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msr
告解









「ねぇねぇ、シンちゃん。L国の名産は乳製品なんだって。おみやげに買って帰って、チーズケーキ作ってね。」 
 ガイドブックを開いて、顔につきつけてくるのをちらっと横目で見ただけで、シンタローは返事もせずに頬杖をついた姿勢を崩さない。
 眼下に広がる途切れることのない雲海を見ることによって、彼の横でうきうきと勝手にプランを組み立てている父親に怒鳴りつけたいのを我慢している。
「車の手配して、郊外の牧場の直売所までいっしょにドライブ……待てよ、公園でアイスクリーム食べながら散歩っていうのも捨てがたい。うーん、時間が限られてるから慎重に選ばないと…シンちゃんはどれがいい?」
 ね、と重ねられた手を邪険に振り払い、シンタローは凶悪な目つきで父親を睨みつけた。
「俺は『仕事』だ。アンタもな。」
「えーっ、シンちゃんたら、本当によその国の戴冠式なんか列席するつもりだったのー。」
「あったりまえだっ! っていうかてめーはなんのつもりだったんだ?」
「そりゃ、シンちゃんと出張にかこつけた二人っきりの親子水入らずデート。」
「あー、とうとうぼけたか。誰が二人っきりだ、ちゃんとテメーの秘書もいるだろーが。」
 もっともな指摘にマジックは、そうだねぇ、と二人を見る。
「おまえたち、すぐに降りなさい。」
「馬鹿かっ! あっ! ティラミス、おまえも素直に救命具なんか取り出してんじゃねぇっ! いいからっここにいろ。総帥命令だ!」
 長年のつきあいのため、無茶な命令に逆らっても無駄だとばかりに、おとなしく従うティラミスを必死で止めるシンタローの気持ちをさらに逆撫でするかのようにマジックが、シンちゃん横暴、と抗議の声をあげる。
「あー、そーか。シンちゃんてば人に見られた方が燃えるタイプなんだ。」
 シンタローのまなじりがつり上がるのを見てとったチョコレートロマンスがあわてて、口をはさむ。
「総帥っ! ここは空の上ですっ。お願いですから眼魔砲は船を降りるまでお待ちください。」
 心の底からの叫びに、マジックが部下に向かってにっこりとほほえみかけた。
「………ほほう、その後はうってよいと……イイ度胸だねぇ。」
 ぴしりと固まったチョコレートロマンスを後目にティラミスがスケジュールを確認する。
「飛行場に送迎車が待機していますので、とりあえず、迎賓館へ通された後、他の出席者と共に食事、それから境界の方へ場所を移し、戴冠式が始まります。こちらはボディガードといえど招待者以外は立ち入り禁止になりますので、くれぐれもお気をつけください。その後の晩餐会の後、お迎えにあがります。」
 細々と式典の細かい時間配分などを何も見ないで立て板に水のごとく話すティラミスに、今回おいてきた自分の補佐官を思い出す。
 今回招待状が新、旧総帥宛になっているため、まさか三人も主だった一族が団を留守にするわけにもいかず、置いてきたのだったが、しばらくは無言で拗ねていた。
 逆に久しぶりにシンタローと『二人でおでかけ』できるとうきうき準備しているマジックの暴走をグンマが無責任にも煽るのも抑えなくてはいけないし、またそれを見て一人静かに怒っているキンタローを宥めなくてはいけないし、と出発前にすでにへとへとだった。
 あの喧噪を思い出してげんなりしているシンタローとは別の意味でマジックもその分刻みのスケジュールにショックを受けていた。
「ティラミス、その最後の晩餐会なんとか欠席できるようにして、ここかここのレストランに予約……。」
「テメー……本気でその口閉ざしてやろーか。」
 飛空艦が破壊されるまえに目的地に着けたのはある意味奇跡に近かった。

 









 世の中にはさっぱり納得がいかないことがある、ということをシンタローはしみじみと昼食の席で感じた。
 いやなことに同じデザインのスーツを着た隣に座っている父親に、各国の招待客が我先にと話しかけているのだ。
 一応、彼は旧時代の象徴であり、極悪非情を以て知られる覇王だったのだが、女性にはそれもたまらない魅力のひとつらしい。
 そういえば、シンタローが幼少のみぎりは、さまざまな事情から別居していることが多いとはいえ妻帯者であったにも関わらず、こうした場では父親の周りは美しい女性が群がっていた。
 こ~~んなのの、どこがいいんだか。
 ぐさっとナイフを魚につきたてると、マジックが眉をひそめた。
「シンちゃん、お行儀悪いよ? ナイフとフォークがうまくつかえないなら、パパが切ってあげようか?」
 幸いなことに日本語だったため、周囲には意味がわからなかっただろうが、シンタローは真っ赤になった。
 ぎりぎりと奥歯を噛みしめ、もう一度心の中で叫ぶ。
 こんな阿呆のどこがいいんだぁぁぁぁっ!
 シンタローが必死で怒りを堪えていると、近寄ってきたボーイが控え室の秘書からの伝言を耳打ちした。
「シンタロー?」
 立ち上がったシンタローにマジックが声をかけたが、彼はむっつりとしたまま返事もせず、広間から出た。
 ちらり、と肩越しに見てみれば、さすがに人前で「シンちゃんが冷たいっ」と大泣きすることもできず、紳士然としてさわやかな笑顔をご婦人方に振りまいている父親の姿に、シンタローは、けっ、と、舌を出したのだった。




