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ke2











 やはり牢の外は広かった。
 しかも、少年の持っている地図もところどころ微妙に間違っているようで、脱出は困難を極めた。
「まー、究極の話、あと一時間くれー見つからにゃーなら、いいんだけど。」
 モニターを忙しく操作しながら、少年は情報班ちゃんとやれよ、とぶつぶつ言っている。
「見つかる前に薬を全員に飲ませるとしても、足りにゃーし……。」
 その一言に皆、一気に青ざめる。
 売り飛ばされるのと、蛇に変身させるのがどっちがマシかと聞かれても咄嗟には答えられない。
 かなり歩いた時、少年は止まった。
 ちょうど、明るい大きな道のつきあたりに面した場所だ。
「警備の人間のルートがそこだから、慎重に一人ずつ渡って向こうの廊下へ行け。」
 そう言って、壁越しに確認すると、向かい側へ走った。
 そして、あたりを見回してから、手振りで合図する。
「じゃあ、私から…。」
 気の弱そうな男が、覚悟を決めたようにそう言って、一気に走り抜けた。
 それに続いて、一人、また一人と少年の合図に従って、走る。
 彼はというと、なんとなく出遅れて、とうとうラストになってしまった。
 少年がやれやれとほっとしたように手招きしかけたが、その手が止まった。
 顔がひきしまり、そっと巡回のあるという通路をのぞく。
 彼も真似してこわごわと見てみると、向こうから銃を抱えた二人組がこちらを向いて歩いてくるのが見えた。
 一気に駆け抜ければ全部見つかる。
 しかも、ここから引き返せば自分も見つかってしまうのだろう。
 だから、少年は危険を知っていながらもここを通ったのだ。
 どうしよう、と今更ながらかけられた手錠が冷たく感じられた。
 恐怖にぼんやりとかすむ視界に、少年が手で壁を示して、口をぱくぱくさせて何かを言っているのが映る。
 頭の中が真っ白になっていたが、少年が指し示すまま彼は同じように手で壁を触る。
 ざらっとした金網の感覚が彼の脳に、正気を取り戻させてくれた。
 少年がこくこく頷くのに、頷き返すひまもなく、通気口のふたらしい金網を音をさせないよう気をつけて外す。
 なんとか中にもぐりこんで、無我夢中で前に進む。
 こんなの映画かゲームの中でのことだけだと思っていた、と彼は冷や汗をかいた。
 四つん這いの状態で肘を使って移動するのはかなりきついうえ、たまに通風口近くを通る度、すぐ下に人がいるのが見えてびくびくする。
 第一、いつここから出られるのかも分からないのだ。
 最後に見た時、少年はまっすぐに進めと口と手振りで指示してきたように思ったが、今となってはそれも自信が無い。
 一旦不安が浮かんできたらたまらなくなり、次第に進むのが遅くなっていった。
 長い暗い通路がどれくらい続いただろう。
 すっかり疲れ果て、彼はその場にうずくまってしまった。
 もういやだ。
 何故、俺がこんな目にあわなければならないんだ。
 自分が招いたことだと分かっていても、それでも前に進む気力がわかない。
 なにもかもどうでもよくなって、冷たい床に顔をつけると、ますますみじめな気持ちになってきた。
 ああ、喉が渇いた。
 朦朧とする意識の中で、人々のざわめきが聞こえてきた。
それも一人や二人ではない。
 かなりの大人数が騒いでいる。
 ぼーっと寝っ転がっていた彼は、はっとした。

