何処か遠くで鐘が鳴り始めた。
百八つの煩悩を落とすという、除夜の鐘が。
YOUR PLACE, MY PLACE
「―――あれ? 鐘、鳴り出した?」
炬燵で蜜柑を食べていたシンタローが顔を上げた。
ガンマ団総帥としての仕事も一応昨日で終わり、ほんの数日だが休暇を貰って帰ってきたシンタローは普段出来ないことをするのだといってお節料理の作り方を家政夫に指導したり(或いは殴ったり)大掃除が出来ているかチェックしたり(或いは蹴りを入れたり)していた。
蜜柑の皮を剥いていたリキッドも耳を澄ませる。
「あ・・ほんとですね。もうそんな時間なんだ」
二人で暮らし始めて半年になるこのマンションの部屋は静かなものだった。
元々防音も完璧なのだが、年末年始を迎えて住人自体が少なくなっているらしい。
海外旅行行く人も多いみたいですよ、とリキッドが笑う。いつもの井戸端会議で聞き込んできたものとみえた。
「そういえばシンタローさんはいつも大晦日は何してたんですか?」
「去年までは親父やグンマやキンタローと一緒だったな。あの馬鹿親父が張り切るもんだから、付き合わされるこっちはいい迷惑だったぜ。結局最後は大喧嘩になって、眼魔砲撃ちあってるうちに年を越してるって感じ?」
「うわあ~・・想像が出来すぎて怖いんですけど・・・」
「おまえは?」
「俺は特戦の虐めっ子達のパーティに招ばれてました」
「へえ~vハーレムもいいとこあんじゃん。元部下を忘れねェなんて」
「んないいもんじゃないっす! 下僕兼家政夫兼余興の色物として呼ばれるんですから!」
口を尖らせるリキッドに思わず笑い出して二つ目の蜜柑に手を伸ばした。
実を言うと今年も家族でのパーティには招待されていた。
リキッド君も連れておいで、と父親は笑った。
従兄弟達もそのつもりのようだった。
何より、お兄ちゃん絶対来てよねという可愛い可愛い弟からのメッセージは強烈な誘惑だった。
けれど断腸の思いで首を振った。
「色物って何すんだよ?」
「まあ、何でもです。隊長の気分しだいで女装でもコスプレでも」
「げっ・・見たくねえ」
「意外と好評だったっすよ?」
「俺の前じゃあ絶対すんなよな」
「しませんよ!」
眉をしかめるシンタローに思わず憤慨しつつ、三つ目の蜜柑をその前に置いた。
実を言うと今年も特戦部隊のパーティには来いと命令されていた。
あのクソガキも一緒でいいぞ、と元上司は笑った。
元同僚たちもそのつもりのようだった。
四年間虐め抜かれた記憶はまだ身体に残っていて、つい頷いてしまいそうになった。
けれど踏み絵を前にした隠れキリシタンもかくやといわんばかりの覚悟で首を振った。
リキッドはシンタローが家族の誘いを断ったことを知らない。
シンタローはリキッドが元上司と同僚の恐喝に逆らったことを知らない。
でも想いは何となく通じ合っている。
互いが、自ら望んで今ここにいるのだと分かっている。
(今日はどうしてもこいつと二人だけでいたい)
(今日はどうしてもシンタローさんに側にいて欲しい)
―――だって今夜は、二人が一緒に迎える初めてのNew Year’s Eve だったから。
あ、とリキッドが声をあげた。
時計の針は、十二時を過ぎていた。
リキッドがいきなり炬燵を出て正座する。
「シンタローさん!」
ぴたりと両手を突いて頭を下げるリキッドに、シンタローも釣られて思わず座り直した。
「なっ・・何!?」
「ここここんな不束者の俺ですけどっ・・今年も宜しくお願いします!!」
そう言った声は裏返っていて、何だか笑いそうになって困った。
だけどもっと困ったのは、何故だか分からないがちょっと泣きそうになったことだった。
「こちらこそ」
目の前の金色と黒の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「宜しくな。今年も来年も再来年も、―――その先もずっと」
吃驚したようにぱっと顔を上げ、やがて青い瞳は嬉しそうにふわりと微笑った。
近づいた唇がシンタローの名を形づくる。
瞬きもせずに今年最初のキスを受け止めたシンタローの瞼がやがてゆるりと閉じた。
除夜の鐘はもう、聞こえない。
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