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ayt
いつか終わるその日まで











 あの島から帰って一ヶ月、二人が再会したのはガンマ団本部の第三棟からその隣の第五棟に抜ける道の上でのことだった。
 細く人通りの少ないその道のうえではどうしたって避けては通れず、また別に避ける必要も無かった。
 たとえ、ほんの少し前に殺し合った仲だったとしても。



「傷、残ってまいましたなぁ。」
 久しぶりに会った師匠の頬に刻まれた模様のようなそれを見て、その加害者であるところの弟子は申し訳なさそうに言った。
「特選は隠密行動ではないからな。多少、目印が残ったところで問題は無い。」
 素っ気ない師匠の答えにアラシヤマは苦笑する。
 男が顔に執着するのもどうかと思うが、ここまで徹底的に興味がないのはどうだろう。
 鏡を見なければ自分の顔の造作など忘れてしまうのではないだろうか。それはおおげさにしても、傷が無かった頃のことなどとうに頭からすっぽり抜けていることは、ほぼ間違いなさそうだ。
 それにしても、自分はあの時傷どころか彼を確実に殺すつもりだったのだ。
 ―――あのひとの邪魔をさせないために。
 なのに、目の前の師匠は仲間を庇いながらだったにも構わず、頬の傷ひとつで自分の命がけの技を防いだのだ。
 ほんまにかなわんわ、と薄れゆく意識の中でそう思ったことを覚えている。
 何があっても、何と引き替えにしても、あの人を守ろうと誓ったのに果たせなかったことが悔しくてたまらなかったことも。
 自分はいつだって中途半端だ。
 どれだけ技を磨いてもあのひとには勝てず、そして、あのひとを守りきることさえできなかった。
 いや、そもそも守るという言葉をあのひとに使うこと自体がおこがましい。
 それまで培ってきた人生も命も自我も奪われそうになっても、あのひとはそれをすべて取り戻し、そして他の人間達さえ救った。
 自分を必要とすることなどこれから先も、きっとない。
 そもそも彼は誰も『必要』とはしないのだから。
「本部にはいつまでおられますのん?」
「今日の夜には発つ。」
 特戦部隊が帰還したのは確か今日の昼前だ。一日もじっとしていられないとは、つくづく好戦的な部隊らしい。
「先ほど隊長の代わりに、総帥に報告しにいった。」
「ええ~、わてなんか、ほとんど顔も見られへんのに、師匠はお話までできたやなんて……。」
「『お話』じゃない、報告だ。」
 恨みがましい弟子の視線をあっさりと鉄面皮ではねつけて、マーカーは先ほどの会見の様子を思い出した。
 マーカーの報告が進むにつれ、その眉根がだんだん寄せられ、自分が口を閉じた時には完全に険しい顔つきになっていた。
「俺は死者を出すなと言ったはずだ。」
「もうしわけありませんでした。」
 マーカーが頭を下げると、逆に総帥はますます不愉快そうになった。
「えらく素直だが、おまえら改めるつもりはないんだろ?」
「改めるもなにも、私たちはハーレム隊長の命令に従うのみです。隊長が殺すなとおっしゃればそうするようにしますし、さもなければ。」
「つまり、ハーレムに納得させればいいんだな?」
 遮るようにそう言われ、マーカーは頷いた。
「ええ、そういうことですね。」
 総帥は唇を噛みしめた後、マーカーに下がるように命じた。
 マーカーが部屋を出ようとすると、後ろから呼び止められる。
「おい、おっさんはどうした?」
「バーで休んでいらっしゃると思いますが……お呼びだとお伝えしましょうか?」
 彼はしばらく黙ったがやがてため息をついた。
「いや、いい。俺の呼び出しくらいで、のこのこやって来てくれるような甘い性格じゃねぇ。」
 さすが、身内、よくわかっている。
 一応報告も本来なら隊長が行うものだが、前総帥の時でもマーカーが代行することが多かった。たとえ召喚状をもらったところで、気が向かなければそれで鼻をかんでおしまいだ。
「ならば、そういう性格にさせればよろしいのでは? 貴方があの方に勝る存在だと納得させることができれば、隊長を従わせることができますよ。」
 ふと、思いついたことを言ってみると、彼は目を見開いた。
 しかし、すぐにそれは怒りの表情に変わる。
「おまえはそんなこと無理だと思っているんだろ?」
「お答えしかねます。」
 珍しく自分が笑っていることにマーカーは気づいた。
 確かに、一族の証を持たないこの目の前の青年が、あの男……自分たちが認めた彼に勝てるとは思えない。
 だが、何故だろう。もし、そうなったらということには興味がある。
 自分の好まざる状況ではあるが、彼にそれができるのか、できるとしたらどうやってやり遂げるのかということを考えるのがおもしろいのだ。
 本当ならこんなふうにやりとりするのも面倒くさがる自分なのに、どうしてだか彼の反応が見たくなってしまった。
 自分が従い、敬う絶対の存在は彼であり、この青年になることは決してあり得ない。
 だが、新しく総帥になったこの男には妙に人をわくわくさせる何かがあるのだ。
(らしくなさすぎる。)
 マーカーが今度こそ退出しようとしたとき、総帥は一言だけ言った。

