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07. 密会









 他の全ての音をなぎ払うかのようなヘリのプロペラ音を遮るために、船尾側の耳を、耳当ての上から片手で覆う。
 三十秒前に、高度を約六百メートルまで落とさせた。この高度で敵の監視線を免れることができるのは、あと二分程度だ。前線の工作兵に電気系統を破壊させた敵拠点の、予備電源が作動するまでの三分間。
 眼下の闇には低木のブッシュが広がっている。
 コックピットの右側に居る機長補佐がヘッドホンをずらしながら振り向いた。

「シンタロー総帥、地上より最終の通信が入りました。予定通り二十分後に地点Bに到達されるそうです」
「―――了解」

 答えて、ゴーグルを下ろす。ついでにギュ、とグローブを嵌め直した。
 ロックを外し、外への扉をスライドさせると、突風が機内に入り込み、久しぶりに一つに括った髪を容赦なくなぶる。
 背筋がゾクリとして、なんとはなしに笑みが浮かんだ。
 艦の中から部下を指揮するのとはまた一味違う、この高揚感。

「んじゃ二日後。あっちで迎え、頼んだゼ」

 軽く手を振りながら、そう告げて。
 操縦席から返された略式の敬礼を視界の隅に認めた後、風の中に飛び降りた。















『 サラウンド 』















 ほぼ目標どおりの地点、高くて五メートル程度の木々の枝を折りながら、地上に降りる。再利用のできそうにないパラシュートは所々をナイフで切りながらすぐに外し、手早く畳んで近くにあった窪みに放り込んだ。
 少しだけ移動をしてたどり着いたミーティングポイントで腕時計を見れば、降下前の報告から十八分が経過している。
 ヤツが設定してきた時刻まであと二分。ならそろそろかと思い始めた頃、背後に形容しがたい悪寒を感じ取り、本能的に振り返った。

「し、シンタローはぁぁんvvあんさんのアラシヤマが来ましたえ~~」

 果たして、獣並みのささやかな足音で、しかし背後に花柄の妖気を漂わせながら現れたのは、こんな戦場にあってもまだ片目を隠し続ける黒髪の男。
 その姿と声に条件反射のように眼魔砲を放ちそうになるが、一応はまだ敵地にいるのだということを思い出し。せめて一秒たりとも視線を合わさず、顔をこれ以上は無理というくらいまで背けることで精一杯の意思表示をした。

「まさかこないなとこでホンマにシンタローはんに会えるだなんて……やっぱり運命のお導きでっしゃろか」

 顔の前で両手を組み、しなを作りながら男はにじり寄ってくる。それでも目を合わさないようにその姿を一瞥すれば、戦闘服のあちこちに擦過の汚れや煤がついているのが、剣呑と言えば剣呑だった。
 ここにたどり着くまでにもそれなりの戦闘はこなしてきているはずなのに。そんな気配など微塵も感じさせない男の様子に呆れながら、片手を出す。

「信憑性ゼロの御託はいーから、例の、さっさと寄越せヨ」
「まーたテレはってぇvそないに急がんでも、近くに邪魔になりそうな人間はもうおりまへんえ」
「周辺環境がどうこうじゃなく俺自身の精神衛生上の問題だ」

 何の誇張もなくそう言い放ってやると、アラシヤマは少しだけ眉尻を下げながら、それでも懐から二つのものを取り出した。小さく畳まれた白い紙と、プラスチック製の指の関節二つ分ほどのサイズの小さなサンプルケース。 開いた手の上にそれらが落とされる。
 ケースの方はすぐに腰のポーチに入れて、紙片はその場で一度開いて確認する。
 中には現在交戦中のζ国の最新兵器のデータが手書きの暗号文字でびっしりと書き込まれていた。確かに、前線に調査を依頼していたもの二つを、目の前の男は嫌味なほど見事にそろえてきたようだ。

「……ン、これなら後は本部の開発課廻して解析させりゃ何とかなるか。ごくろーさん」
「心友のためやったら、このくらいなんでもあらへんどすえvせやけど……シンタローはん」
「まだ、何かあんのか?」

 紙片と同時に受け取った透明な液体は、最近この近辺の水場に流されていると思しき毒の一種だった。新型の兵器と新型の毒。この上更に厄介な何かがあるのかと、無意識に出した煙草を咥えながら、目つきを鋭くしてアラシヤマを見る。
 だが、ヤツは顔の前で両手の人差し指をもじもじと合わせたかと思うと、(本人としては自然な笑顔のつもりなんだろうが)禍々しく笑って、言った。