 案内された部屋に入ると、チョコレートロマンスが一礼して出迎えた。
 ティラミスは他の場所に出向いているらしく、留守番は彼一人だった。
「お呼び立てしまして、もうしわけありません、こちらです。」
 差し出された携帯電話を耳に当てると、自分の補佐官の声が流れてきた。
「シンタロー、無事か?」
「無事って、ここは別に敵国じゃねぇぞ。」
 総帥二代が招待されただけあって、この国は以前からガンマ団とは比較的友好関係にあった。それに今回は戴冠式に列席ということが仕事であって、別に戦いに来ているわけではないのだから、開口一番「無事か」はないだろう。
 人のことは言えないが環境に毒されている。コタローも気をつけないといけないな、とシンタローはしみじみと決心した。
 しかし、キンタローの懸念はそんなものではなかった。
「マジック伯父貴と二人っきりで出かけることが危険なんだ。」
 脱力しそうになって、シンタローは思った。
 やはり、そーとー毒されている。
「…ふたりっきりじゃねぇよ。チョコレートロマンス達もいるし、団員もかなり随行しているし……。」
「シンタロー、何人いようと伯父貴はその気になればいつだって『二人っきり』にしかねないぞ。」
 淡々と怖いことを言っている。
 実際たくらみかけたしな、と機内でのやりとりを思い出して、シンタローは顔をひきつらせた。
「それから……。」
 ところが、急に激しいノイズが入った。式典の進行のために、あちこちで使われている無線や通信機器のせいだろうと予測はつく。
「おい、キンタロー、切るぞ。後でな。」
 聞こえるかどうかわからないが、一応ことわっておいてから、切断ボタンを切った。
「圏外だとさ。」
 シンタローが放り投げた携帯電話を両手でキャッチしてチョコレートロマンスは、飛空艦の通信システムから連絡をとろうかと提案したが、シンタローは首を横に振った。
「いい、どうせ、今日の夜には帰るし、明日には聞けるだろう。」
 どうせ、メインはあの二人っきり云々のことだったし、とシンタローはこめかみを抑えた。
 オヤジといい、あの従兄弟といい、出張と旅行を一緒にしているのではないか。
 そういえば、とシンタローはふと思い返した。
 こうやって、オヤジと出かけるなんて何年ぶりだったっけ。
 確かに、ガキの頃以来だな。
 なまじ、『普通の家庭』というものを知らなかったから、よそに比べて家族のお出かけとやらが少ないことに対してそれほど不満に思ったことはなかったが、よくまあ総帥があれだけ外出できたものだと思う。
 仕事の忙しさもさることながら、総帥とその後継者の外出ともなればセキュリティがどうしてもおおがかりなものにならざるを得ない。
 たまに、外に連れ出される時も、目に見える護衛官以外にもおそらく数十人は変装して付き従っていただろう。
 ただ、あの父親を倒せるだけの人間がこの世にいるとは思えないので、その必要があったかどうかは正直なところ不明だ。
 大きくなるにつれ、自分は父親と距離をとりはじめたので、今回は確かに久しぶりの二人での外出である。
 非常に不本意なことだが。
 けれど、本当のところはマジックが言うとおりの「親子水入らず」ではない。
 コタローは依然として眠りについたままだし、自分はマジックの息子ではない。
 もちろん、周りは今も自分をマジックの総領息子として扱うし、自分も彼を父と呼ぶ。
 それでも何も知らなかった頃のようにはいられない、いや、いていいのだろうかと罪悪感に苛まされていることを、マジックは知っているのだろうか。
「シ~~ンちゃ~ん。」
 ドアが大きく開き放たれるのと同時に、脳天気な声とともに本人が飛び込んできた。
 ……絶対、考えもしていないだろう。
 シンタローは、肩越しにマジックを睨みつけた。
「ンだよ?」
「なかなか、帰ってこないから迎えに来たんだよ。もうそろそろ、時間だしね。」
 言われて腕時計を見て、シンタローもあわてた。
「やっべー、そろそろ教会へ行かないといけねぇ。おい、チョコレートロマンス。」
「はい。」
「式典は招待客以外立ち入り禁止だし、その後はパーティだけだから、おまえは先に飛空艦に戻っておけ。」
「いえ、私の任務はお二人のお世話ですから、こちらでお待ちします。」
「自分の世話ぐらい自分でする。いいから帰れ。」
 しかし……、となおも渋るチョコレートロマンスにマジックがにこにこ笑って手を振った。
「シンちゃんが言うんだから、帰りなさい。命令だよ。」
 いつのまにかその間の距離を縮めていたらしくシンタローの肩を抱き寄せる。
「それともなにかい、まーだ、私とシンちゃんの間を邪魔するのかな?」
「じゃ、邪魔なんてしてませんっ!」
 秘石眼の奥底に剣呑な光を見てしまった秘書が、とんでもない言いがかりに蒼白になるがマジックの追求は厳しい。
「いーや、した。シンちゃんを私の側から呼びつけただろう。せっかく二人で食事していたのに。」
 ひー、と声にならない悲鳴をあげるチョコレートロマンスだったが、総帥の拳骨のおかげでとりあえずの命の危機は脱出した。
「あほかっ! どこが二人だ! 百人以上はいたぞ!」
「そ、それでは、ワタクシは鑑で待機しておりますっ! お迎えにはあがりますので! ……マジック様、ご無事をお祈りいたします……。」
 チョコレートロマンスはそそくさと逃げ出し、後には一触即発の親子のみ。
 切れ気味の息子を前に、殴られた頭を抑えながらも元総帥はめげなかった。
「ははは、たとえ数万人いたとしても、パパにはシンちゃんしか目に入っていないから、世界はいつも二人きりなのさっ!」
 相変わらず、歯が浮きまくりの台詞に、シンタローは半眼で父親を見上げる。
「へぇ、あちこちのオバサンたちと話してたじゃねぇか。アンタ、見えない相手に愛想ふりまいてるんだ。」
 その言葉にマジックは、相好を崩し、シンタローの顔をのぞき込む。
「え、それって、もしかしなくても、ヤキモチ? だいじょ~ぶ、パパの本当の笑顔はみ~んなシンちゃんのものさ。」
「ちっがーうっ! そんなもん燃えないゴミに出してやる。俺はただアンタがへらへらしてると俺まで巻き添えになるから……。」
「赤くなってるよ、シンちゃん。」
 か~わ~いい、とぎゅううと抱きしめられ、シンタローはぶんぶんと手を振り回したがすっぽんのようにしがみついたまま離れない。
「やめろ~~~!!」
 叫びながら、シンタローは先ほどのキンタローの言葉を思い出して、げっそりとなった。



