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zxc
10. 暑い夏の日











 ミーン、ミーン、ミーン。
 カナカナカナ。
 ジーィ、ジーィ、ジーィ。
 ツクツクホーシ、ツクツクホーシ。





「―――暑ィ」

 藍色の地の端に花火が散っている柄のうちわで、だるそうに首から上を扇ぎながら。高い位置で髪を一括りにしたシンタローが呟く。

 普段ならパソコンのキーボードを叩く音か書面にサインをするサラサラというペンの音しか響かないハズの総帥室に、なぜこれほどに鮮明にセミの声が聞こえるのか。
 答えは簡単。音を遮るものが何も無いからだ。
 厚さ五センチを超える完全防弾のはずの窓ガラスは見事に粉砕され、いまやすっかりオープンテラス状態になっている。


 気温は三十六度。
 真夏日を超え、今年初めての酷暑日になりそうだと、朝のニュース番組で髪の長いキャスターは説明していた。



 黒革の高級椅子の上でだらしなく足を組みながら、隣でせっせと書類の処理を行っている男をシンタローは横目で見る。
 予備の椅子に腰を掛け、総帥室の執務机に向かっているのは、普段ならこの部屋に十分以上の滞在も許すことはない黒髪の男だ。
 だが常には陰気なその男―――アラシヤマは、山のように積まれた書類を前にして、鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌で次々とそれを処理している。

「……暑くねーの、オマエ」

 アラシヤマはスーツの上着は脱いでいるものの、折り目のついた白いシャツに、ネクタイまできちんと締めている。
 シンタローなど既に総帥服を放棄し、ズボンの上にはノースリーブのシャツ一枚になっているというのに。

「え、なんでどす?」

 浮かれた声でそう返す男に、ああやっぱりコイツはまごう事なき変態だと、シンタローは確信を深めた。










 そもそもの原因も、この男だったのだ。
 作戦修了の報告を持ってあがってきた男に入室を許可し、一通りの説明をさせて書類を受け取った。

 書類を渡すとき、アラシヤマが

「で、ちぃとここからは機密の話になるんどすが……」

 真面目な声でそう言って、執務机の上に身を乗り出してきた。ちょいちょいと指で耳を貸すようにシンタローに示唆する。
 シンタローはアラシヤマに耳を寄せた。アラシヤマのそれまでの報告がいつになくまっとうで、その時の表情があまりに真に迫っていたため、常の警戒心が緩んでいた。

 

 そしてアラシヤマが次にとった行為は、重要機密の報告でもなんでもなく。

 一瞬の隙をついて、近づいたシンタローの耳元に口付けた。



「――――――ッッッ!!!!!!!」

 耳元を押さえ、シンタローがばっと身を引く。

 アラシヤマはといえば、

「やったぁ~、シンタローはんのキス、ゲットどすえ~~♪」

 などと胸の前で両手を組んでくるくると浮かれている。周囲に有害そうな花柄の空気を散らしながら。

「この前読んだ少女マンガで勉強しましたんや。やーばっちりどしたな!」
「……………」
「あれ、シンタローはん?顔真っ赤どすえ?ややわぁ、照れてはりますの……」
「………………は、ハハ、ハハハハハハハ」

 シンタローは、しばらく魂をどこかに飛ばしているような顔で動かずにいて。
 やがて、その口から乾いた笑いをあふれ出させた。

 そして相手を見下ろすようにやや顔をあお向けてアラシヤマに向けた視線は、ギラリ、と効果音がつきそうなほどの正真正銘の殺気つき。

「―――ブッ殺ス」




 思う存分溜めたのを一発、溜めナシのを無数に。それだけの眼魔砲をかなりのところ食らったはずの男は、それでもゴキブリ並みのしぶとさで絶命することはなかった。
 シンタローが肩で息をしながら、それでもようやく若干、我に返れば、最重要警備区画であるはずの総帥室の風通しは見事によくなっており。
 生ぬるいどころか、熱風と呼んでも差し支えないほどの暑気が、燦燦と降り注ぐ太陽の光と共に部屋の中に入り込んでくる。
 仕事関係の書類とパソコンだけが無傷で残っていたのが哀しい職業病だったが。室内のエアコンディショナーなど、既に跡形もなく消え去っていた。
 

 処罰、報復、イヤガラセのつもりで半ばヤケクソのように。
 虫の息のクセにまだこちらに這いずって来ようとする男に、その後に下した命令は、暑くてとても仕事になどならないこの部屋での、総帥業務の代行。

 だが今の状況を見れば、その処遇は男を喜ばせる結果にしかならなかったようだ。










 たらたらと自然に流れ落ちてくる顔の汗をシャツの裾で拭いながら、シンタローが隣の男に目をやれば、シャツに汗染み一つ作っていない。いつもどおりの顔で、平然と作業を続けている。
 男が机の上で別に分けておいた書類から一枚を取り、シンタローに手渡す。

