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08. 士官学校












(―――へ?)



 いきなり手首をつかんできたその手は、暖かくて。
 そして、つかまれたその手首は更に熱かったに違いない。




 それは、きっと人に触れられるというその行為自体があまりに久しぶりだったからで。
 相手のせいで意識した、とかそういうわけではなかったけれど。





***





 壁一面と、部屋の中央を仕切るように置かれた天井まで届く木製の棚。
 並ぶのは埃を被った背表紙の厚い本や、堅く蓋を閉めてある無数の瓶。壊れかけた実験器具の類。
 教室一つ分の広さを持つ部屋に窓の類はなく、外の音はほとんど聞こえない。
 机は二つ。一つは入り口のそばに、もうひとつは棚に仕切られた奥側に。

 その奥にある机の上に備え付けられたデスクスタンドの元で、アラシヤマは棚から取り出した一冊の本を読んでいた。

 明かりは小さく部屋の一隅を照らすだけで、部屋は全体として薄暗い。
 だが、本を読むだけなら、それで十分だ。
 膝を抱えるように机のそばに体育ずわりをしつつ、黴臭い書籍のページをめくる。
 

 不意に、上階にある体育館から溢れるような歓声が洩れ聞こえてくる。
 ここまで聞こえてくるということは、よほどの大声で騒いでいるに違いない。放課活動中のどこかが紅白戦でもやっているのだろう。

「……フフ……わては群れな何もできんような凡人どもとは違うんどすえ…!!」

 と、アラシヤマが口元に笑みを、眉間にシワを浮かべつつ小声で呟いた瞬間。

「―――ほれ、ここだべ!」

 心休まる一人の時間を瓦解させる胴間声とともに、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。






「この前、トットリと校内探検してたとき見つけたんだっぺ」
「前の薬学の教官が使ってた準備室らしいっちゃ。ただ残っちょるモンがこげにジメジメしてるけぇ、今は使われてないんだわや」
「ここなら見つかる心配もねえべ」
「ほお、こんな部屋があったんじゃのォ」

 聞き覚えのあるその声は、間違いなくあのノーテンキな同期生たちのもの。
 闖入者の足音は四人分。ということは、今の声の主たちのほかに、あともう一人いるということだ。

 部屋に入り込んできた四人はドアを閉め、部屋全体の電灯をつけると、入り口そばの机の周辺に腰を落ちつけたらしい。

「……けんど、本気でムカつくべ、あの教師!あの試験の内容、どう考えても生徒へのイヤガラセだべ?しかも四十点以下はレポート百枚て、ムチャクチャだべ」
「こん前、授業中にやりこめてやったん、まだ根に持ってるっちゃね…」
「あれもちいと可哀相じゃったがのぉ。じゃが、ワシもあの教師の性根はどうも好かんわ」

 棚一つを挟んでだだ洩れの会話から、その話題の中心が先日期末の試験範囲を発表し、生徒のほぼ全員から(というのは、酷いエコ贔屓を受けているごく一部の生徒以外、という意味だが)大反発を食らった化学教師のことだとアラシヤマは推測する。

 ガンマ団士官学校は世界有数の規模を有する団の士官候補生を育てる機関だ。教師陣も一流を揃えている。だが、それでも中には人格に多少問題がある教師も、いないとは言えない。
 今話題に上っている教師は、その代表格で。アラシヤマも確かに好かない、というかほぼ誰からも好かれてはいない。

 しかしだからといって、アラシヤマにはその教師に対して特に反抗する気もなかった。
 そうしたことをすることすら馬鹿馬鹿しく、確かに他の教科に比べればメチャクチャな試験範囲であっても、自分が低い点数をとるとはまず思えなかったからだ。

 特に息を潜めていたわけではないが代わりに出て行ってやるのもシャクで、無視や無視、と心中唱えつつ本の続きに目をやる。
 だがそう思って外界からの音を遮断しようとしたとき。

「―――よし。そんじゃ、手順の最終確認するゼ」 

 聞こえてきたその声に、意識を無理やり引きずられた。






(な…シンタロー?!)