 
 
「シンタロー、シンタロー、待て! 気になる情報が…切れた。」
 舌打ちしてソファーに受話器を放り投げるキンタローを、クッションを抱えて寝転がっていたグンマが、まあまあ、と取りなした。
「おとーさまがついてるから大丈夫だよ、キンちゃん。シンちゃんにべったりだろうしね。」
 自分より伯父の方が頼りになるといわれたことに自尊心を傷つけられたのか、はたまた『べったり』が気に入らなかったのか、キンタローは口をへの字に曲げた。
 シンタローが出発してから、キンタローの元に入ってきた報告に気になる情報があった。 後継者を選ぶ際に小さないざこざがあり、その際裏の世界にL国の人間らしい者が接触を図ったというものだ。
 ありふれた小競り合いにしか過ぎないし、解決もしているが、それでも不安要素が残る場所に自分がいないところに行かせるなど、知っていたら絶対させなかった。
「一応、護衛官も何人かついていってるし、おとーさまのことだから、暗殺者だろうが一般客だろうが、自分以外には指一本触れさせないでしょ。」
 さすがに、ガンマ団で彼らの従兄弟、甥として過ごしてきたキャリアの差か、グンマにはたいして危機感が無かった。
 正真正銘本人が命をねらわれることも多々あって場数を踏みすぎたせいか、逆に今更巻き添えごときでどうこう思えないのだろう。
「だーいじょうぶだって、キンちゃん心配しすぎ~。」
「……だといいんだがな。」
 キンタローは顎に指をあて、物思わし気に考え込んでいた。




 
「いい加減、ひっつくのはやめろって。」
「ええ~、ケチ。」
 抗議の声を上げる父親を押しのけて、シンタローは歩調を早めた。
 結構時間が迫っている。招待された側として、進行の妨げになるようなことは慎むべきだろう。
 広間に近づくと、ちょうど案内係がそれぞれ招待客を先導しているところだった。
 何気なく混ざった時、「ガンマ団総帥」と自分を呼ぶ声がしたので、振り返ると随分身なりのいい男性が、父親に近づいていった。
「ご健勝でなにより。」
 まっすぐ、父親に向かって話しかける彼を見てシンタローはため息をついた。
 いくら代を交代して日が浅いとはいえ、間違えられるというのはやはり自分に貫禄がついていないからだろう。
 マジックはにこやかな表情を崩さずに、その男に家督を譲ったと自分を紹介した。
「え、そちらが…あ、いや、失礼。最近、ごたごたしておりましたので、国外の情報に疎くて…。」
 男はこの国の現王の従兄弟だと名乗り、あわただしく挨拶をすませ、去っていった。
 シンタローは、胸にかかった自分の髪を見下ろした。
 おそらく、ここにいたのが、キンタローだったり、グンマだったらこんなことは起こらなかっただろう。
 青の一族に金髪、碧眼しか産まれないというのは、そこそこ知られている噂だ。
 誰が語らなくてもここ数代の総帥とその家族を見れば一目瞭然なのだから。
 はっきりそうとは知らなくても、父親や叔父の姿を見慣れた人間はシンタローの黒髪と瞳を見ると一様に訝しげな表情になる。
 おかしいじゃないか、全然似ていない、と。
 もちろん、そんなことを口にしたら最後その人間の命は無くなったに違いないので、誰も面と向かっては言わなかったが。
 子供の頃はともかく、士官学校を卒業する頃には、気にしなくなっていた。いや、気にしないようにしていた。
 こんなことには慣れっこだったから、いちいち腹を立ててもしかたがない。
「シンタロー。」
「……なんだよ?」
「おまえは私の息子だよ。」
「……わかってるよ。」
 それが真実だと信じていた頃の父親は、こんなことをいちいち言わなかった。
 でも、今は、まるで自分の中のほんのかすかな不安を見抜いているかのように、『当たり前の事』を口にする。
 周りから指摘されるとおり、マジックの自分に対する溺愛ぶりは真実を知ってからも、まったく変わることはない。それどころか、ここ最近ひどくなる一方だ。
 暇が増えた分、人形がさらに増え、なにかというと構いたがる。
 実の息子と分かったグンマに対してはどうかというと、今までと呼ばれ方以外まったく変わらない。
 一度たまりかねて、グンマに少しは引き受けろと文句をつけたところ、即座に拒否された。
「二倍になったら僕が家出する。」
 高松の過保護ぶりも、確かにいい勝負なのでグンマの言い分ももっともだった。
 
