キミはキュートな子猫ちゃん
ガンマ団一多忙な二人の総帥と補佐官。
本日は久しぶりの一日オフだ。
「今日はおまえはどうするんだ?」
ついでだからと一緒に摂った朝食時にキンタローに聞かれ、シンタローは決まってるだろ、と答えた。
「一日ずーっとコタローの側にいる。」
「それはいいが、伯父貴もいるだろ? いいのか?」
キンタローのもっともな指摘にシンタローは顔を顰めたが予定を変更する気はさらさらなかった。
「まあ、それはイヤだけどさ。コタローの顔、ゆっくり見られるなんてめったにないからな。」
おまえはどうする?
聞かれて、キンタローは本を一冊取り出して見せた。
「高松に借りた本だ。ちょうどいいから読んでしまう。」
その厚さはおよそ10cmはあった。字の大きさを見ると、それこそ蟻のようなものがぎっしりと詰まっている。
シンタローも読書は嫌いな方ではなかったが、さすがにその内容量には辟易して視線を逸らした。
「ま、ゆっくり読書に励め、明日からはまた仕事だからな。」
そういうことで、シンタローは早速、コタローの眠る病室へと赴いたのだった。
―――ついてない。
30分後、シンタローは舌打ちしながら私邸へと引き上げてきた。
病室に着いてみると、スケジュールの変更により一日検査ということで、コタローとの面会はかなわなかったのだ。
コーヒーでも飲もうと、キッチンに向かってサイフォンをセットする。
琥珀色の液体がこぽこぽ音をたてている間、新聞に目を通していたが特に目新しいニュースはない。
世の中平和で大変結構なことだ。
がさがさと新聞を畳み直し、ふと目を上げると自室にいるはずのキンタローが何故かそこに座っている。
あの大きな本を抱えて。
「飲むか?」
「ん。」
目を離さず、短く答えるキンタローのカップを取り出し、自分の分と一緒に注いで渡してやった。
ちょうど、飲みたくなって降りてきたところに自分がいたから待っていたのだろう。
ちゃっかりしてるな。
シンタローは苦笑して、自分のマグカップを手にテラスへと移動した。
スプリンクラーがひゅんひゅん回って、青い地面に水を撒いているのが涼しげだ。
子供の頃はグンマと二人その飛沫の周りで遊んではびしょびしょになっていたものだ。
たまに早く帰ってきた父親かたいていは高松に発見されて強制的にシャワーと着替えの後の昼寝、それからかき氷が待っていた。
自分はみぞれが好きだったが、グンマは練乳と苺という甘ったるいシロップをたっぷりかけていた。
あれで虫歯にならないアイツの歯って、たいがい丈夫っつーか…。
風が頬をかすめシンタローは知らず微笑んだ。
この前まではほんの少し肌寒かったそれが心地よい。
あー、もう夏だな。
コタローに新しいパジャマとタオルケット用意してやんないと。
ずずっとコーヒーをすすって、ふと向かいの椅子を見ると何故かキンタローが座っている。
やっぱり読書の体勢のままで。
シンタローは首を傾げたが、そのうち日差しが強くなってきたので室内に戻った。
居間にカップを置いて、グンマが一週間前から冷凍庫にいれっぱなしのアイスクリームを取りに行く。
かき氷にはまだ早いが、ひんやりした甘さが、コーヒーで酸っぱくなった口にちょうどいいような気がしたからだ。
たくさん、買い置きはあるし、ひとつくらい食べても怒りはしないだろう。
冷凍庫の引き出しを開けて、その容器に印刷された可愛らしい色彩にシンタローはげんなりした。
「バナナ味にストロベリー…、せめて、チョコとかラムレーズンとかシンプルにバニラとかの選択肢はないのか、アイツ。」
少し、考えて一番マシそうなオレンジをとる。
某高級アイスのメーカーなので、ほかのものより甘さは控えめだろう。
アイスクリーム用のスプーンもあるが、冷たい金属が舌にあたる感触がいやので、グンマが捨てようとしたのをとっておかせた木のへらを探して、居間へ戻った。
――――そして、やはり、キンタローはそこにいた。
ソファーに座って相変わらず読書に夢中だ。
シンタローが戻ってきたことに気づいた様子もない。
……いいけどな、別に。
シンタローは彼にはとうてい理解できない、またしたくもない植物学の研究書に没頭している従兄弟の横にどっかりと腰を下ろした。
キンタローはちらっとも目を上げない。よっぽどおもしろいらしい。
アイスクリームのふたを開けて、その中に混ざり込んでいるオレンジ色の粒を警戒しつつ、食べてみると結構美味しい。つぶつぶはオレンジピールを細かく刻んだものらしく、これくらいならシンタローの許容範囲だった。
それにしても、と従兄弟を横目でちらっと見る。
さっきから、自分のいるところいくところに着いてくる。
かといって、話しかけるどころか目を合わそうともしない。まるっきり読書に夢中だ。
