父の日の前日のシンタローは少し落ち着かない。
翌日のマジックからの攻撃に備えての心の準備もあるが、
それよりも何よりもあの無邪気で金髪で童顔の可愛らしい従兄弟からの
お節介が何よりも苦手だった。
マジックだったら遠慮せず暴力に訴える事ができるのだが、
南国での事件以来、シンタローはグンマに対して邪険に扱えなくなってしまった。
それは、相手が自分と同じように辛い出生の秘密を持っていると知ってしまったからなのか
幼い頃、自分が一族の中で唯一の黒髪と黒い瞳である事に劣等感を感じていた事から
グンマに酷い仕打ち(と言ってもたかが子供同士の諍い程度のものだが)をしてしまった罪悪感からなのか
自分でもわからないが、シンタローは極力グンマを傷つける事は避けたかった。
が、
当の本人はマジックの実の息子でありシンタローにベッタリなのも親譲りだが
彼はマジックの味方でもあった。
何せ3時のおやつに一緒にティータイムを楽しんでいる仲である。
これはシンタローの頭痛の種の一つでもあった。
人の見ていない所で一体どのような会話が繰り広げられているのか。
安易に想像できて、軽く鬱になりそうだ。シンタローはこめかみを押さえた。
そうこうしている間に案の上、シュン・と良い音を立ててドアが開き
グンマが部屋に訪れた。おいでなすったか、とシンタローが顔を上げる。
強張ったシンタローの顔とは逆に、グンマの顔はそれはもう意気揚々としていた。
「シ~~~ンちゃん!来ちゃった☆」
片手でピースサインをつくって顔にやり、人差し指と中指の間に目を覗かせる。
テンションの高さまでもがあの男に酷似していてシンタローは何だか気が遠くなるような思いだ。
「あぁ、うん。来ちゃったな・・・」
「何だよー!シンちゃん!せっかく遊びに来たのに全然嬉しそうじゃない~~」
「オマエが今日、ここに来た目的ってのが既に予想ついちゃってるからな。
そんで?また去年と同じ事言うんだろ?『父の日のプレゼント用意した?』って。」
違うか?と問うとグンマはきょとん、とした顔で首を傾げる。
「どうした?」
「あ・うん。
ん~~~~~当たらずも遠からずって所~~かなぁ・・・?」
いつもと様子が違う、余所余所しい態度を見せる従兄弟にシンタローの型眉が上がる。
はっきり言うように促せるとグンマは少しだけ躊躇いがちにシンタローに言った。
父の日のプレゼントは用意しない方が良いよ、と。
「・・・?何で。」
「その方がお互いのためになるっていうか・・・
シンちゃんだって毎年用意するの渋ってたじゃない?だったら都合良いでしょ。」
「・・・・まぁ、そりゃそうだが。」
「だったら万事解決!僕はそれを言いに来たんだ。じゃあね、シンちゃん。
まだお仕事の途中だったんだ。また後でね。」
軽やかに背を翻してドアに向かうグンマに、シンタローは慌てて待ったをかけた。
「えーっと・・・なんで今年に限ってンな事言うんだ?」
「シンちゃんプレゼント渡したいの?」
「そーじゃねぇけど!そうじゃねーけど・・・。不自然だろーが。そんな、唐突に。
・・・・親父が言ったのか?」
グンマの首が縦に振るが早いか、シンタローは派手に音を立てて机に両手を置いて
立ち上がった。
流麗な眉に皺を立てて、その表情は激しく憤りを感じている。
何も言わずに彼は、グンマを部屋に残しマジックの元へ向かった。
シンタローがマジックの部屋に部屋に訪れると
ぱぁ、っと華やかな笑顔がマジックの顔に浮かんだ。
「いらっしゃいシンちゃん!」
すっごく嬉しい☆と先ほどグンマが部屋に入って来た時にとったお茶目な仕草をマジックもやって見せる。
シンタローはマジックの襟元を力強く掴んで顔をぐっと近づけた。
「テメェ、ふざけた事言いやがって!」
グンマを差し向ける程自分の渡したプレゼントは気に食わなかったと言うのか。
怒る気持ちを抑えられずこのまま間髪いれずに殴ってしまいそうだったが
シンタローは寸でのところで拳を抑えた。
シンタローの形相に、さすがのマジックも焦りを隠せない。
すっかり頭に血を昇らせている彼をどうにか落ち着かせようとマジックは思考を巡らした。
シンタローの肩をやんわりと揉む。
「どうしたのかな?何をそんなに怒ってるのか、
ちゃんとワケを話してくれないとパパもどうしたら良いのかわからない。
何があった?」
「あぁ?!アンタがグンマをよこしたんだろうがッツ!聞いたぜ、アイツから。」
ますますもって意味がわからない。
マジックは珍しく困惑していた。
(グンマ?聞いた?グンちゃんに何かお願いしたっけ?)
