「シンタロー、相談したい事がある。良いか。」
機械音と共に扉が開くと同時に、キンタローは至って普通の声で
総帥室のソファに横たわっていたオレに向かって淡々とそう言った。
キンタローがオレに相談なんて実に珍しい。
コイツにも悩み事なんてものがあるのか、とオレは少し驚いていた。
それにしても『相談したい』と言ってる割にはいつもと大して表情が変わらない野郎だな、
キンタローは。
「あぁ、良いぜ。言ってみろよ。」
身体を起こして、向かい側のソファに座ったキンタローに快く返事をしてやる。
するとキンタローはまっすぐにオレの方をじっと見つめた。
「ハーレムの事だ。」
コイツの口から“ハーレム”なんて名前が出るもんだから、
あぁまたアノ親父は我が家に多大な借金でもつくりやがったのか
まったく迷惑極まりねェ男だな、とオレが愚痴を零すと
それもあるのだが、オレが話したいのはもっと別の事だ、とキンタローは冷静に言い放った。
あの野郎・・・と心の中でハーレムを呪う。
しかし、ハーレムの事で借金以外に何か特に話すネタなんてあっただろうか。
オレだったらできるだけあんな奴の事は話題に出したくはないんだがな。
まぁ、キンタローにはいつも世話になっている事だしそのキンタローが相談したいつってんだから
聞いてやらないワケにはいかないか。
ハーレムがどうしたって?と問いかけると、キンタローはこれまた無表情に
「オレはハーレムの事が好きなようだ。」
と答えた。
信じられない内容に、オレは眩暈で倒れそうになった。
男同士だろ、とかそんな基本的な事にはあえて突っ込まない。オレだって人の事は言えないしな。
そんな事よりもまず真っ先にオレの脳裏に浮かんだ言葉。それは『ハーレムにオマエは勿体無い』の一言だった。
別にキンタローが誰を好きになろうがキンタローの勝手だしオレが口を出す権利なんざこれっぽちも無いんだろうけど
それにしたって何であえてハーレムなんだ?気は確かか?もっと他にもいただろう?!
オレが早口で捲くし立てるとキンタローは気を悪くしたらしく眉間に濃い皺を寄せながら
「じゃあシンタロー、オマエは何故あえてマジックなんだ。」
と言われ、痛い所を突かれてしまったオレはそれ以上何も言えなくなってしまった。
あぁ、クソ。オレも人の事が言えない。
落ち込むオレを他所にキンタローはいつもの口調で所謂恋愛相談と言うヤツを滔滔と喋り始めた。
「好き、と言う事に気付いたは良いがそこから先どうすれば良いのかがまったく解からない。
何せこう言った経験は初めての事だからな。そこでシンタロー、オマエにどうしたら良いのか教えて欲しい。」
知るかよ!と怒鳴りつけてやりたいのをオレは必死で堪えて、両手で顔を抑えた。
何で、こんな、色恋沙汰の話をキンタローとしなくちゃならない?
『こーゆー時はこーした方が良いと思うぜ』
とでも言えって言うのか。冗談じゃない!
そんな、オレが、まるで、
マジックにして欲しい事を言ってるみてェじゃねぇか。
そんなのがアイツにバレてみろ。アイツの事だから嬉々として『シ~ンちゃん』なんつって餌食にされるに違いねぇんだ。
安易に予想できすぎて頭が痛くなる。
つーかマジック云々以前にキンタローとこんな話をするのも死ぬ程嫌だ。
『そうか。シンタローはこーゆー時こー言われると嬉しいんだな。』
なんて言われた日にはオレは恥ずかしくてもう一生誰とも顔が合わせられねェ。
「ごめんホント無理ですんで。」
きっぱりと断るとキンタローはこれまたはっきりとした口調で
「シンタローはマジックにどんな事をされたら嬉しいんだ。それを教えてくれれば良い。」
と言った。
この時ほどオレは死にたくなった事が未だかつてあっただろうか。いや無い。
教えてくれれば良い、だと?何ちゅー事言うんだオマエは。教えられるワケないだろ!?
何だよ何でこんな話題になってんだよ。頼むからもうやめてくれ!
「頼む、シンタロー。
こんな事を話せるのはオレにはオマエしかいないんだ。
どうしたら良い?どうしたらオレはハーレムの心を掴む事ができる?」
そんな事はオマエの愛しいハーレムに聞け。何でオレがあんなヤツのためにこんな思いをしなきゃならねェんだ。
まったくたまったもんじゃない。とんだとばっちりだ。
「シンタローが言われたら弱い台詞ってどんな台詞だ。
シンタロー。頼む、教えてくれ。」
キンタローがしつこくしつこく一生懸命何度も何度もそう聞いてくるので、ついに根負けしたオレは
覚悟を決めて、親友の耳を引っつかみボソボソと微かな小さい声で呟いてやった。
言った瞬間全身が熱くなったのが自分でも解かる。
顔なんか特に熱くてどうにかなってしまいそうだ。
あぁもう穴があったら入りてぇマジで。
「そうか・・・わかった。有難うシンタロー。」
はいはいはいはい。どーいたしましてッ
「さっそく今からハーレムの所へ向かうとしよう。
迷惑かけてスマなかったな。」
まったくだ!
と、どんなに言ってやりたかったか。
キンタローが部屋から出て行った後、オレは暫く一人でソファの上にうつ伏せになって身悶えていた。
もうこんな相談はまっぴら御免だ。
オレは心の中で強く願った。
何十分か経った後に再び扉が開き、今度は誰だグンマか?今日は厄日か何かかと顔を上げると
今最も会いたくない人物が立っていた事にオレは内心かなりショックを受けたが顔に出さないよう
なるべくクールにヤツの前で振舞う事にした。
「シンちゃんは今日、夜空いてるかな?」
親父の問いかけに即座にNO、と答える。
予定なんぞ入ってやしないんだがとにかく今日一日コイツと顔を合わせるのは避けたかった。
それに今オレは無性に一人になりたくて仕方が無い。
何せさっきのでオレの心はぼろぼろになっちまってて回復するにはひどく時間がかかりそうなのだ。
食事に行くなら一人で行け。それかグンマでも誘えば良い。
早くマジックに部屋から出て行って欲しいオレは、ぞんざいにヤツに冷たく言ってやった。
「せっかくシンちゃんが可愛い事を言っていたからご褒美をあげようと思ったのにな。」
残念。と親父が肩を竦める。
わなわなと全身が震えた。何つったんだコイツは。オレが、何だって?
「だって総帥室だよー?モニターからそりゃばっちり見てたさ。
声は聞けなくてもパパ、読唇術は得意だしね。はは、もー超ビックリしちゃった。」
意外だったよ☆と肩にぽん、と手を置かれる。
その時オレは目の前が真っ白になり、ふと我に返ると部屋の中は滅茶苦茶に焼け焦げていて
親父は本棚に埋もれていた。
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