嫌がらせをしているわけでもないだろうに。
しばらく、考えたシンタローはあの島での生活を思い出した。
パプワもシンタローが料理をしている時、手伝いもせずに踊っていたり、洗濯物を始めると庭で忙しそうなシンタローに気を遣うこともなくチャッピーとテコンドーの練習をしたりと―――ようするに、いつもシンタローの周りで遊んでいたのだ。
そして、シンタロー自身も子供の頃、父親が家にいる時は一緒に遊んでもらう時以外でも、その姿が見えるところにいるようにしていた。
ちなみに、現在はというと、父親がシンちゃんシンちゃんとまとわりついてくるので鬱陶しい。
キンタローのこの行動は、ようするに小さい子供が無意識に親の近くにいようとするアレなのだ。たぶん。
シンタローは気づかれないようくすっと笑った。
クソ重たい本を小脇に、いつのまにかいなくなったシンタローを探して、きょろきょろ周りを見回しているキンタローの姿が目に浮かんで、おかしくなったのだ。
従兄弟はシンタローの微笑に気づいた風もなく、その目は膝の上の紙の上を熱心にたどっている。
さすがにネクタイはしめてはいないが、休日だというのにきっちりとした服装をしており、どこから見ても平均以上に立派な成人男子だ。とても、母親を捜してうろうろしている子供のような彼は想像がつかない。
パプワも必要以上に大人びてこましゃくれた少年だったが、そんなことに気が付いた時、ああ、やっぱりまだ子供だなぁと思って、愛おしいような切ないような気分になったりしたものだった。
……今、彼の側にいる生物たちは彼を子供として扱ってくれているだろうか。
いつも、はあの生意気な子供は好まないだろうから、たまに、でいい。
甘えることをしない彼が、本当は子供なんだと知ってくれているならそれでいい。
甘さ控えめといっても三分の一ほど食べるとさすがに飽きてきた。
最初は心地よく感じた甘さも今は舌にまとわりついてくるようだ。
かといって、食べ物を粗末にはできない主婦根性の染みついたシンタローだった。
あー、もういいや、グンマ帰ってこないかなー、押しつけるのに。
24時間甘いものオッケーの舌と胃袋の持ち主の早い帰宅を祈っていたシンタローは、ふとあることを思いついた。
「キンタロー。」
呼びかけたが、まったく無反応だ。
よほどおもしろい本らしい。
好都合だと、シンタローは半分溶けかけたアイスを掬って従兄弟の口元に持っていく。
「はい、ア~~ン。」
ぱく。
アイスのしずくが本へ落ちるのを防ぐためか、またはまったくの条件反射か、キンタローはその木のスプーンに食いついた。
「よしよし。」
シンタローはにんまりと笑って、そのスプーンをゆっくり引き抜く。
キンタローはというと、口の中の異物をまったく意に介していないように本から目を離さない。
それをいいことにシンタローは次から次へとキンタローの口元へとツバメの親のようにアイスを運び、彼もおとなしく口を開けた。
みるみるうちに甘ったるいアイスのかさは減っていき、ついには空っぽになった。
「はい、これでしまいな。」
うまくいった、とシンタローがひっこめようとした腕が、いきなりがしっと捕まれた。
キンタローがゆっくりと顔を上げる。
青い双眸がぴたりと自分を見据えていた。
その目に何かやばいものを感じたシンタローにキンタローは言う。
「足りない。」
捕まれている腕と反対側の肩に手を置かれ、シンタローはひきつった。
「いや、だって、もう無い…し…。」
「足りない、と言っている。」
なら、違うのとってきてやる、という提案はキンタローの口によって塞がれてしまった。
甘……、とシンタローが顔を顰めるにも構わず、そのオレンジ味のキスはかなり、長く、おまけに後をひくようなしろものだった。
唇が離れると少しだけ顔を赤くしたシンタローはキンタローを睨みつける。
「ガキはおとなしく勉強してろよな。」
「もうした。だから、『おやつ』の時間だろう。」
しれっと答えると、キンタローはその言葉通り本を閉じたのだった。
end
040607
改稿日050924
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ガンマ団一多忙な二人の総帥と補佐官。
本日は久しぶりの一日オフだ。
「今日はおまえはどうするんだ?」
ついでだからと一緒に摂った朝食時にキンタローに聞かれ、シンタローは決まってるだろ、と答えた。
「一日ずーっとコタローの側にいる。」
「それはいいが、伯父貴もいるだろ? いいのか?」
キンタローのもっともな指摘にシンタローは顔を顰めたが予定を変更する気はさらさらなかった。
「まあ、それはイヤだけどさ。コタローの顔、ゆっくり見られるなんてめったにないからな。」
おまえはどうする?
