「シンちゃーん」
大きな声で名を呼んで、
振り返る大好きな笑顔が見たかった。
それなのに、
見せてくれたのは、嫌そうに眉間に皺を寄せた顔。
Can I your wish?
「…何だよ」
子どもには難しそうな分厚い本を
ソファに深く腰掛けて読んでいたシンタローは、
心底嫌そうに顔を上げた。
最近、私に対する扱いがよくないのは何故か。
12歳にして反抗期なんだろうか。
けれど、そんなことを気にしちゃいられない。
「今日は、ホワイトディだよ。
何が欲しい?
何でもいいから言ってね」
その言葉に、
ただでさえ寄っていた眉間の皺が深くなり、
まるで相手をしていられない、とでも言うように、視線は本へと戻される。
それでも、会話を続けてくれる。
こんなところが愛おしいのだ。
「アホか。
ホワイトディっつーのは、チョコのお返しだろうが。
俺は、お前になんぞやってねぇだろ」
「何言ってるの。
チョコは貰わなかったけど、
シンちゃんずっとパパと一緒にいてくれたじゃない。
だから、お返しするんだよ。
で、何が欲しい?」
「…一緒にいてくれた、じゃねぇだろ。
会議もほったらかして、お前が俺に付きまとったんじゃねぇか」
「えー、そうだった?
パパすっかり忘れちゃったよ」
都合の悪いことは、忘れる。
覚えているのは、シンタローの表情。
怒っても、可愛い。
笑ってくれれば、愛おしい。
気持ちが溢れてしまう。
それなのに、シンタローはそっけない。
「とうとう、耄碌したか」
「その時は、シンちゃんが面倒見てね。
お礼に、今から何でも欲しいものをプレゼントするから」
「バレンタインのお返しじゃなかったのかよ」
「何でもいいんだよ。
パパは、シンちゃんに喜んでもらいたいだけだから。
だから何でも言ってよ」
ふざけた会話の中に本音を混ぜ込めば、
それを悟ったシンタローが本を読むのを止めた。
パタンと小さな音を立て、
閉じられた本を見つめながら表情をなくして何事か考える。
何にしようか、という可愛らしい悩み顔ではなく、
何か考えあぐねているような、そんな子どもらしくない真剣さ。
危機感を覚えてしまう、その表情。
「…シンちゃん?」
呼ぶ声は戸惑ったものとなってしまったが、
それに反応したシンタローは顔を上げ、じっと私を見つめてきた。
「…何でもいいんだな」
念を押すように、真剣な目と声で問われる。
「勿論だよ」
そう応えながら、
不可能なことを言われると怯えた。
「じゃあ、バースディプレゼントは俺の望むことを叶えろよ」
告げられたそれは、不可解なもの。
物心つくまでは、
喜んでくれるだろうモノを想像してプレゼントし、
物心がついてからは、
望むモノを訊いてプレゼントしてきた。
今更だろう?
それにシンタローが望むなら、
何をしてでも叶えようとするのが、自他共に認める私だ。
それなのに、何故念を押すように今それを望む?
「いつも望みを叶えてきたよ?」
ドクンドクン、と心臓が嫌な音を伝える。
背中は、冷やりとした汗が伝う。
こんな経験、したことがない。
これは、一種の恐怖だ。
そんな私の心境を知ってか知らずか、
シンタローはふっと笑った。
「でっかいモノ望んでるんだよ。
だから、嫌って言えねぇように保険かけてんだよ」
バーカ、とまた笑うシンタロー。
その笑顔にほっとしつつも、嫌な感触は拭えないまま。
だって、シンタローはこんな顔で笑わない。
慰めるように、労わるように――そして、誤魔化すように。
それでも、まだ何も気づきたくない私は、
ただ何事もなかったように笑って返すだけ。
「解ったよ。
シンちゃんは、何を望んでるんだろうね?
パパ、怖くなっちゃった」
笑いながら本音を混ぜても、
先ほどのようにシンタローは何も反応しなかった。
ただ、あの不安にさせる笑顔で、
楽しみにしてろよ、と言って笑った。
誕生日など来なければいい、と、
思ってしまうほどに、私の心は掻き乱された。
シンタローは、何を望むと言うのだろう。
それを、私は叶えるのだろうか。
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06.03.13
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「シンちゃん、賭けをしない?」
得意げに、グンマが笑った。
Christmas present. ~Side.S
「…しねぇよ」
「お父様のシンちゃんへの想いが解るかもしれないのに?」
聞き捨てならない言葉。
「何だよ、それ」
「僕、ちょっとした薬を発明したの。
シンちゃんが、素直になる薬」
にっこりと笑うグンマ。
「…馬鹿か、お前。
俺は飲まねぇぞ、そんなモノ」
そんな怪しげな薬など、誰が飲むかってんだ。
まして、宣言されて飲む馬鹿などいない。
「それは、お父様次第だよ」
クスクスと楽しそうに、グンマが笑う。
「何?」
「コレ、お父様へのクリスマスプレゼントなの。
効果も一日しか持たないように調整してるから、
クリスマス過ぎたら、ただの甘味料と変らないんだよ」
自慢げに、グンマが言う。
「しょーもないモノ作りやがって」
「そうかな?絶対、喜ぶと思うよ。
お父様もシンちゃんも」
不思議そうに首を傾げられても、俺は絶対に嬉しいとは思わない。
そのくらい気づけ。
「あのクソ親父は喜びそうだが、俺は喜ばない」
「そうかな?」
「俺に何の得もないだろーが」
「だから、賭けをしようって言ってるの。
コレをお父様に上げる時、ちゃんと薬の説明をするよ。
シンちゃんが素直になってくれる薬だって。
お父様は、どうするだろうね?」
そう聞いてくるグンマは、珍しく真面目な顔。
その表情に少しだけ呑まれそうになりながらも、答える。
「飲ますだろうな」
それは、絶対に。
マジックなら、嬉々として飲ますだろう。
「そう?
