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「捨ててこいよ」
それは耳を疑うような言葉だった。
言葉を失くして立ち尽くしている俺にシンタローさんはもう一度言ったのだ。
捨ててこいよ、と。



WHITE CHRISTMAS



俺は玄関前の植え込みの陰にそっと箱を置いた。
「ごめんな。いい人に拾われてくれよな」
心がしんと冷えているのは、凍えるような寒さのせいだけではなかった。
みゃん、と小さな声が答える。
つぶらな瞳を一杯に見開いて俺を見上げているのは、掌に乗りそうな小さな子猫だった。

「捨ててこいって、・・・こんな寒い夜に外に置いといたら死んじまいますよ!」
「仕方ねえだろうが。このマンション、ペット可じゃないだろ」
「シンタローさん・・」
「情が移る前に早く捨ててこい」

―――なんか、ものすごいショックだった。


シンタローさんは基本的に面倒見のいい人だ。
たぶん、誰かが困っていると放っておけないのだと思う。だからマンションの玄関に捨てられていたこの黒い子猫を俺が拾って帰った時も、きっと喜んでくれるだろうと思ってた。
飼っていいとまでは言ってくれないにしても、こんな真冬の夜に表に放り出すような真似はしないと信じていた、それなのに。
「おまえ・・朝までちゃんと生きてろよ」
ちょんとつついた指を、子猫はがじがじと噛んでいる。
「明日になったら俺が行き先を探してやっから」
俺の言葉が分かるのか分からないのか、猫はまたみゃんみゃんと歌うように鳴いた。
立ち上がった俺を引き止めるかのように精一杯背伸びして、段ボール箱の縁に前足をかける。
みゃおぉん、と語尾を伸ばした声がまるで、
―――行かないで。
と言っているように聞こえて、俺は足早にマンションに入った。
部屋に戻るとシンタローさんはもうベッドにもぐりこんで背を向けていた。
「捨ててきましたよ」
(明日はクリスマスなのに)
「今夜は冷えますね」
(楽しみにしてた日をこんな気持ちで迎えるなんて)
「夜中過ぎには雪が降るかもって天気予報で言ってました」

返事はついに、返ってこなかった。


部屋の中の空気の余りの冷たさに俺が目を覚ましたのは午前二時頃のことだった。
「あれ・・・?」
隣に寝ているはずのシンタローさんの姿が無い。トイレかな、と思ってシーツが冷え切っていることに気づく。それはついさっき抜け出したというような冷え方ではなかった。
「どこ行ったんだろう・・」
ベッドを出ると部屋の中はぞっとするほど寒くて、俺は思わず身震いをしてコートを羽織った。
だがリビングにもキッチンにもシンタローさんはいなかった。
俺は途方にくれて部屋の中を見回した。本格的に混乱していた。
―――こんな夜中に家出!?
まさか、さすがにそこまでは考えられないだろうと思った途端、心の中に閃くものがあった。


エレベーターホールに出てきた俺は、膝が抜けそうなほど安堵していた。
ドアの向こう、植え込みに向かってパジャマのまましゃがんでいる背中は見慣れた人のものだった。音を立てないようにドアを開き、そうっと近づいてみる。
「・・・ごめんな」
ぎくりとして立ち止まった。だがすぐに、その言葉が誰に向けられたものか気づく。
シンタローさんは小さな小さな黒猫を抱き上げていた。
「飼ってやりたいけどさ、おまえはすぐに死んじまうだろ」
手の温もりが心地良いのか、子猫はシンタローさんの手の中で大人しく丸まっている。
「おまえは俺達みたいには生きられないもんな。俺はさ、誰かが目の前で死んでいくのを見るのはもう嫌なんだ」
み~、と小さく子猫が答える。
「別れるのってつらいだろ・・・その相手を、大切に想えば想うほど」
頭をなでた指に、黒い子猫はすりすりと身を寄せた。
「だから、―――ごめん」
名残惜しげに子猫を箱の中に下ろし、立ち上がって振り向いたシンタローさんが凍りついた。
「リキッ・・・!!」
「・・・心配したじゃないすか」
「何――おまえいつからそこに」
「風邪ひきますよ」
シンタローさんは口を開きかけてまた閉じた。
何か言いたいのだけれど言葉が出てこないらしい。
こんなに狼狽えているシンタローさんを見るのは初めてだった。
俺はシンタローさんの手を取った。かじかんだ手は冷凍肉のように冷たかった。
(こんなに冷えて)
「上着くらい着ないと」
(そんなにこの子猫のことが心配で?)
「俺は別に・・その・・・」
「いいから黙って」

必死に言い訳を探している愛しい人を、力の限りに抱きしめた。


「おい、ヤンキー・・・」
「俺だって死ぬんですよ、シンタローさん」
腕の中で、冷えた身体がぴくりと強張る。
「明日にもいなくなっちまうかもしれないんです。俺だって、アンタだって」
「・・・・」
「だからって出逢わなかったほうがいいなんて、絶対に俺は思いません」
「リキッド―――」
「誰かが死んでしまうと悲しいのはその相手が大好きで大切でかけがえのない存在だったからで、だけどそれだけの・・・ううん、それ以上に楽しい思い出がたくさんあったからで」

(そうだ、俺達は)

「だから、何かを愛する前に失うことを怖れないで下さい。俺は、例え出逢ってから五分後に死んでしまう運命だったとしても、やっぱりシンタローさんと出逢ってシンタローさんを好きになりたいと思うから」

やっぱり返事は無かった。
でも俺の肩に押しあてられた額と、そっと背中に回された手の力が、シンタローさんの気持ちを教えてくれた。


「こいつ連れて帰りましょうよ、シンタローさん。俺がちゃんと飼い主見つけますから、それまで俺達の部屋に置いてやりましょ」
「・・・」
「ね、こんな日なんだし」
「こんな日って―――あ、そうか・・・」

そうだ、今の今まで忘れてたけど。
日付が変わったから、今日はもうクリスマス・イブなんだ―――。


シンタローさんが子猫を抱き上げてパジャマの中にすっぽりと入れる。
コートを脱いでシンタローさんに着せ掛けた時、空から白いものが舞い降りてくるのが見えた。
「雪ですよ、シンタローさん!」
「ほんとだ!」

ホワイトクリスマスだな。
そう言って笑う恋人をもう一度しっかりと抱き寄せた。


次の日俺達は手作りのディナーとケーキでクリスマスを祝った。
飾りつけをしたツリーの周りを駆け回っていた黒猫は、一週間経ってもまだうちに居る。

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