「……こないムード満点な夜更けに森の中二人っきりて、なんやこう……デェトみたいやと思いまへん?」
「これっぽっちも思わねーな。火」

 表情も変えずに一蹴すると、アラシヤマは片手で涙を拭うような素振りをしながら、もう片方の手を前に差し出した。
 紙巻を咥えたまま軽く顎を突き出すと、小さな音と共に先端に小さな灯りが点る。亜温帯の森の中に漂う煙は、辺りの湿気のせいかいつもより若干甘いような気もした。

「わても一本、お相伴してよろしゅおすか?」
「……めずらしーナ。いいけどよ」
「あんさんが美味しそうに喫わはるもんで」

 胸元から箱を取り出し、ふたを開けてアラシヤマのほうに向けると、おおきに、と言いながら一本を取った。
 しばらく二人で近くの木に凭れかかりながら、紫煙を燻らす。
 込み入った枝々の間から見えるのは満天の星空。お互いが動かなければ幽かな風の音しか聴こえはしない。
 ふ、と天に向かって細く煙を吐き出しながら、アラシヤマが呟いた。

「この後は、もうすぐに隣国に向かわはるんどしたな」
「ああ。そこの支部にコレ預けてから、首都でもうひと工作だな」
「大丈夫どすか?この近くを巡回しとる雑魚は片しておきましたけど、そんでも国境までの間に配置されとる警備兵の数は多分、一桁や済みまへんで」
「誰に向かって言ってんだ?」

 眉宇に若干の心配を漂わせながら言う男に、睨みつけるような気分で笑ってみせる。

「ガンマ団ナンバーワンの看板は、まだ下ろしたつもり、ねーんだけど」
「……そら、えろう失礼いたしましたわ」

 アラシヤマは軽く肩を竦めて目線だけで空を見上げる。だがすぐに、片手を口元に持っていったかと思うと、人差し指で空中に「の」の字を書き出した。

「ま、なんにしても、あんさんの顔が見られたんは、わてにとっては僥倖どすな……ホンマはあんまり危険な真似して欲しゅうはないんどすけど」
「仕方ねーだろ。他に任せられそうなヤツがいなかったんだから」

 短くなってきた煙草に片目を細めながら、つまらなそうにそう告げる。
 それこそが、危ないだの何も総帥自身がだの散々うるさく言われながらも、自分が出張った一番の理由なのだ。アラシヤマが担当している地域の、兵器はともかく毒の解析は一刻を争う急務だった。被害は戦地のみならずその隣接する地域にまで広がっていたので。
 だがその言葉を聞いたアラシヤマは、口元で笑みを象りながら嘆息した。

「つい先日にも、本部で大量リストラしはったばっかどすしなぁ。当面は人手不足も深刻どすわ」
「皮肉か?それ。つーか何で長期遠征中のオマエが知ってんだよ」
「ゆうべ本部に連絡しましたときに、某秘書はんにちょこっと」
「……」
「ちなみに皮肉やあらしまへんで。むしろ褒めとります」

 淡々と言うアラシヤマのその態度に、知らず舌打ちが漏れた。おそらくチョコレートロマンス辺りが妙な気を廻したか、或いは廻さないまでもアラシヤマの誘導尋問に負けたに違いない。
 帰ったら犯人特定して減俸モンだと内心で憤るが、今の時点ではどうしようもなかった。
 いつの間にか煙草を喫い終えたらしきアラシヤマは、腕組をして中空を眺めながら言葉を繋ぐ。

「旧体制にどっぷり浸かりきって戻れへん人たち、無理に動かそうとしても早晩破綻がきますやろ。下手に足止めせんと、今のうちに首切りしたんは正解やったと思いますえ。元ガンマ団いう肩書きがあれば、どの組織行っても邪険にはされへんでっしゃろしな」