 もしかすると。

 光がもれこむ方向へと這っていき、通風口から下をおそるおそるのぞき込んだ。
 思った通り、いわくありげな男女が大勢、中央にある円台の方を向いて座っている。
 客らしい彼らの服装は、あまりそういうものに興味が薄い彼でも、そうと分かる高価なものばかりだった。
 彼らは連れの人間と小声でひそひそ話し、時折楽しそうに笑っている。
 彼らにしてみれば、誘拐されたり、親に売られてきた人間の苦悩や恐怖など、まったく想像さえしないのだろう。
 そこにあるから、そして自分が手に入れられるから、そうしているだけなのだ
 罪悪感なんてかけらもない。
 誘拐犯たちが、このオークションを余興だと言った意味がよくわかった。
 この人達はおそらく、他人の人生を思うがままにあやつることができる地位にいるのだろう。
 人間一人買うことなんて、日常からそうかけ離れたものでもないのかもしれない。
 自分が逃げたことが今ばれたら、組織の人間はあっさりと起爆スイッチを押す。
 こういう世界を相手にした商売をしているのだから。
 身体をぶるっとふるわせた時、「それでは最後の商品です」というアナウンスが聞こえてきた。
 最後って、確か……。
 彼は顔の位置をずらして、円台の方を観ると、ちょうど、あの男が出てくるところだった。
 細かい刺繍がたくさんはいったゆったりした袖口の白い上着で、前身頃をドレープのようにかきあわせて飾り紐で腰のあたりでまとめている。
 上着の裾は長めで、その間から、踝より短い黒いスパッツのようなものを履いた足がのぞいている。
 長い黒髪はポニーテールの要領でひとつに結い上げられ、簪を何本もさされており、目尻のあたりに紅をさして、よりいっそうきつい顔立ちを強調していた。
 というか、元々目つきがやたらに鋭かった。
 彼は大股でさっさと歩き、中央までたどり着くと、傲然と顔をあげて周囲をゆっくり見回した。
 その姿は堂々として、卑屈さや恐怖などかけらもなく、そこらへんに座っている上流階級に属しているらしい人間たちより、よほど威厳にあふれていた。
 司会の人間が男のセールスポイントらしいデータをあれこれ話しているのが耳に入ってくるが、そんなものより彼の一瞥が顧客達には何よりも効果があったようだ。
 気のせいではなく、通風口から流れ込んでくる会場内の熱が五度は上がった。
「――では、百から。」
 司会が開始を宣言するやいなや、いきなり『二百』と声がかかった。
 見下ろすと、小さな帽子を斜めにかぶったまだ若い女性だった。
 しかし、すぐに『二百五十』と、声があがり、それに被さるように『二百八十』と野太い男の声がかかる。
 セリは白熱し、あっというまに三百を超えた。
 ほかのセリ見ていないが、まちがいなく今日一番の盛り上がりなのだろう。
 競争に加わっていない他の客達も身を乗り出して、戦いの行方を見守っている。
 そんな中、勝手に値を付けられている本人だけが、我関せずといった態度で立っている。
 冷たい目をして、明後日の方向を見ている男が何を考えているのか、彼には見当も付かなかった。
 自分だったらあんな場所に立たされたら、逃げ出すこともできずにその場にへたりこんでしまうだろう。
