■SSS.21「ライオンと魔女」 サービス+シンタロー「それでね、おじさん」
私の愛しい甥っ子はハーレムから受けた手荒いスキンシップを一生懸命訴えてくる。
まったく、アイツも困ったヤツだ。子ども相手に本気になることもないだろうに。
「ホントやんなっちゃうよ!すぐぶつし。パパやおじさんと違って獅子舞みたいだしさ」
「獅子舞?」
「うん。そう思わない?ハーレムおじさんと一緒にいたお兄ちゃんたちがこっそり話してたよ。
獅子舞に似てるよね。髪の毛もぼわぼわだし、がーっと口開けるしさ」
くすくすと笑いながらシンタローが言う。
驚いた。
子どもの頃から双子の兄のことは「ナマハゲ」と呼んでからかったりしていたが。
獅子舞、ね。言いえて妙だな。
アイツの部下も面白いことを言う。
「たしかに似ているな」
紅茶に口をつけながら、同意すると甥はそうでしょ、と身を乗り出してきた。
「ああ、シンタロー。そんなに乗り出すんじゃない。お茶がこぼれてしまうよ」
「わ、ごめんなさい」
ぺこり、と首を下げて甥は再び大人しく席に着いた。
兄ではなくともその可愛らしい様子には思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。それじゃあ、シンタローは獅子舞が嫌いかなのか?」
正月に見たんだろう、マジック兄さんが撮った写真を見せてもらったよ、と付け加えると彼はパッと顔を輝かせた。
「うん。パパがね。獅子舞呼んでくれたんだ。それでさ、おひねりあげたんだよ。獅子舞が口でくわえてくれた」
「ああ、写真で見たよ。グンマは泣き出していたね」
「グンマは泣き虫だから。僕は平気だったけどさ!」
得意げにシンタローは言った。
「獅子舞を見てハーレムを思い出したのかもしれないね。
グンマはこの前ハーレムにさんざんからかわれたと高松が言っていたよ」
十年来の友人は苦々しく私に話してくれた。
アナタからも言っておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せていたが今更止められるような男でない。
甥っ子たちを苛めれば保護者が黙っていないのは重々承知だろうに帰るたびにちょっかいを出しているのだ。
シンタローは私の言葉に頷いた。
「うん。ハーレムおじさん、グンマの服が女みたいだって髪の毛引っ張ったりしたんだよ。
グンマのヤツびいびい泣いてさ、高松が飛んできたもん」
「ハーレムは高松に嫌味を言われただろうね」
「うん。ねちねちいろんなコト言われてたよ。あとさ、高松にヘンなお薬注射されてた 」
「ふ~ん」
なにを打ったんだ、高松のヤツ。
「でも次の日には相変わらず乱暴だったけどね。ホント、おじさんとは双子に見えないよ。ガサツだしさ」
「よく言われるよ」
「お正月だってお酒飲んでイビキかいててさ、パパに怒られたんだよ」
「マジック兄さんに?」
「うん。僕のお肉も勝手に食べたんだ」
「ああ、なるほどね」
長兄はこの子を溺愛しているし、どうせ酔ったアイツはこの子やグンマをさんざんからかったんだろう。
毎年毎年、懲りないヤツだ。
「まあ、楽しい正月だったならいいじゃないか」
「おじさんもいたらもっと楽しかったよ」
「そうは言われても私も都合があるからね」
あまりここには戻ってこないことにしている。
ここは、本部はあまりにも過去の記憶を意識させる。
兄弟の間に過去に起こったことを。
青春時代に起こったこと、死んだジャンのことを……。
「え~。う~ん。じゃあ、おじさん、お願い。来年はおじさんも来てよ!」
「考えておくよ」
ちぇ~、と甥は不満をこぼした。
私がこう口にするとき、たいてい望みが叶えられないのを分かってるからだろう。
ジュースの入ったコップから取り出したストローを小さく横に振りながら、甥は口を尖らせていた。
「そういえば、シンタロー」
「な~に?」