 俺様で傍若無人で、威圧感があるというほどの低さもないくせに、何故か相手に有無を言わさぬような口調の声は、間違いなくあの総帥の息子のもので。
 アラシヤマは反射的に顔を上げ、棚の向こう側の会話に耳をすませた。
 復学してから三ヶ月。まだマトモな口すらきいてはいないが、それでも初対面のときの恨みを忘れたわけではない。

「警備員の巡回は午後八時、午前零時、午前三時の三回。一周約一時間……で、いーんだよな?トットリ」
「少なくともここ一週間は、そうだったわいや。宿直の教官が三人はおるけど、ほとんど自分の準備室からは出てこないっちゃ」
「寄宿舎との境の塀についてる警報はミヤギの筆で止めとく、と。ミヤギはそこで俺たちが戻ってくるまで待機な」
「了解だっぺ!」
「トットリは廊下側、コージはアイツの準備室の窓の外で見張り。その間に俺が問題用紙を見つけて写してくる。コピーは明日の朝でいいだろ」

 その会話の内容を、アラシヤマは見えている片目を僅かに見開きながら盗み聞く。
 どう聞いても、これは教官準備室から試験問題を盗み出すという計画の密談に他ならない。
 なんちゅうことしでかそうしとるんや、あん阿呆どもは。
 そう思いつつアラシヤマが更に耳をすますと、続いて、どんな緊迫した状況でもなんとなく鷹揚に聞こえる大男の声が聞こえてきた。

「じゃけんど、本当にええんかシンタロー?ヌシはこがぁなことせんでも、まず赤点はとらんじゃろう」
「―――いーんだヨ。俺もアイツ、気にくわねーし」

 そう言うシンタローの声には、なぜか翳があるように感じられた。
 その分声のトーンも落ちた気がして、アラシヤマはそろそろと部屋の中間を仕切る棚のほうに移動する。
 
「決行時間は二時……」

 だが、シンタローがそう言いかけた瞬間。
 アラシヤマが動いた先の木の床が、ほんの少しだけ、軋みを上げた。

「誰だッ!!」

 シンタローの厳しい誰何の声が響く。
 ごまかしたところでこちら側を覗き込まれたら隠れる場所もない。それに元々自分にやましい部分はないのだ。
 しぶしぶ、といった様子でアラシヤマは戸棚と壁の隙間から姿を現した。

「アラシヤマ……?」

 床に直接座っていた四人が絶句したように目を丸くして、出てきた少年を凝視する。
 だがアラシヤマがそれに対して、人を見下した視線ではん、と笑い返してやろうと思えば。

「い、いつから、そこにいたんだっぺ……」
「これッッッぽっちも……気付かなかったっちゃ……」
「影の薄さも、ここまでくれば才能じゃのう……」

 ミヤギ、トットリ、コージの三人が呆けたような声でそんなことを呟いた。
 アラシヤマがふるふると拳を震わせながら顔を上げる。

「いつからも何も、最初の最初っからどすわ。元々わてがいたところにあんさんらが来たんどす!」

 勢いのままそう怒鳴りつけて少し気をおさめてから、アラシヤマは、とん、と壁に片方の肩をつけた。腕組みをしてシンタローたち四人を見下ろす。
 口元には陰気な笑みが浮かんでいる。

「せやけど、ええもん聞いてまいましたわ。これ、教官にバラしたら、あんさんら全員、よくて停学どすな」
「な……っ!何言うてるべ!!」

 いかにも楽しげにそう言い放ったアラシヤマに、ミヤギが噛み付く。トットリも眉をひそめてその後をついだ。

「アラシヤマが何言うたところで、信じるモンなんておらんわや」
「そうどすか?赤点常習のあんさんらが急にええ点とったら、怪しまれるんは当然ちゃいます?」
「う……」
「わてはその理由を教えたるだけどす」

 のうのうと、薄笑いを浮かべながら嫌味たっぷりに言う男に、場の雰囲気は一気に険悪なものになる。
 一対四。ではあるが、とりわけミヤギ、トットリとアラシヤマの間に一触即発の空気が流れる。

