06.テレ屋
本部で結構大規模な部署変更があったらしいんだよネ、と珍しく凹んでいる様子のイタリア人が言ってきたのが二日前のこと。
任務の最中のことで、それがどうした、とさしたる興味もなく問えば、そのせいで盗聴電波がおかしくなった、と食われる寸前の犬のように項垂れている。
なら貴様一人で帰還して設置しなおせばよかろう。と、早々に会話を切り上げようとしたら。
マーカーちゃん、ついてきてくれる?と、気色の悪い上目遣いでせがまれた。
その手のことは貴様の担当だろうがと艦の外へ放りだそうとしたら、背後から寝起きの隊長にうっせーぞと怒鳴られて、知らぬ間に隊長の野暮用を押し付けられ、阿呆イタリアンと二人での本部行きが決まっていた。らしくもない失態だ。
せっかくだし一緒にやろーぜぇvと袖を引いた男はとりあえず燃やしておいて、隊長に頼まれていた用事だけ、さっさと済ました。
設置場所を変更すべき盗聴機はかなりの数があるらしい。
全て終わるまで待っている義理もなく、かといって隊長やGの戻りにはまだ間がある。
街に出てどこか静かな場所で酒でも飲んでいるか、と正面玄関を出ようとしたところで。
一瞬で炭化させたくなるほど浮ついた顔の、アレと出会ってしまった。
「あ、師匠……」
「……チ」
「え、師匠今舌打ちしはりました?!弟子の顔見てまず舌打ちてどうどすのん?」
「気のせいだぎゃーぎゃー騒ぐな聞き苦しい」
常に冷静でいろという師の教えを一切役立てず喚きたてるその様を一喝すると、あちこちを軽く煤けさせた戦闘服姿の男は、死にかけた魚のように数回口を開閉した後に、ようやく呼吸を落ち着けた。
「―――特戦、帰還しはりましたん」
「隊長とGはまだ現地だ」
「ほな師匠とあんお人だけどすか。で、お連れはんは?」
「さぁな、その辺りにいるだろう」
実際、それ以上のことは知ったことではない。そのまま告げると、弟子は何か察するところでもあったのかやや微妙な顔つきをしたが、重ねて尋ねてくるほどの愚かな真似はしなかった。
「貴様は遠征帰りのようだな」
落ちない汚れのついた戦闘服にズタ袋、というその格好を見れば、問わずとも明らかなそれを敢えて訊く。
「へえ、今日はもうこれであがりどす」
「そうか。なら付き合え」
「え゛、お酒どすか」
「不満か?」
「めめ滅相もないどす!…ただ師匠と飲むと全部こっち持ちにされてまうのが……それにあんお人はええんどすか?」
弟子は薄気味の悪い笑顔を顔に貼り付けたままブツブツと何かを呟いた後、くだらんことを問いかけてくる。
そのせいで、眉間に余計な力が入った。
「何故私があの浮かれたイタリア人と終始行動を共にしなくてはならん」
「せやけど、いつもは」
「構わん、行くぞ」
ひと睨みした後にそれだけ告げて正門に向かって歩き出すと、慌てて後を追ってきた。
この期に及んでまだ何かを言いたそうにしているのが煩わしかったが、すべて無視して先を歩く。
だが、しばらく行くうちに、
「―――あ」
と、弟子が聞こえよがしに言って、ふと足を止めた。
「……なんだ?」
面倒を押して一応振り向いてやれば、伸びかけている前髪が以前より更に鬱陶しい男は、妙に真剣な顔をして口元に片手を当てており。
「師匠、わて、さっきシンタローはんに報告がてら会ってきたんどす」
唐突に脈絡なく、そんな事を言い出す。
「そうか」
だからなんだと言ってやりたかったがその辺りには深く触れたくもなくて、適当に流す。先刻のあの腑抜けた面からして、そんなところだろうと簡単に憶測はできていたが。
しかし相変わらず師の意図を汲むということの出来ない馬鹿弟子は、で、と続けたかと思うと、
「わて、今まで師匠とシンタローはんの共通点なんて、想像もしたことあらへんどしたけどな」
言って、阿呆のように笑った。
「一つ見つけてしまいましたわ。シンタローはんも師匠も、友達にはシャイなんどすな!」
―――その顔は、悪戯の成功した小僧のように弛緩した間抜け面で。
目にした数秒後、知らず、唇の端を上げていた。
「……私も、いつもの新総帥の気分が少し理解できたような気が、したな」
***
「シンタロー総帥、アラシヤマ氏の姿が今朝から見えないようですが……」
「本人の不注意による事故で全身火傷。安静解除まで無給休暇仕事は家で」
「在宅勤務なのに無給なんですね」