全く身に覚えが無い。
マジックはシンタローに事の経緯を最初から話すように温和に勧めた。
「~~~~っだ・から、父の日にオレに、何も渡すなって言うようにグンマに頼んだんだろ!」
「・・・私がグンちゃんに?」
「しらばっくれんじゃねぇッツ」
シンタローから父の日のプレゼントを貰うのは毎年の楽しみだ。
それを何で自分から拒否するような事を自分が頼まねばならないのだろう。
グンマの意図が掴めない、と同時にシンタローがその事に関してこれ程苛立っているのが解せない。
いつも不平不満を言いながらプレゼントを用意するくせに、
用意しなくて良いと言われたからって何故ここまで興奮しているのか。
考えた末に、一つの考えが生まれる。
あぁ、成る程。
マジックの顔に再び笑顔が戻った。
「シンちゃんはパパにプレゼント、用意したかったんだね?」
「違う!」
声を荒げて否定する。
だが、それが一層彼の言葉が真実だと示しているようで悔しさで手に力がこもった。
「とにかく、何で、あんな事グンマに言いやがったのかワケを言え!」
言え、と言われても
自分はそんな事を頼んだ覚えはないのだから理由など吐けるはずもない。
だが、シンタローの顔を見ている内にマジックの中の嗜虐心がむくむくと芽を出し始めた。
自分は何て意地悪なのだろう。
こんなに必死な形相をする息子に真実を告げようとしないなんて。
そう思いつつも反省する気配もなく、マジックはシンタローに向かって冷たく言った。
「うーん。
何ていうのかな。シンちゃんがくれる物ってパパ大抵持ってるんだよ。」
瞬間、一気に部屋中の空気が張り詰める。
シンタローの強張った顔に更に拍車がかかった。
「・・・だから貰っても、使わないで大事にとって置くんだけど
そろそろ場所に困っちゃうって言うか・・・」
―――嘘八百。
確かに、シンタローから渡されるものは全て、ほとんどが既にマジックの元にある物だけれども
マジックは自分のものよりもシンタローから貰ったものを優先的に使っている。
彼の怒りを煽るための発言に他ならない。
予想通りと言うべきか、効果は覿面だった。
「悪かったな・・・場所とらせるような事して・・・
だったら、もう渡さねーよ!」
顔を悲痛に歪ませて叫ぶシンタローに胸の動悸が早まる。
たまらない表情だと、喉が鳴った。
自分の襟を掴んでいた手を離して出て行こうとするシンタローの腕を引いてその場に留まらせる。
振り返りざま勢い良く飛んできた拳をかわして、彼を見た。
余程腹を立てているのか心なしか顔面に青筋が立っているようだ。
ここまで機嫌を損なわせるとは、なかなか自分も演技派だと深く感心した。
「離せよ」
そう言われて素直に離す男だとは思っていないが、
一応シンタローはマジックに言い放った。
マジックはにっこりと微笑みながら首を振り、シンタローを引き寄せて抱きしめる。
当然の如くシンタローは暴れたが、彼の広い胸と力強い腕の中で振り解く力が次第に弱まっていった。
頭の奥が痺れそうになる程の強烈な抱擁に目頭が熱くなる。
抵抗をしない自分と、そうさせないマジックが許せないのに
聞こえるのはお互いの呼吸と
目に映るのは彼の前髪と
感じるのは唇から伝わる体温、ただそれだけで
結局はいつも、抱きしめ返してしまう。
馬鹿だ馬鹿だと彼を罵るけれど、きっと自分の方が世界一の大馬鹿野郎に違いない。
マジックの丁寧なキスから唇を離すと、シンタローはハァ、と息を漏らした。
「・・・何もプレゼントは物に限った事じゃないよ。」
胸が密着している、互いの顔の距離がほぼゼロに近い状態で囁かれる。
そこから先の言葉は聞かずとも解かるが、それを素直に受け入れる自分ではない。
しかし、この腕の力に抗う事が果たしてできるだろうか。
もう一度見詰め合って、唇を塞ぐ。言葉はいらなかった。
知りきった舌の感触。