「アラシヤマ、オメ……!」
「黙らんかったら力ずくで、いうことどすか?これやから野蛮な田舎モンは」

 だが、導火線に火がつくかと思われたその瞬間、腰を浮かせかけたミヤギの胸を、隣に座っていたシンタローが軽く手の甲で叩いた。

「待てよ、ミヤギ―――それよりもっと、いい方法があるゼ」

 言いながら、シンタローは立ち上がり、アラシヤマのそばにずかずかと歩み寄る。

「オイ、アラシヤマ」

 立って並べば、身長はシンタローのほうがわずかに高い。それまでと目線の位置が逆転し、アラシヤマはなんとなく壁に背をつけて、身構える。

「…………なんどす?」
「てめーも、共犯だ」
「はァ?!」

 唐突に、淡々と告げられたその言葉に、アラシヤマはあからさまに眉をひそめ。
 それから、剣呑な目つきのまま唇の片端だけを引き上げた。

「アホらし……、なしてわてがそない犯罪の片棒担がんとあかんのどす」
「保険医が育ててる校舎裏の植物園、半径五メートル」
「?!」

 シンタローが目を細めてアラシヤマを見据えつつ発した、その台詞。
 後ろにいる他の三人は怪訝な顔をして首を傾げた。ただ、対面するアラシヤマの顔色だけが一気に蒼褪める。

「燃やして全部ダメにしたの、テメーだろ」
「な、なしてあんさんが、それを……」
「いい天気だったから、奥にある木の上で昼寝してたんだヨ。そしたら、なーんか俯きながら歩いてきて、表から見えないトコまで来た途端燃え出したヤツが」

 シンタローの言葉が進むにつれて、アラシヤマの顔色はどんどん悪くなる。

「あ、あ、あれは不可抗力、ゆうもんで……!」
「あそこ、雑草だらけに見えたけど、すっげー貴重な薬草とか色々あったのにって高松、ボヤいてぜ」
「……!!」
「残った灰、証拠隠滅に埋めてたトコまでばっちり……」
「あああああ!!」

 みなまで言わせないように、両手を上げてシンタローの言葉を遮る。
 そしてゼエゼエと肩で息をしながら、アラシヤマはシンタローを思いきり睨みつけた。

「あんさん……、それ、脅迫どすえ?!」

 だが、そんなアラシヤマの悪意に満ちた視線などものともせずに、シンタローは、

「お互い様、だろ」

 言って、ニ、と勝ち誇ったように笑った。

 しばらくの間、目を見開いたままピクリとも動かずに固まっていたアラシヤマは。
 やがて何かを諦めたように深い深いため息をつくと、同時にがくりと肩を落とした。ミイラ取りがミイラにとはこういうことか、と心底から思いながら。









 宿直室、そして二つ三つの小窓から洩れるかすかな光などものともせず、夜の学校は闇の中に沈み込んでいる。
 夜間訓練や遅くまで続くような会議などがないことは、トットリが事前に調査済みだ。
 午後九時以降のみつけられる寄宿舎と校舎の間の塀につけられたセンサー。目には見えないが、網の目のように張り巡らされた赤外線に触れれば、寄宿舎中の生徒が目を覚ますようなサイレンが響く。
 だが、装置の一部分に、ミヤギが筆で「休」と書くと、手なずけられた犬のように大人しくなった。
 ミヤギをそこに残し塀を乗り越えたシンタロー、トットリ、アラシヤマの三人は、夜の中でも更に暗い木陰を選び、校舎へと近づく。コージは塀を越えた地点から別ルートを回って校舎の裏側へとまわる。
 夕方のうちに鍵に細工をしておいた窓の一つから、校内に侵入する。
 廊下に人の気配はない。足音を忍ばせて目的の準備室に近づくのは、案外に容易だった。


 トットリが針金で鍵を開け、シンタローとアラシヤマが部屋に入る。
 コージもすぐに裏手からこの部屋の窓の外にたどりつくはずだ。
 トットリは廊下で姿勢を低くしたまま、気配を消して注意深く辺りをうかがう。
 

 ペンライトを手にしたシンタローとアラシヤマは、さして広いとは言えない、そして嫌味なほど整頓された部屋の中で問題用紙を探し始めた。
 自宅に仕事は持ち帰らない。試験問題は一ヶ月前には完成させる。
 そうした噂のある教師の、常に定規ででも書いているんではないかと思う手書き文字の問題用紙が、この部屋のどこかにしまわれているのは確かだった。