聞かれて、キンタローは本を一冊取り出して見せた。
「高松に借りた本だ。ちょうどいいから読んでしまう。」
その厚さはおよそ10cmはあった。字の大きさを見ると、それこそ蟻のようなものがぎっしりと詰まっている。
シンタローも読書は嫌いな方ではなかったが、さすがにその内容量には辟易して視線を逸らした。
「ま、ゆっくり読書に励め、明日からはまた仕事だからな。」
そういうことで、シンタローは早速、コタローの眠る病室へと赴いたのだった。
―――ついてない。
30分後、シンタローは舌打ちしながら私邸へと引き上げてきた。
病室に着いてみると、スケジュールの変更により一日検査ということで、コタローとの面会はかなわなかったのだ。
コーヒーでも飲もうと、キッチンに向かってサイフォンをセットする。
琥珀色の液体がこぽこぽ音をたてている間、新聞に目を通していたが特に目新しいニュースはない。
世の中平和で大変結構なことだ。
がさがさと新聞を畳み直し、ふと目を上げると自室にいるはずのキンタローが何故かそこに座っている。
あの大きな本を抱えて。
「飲むか?」
「ん。」
目を離さず、短く答えるキンタローのカップを取り出し、自分の分と一緒に注いで渡してやった。
ちょうど、飲みたくなって降りてきたところに自分がいたから待っていたのだろう。
ちゃっかりしてるな。
シンタローは苦笑して、自分のマグカップを手にテラスへと移動した。
スプリンクラーがひゅんひゅん回って、青い地面に水を撒いているのが涼しげだ。
子供の頃はグンマと二人その飛沫の周りで遊んではびしょびしょになっていたものだ。
たまに早く帰ってきた父親かたいていは高松に発見されて強制的にシャワーと着替えの後の昼寝、それからかき氷が待っていた。
自分はみぞれが好きだったが、グンマは練乳と苺という甘ったるいシロップをたっぷりかけていた。
あれで虫歯にならないアイツの歯って、たいがい丈夫っつーか…。
風が頬をかすめシンタローは知らず微笑んだ。
この前まではほんの少し肌寒かったそれが心地よい。
あー、もう夏だな。
コタローに新しいパジャマとタオルケット用意してやんないと。
ずずっとコーヒーをすすって、ふと向かいの椅子を見ると何故かキンタローが座っている。
やっぱり読書の体勢のままで。
シンタローは首を傾げたが、そのうち日差しが強くなってきたので室内に戻った。
居間にカップを置いて、グンマが一週間前から冷凍庫にいれっぱなしのアイスクリームを取りに行く。
かき氷にはまだ早いが、ひんやりした甘さが、コーヒーで酸っぱくなった口にちょうどいいような気がしたからだ。
たくさん、買い置きはあるし、ひとつくらい食べても怒りはしないだろう。
冷凍庫の引き出しを開けて、その容器に印刷された可愛らしい色彩にシンタローはげんなりした。
「バナナ味にストロベリー…、せめて、チョコとかラムレーズンとかシンプルにバニラとかの選択肢はないのか、アイツ。」
少し、考えて一番マシそうなオレンジをとる。
某高級アイスのメーカーなので、ほかのものより甘さは控えめだろう。
アイスクリーム用のスプーンもあるが、冷たい金属が舌にあたる感触がいやので、グンマが捨てようとしたのをとっておかせた木のへらを探して、居間へ戻った。
――――そして、やはり、キンタローはそこにいた。
ソファーに座って相変わらず読書に夢中だ。
シンタローが戻ってきたことに気づいた様子もない。
……いいけどな、別に。
シンタローは彼にはとうてい理解できない、またしたくもない植物学の研究書に没頭している従兄弟の横にどっかりと腰を下ろした。
キンタローはちらっとも目を上げない。よっぽどおもしろいらしい。
アイスクリームのふたを開けて、その中に混ざり込んでいるオレンジ色の粒を警戒しつつ、食べてみると結構美味しい。つぶつぶはオレンジピールを細かく刻んだものらしく、これくらいならシンタローの許容範囲だった。
それにしても、と従兄弟を横目でちらっと見る。
さっきから、自分のいるところいくところに着いてくる。
かといって、話しかけるどころか目を合わそうともしない。まるっきり読書に夢中だ。