「シンタローはハーレムがライオンに似てると思うかい?」
「ライオン?」
「ああ、獅子舞…獅子はライオンだろう」
「う~ん。ハーレムおじさんは髪の毛もぼわぼわだし、大きい口でがーっと煩くするし、お肉も好きだけど…」
「似ていない、か」
「うん。ライオンとはちょっと違うかな」
「そうか」
ため息のような笑い声をこぼすとシンタローは怪訝そうに私を見る。
「どうかしたの?」
「ああ、実はね。おまえの死んだおじい様はライオンみたいな人だったんだよ」
笑いながらカップをソーサーに置く。
シンタローはストローを口にしたまま、目をまるくしていた。
「ライオンみたいだったの?それってハーレムおじさんよりおっきくて、うるさくて、怖かったの?」
「いや。怖くはなかったさ。
もっとも、私もハーレムも小さかったから叱られたことがなかっただけかもしれないけどね」
「え~。でもライオンみたいって……。パパは叱られたことあるのかなぁ」
ホントに怖くなかったの?とシンタローは尋ねる。
「マジック兄さんはどうだろうね。でも、怖くはなかったよ。滅多に帰ってこなかったから会うのがうれしかった。
大きくて、あたたかい腕で抱きしめてくれた。シンタローも兄さんが抱きしめてもらうだろう」
それと同じだよ、と言うとシンタローはよかったと口にした。
「よかった?」
「うん。パパもおじさんもおじいちゃんが怖い人だったらかわいそうだよ。
あ~あ。僕も会ってみたかったな。ライオンみたいだけどパパみたいに優しいひとなんだよね。」
「……そうだな」
この子を溺愛する長兄とは違った父親であったけれど。
父は、私たち4人を深く愛していた。
「ねえ、おじさん。おじいちゃんってパパみたいに遠くにお仕事しに行ってたの?」
「ああ、そうだよ。兄さんの方が本部にいるのが多いけどね。兄さんはシンタローといつも一緒にいるしね」
「うん!パパは今日も僕の好きなカレーを作ってくれるんだ」
「そうか。それはよかったね」
甥は満面の笑顔を浮かべた。
それから、「そうだ!」といいことを思いついたとばかりに私を見る。
「パパの作るカレーはおいしいんだよ。そうだ!おじさんも一緒に食べようよ。
いつもね、いっぱい作るとグンマと高松も呼ぶんだよ」
ねえ、いいでしょ、おじさん。
たまには皆でご飯食べたいんだ、とシンタローがねだる。
そのかわいらしい様子に、兄ではないが顔をほころばせながら、
「ああ、いいよ。たまには兄さんの料理も食べたいからね」
と言うと甥は歓声を上げた。
食事が終わり、しばらくするとシンタローは兄の膝で舟をこぎ始めた。
少し前にグンマは高松に連れられて帰ってしまっている。
グンマの前では、リードを取りたがり、背伸びをしているこの子もやはり子どもなのだ。
こっくりこっくり、揺れて、仕方がないといった表情の兄が抱きとめていた。
いつだったか、亡き父の部下は私達兄弟が父に抱きしめられている様を犬の親子に喩えていた。
いつだったか、兄は亡き父のことをライオンのようだったと評した。
目の前の兄と甥も同じ。
起きていたときは、甥はきゃんきゃんと吠える子犬のように私や兄に纏わりついていた。
兄と甥はじゃれ合い、駆け回る犬の親子のように仲良くしていた。
そして今。
部下の前ではライオンのように厳しい顔つきを見せる兄は目を細めている。
甥の黒髪をやさしく撫でて愛おしんでいる。
まるで、ライオンが仔をやさしく毛づくろいしているようだ。
シンタローがもぞもぞと兄の膝で動いた。
「眠いんだろう」と兄がやさしく囁く。
もぞもぞと動いていた甥は、目を擦り、こくりと頷いた。
「それじゃあ、もうオヤスミしようね」と兄が甥を抱き上げる。
シンタローを寝かしつけてくる、と私に言い、兄は抱っこしたまま部屋を出て行く。
立ち上がり、私の前を横切る時、の金色の髪がストーブの灯でちらちらと輝いた。
それは一瞬だけ揺らめいて、まるでライオンの鬣のように見えた。