本部で結構大規模な部署変更があったらしいんだよネ、と珍しく凹んでいる様子のイタリア人が言ってきたのが二日前のこと。
任務の最中のことで、それがどうした、とさしたる興味もなく問えば、そのせいで盗聴電波がおかしくなった、と食われる寸前の犬のように項垂れている。
なら貴様一人で帰還して設置しなおせばよかろう。と、早々に会話を切り上げようとしたら。
マーカーちゃん、ついてきてくれる?と、気色の悪い上目遣いでせがまれた。
その手のことは貴様の担当だろうがと艦の外へ放りだそうとしたら、背後から寝起きの隊長にうっせーぞと怒鳴られて、知らぬ間に隊長の野暮用を押し付けられ、阿呆イタリアンと二人での本部行きが決まっていた。らしくもない失態だ。
せっかくだし一緒にやろーぜぇvと袖を引いた男はとりあえず燃やしておいて、隊長に頼まれていた用事だけ、さっさと済ました。
設置場所を変更すべき盗聴機はかなりの数があるらしい。
全て終わるまで待っている義理もなく、かといって隊長やGの戻りにはまだ間がある。
街に出てどこか静かな場所で酒でも飲んでいるか、と正面玄関を出ようとしたところで。
一瞬で炭化させたくなるほど浮ついた顔の、アレと出会ってしまった。
「あ、師匠……」
「……チ」
「え、師匠今舌打ちしはりました?!弟子の顔見てまず舌打ちてどうどすのん?」
「気のせいだぎゃーぎゃー騒ぐな聞き苦しい」
常に冷静でいろという師の教えを一切役立てず喚きたてるその様を一喝すると、あちこちを軽く煤けさせた戦闘服姿の男は、死にかけた魚のように数回口を開閉した後に、ようやく呼吸を落ち着けた。
「―――特戦、帰還しはりましたん」
「隊長とGはまだ現地だ」
「ほな師匠とあんお人だけどすか。で、お連れはんは?」
「さぁな、その辺りにいるだろう」
実際、それ以上のことは知ったことではない。そのまま告げると、弟子は何か察するところでもあったのかやや微妙な顔つきをしたが、重ねて尋ねてくるほどの愚かな真似はしなかった。
「貴様は遠征帰りのようだな」
落ちない汚れのついた戦闘服にズタ袋、というその格好を見れば、問わずとも明らかなそれを敢えて訊く。
「へえ、今日はもうこれであがりどす」
「そうか。なら付き合え」
「え゛、お酒どすか」
「不満か?」
「めめ滅相もないどす!…ただ師匠と飲むと全部こっち持ちにされてまうのが……それにあんお人はええんどすか?」
弟子は薄気味の悪い笑顔を顔に貼り付けたままブツブツと何かを呟いた後、くだらんことを問いかけてくる。
そのせいで、眉間に余計な力が入った。
「何故私があの浮かれたイタリア人と終始行動を共にしなくてはならん」
「せやけど、いつもは」
「構わん、行くぞ」
ひと睨みした後にそれだけ告げて正門に向かって歩き出すと、慌てて後を追ってきた。
この期に及んでまだ何かを言いたそうにしているのが煩わしかったが、すべて無視して先を歩く。
だが、しばらく行くうちに、
「―――あ」
と、弟子が聞こえよがしに言って、ふと足を止めた。
「……なんだ?」
面倒を押して一応振り向いてやれば、伸びかけている前髪が以前より更に鬱陶しい男は、妙に真剣な顔をして口元に片手を当てており。
「師匠、わて、さっきシンタローはんに報告がてら会ってきたんどす」
唐突に脈絡なく、そんな事を言い出す。
「そうか」
だからなんだと言ってやりたかったがその辺りには深く触れたくもなくて、適当に流す。先刻のあの腑抜けた面からして、そんなところだろうと簡単に憶測はできていたが。
しかし相変わらず師の意図を汲むということの出来ない馬鹿弟子は、で、と続けたかと思うと、
「わて、今まで師匠とシンタローはんの共通点なんて、想像もしたことあらへんどしたけどな」
言って、阿呆のように笑った。
「一つ見つけてしまいましたわ。シンタローはんも師匠も、友達にはシャイなんどすな!」
―――その顔は、悪戯の成功した小僧のように弛緩した間抜け面で。
目にした数秒後、知らず、唇の端を上げていた。
「……私も、いつもの新総帥の気分が少し理解できたような気が、したな」
***
「シンタロー総帥、アラシヤマ氏の姿が今朝から見えないようですが……」
「本人の不注意による事故で全身火傷。安静解除まで無給休暇仕事は家で」
「在宅勤務なのに無給なんですね」
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