 あんな落ち着いた態度でいられる方がまれなのではないか。
 多かったかけ声が少しずつ減り、五百七十という声以降、もうあがることは無かった。
 確か値踏みをしていた男は五百はかたい、と言っていたが確かにあたっていた。
 だてに、長年この仕事をしていたというわけではないということか。
「五百七十出ました。五百七十。他にどなたか、いらっしゃいますか?」
 終了が近づく気配に、会場はざわつくものの、再び値をつける声はあがらない。
「では、五百七十で落札―――。」
 今にも槌が振り下ろされそうになったその時、ふいに低いがはりのある男の声がそれを遮った。
「千。」
 その時、わずかに男のこめかみがひっつれた。
 このオークションのレートは知らないが、この会場に集まっている人間の裕福そうな様子や、あの男達の口振りから、五百という金額が相当の額であることがわかる。
 それの倍ということは。
 声の主を捜して、狭い窓に顔をくっつけると、皆の注目を浴びている席が見えた。
 サングラスをかけたうら若い男だ。
 くせがあるが、艶やかな金色の髪と、象牙の象のような整った横顔の青年で、仕立ての良いスーツの上からも分かる均整の撮れた体つき。
 目元は濃い色のサングラスに覆われて見えないものの、どちらかというと、円台に立って値段をつけられる側に見えた。
 これだったら、結構マシなんじゃないかと、目下の商品であるところの男に視線をうつすと、意外や意外、はっきりと不愉快そうな表情になっている。
 確かに美少年にしてはトシ喰ってるし、ナイスミドルにしては若造だし、いろいろと不満があるのかもしれないが、他の油が浮きそうなヒヒオヤジや、化粧の厚さが4cmのサディズムっぽいおばさんよりはずっと普通そうだ。
 しかし、青年がつけた金額は、セリを早く終わらせるどころが、かえって参加者の競争意識をあおり立て、先ほど下りた人間達も再び参加してきた。
「千百。」
「千百八十。」
「千二百五十!」
 他の競争者も最後に来た大きなセリに興奮して、ひそひそと隣と話し合っている。
 あのスーツの青年は諦めてしまうのだろうか、とどきどきしながら彼を見た時、ちょうど彼がサングラスを外すのが見えた。
 同性の自分すらぞくっとくるような、美貌だが、彼が見とれたのは純粋に露わになったその瞳の色だった。
 二ヶ月くらい前、通った国の有名な観光地の海の色とそっくりな美しい青。
 別に青い目など珍しくもないはずなのに、それでもこんなに純粋な青は初めてだった。
「一万。」
 その声に、我慢の限界とばかりに、血相を変えた男が台から飛び降りる。
 両手を戒められているにも関わらず、素早い動作で監視員の手をかいくぐり、金髪の青年の席まで走っていくと、男は仁王立ちで『買い手』を見下ろした。
「えらく気前がいいが、俺は何もできねえぞ。それでも一万出すつもりか?」
 ああ?とすごんで、金色の髪の男の顔をのぞきこむようにしたが、天井からかろうじて見える相手の男の表情は冷静なままだ。
「ああ、やってほしいことは今から教え込むさ。」
 そう言うと、彼の手がするっと男の首の後ろに回り、乱暴に引き寄せる。
 