それなのにいつもどうしようもない程興奮して、昂ぶる気持ちを抑えられない。
ただ、キスをしているだけなのに。
そんな、それだけでこんなにも胸が苦しいなんて。
マジックが顎を掴むと、シンタローは嫌々をするように首を振る。強請る瞳が扇情的で悩ましい。
いつになく積極的な彼に、マジックは内心驚きながら何か思いついたのか、
作意を込めた笑みをシンタローに向ける。
シンタローも服の上から腰と太腿を撫で回される刺激に、眼を潤ませて必死に耐えながらマジックを見た。
マジックがそっと手を添えて彼の耳元で囁くと、シンタローの顔が一気に赤面する。
冗談じゃない!とシンタローは拒んだ。
「どうして?最高のプレゼントじゃないか。」
「そんな事、できるはずないだろ!」
「昔は一緒に入ってたじゃないか。それに裸くらい・・・今さらすぎると思うけど。」
「それとこれとは話が違う・・・って耳を舐めるんじゃねェよ!」
「いつもと場所が違うだけでする事はそう変わらないだろう?
ただ、今回はパパがする前とした後で念入りにシンタローを洗ってあげるってだけで。
ねぇ、一緒にお風呂に入ろうよ。ね?」
「こ・・・・、この・・・・・ッ、どうしてオマエは、そう思考が変態くさいんだよ?!」
「変態だもの。」
「もうイイ!知らん!」
せっかくのムードに水をさすような発言をする男に、無性に腹が立ってシンタローはマジックを押しのける。
何で、こいつは、いつもそう人を揶揄するような事ばかりするのかムカついてしょうがない。
こちらに背を向けて乱れた着衣を直しているシンタローを後ろから見ながら、マジックは苦笑した。
からかってるつもりも、馬鹿にしてるつもりもないのに自分の態度はどうも、シンタローの癪に障るようだ。
良い所まで行っていたのに、残念な事をした。とため息を零していると
扉の前で、シンタローが相変わらず背中を向けたままマジックに言った。
「明日、逃げるなよ。」
飛びっきり凄いのを用意してやる。
そう言い残して、シンタローは部屋から出て行ってしまった。
一体、どんな顔をしてそんな台詞を吐いたのか。
それを想像するだけで愛しくてたまらなくなった。
出て行ったばかりのシンタローを早くも抱きしめたい衝動に駆られてしまって
重症だと、マジックは笑った。
***
「で、さっきシンちゃんが来たんだけど、
どういう事なのか、グンちゃん教えてくれるかな?」
携帯電話でもう一人の息子に連絡をとると、本人は悪気もなく
むしろご機嫌と言った感じで受話器に出た。電波越しでもその様がよくわかる。
何がそんなに楽しいのかな?と極めて穏便にマジックが尋ねると
グンマは嬉しそうに
「だってあんまりにも予想通りだから~~~~」
と吹き出した。
「予想通り?」
「うん~。だってシンちゃん結局はいつもおとー様のプレゼント用意するくせに
毎回凄い不満そうな顔するからさ~逆に用意しなくて良いって言ったんだ。」
「私がそう言ったって?」
「そぉそぉ~だって僕個人が言ったってどうせ‘こうしなきゃ五月蝿い奴がいる’とか言って
結局いつも通りでしょー?だからぁ、おとー様本人からいらないって言われれば
ちょっとは変わるかな~って思って。」
そうすれば、シンタローも自分の気持ち気付くに違いない、とグンマは思ったらしい。
なかなかの試行錯誤に、マジックは舌を巻いた。
「シンちゃんは自分が一番用意したいクセに変に言い訳して、なんか見ててじれったいんだもん~!」
「グンちゃんって結構・・・策士だねぇ~・・・」
「おとー様の息子だからね。えへへ。
明日、楽しみにしててね~僕も用意してますから。」
「うん、楽しみにしてます。またね」
電話を切って、腰掛けていた背もたれのソファに身を委ねる。
明日が実に楽しみだと緩む頬は、抑えられそうに無かった。
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