僕は飲まさないと思うよ」
変らず、真面目な顔のグンマ。
「…変な匂いとか味がするから、か?」
居心地が悪くて誤魔化すように笑っても、グンマは表情を変えない。
「コレは、無味無臭だよ。
お父様にもそれは伝えておくね。
でもシンちゃんが飲む時に解るように、味をシンちゃんの苦手な極甘にしておくよ。
極甘のモノが出されたら、お父様が薬を飲ませようとした時だよ」
「…お前、何がしたいんだ?」
「別に、何も。
いーじゃない。
シンちゃんはお父様は飲むに賭けて、僕は飲まないに賭ける」
今までの雰囲気が嘘のように、いつものふやけた笑みに変った。
戸惑いながらもあの雰囲気に戻るのが嫌で、いつもの調子に自分も戻す。
「…何を賭けるんだよ」
「シンちゃんが勝ったら、それをネタにお父様から離れればいい」
雰囲気が、また戻る。
「…グンマ?」
「言ったでしょ?
シンちゃんも嬉しい薬だって」
はにかんで笑うグンマ。
でも、次の瞬間には真面目な顔に戻った。
「でも僕が勝ったら、素直になってよ。
一日だけでいいから。
薬の力なんかじゃなくて、素直になってよ。」
そうして、迎えたクリスマス当日。
朝食は、マジックが作った。
カフェオレとトーストとサラダ。
無駄な甘さは、感じられなかった。
おかしい。
マジックなら、考えるまでもなく薬を使うと思ったのに。
流石に、朝っぱらから阿呆なことはしないのか?
と思うものの、昼食にもお茶にも夕食にすら何もおかしなモノはでなかった。
「メリークリスマス」
ソファでくつろいでいる時に、そう言って渡されたのはマフラー。
肌触りのいいそれを受け取りながら、マジックを見上げ言った。
「俺は何もやらねぇぞ」
マジックが、苦笑する。
「いいよ。別に」
それは、グンマからあの薬を貰ったからだろうか。
と思ったけれど、違ったようだ。
「今日一日中、お前の傍にいられたから」
嬉しそうに告げられた言葉に、一日を振り返る。
そう言えば、今日はずっと一緒にいた。
早く下らない賭けを終わらすために、マジックに隙を見せていた。
それなのに、マジックは薬を使わなかった。
有り得ない。
じっとマジックを見上げ、訊いた。
「グンマから、何貰った?」
「内緒」
驚くことなく、さらりと返される。
「何だよ、それ。
どうせ下らない発明品とかなんじゃねぇの」
何気なさを装い探りをいれるが、マジックはまったく動じない。
「さあ、どうだろう?
お前は、何を貰ったの?」
そう訊かれて、ふと気づく。
何も貰ってない。
毎年下らないありがた迷惑なモノを押し付けてくるくせに、今年は何も貰ってない。
「今年は貰ってねぇな。
プレゼントって歳じゃねぇし、アイツもやっと気づいたのかもな」
答えながらも、はぐらされたことにやっと気づいた。
「って、俺のことはいいんだよ。
アンタ何貰ったんだ?」
「もー、シンちゃんしつこいよ。
いいじゃない、内緒」
どうやっても答えないつもりのマジック。
この調子だと、絶対に教えるつもりはないんだろうな。
諦めの溜息が漏れる。
「もういい。俺は寝る」
ソファから立ち上がれば、その手を掴まれる。
そして、引かれる。
「っ何すんだよ」
言葉を吐き捨てれば笑うマジックがいて、触れるだけのキスをされた。
さらに抗議のことばを、と思うのに、マジックの目が優しく笑うから阻まれてしまう。
「私はね、そのままのお前が好きなんだよ」
…何だ、解っていたのか。
ただ、そう思った。
グンマが何をマジックにやったか、それを俺が知っていることを。
「あっそ」
それだけ答えて、マジックに軽くキスをした。
マジックにされたものと同じで、触れるだけのキス。
「メリークリスマス。おやすみ」
驚いて目を瞠ったマジックに、にやりと笑って踵を返す。
賭けのリミットまでまだ猶予は残されていたけれど、負けが目に見えてたから素直になった。
でもまだ猶予があったから一日素直にならなくていいはずで、一瞬だけ素直になった。
そのままでいい、とマジックは言ったけれど、たまにはいいのかもしれない。
本当に、たまにはだけど。
「お父様、少し早いけどクリスマスプレゼント」
にっこり笑って渡されたのは、赤い液体が入った小瓶。
丁寧にリボンまでかけられていた。
Christmas present. ~Side.M
「ありがとう。
でも、これは何だい?」
「魔法の薬だよ」
そう言われても、よく解らない。
「魔法の?」
「そう。
それ飲むと、シンちゃんが素直になるの」
その言葉に興味を持って、まじまじと小瓶をみつめた。
ちょっと、嬉しいかもしれない。
いや、ちょっとどころではなく、嬉しい。
シンタローが素直に?
素直なシンタローなど、子どもの時以来会っていない。
今の素直ではないシンタローも可愛いけれど、あの頃も可愛かった。
零れんばかりの笑顔で笑って、パパと私を呼んでいた。
あぁ、思い出しただけでも幸せになれる。
それが、今のシンタローに言われたら?
そこまで考えて、苦笑した。
「…ありがとう。
でも、使えないよ」
泣くかな、と思いながら告げれば、意外なことにグンマは嬉しそうに笑った。
「だと思ってた。
お父様は、シンちゃんが好きなんだよね。
意地っ張りだけど、あのままのシンちゃんが好きなんだよね」
「グンちゃん?」
よく解らなくて名前を呼べば、恥ずかしそうにグンマが笑う。
「これちょっとした意地悪なの」
「意地悪?」
「ほら。
お父様の誕生日の時、お祝いできなかったでしょ。
今年はキンちゃんも一緒に、家族みんなでお祝いできると思ってたのに…。
お父様は部屋から出ないし、シンちゃんなんて忘れてたっぽいし。
だから、シンちゃんに意地悪も兼ねたお父様へのプレゼントなの」
ぷーっと頬を膨らましながら、子どものように言われた。
その幼さに、思わず笑みが漏れる。
「そっか。ありがとう。
でもあの日、私はシンちゃんにプレゼントを貰ったよ。
それがグンちゃんやキンちゃんの気持ちを、
無視してしまうカタチになってしまったみたいだね。
ごめんね」
本当はプレゼントを貰っていないけれど、そう言った。
カタチあるモノは何も貰っていないけれど、言葉はくれたから。
私の存在を認めてくれたから。
それが、何よりも救いで嬉しかった。
あれ以上のプレゼントなど、私は知らない。
グンちゃんたちには申し訳なかったけど、私は最高の誕生日を迎えられた。
「貰ったの?シンちゃんに?」
そんな気持ちで笑いかければ、大きな目を見開いてぱちぱちと瞬きをする。
そのまま、信じられない、という気持ちを隠すことなく訊いてくる。
「とても素敵なプレゼントをね」
答えると、今度は嬉しそうにグンマは笑った。
「そうなの?