 ……………今、ひょっとして、キスしてる?


 顔が重なっているので確かめられない、というか、重なっているということはつまりそういう距離なわけで……しかし、そういうシーン……同性間のだが……に免疫が無い彼の脳が拒否している。
 でも確かに、この角度はまちがいなくキスシーンだ。
 彼は思わずごくりと息を呑んだ。
 漆黒の髪に、白く長い指が浮かび上がり、やけにくっきりした色の対比にどきりとする。
 ふいに、二人が離れた。
 男が勢いよく身体を起こし、長い髪がばさりと宙を舞う。
 よく見ると、口の端に赤いものがついている。
 慌てて、金髪の男を見ると指先でぐいっと唇をぬぐっていた。
 表情は再びかけたサングラスで、大半が隠れている。
 黒髪の男はそれを見下ろし、自分がやったことを相手に誇示するかのように舌を出して口元のそれを舐めた。
 そして一言吐き捨てる。
「……まずいな。」
 その時、ようやっと護衛が追いつき、逃げ出した『商品』の肩を押さえつけた。
「お客様、大丈夫ですか?」
「失礼いたしました。」
 口々に謝って、彼を引っ立てていこうとするのを、彼は手を振って止めさせた。
「たいしたことはない。それより、主催者に話がある。この場に出てくるよう言ってくれ。」
 客の要求に彼らは、明らかに戸惑った様子だが、顔を見合わせて携帯電話をどこかにかけた。
 席を外していたらしい主催者が、間もなくやってきて、にこやかに彼に挨拶した。
「スペンサー氏から紹介された方ですね。初めてのお越し歓迎いたします。それで、私に何か――。」
「簡単なことだ。こいつの手錠のコードを無効化してほしい。」
 コードの無効化、と言う言葉に思わず自分の手にかけられた手錠を見る。
 黒く光るそれの上部に記された十桁の数字のことを言っているのだとすぐ分かった。
 自分たちを縛り、追跡し、さらには殺すこともできる数字。
 主催者は困った顔をして、首を横に振った。
「いくらなんでもそれは―――。」
「何故だ。私がこれの所有者だろう。それとも、先ほど提示した額以上に払う人間がいるか?」
 そう言ってあたりを見回したが、誰一人として立ち上がる気配はなかった。
 無理もない、あの金額だ。
 それに……もし、いたとしてもこの男の威圧感に我こそは、と言える人間はそういないだろう。
「しかし、今、まだ正式にあなたが所有されているわけではありません。しかも、コードの有効無効は現在のすべてのコードに適用される仕組みになっているのです。つまり、一人を無効化すれば他のコードもすべて同じになってしまうわけで、到底お受けできません。」
 主催者の慇懃な口調も、丁寧ながら押しの強い態度も、まったく男には通用しなかった。
「俺は今言った金額をその口座に今この場で振り込もう。そうすれば、俺のものの手錠を外してもらえるな。」
 そう言って、携帯電話を取り出すと一言二言指示した。
「お待ちください! お客様!!」
 強引さに主催者が抗議したが、男はけろっとしている。
 主催者はほとほと呆れたというふうに、男に尋ねる。
「何もそうあせらずとも、半日も待てばコードは無効化されるのに。」
 すると、男はふっと嗤った。
「しつけは早めにやる主義なんだ。」
「さようで。」
 こういった手合いには慣れっこなのだろう。主催者は特に逆らわなかった。
 やがて、ひとりが小走りに近づいてきて何か耳打ちすると、主催者は頷く。
 それから彼に向かってにこやかに微笑んだ。
「ただいまご入金を確認させていただきましたので、所有者のあなたのご希望にそわせていただきましょう。」
 そう言いながら、懐からリモコンを取り出すとボタンを押すのが見えた。
 ピ、という小さな電子音に驚いて自分の手を見ると、数字の横で光っていた小さな赤いランプが消えている。
 これで、知らない内に手首をふっとばされることは無くなったと、彼は心の底から安堵した。
 しかし、自分をくくっていた戒めをほどいてくれた本人は、さらに堅固な新しい檻に放り込まれることになりそうだ。
 金色の髪の男の強引さといい、男が代価に支払った金額から想像する彼に対する執着の深さといい、あの男から逃げ出すのは相当難しいだろう。
 天井裏でやきもきしている観察者のことなど、階下の人間は誰一人として知るよしもなく、和やかに会談していた。
「まったく、私もこの商売を始めて相当になりますが、お客様のような方は初めてですよ。スペンサー氏に紹介していただいた御礼を是非申し上げねば。」
 すると男は、真面目な調子でこう答えた。
「それには時間がかかるだろうな。現在、彼は我々が拘束しているから。」
「は? それはどいういった……。」
 何を言っているのか飲み込めなかったらしい主催者が、まぬけな問い返しをしたと同時に破裂音が鳴り響いた。
 主催者の手にあったリモコンが固い床に落ちて、バウンドする。
「こういうこと、だ。」