 薄暗い部屋の中で手袋をはめて引き出しや棚を漁る。後に僅かな違和感も残さぬように、慎重に。
 ふと冷静に己の姿を鑑みれば正にコソドロそのもので、アラシヤマは闇の中で大きく嘆息した。
 そうこうしているうちに二十分が経過し。
 静寂の中で、アラシヤマは半ば愚痴のような気分で、囁くような小声を出す。

「……にしても、なしてあんさんまで、こない馬鹿げたマネしとるんどす」

 その呟きに、シンタローが作業を続けつつ小声で返す。 

「最初にアイツらに話、持ちかけたのオレだし」
「へ?あんさん、あん教師にえらい贔屓されとるやないの。あない戯けた試験でも、いつもほとんど満点とってはるて聞きましたえ」
「……」

 淡々と続けるアラシヤマの問いかけに、シンタローはしばらくの間、無言だった。
 だが、なんや無視かいな、とアラシヤマが不快に思いつつ、再び作業にのみ集中しようとしたときに、

「だから、だ」

 と、シンタローがぼそりと呟いた。そして、アラシヤマに背を向けたまま、短く言葉を続ける。

「……気にくわねーんだよ。ヒトの顔見て決めるような、アイツの態度」

 その台詞と、それを口にしたシンタローの声音から、アラシヤマにようやく合点がいく。

(―――ああ、そういうことどすのん)

 成績優秀で、人望の厚い一生徒。
 それなりにまっとうな感覚を持つ大半の教師は、シンタローに対し、それ以上の特別扱いなどしない。
 だが、それでも。中には、総帥の息子という肩書きに酷く怯え、媚びへつらう教師も、全くいないわけではない。
 普段は軽く流し、時に利用していたようにすら見えたそれ。だが、本人にしてみれば精一杯の虚勢だったというわけか。

(まぁ、あの教師の贔屓はあからさまにも程がありますけどな……)

 そう心の内で呟きつつ、アラシヤマは薄闇の中で動くシンタローの背中を一瞥する。
 気に食わないことに変わりはないし、差し伸べ返した手を(たとえそれが発火寸前だったとしても)殴打で返された恨みを忘れるつもりもない。
 ただ、なんや案外にガキっぽいトコもあるんやないの、と頭の片隅でちらりと思った。
 

 


 
 探し始めて三十分ほど経った頃、目的の問題用紙がようやく見つかった。
 本棚の最下段の奥深く。無数にあるファイルの中の一つに綴じられていたそれは既に完成されており、書き込まれている日付も、間違いなく次回の分だ。
 シンタローが持参してきた白紙に、それを書き写し始める。
 一枚分を写し終えて時計を見れば。警備員が巡回を始める午後三時まであと十五分ある。
 問題用紙はあと二枚。細かく書き込まれた文字数は膨大だが、それまでには写しきれるだろう。



 だが、そう思い二人が安心しかけたとき、ドアが音を立てずに開いた。その隙間から顔色を蒼くしたトットリが慌てて手招きをしている。
 シンタローは作業を中止して問題用紙を元あった位置に戻してから、ドアに近づく。アラシヤマもその後を追った。
 トットリが冷や汗をかきながら囁く。

「シンタロー!まずいっちゃ、警備員が……!」
「げ」

 その言葉に、シンタローの顔色もまた変わった。

「なんで今夜に限って…!!」
「わ、わからんけど、とにかくあと二分もすればそこの廊下の角曲がってきそうだわや」

 そのやりとりを聞きながらアラシヤマの表情が歪む。
 元々気の乗らない計画ではあったが、ここまで来て全て無駄足、というのは更にシャクだ。

(チィッ……!しゃぁない、こうなったら、廊下の奥に火ぃ飛ばしてひきつけて……)

 す、と手首を上げ、その温度を上げようとする。
 だが、その瞬間。

「バッカ野郎、使うな!」

 アラシヤマの手首をシンタローが掴み、鋭い声で制止した。
 思わぬ行動に出られたアラシヤマが、黒髪の隙間から覗く目を丸くしてシンタローを見る。

「な、この期に及んで、なにゆうて……」
「火ぃ出したら、後でテメェが疑われるかもしんねーだろーが!!」
(―――へ?)