じゃあ、お父様は幸せだね」
「幸せだよ。
だからグンちゃん、この薬は受け取れないよ。
シンちゃんに意地悪する必要なんてないんだから」
そう言って小瓶を返すけれど、押し返される。
「ダメ。
これは、お父様へのプレゼントなの。
それにシンちゃんも幸せになれるんだよ」
「でも、意地悪するためだったんでしょ?」
グンマの言うことは、よく解らない。
「んーっと。
意地悪だけど、それが目的じゃないから。
素直になって欲しいんだ。
例え、一日でもいいから。
お父様は今のままのシンちゃんが好きかもしれないけど、
シンちゃんだってたまには素直になっていいと思うの。
じゃないと、解らなくなってしまうよ」
突然、真剣な目がじっと見つめてくる。
その目に、問い返す。
「何が?」
「気持ちが。
恥ずかしがったり誤魔化してばかりしてたら、本当の気持ち見失っちゃう。
だから、きっとシンちゃんのためにもなると思うの」
「でもそれは、薬を飲ますこと限定になってしまうんじゃないかな?」
「えっとね。それはないよ。
そんな素敵な薬なんて、僕すぐに発明できないし」
…何か、さらりと凄いことを言われたような。
「…ということは?
素直になる薬なんて、存在しないの?」
「うん。ごめんなさい」
ますますもって、この息子が解らない。
どんな発明をしても驚かないくらいの頭脳はあるけれど、
何もないところで転ぶ程度の間の抜けたこともする。
まぁ…つまり、未だ理解ができていないワケで。
「えーっと、グンちゃん?」
「さっき、シンちゃんに言ったの。
素直になるお薬作ったから、お父様にクリスマスプレゼントにあげるよって。
使用期限は1日…つまりクリスマスの間だけなんだけど、
その間にお父様に飲まされるかもねって」
一生懸命説明しようとしてくれるのは解るけど、やはりいまいち言ってることは解らない。
「これ本当は、ただの甘味料なの。
シンちゃんの嫌いな極甘のね。
それは、教えてるよ。
お父様には無味無臭でばれないって教えるけど、本当は極甘だって。
シンちゃんはああ見えて単純だから、
極甘のモノが出されれば薬入れられたって思って素直になると思うよ。
薬のせいだからって」
解るようで解らない言葉は、まだ続いた。
「でね、賭けをしたの。
シンちゃんに今の話をしたら、絶対にお父様は飲ますって言ったよ。
馬鹿だよね、シンちゃん。
そんなことないって、僕でさえ解るのに」
そう言って苦笑するグンマを見て、少しだけ寂しくなった。
グンマでさえ解っていることなのに、
どうしてシンタローは解ってはくれないんだろうね。
寂しく笑う私を見て、グンマもその笑みを深めた。
「だから、僕は言ったの。
お父様は、飲まないに賭けるってね。
実際にお父様は、
この薬が本物でも飲まさないどころか受け取らないって言ったんだから、
今本当のことをばらしちゃってもいいよね。
でね。僕が勝ったら、1日だけ素直になってて」
一度目を閉じゆっくりと開けられた目は、見た時のないほど真剣な目をしていた。
自分が、愚かに思えた。
グンマも、私の息子なのに。
それなのに私が振り回されるのは、シンタローだけ。
新たに家族になったキンタローのことも忘れ、望むのはシンタローだけ。
ふたりとも、私の大切な家族なのに。
それを今痛感したのに、それでも望むのはシンタローでしかなくて。
それを解っているグンマがいて、キンタローがいて…。
「…ありがとう」
抱きしめた。
思えば、初めてかもしれない。
腕の中で、くすぐったそうにグンマが笑う。
「お父様、抱きしめる相手が違うよ。
僕じゃなくて、シンちゃんだよ」
腕から逃れて、グンマが見上げてきた。
「素直になるのは、シンちゃんだけじゃないよ。
お父様も素直になってよ」
「私は、いつも素直だよ?」
だからお前達を気にも留めず、シンタローばかり求めてしまっている。
だけど、グンマは首を横に振った。
「違うよ。
お父様も、誤魔化してる。
シンちゃんに好きって言ってる気持ちも本当だけど、
お父様は言葉で行動で誤魔化してる。
…怖がってない?
シンちゃんも何処かでそれが解っているんだよ。
だから、怖がってる部分もあると思うの。
それを信じていいのかって」
見上げてくる目は再び真剣で、
告げられた言葉も自覚がある言葉で、何も言えなくなってしまう。
「ねぇ、お父様。
これが、僕とキンちゃんのクリスマスプレゼントだよ。
キンちゃんも一緒にこの計画考えてくれたの。
お父様に断る権利はないよ。
お誕生日を、僕たちにお祝いさせてくれなかったんだから」
だから素直になって、と目が告げてくる。
その強い意志の宿った目に、応える。
「ありがとう。
ちゃんと、受け取ったから」
その言葉に、ふっとグンマが笑った。
「少し早いけど、メリークリスマス。
来年は、僕たちにも一緒にお祝いさせてね。
今年はシンちゃんに譲ってあげるから」
晴れやかに笑うグンマをもう一度抱きしめ、頬にキスをした。
抱きしめたことも初めてならば、キスを送ることも初めてだった。
「メリークリスマス。
素敵なプレゼントをありがとう」
照れながらも嬉しそうに笑うグンマを見て、幸せだと思った。
親子だと知っても親子らしいことなんてしてないくせに、こんなに思われて幸せだと。
手の中には、赤い液体の入る小瓶。
これは魔法の薬なんかじゃなかったけど、私を幸せにしてくれるには十分。
それなのに、まだこれからグンマとキンタローのふたりのおかげで、
シンタローにも幸せにしてもらうことが約束されている。
シンタローからプレゼントされるのは、
誕生日に貰ったモノと同じで、カタチのないモノ。
それだけで幸せだけど、
グンマとキンタローからそれが本当のことだと証拠になるカタチあるモノを貰った。
カタチのないモノとカタチあるモノ。
どちらも大切で、どちらも私を幸せにしてくれる素敵なプレゼント。
明日、シンタローはどんな態度を取るのだろう。
素直になってくれたら嬉しいけれど、
本当は傍にいられるだけで幸せだと言ったら、笑うだろうか?