 その音は、黒髪の男の手に握られている小さな黒っぽいもの―――拳銃から発せられたものだった。




「おまえ! そんなものをいつ手に入れた!?」
「俺が、さっき渡してやった。」
 それしか無いだろう、と金髪の男は察しが悪い子供を説得するような口調で言いながら、サングラスを外してまっすぐ前を向いた。
 主催者は現れた端正な顔立ちと、ことさらにその青い瞳をしげしげと見つめ、それからはっとしたように黒髪の男に視線を戻す。
「………っおまえは…!!」
 すると、黒髪の男は、に、と笑った。
「へえ、俺の顔くらいは知っていたか。」
「なぜ、おま……『あなた』がこんなところにいるんだ!」
 主催者の慌てぶりがあまりに凄まじいので、彼は驚いた。
 こんな大きな建物を構える組織のトップが、狼狽するなんて何事なのか。
「そりゃあ、仕事だ。上の方でもいろいろあってな。おまえさんがいろいろ貢いでいた人物の失脚も時間の問題ってことになって、政府の介入が可能になった――っていうより、この摘発をとどめにしたいっていう対抗勢力の思惑もあるんだろうけどよ。で、『うち』に依頼がきたってこと。」
 主催者は彼の説明を聞くにつれ、どんどん顔を青ざめさせていった。
 しかし、なんとか無理矢理つくった笑顔を顔にはりつけた。
「なんのお話だか、いっこうに分かりませんな。なにか誤解があったのでしょう。それにしても、いくらお強いとはいえ、たったお二人で乗り込まれるとは大胆な。誤解を解くための話し合いも早く済みそうだ。」
 確かに通風口から許せる限りの範囲で会場を見回すと、何人もの屈強な男達が一斉に二人の侵入者に銃を向けている。
 いくらなんでも、この人数じゃ無理だ。
 そう思いながらも、彼は不思議に冷静だった。
 たった一人で、見張りの男達を圧倒していた男。
 自分の命は自分で大事にしろ、という言葉。
 あの男には『死』という言葉は、あまりに似合っていない。
 こんな場面でもなんとかしてしまう。そんな気がする。
 彼は自分が『勝てる』ことを『生きる』ことを知っているのだ。
 自分の強さを信じているから、人から見れば無謀としか思えないことをやれるのだ。
 そして、男はやはり主催者の言葉にちらりとも動揺した様子はなかった。
 傲然と笑みを浮かべ、主催者に向けた銃を下ろすそぶりすら見せない。
 かわりに動いたのは、金髪の男だった。
 指を、ぱちん、と慣らす。
 しん、とした会場にそれは思いの外響きわたった。
 すると、東と西に二つあった入り口から、同じ軍服を着た兵士達が大勢流れ込んできた。
 慌てて、その場を立ち去ろうとする人間達を、有無を言わさず席に戻している。
 主催者はすっかり土気色になった顔をきょろきょろさせるが、逃げ場所などどこにも無いようだった。
 さっきの魔法使いと同い年か、少し若いくらいの少年が駆け寄ってくる。
 そして、金髪と黒髪の男の前で起立して、敬礼し報告した。
「総帥! 建物の周りを完全に包囲しました。」
 彼と共にやってきた兵士達が、銃口を主催者たちにつきつける。
 黒髪の男は自分の持っていた銃を下ろすと、少年兵の差し出した手にそれをのせた。






