夜、久しぶりに二人で飯を食いに行った。
ケンカの真っ最中に遠征に出てしまったもんだから本当にほんの少しだけ
ヤツがどうしてるか気になっていたのに
帰って来るとマジックはいつも通りのあの笑顔で強引にオレを車に乗せてしまった。
こう言う時いつも思う。
オレの事なんて、オレが思ってる程コイツは気にしてねーんだろうな。って。
助手席に座りながらハンドルを握っているマジックの横顔を見る。
気づかれて目が合った。どうしたの?と聞かれて目を逸らしてしまう。
別に、と答えた。
・・・まったく馬鹿らしい。
‘オレ達ケンカしてたんじゃなかったっけ?’なんて言う方が恥ずかしい気がする。
だってコイツにとっちゃ、こうしてオレが帰ってきたら忘れちまうくらい些細な事で。
そりゃ、確かに、ケンカの内容なんて、コイツが食べるのを楽しみにしてた冷蔵庫の中のプリンをオレが
風呂上りに勝手に食っちまって、それを‘悪かった’って一応謝ってやったのに‘気にしてないよ’なんて言いながら
チクチクチクチク‘あーあ楽しみにしてたのに’だの‘どーして自分のものじゃないのに食べるかなぁ’だの
思いっきり気にしてるじゃねーか!!と言いたくなるよーな事をアイツがしつこくしつこく言うからオレがキレて、
でもやっぱり自分のものでもねーのに食べたくなったからって勝手に食べるなんて悪かったなーって
オレは仕事で家を離れている間も頭の隅でずっと考えてて、帰ったら 癪だけどちゃんと埋め合わせしてやろうって
そんな事考えてたのに。
コイツは、オレが2週間前に勝手にコイツのものを食べちまった事とか
それからどうしてお互いが怒鳴り合っちまったのかなんて事、きっともう忘れてんだろーなぁ・・・
それが腹ただしいやら、悲しいやら、寂しいやらで・・・
車から降りて、いかにも金がかかってそうな豪華な飯を食っても、ちっとも美味いと思えなかった。
こんなのより、オレやアンタが作った 家で食う飯の方が美味いって
そう感じてるのもオレの方だけなんだろうか。
わざわざ着飾って、その店のシェフがテーブルにやって来て、
この料理には何が入ってるのかとか何を工夫したのかとか聞かされて
改まった場所だから当たり触りのない会話ばかり交わして。
アンタはそんなのが楽しいのかよ。
飯の途中で席を立ち上がり、外へ出る。
店の前で待っててやると、マジックが‘気に入らなかった?’と尋ねてきた。
まぁな、と返事をする。
「もっと美味い店知ってるから、そっちに行こう。でなきゃこのままオレは一人で帰るよ。」
と言うと、‘帰る’が効いたのかマジックは慌てて首を縦にふる。
車に乗ろうとするので、それを引き止めて狭い路地裏に連れて行く。
建物の壁と壁の間が狭くて体格の良いオレと親父が通るのはちと苦しかった。
だけど進んで、進んだ先にあった寂れたスパゲッティ屋に入る。
こんな所が本当にさっきのお店より美味しいの?!とマジックは驚愕していたが
そんなの、知るか。オレだって入るのは初めてだ。
でもオレは少なくともさっきの店よりはマシだと思った。
席に座って、注文を頼むと、出てきたスパゲッティはやはり美味しいとはお世辞にも言えない味だったが
マジックがそれにぶちぶち文句をつけて‘シンちゃんて変なの おかしいよ、舌’と言うのを見ていたら
やっぱり店を移って良かったとオレはその時思った。
あぁ、こりゃ確かに不味いな。と言うと‘ほらぁ!’とマジックが怒り出す。
「もっと美味い店知ってるからって!シンちゃんやっぱりこの店入るの初めてじゃない!」
「あーあーあーあー。うるせーなー。いいから、頼んだからには最後まで食えって。」
オレが奢ってやるからさ。と付け加えて。二人でクソ不味いスパゲッティをたらふく平らげた。
まったくオマエは変な子だよ、と帰りの車の中でマジックが言う。
あ、そ。と心の中で返事をしてやった。
オレが変ならアンタは何だ。ウルトラスーパー変な親父のくせに。
変って言うか、変態。
「この前だって。」
人のプリン、勝手に食べておいて怒っちゃうんだからさ。
そんな事を言われて。オレは。
思わず相変わらず窓に向けていた顔を勢い良くマジックに向けてしまった。
しまった、と思ったが。そう思うより先にマジックの目がオレの顔を捉えてしまった。
あぁ、くそ。恥ずかしい。
ホント変な子、と目元に軽く口付けられる。
目頭が熱くなったのを感じた。これは。やばい。
耐えろ、オレ。
家に辿り着いてそのまま車庫に入ると、車内で隣の男がまた、オレに近づいて来て。
悔しいことに、オレは。恥ずかしい事に。
キスをされて、唇にヤツの吐息がかかると、口を開けて
マジックの舌を受け入れてしまった。
口と口を合わせて舌を絡ませ合っているだけなのに。
脳の奥の方が、じーんとしている。
なんだよオレ。何で。なんで。何でアンタって
「 おかえり、シンちゃん 」
唇が離れて、耳元で囁かれた言葉は、オレの胸を締め付けてただ苦しかった。
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