「シンちゃん、今年はお父様のお祝いしないの?」
不思議そうに、グンマが訊いてきた。
「…いつ…だっけ?」
そう答えるだけで、精一杯。
思考が、止まった。
明日だよ、と告げられた言葉が、酷く遠くに聴こえた。
Happy Birthday.
カレンダーで改めて日付を確認しても、今日は11日で明日は12日。
そして、それはマジックの誕生日。
けれど、カレンダーには何の印もつけられていない。
スケジュールを管理しているティラミスたちも、何も言ってこない。
何より、マジックが何も言ってきていない。
これまでなら1ヶ月前から毎日騒いだあげく、
人のカレンダーにグルグルと予定を書き込んで、
さらには、前日となればくっついて離れなかったというのに。
それなのに、今年は違う。
あと数時間で日付は変るのに、何も言われていない。
何も、されていない。
以前なら喜んだことなのに、今年はダメだ。
不安になる。
だって、実の息子ではないと知ったから。
マジックとは、何の関わりのない子どもだと知ったから。
息子だ、とあの時言ってくれたけど、本当は違うのかもしれない。
残業するつもりだったのに、もう無理だ。
こんな状態では、仕事にならない。
でも、部屋に戻りたくはなかった。
連絡が取れる状態で、かからない連絡を待つことなどできなかった。
ふらふらと外に出れば、肌寒さに襲われる。
今更、コートも着ていないと気づいた。
けれど取りに帰る気もおこらなくて、また歩き出した。
街はクリスマスが間近のせいかイルミネーションで明るくて、
それが楽しそうで、余計に寂しさが募った。
時計を見れば、あと数十分で日付が変る。
置いてきた携帯を思った。
アレに、連絡はあったのだろうか。
そう思ったけれど、
帰って履歴を見ることが怖くて、電源さえも消していた。
このまま、何処か遠くに行きたかった。
何もなかったことにして、消えるように新しい人生をやり直して…。
…馬鹿だよなぁ。
どうして、ここまでマイナス思考になるのか。
俺は、悪くないのに。
…そうだ、俺は悪くない。
マジックが、悪い。
絶対に、マジックが悪いに決まってる。
それは間違った考えかもしれない。
でも、まだ前向きなモノへと変った。
踵を返す。
一言言ってやらないと気がすまない。
腕時計に幾度となく視線をやりながら、駆け足で戻った。
時刻は23時54分。
猶予は、あと6分。
勢いに任せて扉を開き、
勢いに任せてガツガツと音を立て、マジックの前に立つ。
電気もつけず、ぼんやりとTVを見ていたマジックは、
酷く驚いた顔をして俺を見上げた。
「…シンちゃん?」
状況が理解していないのか、ぼんやりしたままに名を呼ばれる。
「っアンタ、明日誕生日なんだろ」
焦った気持ちのまま告げた言葉は、無意味に響いた。
「…そうだね。
あと…5分もすれば、誕生日だね」
ちらりと時計を一瞥し、変らずぼんやりしながらも穏やかに笑いながら答えられた。
噛み合わない。
ひとりで必死になって、馬鹿みたいだ。
子どもが駄々をこねるのと、変らない気がした。
勢いが、消えた。
力が抜ける。
「…どうして、何も言わなかった。
いつも、馬鹿みたいに騒ぐくせに」
目を見て、言えなかった。
子どもみたいに目を逸らし、弱々しい声で口走った。
沈黙が降りる。
答えないマジックの顔をみることも逃げることもできず、
馬鹿みたいに立ち尽くしていれば、マジックがぽつりと呟いた。
「…怖かったから」
それは自分の声と同じほどに弱々しくて、
思わず顔を上げれば、マジックが苦い笑みを浮かべていた。
「私は例え血が繋がっていなくても、お前を息子だと言ったことを覚えている?」
その言葉に、頷く。
それは、勿論覚えている。
あの言葉が、どれほどに嬉しかったか。
「…でもそれは本当か、解らなくなったんだよ」
苦笑のままに告げられた言葉に、動揺した。
怖い。
続く言葉は何なのか。
知るのが、怖い。
声を出すこともできず、マジックを見つめた。
マジックは苦笑を浮かべたまま、続ける。
「私は、お前が好きだよ。
親子として…ではなく、それ以上にね。
でも、お前はどうなんだろう?」
そう問うマジックから、苦笑が消える。
真っ直ぐに見つめてくる目に、怯む。
けれどマジックは答えを待つことなく、続ける。
「お前は大きくなるにつれ、私の誕生日を自主的に祝ってくれなくなっただろう?
それは結構、私には辛いものがあった、と言ったらお前は笑うかな。
人の命を数え切れないほどに奪っておきながら、
私は私がこの世に生まれてきたことを祝って…というよりも、肯定して欲しいと思ってしまうんだよ。
…弱いことこの上ないけれどね。
そして、何よりもお前にそれをして欲しかった」
俺は何も言えず、マジックを見つめる。
「以前なら、息子だから、とお前を無理やり連れ出すことができたけど、
今回はその言葉が言えなかった。
…どうしてかな。それが、凄く寂しい。
息子ではないと知って、喜んだせいかな?
お前は怒るかもしれないけれど、あの時私は嬉しかったよ。
血が繋がっていないと知って。
私にとって禁忌などあってないようなものだけど、お前は違うだろう?