「その細い目をできるだけ開いて、よく見ておくんだな。」

 何をとは聞かなかった。
 ただ、黙って一礼だけしてその場を後にしたのだった。






「シンタローはん、赤い服がよう似合ってはって綺麗でしたやろ?」
 アラシヤマにうっとりとした様子でそう尋ねられ、マーカーは少し迷ってから頷いた。
 今までブロンドの人間しか袖を通したことのない制服が、何年もそうあったかのように彼に馴染んでいた。
 金と赤の取り合わせは豪奢で輝かしいばかりだったが、黒と赤の鮮やかな対比は絢爛さはひけをとるものの、ある種の艶やかさが確かにあった。
「ええなぁ、師匠。」
「アラシヤマ。」
 だらだら続きそうな弟子の言葉を遮り、マーカーは空を見上げて何気なく言った。
「あの人が欲しいか。」
 あたかも、今日はいい天気だなとでも言うように、あたりまえのことを確認するためだけの質問にアラシヤマはやはり軽く頷いた。
「欲しいどすなぁ。」
 アラシヤマは近くに植わっている木の枝に手を伸ばしながら、何気ない様子で答えた。
 欲しい。
 命をなげうってでもあの人が欲しい。
 強い眼差し。
 傲慢な性格。
 圧倒的な実力。
 彼が流す涙やたまに見せる弱ささえ、自分にとっては憧憬すべきもの。
 全部欲しい。
「おまえのそれは月に恋するようなものだ。」
 素っ気ない声にどこか案じるような響きがあるのは、自分の様子がそれほどに狂っているように師匠には見えるからだろうか。
 言われなくてもよくわかっている。
 あのひとは決して自分には振り向かない。
 あの澄んだ瞳にこの姿が映ることはない。
 あのひとはあの輝かしさですべてをあまねく照らす存在だ。多くの者に慕われ、自分の想いなど彼にとってその中のひとかけらにしか過ぎないのだろう。
「おまえが命がけであの人を守っても、あの人が手にはいることは決してない。」
 かつて命がけの攻撃をアラシヤマに仕掛けられたことをマーカーは思い出す。
 誰かのために、などそんな三流小説の迷い言を口にするような男を育てたつもりはなかった。
 地べたをはいずり回っても生き延びるようなみっともない生き方を教えたこともない。
 あの時、己の首に剣を突き立てなかったのは、その命をぎりぎりまで彼のためにだけ使うつもりだったからだろう。
「みっともない。」
 師匠の吐き捨てるような叱責に、アラシヤマはそうどすなぁと同意した。
「あのときまで、わては自分の命が大事やなんて思たことありまへん。誇りの方がよっぽど重いもんどしたわ。」
 でも、喉に冷たい刃をが当たった時、ふとあのひとの姿が浮かんだ。
 泣きながら、自分は自分だと、強くなりたいと叫ぶ彼の声が聞こえた。
 あの子供のように彼を救うことは自分には絶対できない。
 自分の存在はあのひとにとってあまりにも無価値だ。
 それでも……それでも、あのひとをこのままの状態で置いていくことなどできなかった。
 生き延びることの恥も、怪我の痛みも、それに比べたら何ほどのことでもなかったのだ。
「あのひとのために使う命やと思たら価値がでてきましたんや。」
「しかし、それはどっちにしてもただの自己満足だ。」
 非情にもそう切って捨てて、マーカーは弟子の横顔を鋭く見た。
「あのひとが一番愛しているのは弟君だ。そして、あのひとを一番愛しているのはマジック様だ。結局のところ、どうあがいてもおまえは二番手にしかなれない。」
 アラシヤマの顔色が少しだけ変わった。