私の愛しい甥っ子はハーレムから受けた手荒いスキンシップを一生懸命訴えてくる。
まったく、アイツも困ったヤツだ。子ども相手に本気になることもないだろうに。
「ホントやんなっちゃうよ!すぐぶつし。パパやおじさんと違って獅子舞みたいだしさ」
「獅子舞?」
「うん。そう思わない?ハーレムおじさんと一緒にいたお兄ちゃんたちがこっそり話してたよ。
獅子舞に似てるよね。髪の毛もぼわぼわだし、がーっと口開けるしさ」
くすくすと笑いながらシンタローが言う。
驚いた。
子どもの頃から双子の兄のことは「ナマハゲ」と呼んでからかったりしていたが。
獅子舞、ね。言いえて妙だな。
アイツの部下も面白いことを言う。
「たしかに似ているな」
紅茶に口をつけながら、同意すると甥はそうでしょ、と身を乗り出してきた。
「ああ、シンタロー。そんなに乗り出すんじゃない。お茶がこぼれてしまうよ」
「わ、ごめんなさい」
ぺこり、と首を下げて甥は再び大人しく席に着いた。
兄ではなくともその可愛らしい様子には思わず笑みがこぼれる。
「ふふ。それじゃあ、シンタローは獅子舞が嫌いかなのか?」
正月に見たんだろう、マジック兄さんが撮った写真を見せてもらったよ、と付け加えると彼はパッと顔を輝かせた。
「うん。パパがね。獅子舞呼んでくれたんだ。それでさ、おひねりあげたんだよ。獅子舞が口でくわえてくれた」
「ああ、写真で見たよ。グンマは泣き出していたね」
「グンマは泣き虫だから。僕は平気だったけどさ!」
得意げにシンタローは言った。
「獅子舞を見てハーレムを思い出したのかもしれないね。
グンマはこの前ハーレムにさんざんからかわれたと高松が言っていたよ」
十年来の友人は苦々しく私に話してくれた。
アナタからも言っておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せていたが今更止められるような男でない。
甥っ子たちを苛めれば保護者が黙っていないのは重々承知だろうに帰るたびにちょっかいを出しているのだ。
シンタローは私の言葉に頷いた。
「うん。ハーレムおじさん、グンマの服が女みたいだって髪の毛引っ張ったりしたんだよ。
グンマのヤツびいびい泣いてさ、高松が飛んできたもん」
「ハーレムは高松に嫌味を言われただろうね」
「うん。ねちねちいろんなコト言われてたよ。あとさ、高松にヘンなお薬注射されてた 」
「ふ~ん」
なにを打ったんだ、高松のヤツ。
「でも次の日には相変わらず乱暴だったけどね。ホント、おじさんとは双子に見えないよ。ガサツだしさ」
「よく言われるよ」
「お正月だってお酒飲んでイビキかいててさ、パパに怒られたんだよ」
「マジック兄さんに?」
「うん。僕のお肉も勝手に食べたんだ」
「ああ、なるほどね」
長兄はこの子を溺愛しているし、どうせ酔ったアイツはこの子やグンマをさんざんからかったんだろう。
毎年毎年、懲りないヤツだ。
「まあ、楽しい正月だったならいいじゃないか」
「おじさんもいたらもっと楽しかったよ」
「そうは言われても私も都合があるからね」
あまりここには戻ってこないことにしている。
ここは、本部はあまりにも過去の記憶を意識させる。
兄弟の間に過去に起こったことを。
青春時代に起こったこと、死んだジャンのことを……。
「え~。う~ん。じゃあ、おじさん、お願い。来年はおじさんも来てよ!」
「考えておくよ」
ちぇ~、と甥は不満をこぼした。
私がこう口にするとき、たいてい望みが叶えられないのを分かってるからだろう。
ジュースの入ったコップから取り出したストローを小さく横に振りながら、甥は口を尖らせていた。
「そういえば、シンタロー」
「な~に?」
「シンタローはハーレムがライオンに似てると思うかい?」
「ライオン?」
「ああ、獅子舞…獅子はライオンだろう」