お前は、気にする。
だからそれがひとつでも減ったと知って、私は嬉しかったよ。
けど、それが間違いだったのかな?
今は、お前を誘えない。
大義名分がないからね。
誰よりも私の存在を肯定してほしいお前に、それを強要できなくなってしまった。
それならば、いっそ息子だったらよかったのにね」
そう言って、マジックが少し笑った。
力ない笑みは見ていて辛く、胸が締め付けられる。
「…馬鹿じゃねぇの」
やっと搾り出した声。
「お前のことに関してはね」
それでも苦笑で返すマジックに、怒りが生じる。
「…っ俺は、嬉しかったんだ。
あの時、アンタが息子だと言ってくれて。
アンタは本当にどうしようもない親父だったけど、それでも俺は嬉しかったんだ。
それなのに…アンタはその俺の気持ちさえも否定するのか?」
思いのままに言葉にすれば、怒りが悔しさに変った。
マジックは、緩く首を横に振る。
「否定はしないよ。
お前が、そう言ってくれて嬉しい。
でも、お前は?
私の存在を認めてくれるかい?」
諦めたように笑うマジック。
どうして。
どうして、コイツはこうなのだろう。
年甲斐もなく、たかが『おめでとう』と言って欲しいだけなのに、
誕生日を祝って欲しいだけなのに、どうしてそうも話をややこしくする?
存在を認めるとか認めないとか、そんなレベルにまでどうしてなるのか。
それ以前に、マジックは一体俺のことを何だと思っているのか。
今更、存在を認めるとか認めないとか言ってどうする?
認めたくはないが、そんなものはとっくに認めている。
じゃなかったら、他人だと知っている今、ガンマ団に残っているはずはない。
それに、態々馬鹿みたいに今ここにいない。
どうして、そんな簡単なことが気づかないのだろう。
俺は、マジックみたいに言葉にすることも態度にすることもできないと知っているくせに。
何を恐れている?
不安に思っている?
言葉にも態度にもしない、俺が悪いのかもしれない。
でも、マジック。
アンタは、俺の気持ちを軽く見すぎている。
それを知って哀しいと、寂しいと思う自分が情けなくて笑える。
そう思うと、少しだけ落ち着いた。
落ち着いてマジックを見れば、
変らず諦めたような笑みを浮かべながらも、目は捨て犬のようだった。
これが、人殺し集団の頂点にいた男の目だというのだから笑える。
「…なぁ、覚えているか?」
マジックの問いには答えず、訊いた。
「まだ俺が16の誕生日を迎える前日に、アンタが俺を呼び出した時のこと」
何を問われているのか解ったマジックが、静かに頷く。
「あぁ、覚えてるよ。
お前はプレゼントは何もいらない、って言ったね」
懐かしそうにマジックが笑う。
「アンタは、俺が望むなら世界さえ差し出す、と言った」
真っ直ぐに目を見て言えば、マジックもそれを受け止め答える。
「今でも、その気持ちは変っていないよ。
でも、お前がそれを望んでいないと知ってるからしないけどね」
笑みを深めて言うマジックを、俺は笑うことなく見つめ言った。
「俺はアンタがそんなふうに俺を想うようには、想えない」
その言葉に、マジックの笑みが消えた。
沈黙が数瞬続き、マジックが時計に目をやる。
時計は23時58分を指していた。
「それならば、もう出て行ってくれないかな。
私の存在を肯定してくれないのなら、もういいよ。
寂しくなるだけだから。
明日一日、静かにひとりで過ごすよ。
翌日からはちゃんと元に戻るから、明日だけは見逃してくれないか。
おやすみ」
寂しそうに笑うマジック。
でも、言葉は矢のように胸に突き刺さる。
「…誰も肯定しない、なんて言ってない」
「もう、いいよ。
お前も、早く寝なさい」
促すように、扉を見られる。
けれどそんなものを無視して、尚も告げる。
「俺は世界を差し出すほどに、アンタを望んじゃいない」
その言葉に、マジックは深く目を閉じた。
耐えてやり過ごそうとするように。
「…でも。
認めたくはないけど、俺はアンタを認めてる」
呟いた言葉に、マジックが俺を見た。
その目を逸らすことなく見つめた。
「あの時俺は、生れてきたことを本当に喜んでくれている、って解ればいいと言った。
…アンタもそれを望んでるんだよな。
でも、俺はアンタに何もやれない。
世界なんて、差し出せない」
「…世界なんて、欲しくないよ。
ただ、お前がいてくれさえすればいい」
そう言って差し伸ばされた手を取れば、抱き寄せられる。
「世界はやれない。
でも、傍にいてやる。
ずっとアンタが死ぬまで傍にいてやる」
抱き合い額と額をくっつけて、誓うように言った。
マジックが小さく、ありがとう、と言った。
そして、カチリと音を立て針が0時を指し示す。
似合わないことを、らしくないことをしていると知っている。
でも今日だけは、気づかないふりをする。
マジックも、気づかないふりをする。
世界を差し出すほどに、マジックを想っているのか解らない。
けれど血の繋がりがないと知っても、
傍にいたい、いてやりたいと思うほどに、想っている自覚はある。
だから、擦れ違った互いの不安を消す言葉を告げる。
本当はこの言葉ではない言葉を望んでいると知っているけれど、それでも今はこの言葉を。
言葉にならぬ、すべての思いを込めて。
―― Happy Birthday.
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04.11.29~12.12
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16の誕生を迎える前日に、マジックに呼び出された。
「シンちゃん、お誕生日プレゼントには何が欲しい?」
「…いらない」
「シンちゃん、4年前に士官学校に入ってから、そればっかりだよね」
「別に……」
ただ、気づいただけだ。
マジックが、どういう人間かということに。
Birthday present.
多少変態が入っていたけど、それでも親バカな父親くらいにしか思ってなかった。
時折見せる冷たい目で、俺を見つめてくることは一度もなかったし、
それを見た俺が怯えていると気づけば、瞬時に笑顔を見せていたからな。
4年間士官学校に入ってマジックから離れた時、そんなのは一部でしかないと知った。
時折見ていた冷たい目をしている顔こそが、マジックの本当の顔なんだよな。
誰もがマジックに心酔しながらも、誰もがマジックを心の底では恐れていた。
赤い総帥服は何のため?