嫌がらせをしているわけでもないだろうに。
しばらく、考えたシンタローはあの島での生活を思い出した。
パプワもシンタローが料理をしている時、手伝いもせずに踊っていたり、洗濯物を始めると庭で忙しそうなシンタローに気を遣うこともなくチャッピーとテコンドーの練習をしたりと―――ようするに、いつもシンタローの周りで遊んでいたのだ。
そして、シンタロー自身も子供の頃、父親が家にいる時は一緒に遊んでもらう時以外でも、その姿が見えるところにいるようにしていた。
ちなみに、現在はというと、父親がシンちゃんシンちゃんとまとわりついてくるので鬱陶しい。
キンタローのこの行動は、ようするに小さい子供が無意識に親の近くにいようとするアレなのだ。たぶん。
シンタローは気づかれないようくすっと笑った。
クソ重たい本を小脇に、いつのまにかいなくなったシンタローを探して、きょろきょろ周りを見回しているキンタローの姿が目に浮かんで、おかしくなったのだ。
従兄弟はシンタローの微笑に気づいた風もなく、その目は膝の上の紙の上を熱心にたどっている。
さすがにネクタイはしめてはいないが、休日だというのにきっちりとした服装をしており、どこから見ても平均以上に立派な成人男子だ。とても、母親を捜してうろうろしている子供のような彼は想像がつかない。
パプワも必要以上に大人びてこましゃくれた少年だったが、そんなことに気が付いた時、ああ、やっぱりまだ子供だなぁと思って、愛おしいような切ないような気分になったりしたものだった。
……今、彼の側にいる生物たちは彼を子供として扱ってくれているだろうか。
いつも、はあの生意気な子供は好まないだろうから、たまに、でいい。
甘えることをしない彼が、本当は子供なんだと知ってくれているならそれでいい。
甘さ控えめといっても三分の一ほど食べるとさすがに飽きてきた。
最初は心地よく感じた甘さも今は舌にまとわりついてくるようだ。
かといって、食べ物を粗末にはできない主婦根性の染みついたシンタローだった。
あー、もういいや、グンマ帰ってこないかなー、押しつけるのに。
24時間甘いものオッケーの舌と胃袋の持ち主の早い帰宅を祈っていたシンタローは、ふとあることを思いついた。
「キンタロー。」
呼びかけたが、まったく無反応だ。
よほどおもしろい本らしい。
好都合だと、シンタローは半分溶けかけたアイスを掬って従兄弟の口元に持っていく。
「はい、ア~~ン。」
ぱく。
アイスのしずくが本へ落ちるのを防ぐためか、またはまったくの条件反射か、キンタローはその木のスプーンに食いついた。
「よしよし。」
シンタローはにんまりと笑って、そのスプーンをゆっくり引き抜く。
キンタローはというと、口の中の異物をまったく意に介していないように本から目を離さない。
それをいいことにシンタローは次から次へとキンタローの口元へとツバメの親のようにアイスを運び、彼もおとなしく口を開けた。
みるみるうちに甘ったるいアイスのかさは減っていき、ついには空っぽになった。
「はい、これでしまいな。」
うまくいった、とシンタローがひっこめようとした腕が、いきなりがしっと捕まれた。
キンタローがゆっくりと顔を上げる。
青い双眸がぴたりと自分を見据えていた。
その目に何かやばいものを感じたシンタローにキンタローは言う。
「足りない。」
捕まれている腕と反対側の肩に手を置かれ、シンタローはひきつった。
「いや、だって、もう無い…し…。」
「足りない、と言っている。」
なら、違うのとってきてやる、という提案はキンタローの口によって塞がれてしまった。
甘……、とシンタローが顔を顰めるにも構わず、そのオレンジ味のキスはかなり、長く、おまけに後をひくようなしろものだった。
唇が離れると少しだけ顔を赤くしたシンタローはキンタローを睨みつける。
「ガキはおとなしく勉強してろよな。」
「もうした。だから、『おやつ』の時間だろう。」
しれっと答えると、キンタローはその言葉通り本を閉じたのだった。
end
040607
改稿日050924
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