 しかし、心のどこかでそのことをほっとしている浅ましい自分をシンタローは恥じていた。

 愛情が当たり前のように注ぎ続けられることを、自分に一心に向けられている恐ろしいほどの執着が永遠にやまないことを、シンタローは一度も疑ったことが無かったのだ。
 あの時まで。

『私はおまえの父ではない』

 自分は父親より、あの少年を選んだ。
 その前には父親より、弟を選んだ。
 
 もちろん、その時は親子の断絶を覚悟していたつもりだったのだ。
 あの父親は親子の情より、己の責務を優先させる、そういう男だと一番よく知っていたはずなのに。
 ああ言うだろうと予想していたのに。
 自覚しない部分で、彼は『自分だけ』は手放せないだろうと確かに思いこんでいたのだ。
 そして、マジックはシンタローの予測通りの言葉を吐き、シンタローの中にあった『絶対』を壊してしまった。
 あれを言った時の父親の顔は見ていない。
 なのに、今頃になって、たまに、想像の中で冷たい瞳で自分を見下ろす彼の姿が浮かぶのだ。
 あれが自分にとってどういう意味を持ったのか、マジックはきっと知らない。
 教えるつもりも、なじるつもりもまったくない。





「シンちゃん、人がいっぱいだよ。迷子になったらいけないから、パパと手をつなごうね。」「己の左手と右手でつないでろ。」

 





 絶対に、そんなこと知られたくない。









 式典はやはり例によって長く退屈なだらだらしたものだった。
 こみ上げるあくびをかみ殺しつつ、自分の就任式はどうだったかをシンタローは考えていた。
 確か、やっぱりこれくらい長かったような気がするが、あまり印象に残っていない。
 自分にとっての襲名の儀式とやらは、どう考えても総帥座について父親と交わしたやりとりだったからだ。
 今、神の面前であれこれ誓いをたてている新王は自分が今から継いでいくものについて、どんなふうに考えているのだろう。
 不安だろうかそれとも、新しい自分の時代に向けての意気込みだろうか。
 それは同じような通過点をきた自分にも分からない。
 父親の場合は、幼い頃に前総帥である祖父が亡くなり、いやおうなしに少年のまま『総帥』にならざるを得なかったらしいが、詳しいことは聞いたことがない。
 そのあたりも教えてくれたのは父ではなく、叔父で、当時反抗期のまっただ中の自分への説教の前ふりだった。
 俺はオヤジとは違う、と当時憤慨しただけだったが、継いだ今、思い出すと違う感情がわいてくる。
 その話をしてくれた人間の思惑とはまったくかけ離れた悲しいような苦しいようなそんな想い。
 自分には見守ってくれる保護者や、信頼できる協力者や分かり合える半身がいる。
 けれど、その時の父親には頼れる人は誰もいなかったのだ。
 十代の細い肩にはこの赤い服は相当重かったはずだ。
 その時の父親を知らないが、もし目の前にいたら、どれほど嫌な顔をされても抱きしめたくなる気持ちをきっと抑えられないとそう思う。
 大丈夫だと、守ってやるとそう言いたくなるに違いない。
 もちろん、こんなこと当の本人には言ったことはない。
 おそらく
「十代じゃなくても、パパはいつでもオッケーだよっ。なでなでもスリスリもラブでもハグでもチューでもどーんときなさい。さあさあさあ!」
と、はぐらかされるのが目に見えている。
「今の王様と、新しい人って直接の血のつながりはないんだよな。」
「子供ができなかったからね。王族の血は薄いけど、なんでも、すごく遣り手らしいよ。」
「ふーん。」
 自分と似た状況だな、と考えると、妙に親近感がわく。そういえば冠を戴いたその髪はブロンドで、珍しいほどの長身といい、親族達を彷彿させた。
「アンタにちょっとだけ似てるな、あの人。」
 そう言うと、何を勘違いしたのか妙に真剣な声で尋ねた。
「あの人とパパどっちがかっこいい?」  
「……とりあえず、あの人の方が若いな。」
「若ければいいってもんじゃないよ、シンちゃん。大事なのは経験と体力と技とね。」
 くだらない主張を熱心に続ける声が大きくなっていくのを止めるために、シンタローはおもむろにマジックのつま先に己の足を乗せ体重をかけた。
 後は、園遊会で適当に挨拶を交わしてこの国との繋がりを確認すれば、仕事は終わる。
 横で、悲鳴を必死で我慢している父親を振り返りもせず、シンタローはやれやれとほっとしていた。




