの悲痛な表情はとても忘れることのできないものだった。

やっと出た検査結果が、俺の体の症状に対する全ての答えを出していた。

ただ、あの時精密検査に立ち会ったのが高松だったためか、グンマが作り出した薬物が俺の体内から検出されることは無かった。





『1月だ』




それからの行動は早かった。

早々に、コタローに政権交代を宣言し、己は南の島で静かに暮らしたいと団員の前でそんな我侭を宣言した。

中途半端な人間だと、批判の声も上がった。

だが、急に変わってしまった髪の色のお陰なのか、影で色々な憶測が生まれ反発の声も日に日に減っていった。

秘書達の反対を押し切って、強硬姿勢を崩すことなく俺はそのまま椅子をコタローに譲り、自分を除籍処分とした。

その時、秘書から相談を受けていたあの人は、俺のほうを一切見ることなく「好きにしなさい」とだけ言い、それ以外は何も言わなかった。

すでに、キンタローの報告で親族達は真相を知っていた。

あの人とグンマを除いて全ての人が、最後までここであの人と一緒に居るように俺に説得をしてきた。

あの人が切れたら、俺以外止めることができなかったと知っていたからだ。

自分の保身のための説得なんて、欲しくなかった。

本当に欲しかったのは、

あの人の言葉だけ。




たった一言、「好きだよ」と言って欲しかった。



-第1章 完-



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