「シンタローはん、コレ、どないします?わては許可してもええ思いますけど」
「あー、まあ、あと一週間だけ様子見とけ。そんでも膠着が続くようなら作戦Dに切り替え。…にしてもテメェ、ホントは変温動物なんじゃねぇのか?」
「立派なホモサピエンスどす。暑いて全く感じないわけやないんどすえ。コレは一応、訓練の成果どす。で、こっちは?」
「あと5%は損壊率が低いプラン、再提出。訓練てなんだヨ」
「炎操作の訓練の一環で、体温の調節、やらされましてん」

 シンタローの手元から戻された書類にカリカリと新たな書き込みを加えながら、アラシヤマは言う。

「十度やそこらの外気の変化で汗かくんは、体温の調整が上手くできてへんからや、気合が足りんからやて何べんどつかれたか…」
「……テメェの師匠は、どこぞのモデルか。でもその割にゃオマエ、よく冷や汗だらだらかいてっよなぁ」
「人見知りは、訓練や直らんかった……ゆうかますます酷ぅなりましたわ……。士官学校入ってすぐ、誰かさんにダメ押しもされましたしな」
「へーーー。そりゃ災難だったな」

 皮肉な笑みを口元に浮かべ、遠くを見るような視線をシンタローに向けるアラシヤマに、シンタローは一ミリの感情も篭らない平坦な声で応じる。
 アラシヤマは一つ小さな息を付いて姿勢を正し、再び書類の山へと向きなおった。










「お、終わりましたえ~、シンタローはん」
「……おー」

 ソファでうつらうつらとしていたシンタローは、アラシヤマのその声で覚醒した。
 ここのところほとんど睡眠時間というものを取れなかった身としては正直、大分ありがたい休息だった。上体にはアラシヤマのスーツの上着がかけられていた。
 時刻は午前零時を回ったところ。本当は今日中に済ませる予定ではなかった仕事も紛れ込ませていたにしては早い時間だ。にしても表は当然、とっぷりと暮れている。

 シンタローがのそのそと執務机に近寄り、アラシヤマが終了させたという書類の束にざっと目を通す。ほとんど全てきちんと処理してあり、あとはシンタローのサインさえあれば終わりという書類が数部残っているだけだった。
 シンタローが最後に目を通した書類をばさりと机の上に戻す。何も言わないのは、仕事の終わりを認めたということだ。
 アラシヤマはソファに行き、先刻までシンタローにかけていた上着を片腕で抱えてからもじもじとシンタローを上目遣いで見る。

「この後はどないします?わてのウチ、今日は誰もおらへんのどすけど……v」
「……ソレも例の少女漫画のセリフか?てか誰かいる日ねーだろ、まず」
「酷ッ!いる日も仰山ありますえ!」
「人間か?」
「……おともだち、どす。まぁ夜のお誘いは今日のトコは冗談にしときますわ」

 すぐにはどうせ帰れへんのどすしな、という小さな独言を耳にして、シンタローは―――ン?と頭に疑問符を浮かべる。
 今更、といえば極めて今更な話なのだが。

「オマエ、そんで自分の仕事は」
「これからやりますえ。遠征中に溜まってた分もありますしな」
「……」
「ま、明日以降に持ちこせる分はそうさせてもらいますし、取り急ぎのだけなら朝までには終わるでっしゃろ。問題ありまへん」

 ほな失礼しますえ~、と薄気味の悪い、しかし満面の笑顔を浮かべ、アラシヤマは総帥室を退出していった。





 白いシャツ姿の背中が完全にドアの向こうに消えてから、シンタローは総帥専用の椅子に腰掛けた。
 浅く座り、背もたれをギイっと軋ませつつ、顔を仰向ける。ポケットに入れたまま横になっていたため、ややつぶれかけた箱から煙草を取り出し、咥えて火をつける。ゆらゆらと煙が天井へとのぼっていく。
 遮るもののない背後の空には、満天の星空。日中に比べれば空気は嘘のようにその温度を下げている。蝉の声ももう大分おさまっており、ここまでは殆ど聴こえて来ない。
 風が部屋の中を通り抜け、シンタローの無造作に括ってある髪の毛の先を、緩やかに散らした。





 結局のところ、シンタローにとって今日の午後は殆ど休暇となってしまった。暑さに不快だったのは確かだが、それでも二時間は眠っただろう。そして今日はこのまま、自宅に戻って休むことが出来る。





 元々、悪いのはあんな笑えない悪ふざけをしかけてきたアラシヤマのほうだ。あの精神的ハラスメントを思えば、その後に何をされたとしても礼を言うつもり気になどなるわけがない。

 ただ、仕事は几帳面にこなすその律儀さだけは、評価して。
 修理費分の給料減額は3%くらい免除してやるか、と。シンタローは藍染めの団扇を上下させながら、寝起きの頭で思った。






































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369のざっきを見てくれた友人から「アラシヤマがちょっかい出して
怒ったシンタローが眼魔砲で執務室の冷房(というか全て)を自ら壊してしまい
修復期間中アラが償いとして仕事やってたら…」というコメントをもらって
ざくっと書き上げました。  汗かかない人、羨ましいです。


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