返り血を浴びても、目立たないため。
俺が知らないだけで、アンタは国をいくつ潰してきたんだよ。
どれだけの人間を殺してきたんだよ。
なあ…。
それで得た金で、俺の誕生日を祝うって言うのか?
血にまみれた金で俺に何を与えようと言うんだ?
そんなモノはいらない。
「シンちゃん…本当に何もいらないの?
シンちゃんが望むなら、パパは世界だって差し出すよ」
「……っ!」
その言葉に、息を飲む。
見上げたマジックは、苦笑ともいえる笑みを浮かべていた。
「ア…アンタ、何言って…」
情けないことに、声が震えた。
マジックは俺が望むなら、本当に世界さえ差し出すことが解っているから。
「パパはね、シンちゃんが望むモノならなんでもあげたいんだ」
腕を伸ばされ、抱きしめられる。
「…いらない」
「…本当に?
じゃあ、何が欲しいの?」
答えを促すように、マジックは俺の髪を撫でる。
「…何もいらない」
「…パパはしんちゃんの誕生日をお祝いしたいんだよ?
何か言ってくれなきゃ、困っちゃうよ」
困ればいい。
マジックなんか、困ればいい。
血に汚れた金で得たモノで祝われる俺の気持ちを、マジックは考えたことがあるのだろうか。
それがどんな気持ちなのか、アンタ解るか?
「…シンちゃんは、お金の出所が嫌なの?」
恐る恐る、マジックが訊いてきた。
訊かれた内容は勿論のこと、その声が酷く頼りない声で顔を上げようとしたのに、
マジックが抱きしめる手に力を加え、それを許してくれない。
「ガンマ団が…パパが誰かを血に染めて得たお金で、祝って欲しくないの?」
ぎゅっと抱きしめられる腕の強さに、マジックの葛藤が垣間見えた気がした。
俺だけではなく、マジックも悩んでいたことを初めて知った。
「…あぁ」
「…そっか」
酷く情けない声で、マジックが呟いた。
緩められた腕から顔を上げる。
見上げたマジックの顔は、俯いていてよく見えない。
「……親父?」
「んー…パパもね、同じこと思った時があってね。
と言ってもパパの場合は、
貰う立場の時に思ったんじゃなくて、弟たちにあげる時に思ったんだけどね。
血に汚れたお金で買ったプレゼントをしても、喜んで貰えるのかって…」
ぽりぽりと所在なさそうに、マジックが頬をかく。
「でも弟たちがその疑問を抱く前には、プレゼントを渡すことをやめたから忘れていたけど、
シンちゃんは、そんなことを考える歳になっちゃったんだよね…」
いつもの饒舌は消え失せ、訥々とマジックが語る。
静かなその声に、その言葉に、俺は何を言えばいいのか解らなくなる。
「でもね、シンちゃん。
それでも、パパはお祝いがしたいんだ。
シンちゃんが生れてきてくれたことが本当に嬉しいから…。
だから、やっぱりシンちゃんにはプレゼントを受け取って欲しい。
でも、それがシンちゃんを苦しめちゃうんだよね…。
…これじゃあいつまでたっても、堂々巡りだね」
マジックが、小さく笑った。
「シンちゃんが、バカ息子だったらよかったのに」
「は?」
いきなりの言葉に、思わず間抜けな声が出る。
「だから、シンちゃんがバカ息子だったらよかった、って言ったんだよ。
お金の出所とか気にせずに、プレゼントを強請ってくれるような子だったらよかったのにね」
「あーそうですか。
悪かったな、細かい子どもで」
先ほどまで見せていた消沈した顔は消え失せ、今はいつもの食えぬ笑みを浮かべている。
その変わり身の早さに、ムカついた。
俺はまだ悩んでいるのに、なにをコイツは言っているのだろう。
思いっきり睨み上げれば、マジックはもう笑ってはいなかった。
真剣な目で、俺を見つめている。
「でも本当にそんな子どもだったら、パパきっとシンちゃんのことここまで好きにならないよ」
嘘偽りの無い目で、俺を真っ直ぐに見てマジックが言った。
その真剣さに圧倒され、俺は何も言うことができずにただマジックを見た。
「…でもやっぱりそれだと、堂々巡りなんだよね。
シンちゃんが欲しいモノを言って欲しい。
シンちゃんの喜ぶ顔が見たいんだ」
それだけ言うと、マジックはふっと笑った。
苦しそうな笑みだった。
再び伸ばされた手が、頬を撫ぜる。
労わるように、慈しむように…。
マジックは、もう何も言わない。
痛いほどの沈黙が、ふたりを包む。
「…誕生日…プレゼントは、いらない」
乾ききった喉から搾り出すように、呟いた。
頬を撫でていた手が止まる。
その手を辿って、マジックを見据える。
「…シンちゃん、でもパパは……」
苦しそうにマジックの顔が歪む。
でもそれを遮って、言葉を続ける。
「アンタは何で、プレゼントを与えようとするんだ?」
「シンちゃんの喜ぶ顔が見たいから」
「だったら俺がいらないって言ってんだから、
プレゼントを貰ったところで俺が喜ばないってのは解らないのか?」
「それは…そうだけど…」
まだ何か言おうとするマジックの胸倉を掴み、引き寄せる。
「いらないって言ってるだろ。
俺は何かを買い与えられたところで、喜べないんだよ」
「でも、シンちゃん…」
「あー、もううるせぇ!」
胸倉を掴む手に力をいれさらに引き寄せ、キスをした。
いつもマジックが俺にしてくるキスを、俺からマジックに仕掛ける。
マジックは驚きのあまりか、動けないでいる。
反撃してくると思ったが、かなり動揺しているらしい。
そのことに、そんな場合ではないと知りながらも、勝った気になる。
トンとマジックの胸を突き放した。
未だに呆然と俺を見つめるマジック。
「シンちゃん?」
「俺は、本当に欲しいモノなんてない。
それに欲しかったとしても、血にまみれた金で買ったモノも奪い取ったモノもいらない。
アンタが俺の喜ぶ顔が見たいと言うのなら、絶対にそんなモノ寄越すな。
俺は…俺はただ……」
その先を言うべきかどうか、躊躇する。
けれど、今言わなければきっとマジックには伝わらない。
両手を握り締めて、自分を鼓舞する。
「…俺は、俺が生れてきたことを本当に喜んでくれている、って解ればいいんだ。
モノなんかじゃなくて、気持ちでそれを伝えてくれるだけでいいんだ…」
「…シンちゃん」
嬉しそうにマジックが笑う。
どうして、この男は俺の言葉ひとつでそこまで表情を変えるのだろう。
人を殺す時はあれほどまでに冷酷な目をしているのに…。
「シンちゃん、明日パパとデートしよう?」
いつの間にか近づいたのか、ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめマジックが言った。
その温もりに笑顔に安心しながらも、重要なことを思い出す。
「あ、明日、必須演習の授業があるから無理だ。
でも、夕飯ぐ…」
夕飯ぐらいは付き合ってやろう、と言おうとしたのだが、
それは最後まで言葉となって出てはくれなかった。
マジックが携帯を取り出し、もう話し始めている。
「あ、私だがね。
明日、士官学校を休校にするよう頼むよ」
…開いた口が塞がらない。
馬鹿みたいに、口を開けたままマジックを見上げれば、
電話を切り終えたマジックが俺を見つめ、微笑む。
「これで、明日ずっと一緒にいられるね?」
「…アンタ、何したんだよ?」
「士官学校を休校にしただけだよ?