「う~ん。ハーレムおじさんは髪の毛もぼわぼわだし、大きい口でがーっと煩くするし、お肉も好きだけど…」
「似ていない、か」
「うん。ライオンとはちょっと違うかな」
「そうか」
ため息のような笑い声をこぼすとシンタローは怪訝そうに私を見る。
「どうかしたの?」
「ああ、実はね。おまえの死んだおじい様はライオンみたいな人だったんだよ」
笑いながらカップをソーサーに置く。
シンタローはストローを口にしたまま、目をまるくしていた。
「ライオンみたいだったの?それってハーレムおじさんよりおっきくて、うるさくて、怖かったの?」
「いや。怖くはなかったさ。
もっとも、私もハーレムも小さかったから叱られたことがなかっただけかもしれないけどね」
「え~。でもライオンみたいって……。パパは叱られたことあるのかなぁ」
ホントに怖くなかったの?とシンタローは尋ねる。
「マジック兄さんはどうだろうね。でも、怖くはなかったよ。滅多に帰ってこなかったから会うのがうれしかった。
大きくて、あたたかい腕で抱きしめてくれた。シンタローも兄さんが抱きしめてもらうだろう」
それと同じだよ、と言うとシンタローはよかったと口にした。
「よかった?」
「うん。パパもおじさんもおじいちゃんが怖い人だったらかわいそうだよ。
あ~あ。僕も会ってみたかったな。ライオンみたいだけどパパみたいに優しいひとなんだよね。」
「……そうだな」
この子を溺愛する長兄とは違った父親であったけれど。
父は、私たち4人を深く愛していた。
「ねえ、おじさん。おじいちゃんってパパみたいに遠くにお仕事しに行ってたの?」
「ああ、そうだよ。兄さんの方が本部にいるのが多いけどね。兄さんはシンタローといつも一緒にいるしね」
「うん!パパは今日も僕の好きなカレーを作ってくれるんだ」
「そうか。それはよかったね」
甥は満面の笑顔を浮かべた。
それから、「そうだ!」といいことを思いついたとばかりに私を見る。
「パパの作るカレーはおいしいんだよ。そうだ!おじさんも一緒に食べようよ。
いつもね、いっぱい作るとグンマと高松も呼ぶんだよ」
ねえ、いいでしょ、おじさん。
たまには皆でご飯食べたいんだ、とシンタローがねだる。
そのかわいらしい様子に、兄ではないが顔をほころばせながら、
「ああ、いいよ。たまには兄さんの料理も食べたいからね」
と言うと甥は歓声を上げた。
食事が終わり、しばらくするとシンタローは兄の膝で舟をこぎ始めた。
少し前にグンマは高松に連れられて帰ってしまっている。
グンマの前では、リードを取りたがり、背伸びをしているこの子もやはり子どもなのだ。
こっくりこっくり、揺れて、仕方がないといった表情の兄が抱きとめていた。
いつだったか、亡き父の部下は私達兄弟が父に抱きしめられている様を犬の親子に喩えていた。
いつだったか、兄は亡き父のことをライオンのようだったと評した。
目の前の兄と甥も同じ。
起きていたときは、甥はきゃんきゃんと吠える子犬のように私や兄に纏わりついていた。
兄と甥はじゃれ合い、駆け回る犬の親子のように仲良くしていた。
そして今。
部下の前ではライオンのように厳しい顔つきを見せる兄は目を細めている。
甥の黒髪をやさしく撫でて愛おしんでいる。
まるで、ライオンが仔をやさしく毛づくろいしているようだ。
シンタローがもぞもぞと兄の膝で動いた。
「眠いんだろう」と兄がやさしく囁く。
もぞもぞと動いていた甥は、目を擦り、こくりと頷いた。
「それじゃあ、もうオヤスミしようね」と兄が甥を抱き上げる。
シンタローを寝かしつけてくる、と私に言い、兄は抱っこしたまま部屋を出て行く。
立ち上がり、私の前を横切る時、の金色の髪がストーブの灯でちらちらと輝いた。
それは一瞬だけ揺らめいて、まるでライオンの鬣のように見えた。
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