 あのひとの愛情がどこに向かってもそれは自分が感知し得ることではない。
 けれど、どれだけ彼を想っても、彼の父親になることができたあの男には勝てないことは、悔しいのだろう。
「それでも、あのひとが欲しいか?」
 マーカーは一歩アラシヤマに向けて踏み出した。アラシヤマの肩が一瞬揺れたが彼は身をひくことはなかった。
 低い声が、蛇のように地を這い彼の身体を上って耳に入り込む。
「なら、あのお二方のうちどちらかを殺してみろ。それこそ命がけでいけば、眠られているコタローさまなら殺せるかもしれないぞ。」
 蛇が脳にぐるりと巻き付き、その鱗がついた躯で柔らかいそれを刺激した。
「死んでも、生き延びても、あのひとは決しておまえを許しはしない。寝ても覚めてもおまえのことばかり想うだろう。誰かを憎みきることができない甘ちゃんなあのひとの唯一特別な人間になれる。」
 枝をつかんでいるアラシヤマの腕が小さく震えている。
 想像上のあのひとの憎しみはそれこそ身を灼かれるほどに熱いのだろう。
 それこそ、この弟子が一番欲しいものそのものなのだから。
 あの命をかけた炎で一緒に燃え尽きたかったのは、たったひとり。
 アラシヤマは目を伏せた。長いまつげが紗のように降り、そこに映し出された彼の内面を隠す。
 ―――――――長く思えたが、迷いはほんの数秒だった。
 彼の手が離れ、自由になった枝がぴんとしなって大きく弧を描いた。
「やめときますわ。」
 アラシヤマはため息をついて苦笑した。
「言いましたやろ。お師匠はん。わてはあのひとのためやったらなんだって捨てられます。自己満足で結構。」
 別に二番手も構わない。
 つまり、それほどにあのひとを愛してくれるなら、自分があのひとを想うよりあのひとを想ってくれる人間の存在なんて奇跡に近い。そう思うほどに、人がもてる限りのすべてをあのひとに傾けている自信がある。
 あのひとが愛している存在をあのひとから取り上げるなんて、そんな悲哀をあのひとに味合わせることなんて決してできない。


 
「中途半端でええんどす。」



 あのひとを守ってか恰好よく死ぬこともできず、あのひとの敵になることもできない半端な自分のままでいい。
 そのスタンスのままで、あのひとについていくことができるなら。
 あのひとの作る未来をこの目で見ることができるなら。
 あのひとが幸福になるところを見ることができるなら。
 それがかなうなら、せいぜいこの場所であがき続けていよう。
 アラシヤマはきっぱりと言った。
「わては、それでええ。」
 半分は自分に言い聞かせているかのような言葉だったが、アラシヤマがそう言い切るとマーカーはやはり何を考えているかわからない顔で受け止めた。
「わかった。それならそのまま愚かでいろ。」
 冷たく言い放ち、彼は弟子に背を向けた。
 アラシヤマは黙ってその姿を見送る。
 数歩離れたところで彼が小さく呟いた言葉が、アラシヤマの耳に届いた。






「月は消えることは決してないからな。」





 決して手が届かない存在。
 それでも、それは空から消えることはない。
 人が見上げさえすればそれはいつでもそこにある。
 













end




040605


2007/3/18


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