本当はずっとシンちゃんの誕生日は休校にするつもりだったんだけど、
そんなことしたらシンちゃん怒るかなって思って我慢していたんだけど…」
照れたように笑いながら、マジックが告げてくる。
「…アホかっっ!
怒るに決まってるだろ!
解ってるんだったら、そんなことするんじゃねぇ。
今すぐ、取り消せ!」
胸倉を掴み上げ怒鳴ったところで、マジックは苦笑するだけ。
「シンちゃん、パパが何か買ってプレゼントするのと、一緒に過すのとどっちがいい?」
「…それって、卑怯だぞ」
単なる苦笑ではなく、困ったように笑いながらそんなことを言うなんて卑怯だ。
胸倉を掴んでいた手が、力なく落ちた。
マジックは俺の頭を抱き寄せ、ごめんね、と謝った。
「……仕方ないから、明日だけは許してやる。
でも、来年以降は絶対するなよ」
学校が終われば、大人しくアンタの元に返ってくるから、
と小さく付け足せば、マジックは、ありがとう、と呟いた。
間違った愛情の下、間違った愛情だと知りながら、後どれだけこの間違った関係を続けるのだろう。
いつか終わらせなければいけないと思いながらも、そんな日が来ることはないと知っている。
マジックが俺を手放すことなどなく、
これまでマジックがやってきたことを思えば嫌悪すらするというのに、
俺自身ももうマジックから離れられないのだから。
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07.26~09.13
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4.大人気ないにも程がある。
「キスはすんなよ」
情事の最中。
唐突に甥っ子がそう言った。
「あぁん?何でだよ?」
するなと言われるとしたくなるのが人間と言うもので――。
「――てめッ!イヤだっつってんだろ!!」
身動きがとれないようにがっちりと顔を抑えて唇を近付けると、案の定鋭い瞳で睨まれた。
一般人ならばこの一睨みで気を失うものもいるだろう。
しかしながら生憎コイツは自分の甥で、幼い頃からよく知っている。睨まれたところで痒くもなんともない。
――むしろ煽られる。
「『すんな』とは聞いたが『イヤ』とは聞いてねー」
ニヤニヤと笑いながらそう言えば「今言った!」と喚かれる。
「とにかく離せッ!!」
「離したらオメー逃げんだろ?」
「当たり前だッ!!くそッ、この馬鹿力!!」
振り解けないことが余程悔しいのか、真下の甥っ子は顔を赤くして怒っている。
「何で駄目なんだヨ?」
――たかだかキス一つで照れるような関係でもあるまいし。
素直に疑問を口にすると、騒いでいた甥っ子の動きが何故かピタリと止まった。
「…どうした?」
不審に思ってその瞳を覗き込むと、それがフイと逸らされてしまった。
人の目を真っ直ぐに見て話をするコイツのこの行動はおかしい。
「…言わねーなら続行な」
「――ッ!?ちょッ、待…ッ」
そのまま言うまで待ってやっても良かったが、正直真っ最中に止められて気分のいいものではない。
言う気がないのならば言わせてやればいいだけのこと。
力押しでその唇を奪ってやった。
「~~~~~ッ!!」
いつものように舌を割り込ませて歯列を舐め上げ、逃げる舌を追いかけて絡ませる――それだけで慣らされたコイツはあっさりと陥落する。
本当に嫌だと思っているのならば、舌を噛み付いてくるだろう。それをしないという事は止める必要がないということだ。
「――…ッ、は、ぁッ」
途中で呼吸を助けるために一度唇を離すと、言葉もままならないくせに潤んだ瞳だけは真っ直ぐに此方を睨んでいた。
「煽ってんのか?」
「ぬかせ…ッ、っくしょー、やっぱ苦ッ…」
悔しそうにしながら手の甲で唇――というか舌を擦るその様子に『ああ』と思い当たる。
「何だオメー、煙草が駄目なのかよ」
確かに『苦い』と聞こえた。
それは間違いなく自分の舌の事を指している。
一日中煙草をふかしている己の舌はさぞかしその苦味を含んでいることだろう。
かく言う今も、ベットに入るまで煙草を吸っていた。
「ガキだな」
思わず鼻で笑ってしまった。
「うっせー!」
甥っ子は機嫌の悪さを隠す素振りもなく舌打ちをした。
そう言えばコイツが煙草を吸っている姿は見たことがないなと、今更ながらに気付く。
多分――息子を溺愛するどこぞの阿呆が、健康に悪いとかなんとか理由を付けて吸わせないのだろう。
「――とにかく、これで分かっただろ。もうすんなよ」
『ガキはどっちだ』とぶつぶつ文句を言いながら、何故か甥っ子はベットから降りようとしている。
「おいこら」
何処へ行く気だと腕を掴めば
「興醒めした」
――と一言告げて掴んだ腕を振り払われた。
そしてそのまま『やってられるか』と言わんばかりの怒気を露にして、素早い動きで衣服を着込んでいく。
「オイオイここまでしてお預けかよ」
「知るか」
勝手に処理しろ――そこまで言われてピキッときた。
「ほーーぅ」
若干低めの声を出して立ち上がる。