 アラシヤマの声には色がない。それで、きっとこいつはその背景まで全部聞いたに違いないと半ば確信に近く思った。

 五日前に行った団員の一斉処分。団の体面を慮って、表立った処分としては解雇。だが実体は集団離反に過ぎない。自分はそれを抑えることが出来なかった。
 あの日、百年前であれば正しく直訴と呼びたいような団結の取れた行動で、総帥室に現れたのは、これまで前線で活躍してきた戦闘員達で。
 どう考えても、新体制にはついていけない。最後通牒のようにそう冷たい瞳で言い放った古参団員達に対して、出来たことといえば、同程度の温度の視線で、ならもうここに居場所はない、と告げることだけだった。
 反対派の襲撃などこれまでにも幾度かあったし、転換の度合いが度合いだ。どうしたって同じ道を歩めない人間が居るのはもう十分に知っている。
 それでもやはり、自分では信頼を得られなかったと。そう目に見える形で宣告されるのは、たとえそれが何度目であっても、気軽に受け止められることではなかったけれど。

 そんなことを思い少しぼんやりとしていると、アラシヤマが不意に呼びかけてきた。

「なぁ、シンタローはん」
「……ンだよ」

 ぼうっとしていたことになんとなくバツの悪い思いをしたこともあって、フィルターの間際まで灰が来ている煙草を背後の木に押し付けながら、いつも以上に邪険に返す。だがアラシヤマは、そんな棘のある声など全く気にしていないかのような態度で、腕組をしたまま、薄く笑った。

「知ってます?あんさん一人食べさせるくらいの甲斐性なら、わてにもあるんどすえ」
「はァ?」

 唐突に、意味不明のプロポーズめいたことを言われて、意識したものではなく自然に顔が歪む。だがこちらの思惑など意に介さないまま、アラシヤマは滔々と言葉を続ける。

「ミヤギはん、トットリはんやコージはんが一緒になれば、仕事人稼業くらいはどこでもやってけます。ウィローはんや津軽はん、どん太はんらも加われば世界規模でできますな」

 まるで将来の夢を語る子供のような他愛のなさで。
 やや遠くを見るように片目を細めながら言うその声は、むしろ楽しそうだ。

「その上あんさんにはグンマはんやらキンタローやらいつまで経っても子離れできそうにない親父やら、過保護な家族が仰山いはるんどすから、色々背負うもん多くて、大変どすなぁ」

 そして、ヤツはニ、と笑った。
 ―――そこまで聞いてようやく一連の台詞の意図するところに気づき、こっちも苦笑せざるをえなくなる。

「いざとなったら家庭内手工業か?」
「悪ぅないどすな、産業革命以前の趣(おもむき)っちゅうのも」
「バーカ」

 言いながら、裏拳でヤツの額をはたく。そして、あだっ、と悲鳴を上げてのけぞった男から顔を背けた。何故か笑いの洩れる口元が見えないように。
 似合わない気の遣い方をした男に対してか、そうさせた自分への自嘲か。その笑いの正体がどういったものかはわからない。だが、男の言うあまりに荒唐無稽で阿呆らしい未来図が、本当にそう悪くはないような気も、してしまった。それが現実となる可能性など皆無だとしても。
 隣で額を押さえている男の顔を、横目で見る。
 他に適任者が居なかったから。自分が任務に就くのが一番確実だから。どれ一つとして嘘ではいないし、こじ付けでもない。
 それでも。久しぶりに単独任務に出てきたのは、結局のところ。
 少し体だけを思い切り動かしたくなった、という理由のほかにも、この馬鹿の顔が見たかったからかもしれない、なんて、そんな考えが一瞬だけ頭をよぎった。

「……んな、弱ってる場合じゃねーよな」
「え、なんどすって……?」

 のんきな顔で聞き返してきた男の襟元を思いっきり引っ張って。
 何か言いかけたその唇に、キスを一つ。
 いつも喫っている煙草の味が、ほんの少しだけ舌に触った。

 不意打ちを食らった根暗男は、唇を合わしている間じゅう、目を丸くして固まっており。

「―――『オツカイ』のご褒美だ。ありがたく受け取りやがれ」

 呼吸を解放してそう告げた後も、顔を赤くした間抜け面のままだった。
 コンチクショウという気分と同時に、ざまぁみろと思って、さっさと踵を返す。つられてこっちまで赤面するのは真っ平だ。





 地上に着いた時ほぼ中天にあった月は今はやや西のほうへと傾き始めている。
 いつもより近くに感じるそれを木々の合間にちらりと見てから、そのまま振り向かず、国境へと続く山道を歩み始めた。



 背後でまだ動けずにいるらしいアラシヤマの、「ボーンチャイナ注文しとかへんと……」といううわ言のような呟きは、あえて聞かなかったことにした。



 







































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シンタロー総帥就任から少し経ったくらいの時期設定で。
「現時点で」書ける最大限に甘いシンタロさんかもしれません。
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