 
 式典はつつがなく終了し、最後の締めともなるシンタローの思うところの『バカ騒ぎ』が始まった。
 こんな時までべたべたと寄ってくる父親を邪険に突き放し、新たな人脈作りに協力させる。
 正直、俺様体質のシンタローにとってはこの手の作業は面倒くさい。コミュニケーションをとることがヘタでもなく、どちらかといえば人に好かれる方だとは自負しているが、必要以上に寄ってこられるのが嫌だ。
 いろいろなタイプとつきあってこそ人間の幅が広がるというのは分かるが、気に入った人間しか側に置きたくないし、話もしたくない。
 反対にマジックは、場慣れしているというか、ハンサムな顔立ちとやたら耳に心地よい声を駆使して、さらに目的を果たした対象をあしらう技にも長けているので、自分より効率がいい。
 そのうえ、自分が少しでも一人の人間と長く話していると、寄ってきてはすかさず、引き離すという作業までこなしているのだからすごいという他ない。
 あー、早く帰りてぇ~。
 ワインを一口飲んで、置かれているチーズを口に放り込むと確かに美味しかった。
 買って帰って明日キンタローと飲むときのつまみにでもするか、とシンタローは何の気無しに上を見上げた。
「……?」
 視界の端でその模様がぶれたような気がした。
 この大広間は吹き抜けになっており、壁面には色とりどりの飾り窓がはめ込まれている。その無数にあるステンドグラスのどこかに違和感のようなものを感じたのだ。
 長年培っていたカンが頭の中で黄色い信号をちかちか点滅させる。
 シンタローはぐるっと周りを見渡し、百合と聖母をモチーフにした飾り窓に目をとめた。
 何か光るものがカーテンとその窓の隙間から見えた。トップクラスの戦士である彼には見慣れたもの――ライフルだ。
 それが向いている方向を振り返り、シンタローの顔から血の気が引く。
 声をあげて警告するとか、暗殺者に眼魔砲をうつとか、そんなことひとつも思いつかなくて、気が付けば広間の中央に突っ立っているバカを突き倒すようにして抱きついていた。
 シンタローが父親を捕まえるのと同時に左腕に灼熱が走った。
「くっ…っ!」
 シンタローが奥歯を噛みしめ、もれかけた声を飲み込むと一瞬呆けていた周りの人間があわてて次々に近寄ってくる。
「シンタロー総帥!」
「おいっ! 誰か医者を……。」
「どこから撃った! すぐに調べろっ!」
 怒号と悲鳴が飛び交う中、シンタローは大きくひとつ息をついてから、両足に力を込めて身体を起こした。
「たいした怪我じゃありません。少々かすっただけですから、ご心配なく。」
「しかし……。」
 たまたま近くにいた本日の主役の顔色も心なしか青ざめている。就任早々ガンマ団の恨みを買ってしまったのかもしれないと思うと、生きた心地もしないのだろう。
 シンタローはそんな彼の心配を取り除いてやるよう笑って、もう一度たいしたことはありません、と言った。
 事実、戦場で負うかもしれない傷のことを考えればこんなの怪我のうちにも入らない。
 だからといって痛みが和らぐわけでもなかったが。
「総帥、こちらで手当を…。」
「では、せっかくのおめでたい席を中座して申しわけないですが、、失礼させていただきます。」
 じくじくと痛む傷口をおさえ、シンタローは軽く頭を下げスタッフの案内に従った。
「シンタロー、私に捕まりなさい。」
 付き添おうとする父親の手を振りきり、小声で恫喝する。
「バカ。俺がいねぇんだから、その分仕事しろっつーの!」
「でもね。」
「ついてきたって、俺は絶対アンタに寄りかかったりしない。一人で歩いて一人で治療を受ける。アンタにできることは何もない。……わかるだろ?」
 『総帥』が弱みを見せるわけにはいかない。
 痛みで意識がとんでいても、それを押し隠して戦場にたたなければ誰もついてこない。
 マジックもそれはわかっていたのだろう。ことさら大仰に騒ぎ立てるような馬鹿なマネはしなかった。
 そういえば昔から、普段の生活では小指をちょっと切っただけでも、止血消毒とぎゃあぎゃあ口うるさいのに戦場での怪我に関してはほとんど何も言わない。
 それだけはこの過保護な親にしては上出来なことだ。
「じゃあ、シンタロー、終わったらすぐ行くから。」
「はーいはい。」
 シンタローが出ていった後も、侵入者を探している衛兵やSPたちの動きがかしましく、なかなかざわめきは収まらなかったが、それでも十五分も経つ頃には表面上は落ち着いた。
 それぞれの目的を放り出して、他人の災難にいつまでもかかずらわっているわけにはいかない。ここは彼らにとっても一種の戦場だったからである。