「お仕事、完了っと。」











 組織の人間が連行され、参加者達も兵士達が誘導している。
 その喧噪の中、黒髪の男の手にかけられた手錠を、少年が主催者から没収したマスターキーを使って外していた。
 少年は真剣な顔つきで、それを黒髪の青年からそおっとのけて、ほっとした顔つきになった。
 そして、ぺこっと頭を下げる。
「すみません。自分が、ついていながら総帥ば危ない目にあわせたと。」
 少年に頭を下げられて、男は困ったようだった。
「何言ってんだ。あの女たちを逃がせ、と命令したのは俺だ。おまえは俺のいうことに従っただけだ。気に病むことはない。―――おまえは、よくやった。」
 ぽん、と肩を叩き、顔を上げさせる。
 その男の顔を見上げると、みるみるうちに彼の顔が明るくなるのが分かった。
「総帥……。」
「よし、元気でたな。じゃ、艦の連中に食事の用意を頼んできてくれ。ろくなもん食ってないから、腹が減って。」
「はいっ!」
 少年は元気よく返事をすると、彼の命令を果たすべく、一目散に走って行ってしまった。
 すると、それまで黙っていた金髪の青年がぼそりと呟いた。
「『よくやった』ね。」
 ひっかかる言い方に黒髪の男は、彼に向き直った。
「そうだろ。じっさい、あいつはちゃんと誘拐されかけた被害者を保護し、おまえにきちんと報告した。よくやったじゃないか。」
「ああ、『総帥』の意に見事にそってくれたものな。」
 青い瞳がぎらり、と光る。
「……『わざと』だろ。」
 黒髪の男は肩をすくめた。
「まさか、俺だって散歩を兼ねた偵察で、そうそううまく現場にぶつかるとは思わなかったさ。」
 しかし、それが嘘だとのぞき見していた彼にもすぐ分かった。
 男はおそらく危険な地域を選んで、歩いていたのだ。
 そして、それは金髪の男にはとっくにお見通しだったらしい。
「偵察? 『総帥』が斥候のまねごとなんぞしてどうする。」
 すると『総帥』が反撃した。
「なら、補佐官がのこのこと敵の陣地に目立つ特徴抱えて乗り込んでくるのは、どうなんだよ。他のヤツに来させれば良かっただろーがっ!」
 痛いところをつかれたのか、補佐官は彼に背を向けて俯いた。
「……おまえが誘拐されたと聞いて、俺がどんな気持ちだったと思ってる? そのうえ、持たせていた盗聴器が急に使えなくなって…。」
 そんなもの持ってたのか、と上で聞いていた彼は驚いたが、そういえば、登録された時、端末の具合がおかしいとか言っていたが、それはこの男が所持していた盗聴器のせいではないだろうか、と思い当たった。
 他にも、組織の人間がコードのことを説明したとき、身体をわざわざ、そちらに向けたりしていたのは、自分を通して情報を補佐の彼に伝えようとしていたのか。
「着替えさせられるときに見つかったらヤバイから、トイレに流したんだよ。」
「だから、おまえの様子がまったく分からないのに、俺が艦の中で待っていられると思うのか、と俺は聞いてる。」
 強い口調でそう言ったが、握りしめた拳が小さく震えている。
 その姿は事情を知らない自分でさえ、痛々しく感じるのだから、かなり親しい仲らしい黒髪の男ならなおさらだろう。
 男はばつの悪そうな顔で、金髪の彼の方へ近づいて頭をかいた。
「うー、そのなー、俺も、止められるって思って、おまえに相談しなかったのは悪かったと思うけどさ、無駄なけが人は極力出したくなかったんだ。今度から、ちゃんと相談するから機嫌直せよ。なっ。」
「……俺が反対するような場合を除いて、だろ?」
 鋭くつっこまれ、黒髪の男の目が宙を泳いだ。
「それは、おまえが何かっつーと、『危険だ』『よせ』を連発するから。」
 金色の髪の男はしばらく沈黙した後、ゆっくり彼の方を振り向いた。
「…………手を出せ。」
「手?」
 急に何を言い出すのかと思ったら、と彼は両手を差し出した。
「別に怪我なんてなにも……って、オイ!!」
 突然の男の怒声に驚いて、彼が天井から目をこらすと、なんと彼の両手にまたもや手錠がはめられていた。
「何しやがる! さっさとはずせ!!」
「ふらふら出歩く勝手な上官には当然の処置だ。」
「ふざけんなっ!」
「俺はいつでもまじめだ。」
 ぎゃあぎゃあ言い争っている二人を、残っていた部下達がまたかというふうに眺めている。
 誰か止めないのかな、ともっとあたりを見ようとしたとき、ふいに、腰のあたりを強い力で引っ張られた。
「うわあああああああああああっ!」
 必至で振り向こうとしたが、狭い通路をすごいスピードで引っ張られているため、かなわなかった。