 その言葉の意味するところに気付くまで数秒間、アラシヤマは呆けた顔のまま動けなかった。
 ――――疑われたら、困る?
 むしろアラシヤマを囮にして自分たちだけ逃げ出すことくらい、簡単にやってのけるような男だと思っていたのに。

 そんなアラシヤマの顔から視線を外して、シンタローは小声でそばにいる忍者に問いかける。

「写し終わんなかった分も、大体は覚えた。トットリ、コージにこのこと伝えて、鍵もう一度閉めて来るのに二分かかるか?」
「一分あれば十分だっちゃ」
「じゃあ、俺たちは先に逃げ道確保しとくから、すぐ追ってこいよ」 

 言って、アラシヤマの手首を離し、廊下を駆け出す。勢いに引きずられ、アラシヤマもまた走り出した。
 周囲の気配を探りつつ、音を立てないように、そして出せる最大限の速度で。


 


***





 士官学校の裏手。なんとなく校舎や校庭からは隔離されているようなこの場所にあるのは、保険医が趣味で育てているという植物園と、広大な敷地の余分を埋めるように植えられた無数の木々。
 人の気配など一切しない木漏れ日の射すそこで、アラシヤマはぼんやりと一本の木にもたれかかっている。
 期末の試験はすべて終了し、短い休暇に入った校内は常に比べれば嘘のように静かだ。





 あの後、校舎を脱出する窓のところでトットリ、コージと合流し、中庭を突っ切り、塀の外でぼんやりとしゃがんでいたミヤギを引っ張ると、一目散に寄宿舎へと駆け抜けた。ミヤギの部屋に駆け込むと同時に、全員が深い息をつき、その場にへたり込んだ。
 本人の言葉通り、シンタローはあれだけあった問題のキーワードをほとんど記憶しており。
 全員が一息置いて水を飲んでからすぐ、二枚の白紙にシンタローはそれを書き出して、既に埋まっていた一枚分とともに翌朝四人分のコピーをとった。

 完全とは言えないまでもその問題文は、かなりのところまで正確だった。常に赤点かギリギリのミヤギ、トットリ、コージの三人もそれなりの点数を取り、百枚のレポートから逃れ。
 特にその三人をターゲットとしていた教官は脅しが効きすぎたか、と臍をかんだらしい。
 いわゆる、大成功の末のハッピーエンド、というやつだ。
 あの夜のことが教師たちに露見した様子もなく、日々はたいした変化もなく流れている。





 空は綺麗に晴れており、陽光は穏やかに暖かい。所狭しと伸びている枝々が織り成す影が、他の草むらと同様にアラシヤマの上にも幾何学的な模様を描き出している。
 太い木の幹に背を預けたまま、アラシヤマはぼんやりとあの夜のシンタローの振る舞いを思い出す。


 気に食わない相手だ。いつだって自分がトップで、それが当然という顔をして。
 よく大口を開けて見ているこっちが腹が立つようなバカ笑いもしているし、唯我独尊の俺様のくせに取り巻きたちからは何故か慕われていて。
 総帥の息子という立場すら利用して、好き勝手しているように見えた。

 初対面のときにあれだけの仕打ちをしておきながら、アラシヤマの復学後、一言も謝ってこなかったし。
 こちらから近づきもしなかったが、それでもいつも、アラシヤマのことなどまったく眼中にもないような、どれほど踏みつけにしたところで気にもならない。そんな態度をとってきた―――それなのに。



(バッカ野郎、使うな!)
(後でテメェが疑われるかも―――)



 あの言葉は、きっと、アラシヤマが疑われれば自分たちも芋づる式に見つかるかもしれないと、そう考えただけの話だろう。
 ―――たとえあのときのシンタローの目が、どれだけ真剣で、真っ直ぐなものに見えたとしても。


「ホンマ、気に食わん……」

 呟きながら、アラシヤマはあの時シンタローにつかまれた左の手首を見る。


 制服の袖から覗くその手首には、まだ、シンタローの手の暖かさ、奇妙な温度が残っているような気がした。 




 それは、人に触れられるというその行為自体があまりに久しぶりだったからで。
 相手があの男だったから、とかそういうことではない、とアラシヤマは思う。


 多分、きっと。
 絶対に。












FIN.




















============================================
思えば士官学校時代書くの初めてでした。
男の子はムズカシイですでも好き。
ツッコミどころ満載なのはどうかスルーの方向で…!(拝



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