prisoner
「もう訓練終了まで数時間やというのに、マヌケな話や・・・」
まだ少年期にあると思われる若い男が呟いた。彼は、木の根元に座り込んでいた。
先日から、士官学校では捕虜の捕獲と偵察戦術についての訓練を行っている。
その訓練では訓練生を大きく2チームに分け、アラシヤマは偵察側に属していた。一緒に偵察に出た仲間は捕虜となったが、アラシヤマは応戦し、どうにか逃げ延びた。
捕虜にされると言っても訓練なので、むしろ何時間もジャングルに潜伏するよりは数倍楽ではあったが、彼のプライドがそれを許さなかった。
残存部隊組とあらかじめ取り決めておいた合流地点を目指し、ジャングルを移動していた矢先、罠が仕掛けられていた。
クレイモアの警戒線がいくつも張られている中、今までとは系統のちがう圧力発火式地雷が埋められていたので用心し避けて通ったところ、アラシヤマはバランスを崩し、ブービートラップに引っかかった。
板に鋭いスパイクが何本か打ち込まれた古典的な罠であっただけに、彼は痛みよりも悔しさを強く感じた。
しばらく休んだので、アラシヤマがその場から立ちあがろうとすると、不意に目の前のブッシュがガサガサと音を立て、少年が1人、現れた。彼は、座り込んでいるアラシヤマを見ると、目を丸くした。
「なんだ、オメーか」
「ああ、あの罠を全部仕掛けたのは、シンタローどしたか。あんな古くさい罠をしかけるなんてどうかしてるんやないか?」
アラシヤマが小馬鹿にしたようにそう言うと、シンタローは不機嫌になり、
「それにひっかかったバカは、どこのどいつだヨ?」
と言った。
今度はアラシヤマも不機嫌になり、押し黙った。
「テメェ、怪我してんダロ?さっさと自分で手当てしろヨ」
「これぐらいの傷、どうってことあらしまへん」
そう言ってアラシヤマは立ち上がったが、額に油汗が滲んでいた。
アラシヤマは、シンタローが早くこの場から立ち去ればいいと願ったが、あいにくシンタローは彼が何も装備を持っていないことに気づいたようである。
「オマエ、馬鹿か?たいしたことないって思っても、ジャングルの中で消毒もしないまま放っておくと足が腐って使い物にならなくなるんだからな!」
シンタローが怒ったように言いながら近づいてきたので、アラシヤマは彼を睨みつけ、
「ほっといておくれやす」
と憎々しげにいうと、シンタローはアラシヤマを殴り飛ばした。地面に転がったアラシヤマがすぐに身を起こすと、シンタローは仏頂面でアラシヤマの足からブーツと靴下をはぎとり、応急キットの中から取り出した消毒液を直接、傷口に振りかけた。
「いっ、痛うおます!あんさん、手当てが下手クソどすな!?」
「うるせぇッツ!!わざと痛ぇようにしてんだから、当たり前ダロ!?足が腐るよりマシだと有難く思えッツ!!」
「わざと、やて・・・!?」
アラシヤマは、自分の足に包帯を巻いていくシンタローのつむじを睨みつけていたが、不意に、
「―――俺は、あんさんが嫌いどす。あんさんもわてを嫌いでっしゃろ?何で、あんさんはそうおせっかいなんどすか?」
不思議そうに聞いた。
シンタローは顔を上げると不機嫌な様子で、
「怪我をしているヤツがいたら、助けるのがあたりまえだろーが?・・・あと、一応仲間だし」
と言って、包帯をギュッとしばった。アラシヤマは、顔を顰めた。
「よし!完璧!!」
出来ばえに満足したのか、少年らしい無邪気な笑顔で笑ったシンタローの顔を、アラシヤマはあっけにとられたように見つづけていた。
「何だよ?なんか文句あんのか!?」
再び顔を上げたシンタローと至近距離で視線が重なり、アラシヤマは慌ててそっぽを向いた。
「べっ、別におまへん。ただ、巻き方が不器用やと思うただけどす!」
「・・・ったく。助けがいのねーヤツだナ!」
シンタローは立ち上がると、
「じゃあ、俺は戻っから。それとオマエ、逃げる時は血の痕を消せよ?すぐ敵に気づかれるゾ」
再び繁みを掻き分け、姿が見えなくなった。
その場に残されたアラシヤマは、
「余計なお世話や」
などとブツブツ言いながら穴のあいたブーツを履き、立ち上がった。
「―――礼、言いそびれたナ」
聞き取れないようなごく小さな声でそう言って、アラシヤマは歩き出した。
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