 どこからともなく聞こえてきた悲鳴に、総帥は顔をあげた。
「なんだ? 今の声……。」
 もしかしたら敵がまだ潜んでいるのか、と彼は俄然はりきった。
「おい、これをはずせ、ちょっと様子を見てくるから。」
 しかし、補佐官の返事はにべもなかった。
「だめだ。囮としてここに乗り込んだんだろ? なら、おまえの任務は終了だ。このまま俺と艦へ戻れ。」
 勝手な総帥の躾は早い方がいい、と補佐官は固く決意しているようだった。











 ぼとん、と廊下に転がり落ちた彼が、顔を上げると魔法使いの少年がはさみの柄のような持ち手を寄せると、自分を掴んでいたクリップが開いた。
 そのまま、ハンドルをぱこぱこ動かすとクリップと柄の間の蛇腹状の腕部分が縮んでいく。 
 子供の頃はやったマジックハンドルとかいうおもちゃによく似ていた。
 そんなもんで、人間一人引きずり出したのかよ、とその荒っぽさに断然抗議したかったが諦めた。
「おみゃーさんで最後ぎゃあ。あっちで他のみんなは手錠を外してるから、おみゃーさんも行くといいでよ。」
「あ、ああ。」
 頷いて、尻をさすりつつ立ち上がると、先をすたすた歩いている少年になんとか追いついて質問した。
「あのさ、さっき会場でここの人間が捕まったりしてるとこ見たんだけど、あれって君の仲間?」
「そうだぎゃ。詳しいことは、たぶんそのうち新聞にでも載るけど、ワシらは依頼を受けてここをぶっつぶしに来たんだがや。」
 彼が簡単に説明するところによると、彼の役目は『特技』を活かして基地内に潜入して、戦闘になった時、人質になるかもしれない被害者である自分たちを安全な場所に非難させておくことだったらしい。
「途中で、その手錠のことが分かって、どうするか迷ったけど、なんとか作戦通りにいったし、めでたしめでたしだぎゃあ。」
 なるほど、だから変装してセリに参加するという、あんな回りくどい真似をしたの、と彼はやっと納得できた。
 そして、さっきから気になってたことを聞いてみる。
「あの『総帥』ってひと、って、ひょっとして君達の……。」
 すると、少年は何がおかしいのか、くっくっ、と笑い出した。
「絞られてたか? 『あの人』がものすごく怒ってたで。」
 『あの人』ってあの金髪の青年のことなんだろうなぁ、と思って彼は頷いた。
 やっぱりと、少年は今度は大声で笑った。
 彼は不思議に思って、楽しそうに笑っている少年にためらいがちに声をかけた。
「『総帥』っていうからには、あの人はエライ人じゃないのか?」
「最高指揮官だぎゃあ。」
 けろっとした表情で少年は答える。
「だから、そんな人が敵地に乗り込んでいいのか?」
「しょーがないだがや。あの人を止められるヤツなんてうちにはいにゃーで。」
 確かにそんな感じだったなー、と、しみじみ頷いたところで、あの金髪の男のことを思い出した。
 黒髪の男よりは紳士的に見えたが、『総帥』と二人でぶっつけ本番の大芝居をうってみせる度胸といい、あの歯に衣着せぬ口調といい、彼なら対等にわたりあえるのではないんだろうか。
 少なくとも『総帥』に対して遠慮したりはしなさそうだ。 
「あの補佐とかやってる人は? あの『総帥』も一目おいてるみたいだったぞ。」
「まあ、確かに、あの人なら総帥を止められるけど。」
 ぽりぽりと鼻の頭をかきながら、少年はため息混じりに、言った。
「結局、最後にはたいてえ一緒に暴走しとる。」
 困ったことだぎゃあ、と口で言いながら、少年の顔は楽しそうで、そして、とても誇らし気だった。













 この事件は、かなり大々的に報道されたが、検査のため入院した施設ではそれを見ることはなかなかできなかった。
 被害者の、テレビは部屋になかったし、新聞も届けられなかった。
 確かに今はただ何も考えずに過ごしたいと言う人が大半で、必要最低限の事情徴収も拒否反応は凄まじかった。
 けれどなかには、のど元過ぎればのタイプもいて、そういう人はテレビがおいてある管理人室に行って、繰り返し流れる映像を指さしてはああだこうだと興奮気味に話していた。
 彼はというと、その会話に加わることもなく、自分に起こったできごと、そうなってしまうところだった人生、またそうなった人がいるということを、報道からわかりうる情報をすべて頭と心に刻みつけようとした。
 それはまったく無意味なことだったのかもしれないが、それでも、そうしなければならないような気がしたのだ。
 自分に起こったことを受け止めなければ、次へと歩いていけない、きっと。
「お、またあの軍服が出てきた。」
 テレビなどで目立つのは、この国の軍人らしかったが、たまに違うデザインの制服の人間が出てくる。
「この国に雇われた傭兵みたいだな。こういうことを生業にしてるやつの気持ちってわっかんねぇなぁ。」
「そうだよな、いくら給料よくっても、あんなのが日常ってのは俺はやだぜ。」
「こういうことは一生に一度でたくさんだよな。なあ、あんた。」
 テレビの画面に見入っていた彼だったが、急にふられて慌てて頷いた。
 まったくだ。確かにあんなことは一度で充分。
 画面の中の、男達を見る。
 彼らもきっと、たまにはもうたくさんだ、と思う時もあるに違いない。
 けれど。
「あっ!」
 画面にちらっと一瞬映ったそれに、彼は思わず声をあげた。
「どうした? なにか映ってたか?」
「いや……ちょっと。」
 身を乗り出してきた人に手を振ってごまかし、もう一度テレビを見るが、もう画面は切り替わっていた。
 ほんの少しだが、遠くにあの漆黒の髪が映ったのだ。
 髪と対照的な真っ赤な軍服に身を包んだその姿は間違いなく、あの男だった。
 その横にはあの金髪の男が影のように付きそっている。






『給料の問題じゃないのかもな……。』


 彼は、ふとそんなふうに思ったのだった。

 
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