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z

 

 


4.手   37*12


 


 


 


 


風邪なんて引いたことがない。


怪我だって、かすり傷ひとつ負った姿を見たことはない。


でも。


子供の頃は気付かなかった血の臭いを、感じ始めたのはつい最近。


誰のものかは知らないけれど、いつも血と、死の匂いが漂っている。


染み付いている。


笑っていても。


その表情の奥にある、凍り付くほどの冷たい光りになど。


 


 


気付かなければ、よかった。


 


 


 


 


いつも通りしつこくされて、頭に来て口を利かないまま離れた。


向かった先がいま一番の激戦区だというのは出発後に知ったけれど、心配に思ったところで呼び戻すことが出来るはずもなく、また喧嘩別れしている手前そんな気持ちを知られるのも嫌だった。


ひとの命を奪い、縁(ゆかり)のない土地を我がものにし、そこになんの意味があるのか本人にすらもう分かっていないのではないかと思う。


世界を制圧し、征服し、一体それでなにになるのか。


一度だけそのことについて聞いたことがある。感情を殺して、興味ではなくただなんとなく、その瞬間に思いついたような振りで聞いた。“世界を手に入れてどうするのか”と。


答えはなかった。


笑っていた。


ただ笑って、大きな掌で肩を抱かれた。抱き寄せられて、耳元で囁かれた。


 『愛しているよ』


いつも繰り返す言葉に聞き流すのもいつものこと。


はぐらかされた、そう思った。


深追いするには、自分にはなにもなかった。なにも。なにひとつ、ない。


本当は。


 


帰ってくれば、きっとまたなにもなかったように笑って、大袈裟な仕草で抱き締めながら寂しかったと、愛していると繰り返すのだろう。リピートしすぎてとうの昔に擦り切れてしまったカセットテープのような真実味のない声で。音で。


凍る蒼い瞳で。


 


 


帰還の報せはなかった。


けれど屋敷の者の慌てた様子にピンと来た。


本部に問い合わせ、半ば強引に聞き出した報に一瞬、本当に息が止まった。すべての物音、感覚が遠ざかり自分がいま何処にいるのかも分からなくなった。


それからどうやって辿り着いたのか分からないけれど、気付いたときはメディカルセンターの集中治療室前に立っていた。


入室は許されてはいなかったが、たとえ許可があっても入ることは出来なかっただろう。


見るのが怖くて。


事実を知るのが、怖くて。


恐ろしくて。


 


どうして喧嘩などしたのだろう。


どうしてなにも言わず行かせてしまったのだろう。


どうして。


どうして。


どうして。


 


寒さとは違う震えに四肢を丸め蹲っていた。


抱き締めてきたのが求める相手ではないからなにも言わなかったし、彼も、なにも聞かなかった。医者ではないが、一族の健康管理は彼の仕事のひとつでもあったため当然医療チームには組み込まれていたのだろう。


普段は従兄弟ばかりを愛し、自分には一切の興味など持たぬ彼であったのに、何故だかその腕は暖かく囁かれる慰めはゆっくりと、そして静かに染み渡っていく。


大丈夫。


大丈夫。怖くない。私がついています。あなたにはどんな痛みも苦しみも与えないから。


守るから。


どうして彼が自分に対しそこまでの愛情を見せるのかぼんやり頭の隅に湧いた疑問は、包み込む温かさの中に溶けだしやがて薄れ消えていった。


大切なことだったのかも知れないけれど、いま、自分にとって最も重要なことは目の前の扉が開くそのことだけだ。本当に欲しい腕の中に、強く抱き締められることだけだ。


帰ってきて。


還ってきて。


ここに。


自分の元に。


かえってきて。


それだけ。


 


 


掃討作戦は成功したが、自らが放った眼魔砲が火薬庫に引火し近くに滞空していた味方の艦がその爆発に巻き込まれパニックに陥り、結果側面から衝突されたのだという。


外傷は少なく、また実際にそれほどひどい負傷ではないという。


けれど意識の回復が遅いことが不安を煽る。


その状態が四日も続いた。


 


 


目が覚めたと聞かされたとき、膝から力が抜けて立っていることが出来なくなった。


高松が支えていなければ本当に倒れていたかも知れない。


手を引かれ、通された病室の白さが目に染みて思わず堅く瞼を閉じる。


閉じてしまえば開くことが怖くなり、支える腕を強く掴んだ。大丈夫、あの声がまた染み込んでくる。


 「ああ、泣かせてしまったんだね。ごめんね」


枕元に立つと、掠れた、小さな声がかけられる。視界の隅に焦がれた指先が見える。


自分に向かって伸ばされる、求め続けたその指が。


大きな手が。


 


繋ぐ、ために。


 


 


 


手は繋ぐために。


いつだったか、散歩に行こうと誘われ並んで歩いた夕暮れの中で言われた言葉に、自分は当然のように逆らった。この年になってどうして父親と手を繋いで歩くような真似が出来るかと、そう言って伸ばされた手を振り払った。


けれどいま、その同じ手をしっかりと握りしめ、眠ってしまった肩先に鼻先を埋もれさせるよう甘え擦り寄っているのは自分だ。


生きてきた時間は長くはないけれど、それでもこんなに恐ろしいことは、体験は愚か想像すらしたことがなく、ダメージは深く心の中に根付いている。


父を、彼を失うことなど考えられなかった。


それを現実のものとして突き付けられ、更に受け入れられない事態だと思い知らされる。死ぬ。消える。いなくなる。有り得ない。そんなことは有り得ない。


許せない。


掌は温かく、それが彼のものだと思うだけで安心出来た。


傍にいる、そのことだけで満足だった。


どんなに冷たい目をしていても。


どれほどの人を殺そうと。


それでも彼を失うことに比べれば、それはほんの些細なことでしかないとさえ思える。間違っていると、狂っていると言われようと、この温もりをなくすこととは引換になど出来ようはずもないのだ。


もし。


もし、彼から離れるときが来るとすれば、それは二人を繋ぐこの手の温かさを信じられなくなったとき。余人を介したことではなく、互いの気持ちが通じ合わなくなったとき。


それ以外のこと、誰を殺そうがなにを奪おうが、そんなことでは父と、自分を繋ぐ楔は解けたりはしない。決して互いを見失ったりはしない。この手は、彼だけに向け伸ばしている。自分だけを求め伸ばされている。


だから。


殺すもの、覇王としての彼から目を背けることはもうしない。


後悔など決してしない。


彼こそが自分を、彼だけが自分を生かすことの出来る存在だから。


すべてだから。


 


絡めた指に力を籠めると、眠っているのに握り返す力を感じた。


大きな手。


いつか自分も持てるだろうか。この手を離さないと伝えることの出来るほど、大きく、温かなそれを彼のために。


指先に口付けた唇に感じた熱を、夢の中の彼も感じていると、いい。


 


 


 


 END


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