 人気のない廊下を歩いていたマジックは、突然ぴたり、と足を止め振り返った。
「マジック様。」
 物陰からすっと出てきた部下が一礼する。
 その手には拳銃が握られていた。
「それで、どこにいるんだい?」
 穏やかな口調に、チョコレートロマンスもらしからぬ淡々とした表情で答えた。
「ここのつきあたりを右に曲がった五つ目の部屋に追い込んでおきました。」
「そうか、後はいい。下がりなさい。」
「はっ。」
 敬礼をする秘書を置いて歩きだしかけた彼は、ふと思い出したように確認する。
「もちろん、手は出してないね?」
 彼らが自分の意を読み間違うことは一度足りとてなかったのだが、拳銃が気になった。
 一応、相手もプロだ。やむをえず使わざるを得ないはめになったかもしれない。
 しかし、チョコレートロマンスは即座に否定した。
「当ててはいません。威嚇はしましたが、それ以上のことは私の分を越えたことと思いまして。」
「上出来だ。それじゃあ、後で迎えにおいで…もちろん、それはシンちゃんの目に触れないところに。」
「承知しております。」
 チョコレートロマンスは拳銃を懐にしまうと深々と頭を下げて、マジックを見送った。




 スナイパーは暗闇の中息を殺し、脱出する機会をうかがっていた。
 同じような体格だったとはいえ、ターゲットを間違うとはプロとして失格だ。さらに、その間違えた相手がこともあろうに、あの男だったとは。
 とんでもないものを敵に回したことに気づき、その場から逃げ出したのだが、すべての警備員たちをまいたその時に銃弾が髪をかすめたのだ。
 応戦も考えたが、騒ぎを聞きつけた他の人間がやってこないとも限らないので、逃げることだけに集中しているうちに、ぞっとした。
 わざと外されている。
 しかも、紙一重のすれすれのところで、最初からあてるつもりが無いかのように。
 いったい、どんなヤツかとふりむいてみれば甘い顔建ちをした優男風の若い男だ。
 それが、反動をものともせず、軽々と引き金をひいている。
 身につけている制服で彼の出自がわかり、納得と同時にとてつもない恐怖が襲った。
 あの、世界最強の殺し屋軍団といわれた組織のトップに手を出してただですむとは思わなかったが、異国の地でこんなに簡単に自分を見つけだすとは、聞きしにまさる優秀さだ。
 それでも、なんとか一室に逃げ込み、彼をやり過ごしたが、近くをうろついているのが足音からわかり、彼はじっと身を潜めていた。

「標的を見間違うなんて、どんな馬鹿な仕事人かと思ったが、本当に使えない人間だな。ガンマ団なら士官候補生でも人の気配くらい気づく。」

 冷笑を帯びた声に、彼の全身が強張った。
 かの男の名前こそ知ってはいても実物を目の当たりにしたことはない。ましてや聞いたことなどまったくないその声に、彼はその場に縫いつけられたようになってしまった。
 この圧倒的な威圧感。
 今までまったくそんなものはみじんも感じなかったのに。
 右手の銃を構え直そうとするが、力が全く入らず徒労に終わった。
 彼は自分の手が震えていることに気づいたらしく、忍び笑いをもらす。
「さすがに、敵う相手とそうじゃない相手の違いは感じられるようだな。」
 一歩、また一歩と死神の足音が響き、男の身体から冷たい汗が吹き出す。
「安心しなさい、殺しはしない。あの子がそれをいやがっている限りはね。」
 そうは言われてもこれほど殺気を漂わせておいて、安心しろもないだろう。
 男は全身の力を振り絞って、身体の向きを変えると同時に引き金を引こうとした。
「おや、安心しなさいと言ってあげたのに。」
 何がどうなったのか、男にはさっぱりわからなかった。
 自分が握っていた銃が足下に落ちていて、右手を長く骨張った指が掴んでいること、それだけが彼にできた現実認識だった。
「もちろん、制裁はさせてもらうよ。」
 銃をがっと踏みつけ、彼は朗らかな調子でそう言った。
「一応、罪人にも己の罪状を知る権利はあるだろうから、教えてあげよう。君の罪は、私に銃を向けたこと、私の宝に傷をつけたこと……けれどね、これはまだ軽い方なんだよ。」
 おまえの最悪の罪は、あの悪夢を再現したことだ。
 意味不明の言葉を口にしたその時、彼の白い怒りの気が全身につきささり、男はがくがくと顎を上下させた。
「あの子が私に『殺すな』と言うから、命までは奪わない。……『私』はね。」
 喉を締め上げている手は確かにぎりぎりのところで力を加減されているが、だからといって、苦しいことに代わりはないほとんど本能のまま全身をばたつかせたとき、右手から嫌な音が聞こえ、今まで想像もしたことがなかったような激しい痛みが走った。
「―――――っ!! グァ…―――。」
 絶叫は喉を掴む手で止められた。
「おやおや、こんなところで悲鳴をあげて見つかったら困るのは君の方だろ。」
 そう言って、彼の体を床に投げ出す。
 右手の骨を粉砕したのだからその痛みを想像するに、気絶しないだけたいしたものだ。
「たぶん、もとのようには動かないねぇ。このことは広めるようにさせるから、左手で元のように武器が扱えるまで、果たして自衛できるかな?」
 こんな稼業の人間だ。
 利き腕を無くしたと知られたら、命をねらってくる人間の心当たりは山ほど在るだろう。
 そして、やはり男はいくつかの可能性に思い当たったらしく痛み以外の理由で震えている。
「それでは、私はこれで失礼するよ。あの子に頼まれた仕事の途中だからね。」
 マジックはゆっくり踵を返した。
 かすかな足音が遠ざかり、戸口を開く重い音が聞こえた。
 細い光が扉の隙間から入ってきて、出ていく刹那の彼の美しい顔を照らす。
 痛みと恐怖の中で見えたのは、その青い両眼に浮かぶかすかな光だけだったが。








 知らせを受けて駆けつけてきたチョコレートロマンスに引っ張られるようにして、一足早く、艦の方に戻ったシンタローはティラミスの報告を受けた。
「先ほど、キンタローさまから連絡が入りまして、この国で少し前もめ事があったそうです。前王の従兄弟と、元王のどちらを選ぶかということで、もともと皇太子だった従兄弟を差し置いて、結局今の王が選ばれたので、かなりごたついたそうです。本人達はどうかまでは知りませんが、勢力図ががらっと変わってしまいましたから。」
「じゃあ、あのスナイパーの狙いって…。」
「おそらく、現王でしょう。うっかり成功されたら、内戦が始まるところでした。的を間違えるような無能な狙撃手でよかったことです。」
 あっさりとよかったと片づけられても、こっちは怪我しているんだが…とシンタローはむっとしたが、それを口に出すのは大人げない気がしたのでかわりにこう嫌味を言った。
「……『忠実』な部下のおまえなら、こともあろうにマジックに手を出したなんて知ったら烈火のごとく怒り狂うと思ったんだが、冷静でよかったよ。」
 すると、ティラミスは困った子供を見るような目で、座っているシンタローを見下ろした。
「マジック様が、撃たれるわけないでしょう。ご自分で避けるなり、眼魔砲でとばすなりされますよ。」
 考えてもみなかったことを言われてシンタローは、かああっと赤くなった。
 そう言えばそうだった。
あの時はもうそんなことを考える余裕もなくて、身体が勝手に動いていたのだ。
 先に眼魔砲を自分が撃つなりなんなり方法があったはずなのに。
 あー、くそう、帰ってきたアイツがいい気になってべたべたしてくるのが今から想像がつく。
 そんなことをしやがったら今度こそ眼魔砲だ。
 シンタローは頭を抑えて頭痛に耐えた。
「それでは、出発まで休養をとってください。本部には連絡をいれておきます。」
「頼む。」
 シンタローは背もたれに身体を預けて目をつむった。
 今回はねらわれているのはマジックではなかったらしいが、まったくそんな可能性を考えなかった。
 なぜって、父親は昔から何人にも恨まれ、憎まれ、おそれられている。
 たとえ、新しいガンマ団を自分が作っていっても、過去のことは消せない。
 自分だってそうだが、負の部分を一身に背負うような形で引退した彼にその手の感情が集中するのは当たり前だ。
 そして、本当に彼が巷で囁かれているように……いや、それよりもっと酷い人間であることをシンタローは知っている。
 誰よりも一番知っている。
 でも、それでも、たった一人の父親なのだ。
 弟を幽閉しても。
 自分に刺客を送ってきても。
 たくさんの人を殺して、たくさんの幸せを壊して。
 世界中の人が彼を憎んで攻撃しも、自分は絶対に彼を守ってしまう。
 あんなに最悪な人間なのに。
 やってきたことは決して許せないのに。
 父親が背負った罪を共にすることもできないし、彼もきっと拒むだろう。
 ……それでも地獄には一緒におちてやろうと、それだけは決めていた。




 絶対に口にはしない誓いだが。







 マジックが戻ってきたのは、かなり夜も更けて日付が変わる直前だった。
「お疲れさまです。」
 出迎えたティラミスにコートを渡し、そのまま大股で中央の椅子まで歩み寄る。
 疲れと痛み止めの効果で、シンタローはぐっすりと眠っていた。
「出発の号令は無理みたいだねぇ…しかたがない。私が代行しておこう。」
 くすくすと笑いながら、それを行ったマジックの顔がふと真顔になる。
 まぶたは固く閉ざされ、やや血の気が失せたその頬に黒髪が乱れてかかっている。
 ―――それは、見なくてすんだあの恐ろしい光景を喚起させた。
 手をそっと彼の顔にかざし、唇に近づける。
 そこに触れる湿った空気の動きに、マジックはほっとし、それから何もなかったように髪の毛をはらってやった。
「マジック様、依頼主を割り出しておきました。……総帥には未報告です。」
 賢明な処置だ、とティラミスの判断をマジックは評価した。
 シンタローはおそらく報復など、望まないだろう。
 望んだとしても、せいぜい犯人の国家に証拠をつきつけ『正当な』裁判を受けさせるくらいだ。
 だが、それですませてなどやるものか。
「もう一人の王候補の舅で現大臣の一人です。本人も内々には知っていて黙認していたふしがあります。」
 なるほど、と、マジックはその面々の強欲そうな小ずるそうな顔立ちを思い浮かべ、納得した。
 身食いするようなばかげた争いをしかけるのは勝手だが、自分たちを偶然とはいえ巻き込むなど許し難い罪だ。
「どんな手を使ってもいいから、破滅させなさい。シンタローには知らせるな。」
「かしこまりました。」
 ティラミスは与えられた命を果たすべく、通信室へと向かった。
 入ろうとすると、中ではなにやら話し声がしていた。
「ですから~、軽傷ですし、総帥の体力なら二週間で完治しますよ~。」
 相方の半泣き状態の弁明から通信相手を予測し、ティラミスは姿勢を正して身構えてから通信室へ入った。
「キンタロー補佐官、失礼します。」
 小さなディスプレーに映る端整な顔立ちは顰められ、不機嫌きわまりない。
「おまえか、ティラミス。さっきは、どうして、この俺にシンタローの負傷を知らせなかった。」
 さらに語気を荒げ、そう詰問するキンタローにティラミスはモニターのこちら側で頭を深々と下げた。
「軽い怪我でしたし、総帥からも箝口令が出ていましたので差し控えました。お許しください。」
 主とよく似た青い目が、すっと細められる。
「そうか? シンタローではなく伯父貴の命令ではないのか? あの人の独占欲は今に始まったことではないからな。」
 それは貴方もイイ勝負です、とはさすがに二人とも口には出せなかった。
「ご冗談を。ガンマ団では上司の命令は絶対です。今、現在シンタローさまより、上位の方は世界中のどこにもいらっしゃいませんよ。」
「それは、他の団員の話だろ。」
 キンタローは視線を二人にぴたりと向けたまま、冷めた口調で彼の口舌を遮った。
「総帥が現在誰であろうとも、おまえたちにとっての絶対の存在は伯父貴だけだ。マジックの命令があればおまえたちはシンタローを平気で裏切る。わかるさ、俺も対象は逆だが同じだからな。」
 キンタローの指摘に、二人の顔から一瞬表情が消えたがすぐに笑顔を取り戻す。ただ、いつものそれとは随分違うものだった。
「ですから、ご心配には及びません。キンタローさま、我らの主にとっての『絶対の存在』があの方なのですから、私たちにとってもシンタロー様は命に替えても守るべき大切な方でいらっしゃるんですよ。―――――永遠に。」
 ティラミスがわかりきったそのことを説明すると同時に、チョコレートロマンスが片手の手のひらを胸の前につきだして、援護する。
「なんなら、誓いますが?」
 キンタローはため息をつき手を振った。
「いや、いらない。そんな当たり前の誓いしようがしまいが、俺にとっては意味がない。俺がたった一人認めた男に何か害を為せば、誰であろうと消すだけだ。」
「それは怖い。」
「即死ですね。」
 口々にそうは言うものの、その目にはまったく恐れなど微塵も浮かんでいない。それは別にキンタローを侮っているわけでもなんでもなく、主の命令さえ果たせれば後はどうなっても構わないと思っているからだ。
 そして、キンタローも彼らを脅したわけではなく、ただ事実を述べただけであることを、二人は知っていた。







 
 シンタローの隣に座ると傾いでいた身体が自分の肩に倒れ込んできた。
 優しく抱き寄せ、髪をすいてやり囁いた。
「いい子だね、シンちゃんは。パパ想いだし。」
 目が覚めていたら眼魔砲とありとあらゆる罵倒の言葉がとんだところだったが、シンタローの口からは穏やかな寝息しか聞こえなかった。

「でもね。」


 そっと自分と違う色の髪に口づける。

「二度と、私を庇ったりしないでおくれ。」


 眼魔砲の青い光の中、久しぶりに自分を「父さん」と呼び抱きついてきたその身体から力が抜けていき、砂埃の中地に倒れ伏す鈍い音……一連の悪夢。
 あの時、泣きそうな子供のような顔のシンタローに胸が痛くなった。それで咄嗟に反応が遅れたのかもしれない。
 その一瞬が取り返しのつかない結果を生んだとき、自分は半ば茫然としていた。
 失ってしまったことが、理解できているのに、その事態に頭がまったくついていかなかったのだ。
 父親なんて認めない、と口では言っても彼には自分を見捨てることができないということを誰よりもわかっていたのに。
 シンタローが実際に生を失い倒れる様は幸い見なくて済んだのと、その後で起こった忌まわしい真実にもっと強い衝撃を受けたため、気づかなかった傷は今頃になって時々疼いて彼の眠りを覚ます。
 その昔、今まで何一つ恐ろしいなど思ったことがないと思われている自分が、この子を失うことだけを脅えているなど知れたらどうだっただろう。
 あの頃は、自分なら守り通せると思っていたから、まだ耐えられた。
 けれど、それが他ならぬ自分自身のせいで果たせなかったあの時から真の恐怖が始まったのかもしれない。


「頼むから、二度と。」


 眠った彼にしか言えない言葉だ。
 庇うな、と言ったところで、シンタロー自身にはどうしようもできない。『父親』を見捨てられる子供ではないから。
 庇われて置いていかれるよりは、共に貫かれて逝きたいと、そんなことは口にも出せない。



 深い眠りの底にいる愛し子を抱きしめ、マジックは同じように目を閉じた。
 数時間もすれば、自分たちの家に戻れる。
 安全で忙しない日常に。
 
 それまでは一緒に眠ろう。
 できれば同じ夢を見て――――――――。









end
2004/09/12

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