「な…ッ、何だよッ!?」
真っ裸のままで近付けば、甥っ子は身体を強張らせて後ずさった。
「お前もいい加減学習能力がねーなぁ、シンタロー」
不適に笑って、勢いよく床を蹴った。
「なッ…―――ん―――ッッ!!?」
一瞬で近付き、逃げる身体を捕まえて、避ける暇など与えることなく何かを言おうとしていた唇を奪った。
「んんーーッ、っく!!」
今度は大人しくされるつもりはないのだろう。
舌を噛み付く気はないようだが、身体を捩って離れようと暴れている。
殴りかかってくる腕を掴み、蹴り上げようとする足は己の足を絡ませる事でその動きを防ぐ。
どうやっても逃げようがないと分かっているのに、必死に暴れる姿が子供のようで妙に笑えた。
「んっ…くッ…」
弾力のある舌に己の舌を絡ませると、やはりその苦さが嫌なのか必要以上に逃げられた。
ならばと、口内のあちこちを殊更ゆっくりと舐め上げてやる。
「んんッ!!」
ビクンと身体が大きく跳ねた。
どうやら弱い部分に触れたらしい。一瞬にして殴ろうとしていた腕の力が抜けたのが分かった。
そのまま歯の裏側にもゆっくりと舌を這わせ、零れる唾液も気にせずに反応を示す場所を執拗以上に攻め立てれば、やがて逃げていた舌が諦めたように大人しくなり無意識に絡められた。
(キス一つで可愛いモンだなオイ)
ピチャピチャと室内に響く水音が心地良い。
音がするたびにビクビクと身体を震わせるその様子に酷く満足する。
先程まで自分を睨んでいた鋭い瞳は、今は熱を帯びて潤んでいて何処か遠くを見るように焦点が合っていない。
その目がどんなに自分を煽っているか――コイツはわかっていないのだろう。
「ん…ふ…」
すでに抵抗する力をなくしたのようで、動きを封じ込めるために絡ませた足を解けば、支えがなくなったかのようにずるずるとその身体は床へと落ちていった。
ペタリと床に腰を付いてしまった状態の甥っ子をニヤニヤと眺める。
「――…くっそお…ッ」
荒い息を吐くその姿は、本当に男心をくすぐってくれる。
「ヨかったか?」
ん?としゃがんで真っ赤になった顔を覗き込む。
「ほざけッ…!」
「素直じゃねーな。ホレ、続きすんぞ」
お預けってのは趣味じゃねーんダヨと、へたり込んでいる身体をヒョイと持ち上げた。
「うわッ!?」
当然のことながら、キス一つで腰が抜けた甥っ子は逃げる間もなく腕の中に収まった。
いわゆるお姫様抱っこというやつでベットまで運び、無造作にその身体を投げ捨てる。
「――ぶッ!!?」
ぼすんと音を立ててシーツに沈み込む姿が、間抜けだなと思うが口には出さずにおく。
これ以上からかうと本気で拗ねてしまうだろうから。
「てめ…ッ!!」
すぐさま身体を反転させて素早く蹴りを入れてくる足をかわして、勢いよく覆い被さり動きを封じた。
「っとに懲りねーなオメー。何度同じポジション取られてんだよ」
「うるせーこの力馬鹿ッ!ナマハゲッ!!極潰しッ!!!」
逃げられないと悟ったのか、次々に飛び出てくる罵声に苦笑する。
「これもパターンだな。ガキかテメェは」
毎度の事だぜ?と笑ってやると、甥っ子は何故か顔をまた真っ赤に染め上げた。
「…くそったれ!」
「ヘイヘイ」
最後の抵抗というよりは負け惜しみにも聞こえるその一言の後、大人しくなるのもいつものパターンだという事に――コイツは気付いていないんだろうなと、もう一度苦笑した。
ゆっくりとした手付きで大人しくなった身体に指を這わせながら、ふと思い出して手を止めた。
「…おい」
「――ナンダヨ」
ジロリと睨む姿に『可愛くねーな』と言おうとして、その可愛くないヤツに手を出しているのは誰だと思い当たり、それを言うのは止めた。
そのかわりに――。
「オメーは吸うなよ?煙草」
――俺が苦いのはヤだからヨ
耳元にそっと囁けば、甥っ子は一瞬目を大きくした後に心底呆れたような顔をした。
それでもその後に俺様を引き寄せて――…
「死ね」
綺麗に笑ってそう言って、唇が触れるだけのキスをしてきた。
END
2006.04.30
2006.08.26サイトUP
「キスはすんなよ」
情事の最中。
唐突に甥っ子がそう言った。
「あぁん?何でだよ?」
するなと言われるとしたくなるのが人間と言うもので――。
「――てめッ!イヤだっつってんだろ!!」
身動きがとれないようにがっちりと顔を抑えて唇を近付けると、案の定鋭い瞳で睨まれた。
一般人ならばこの一睨みで気を失うものもいるだろう。
しかしながら生憎コイツは自分の甥で、幼い頃からよく知っている。睨まれたところで痒くもなんともない。
――むしろ煽られる。
「『すんな』とは聞いたが『イヤ』とは聞いてねー」
ニヤニヤと笑いながらそう言えば「今言った!」と喚かれる。
「とにかく離せッ!!」
「離したらオメー逃げんだろ?」
「当たり前だッ!!くそッ、この馬鹿力!!」
振り解けないことが余程悔しいのか、真下の甥っ子は顔を赤くして怒っている。
「何で駄目なんだヨ?」
――たかだかキス一つで照れるような関係でもあるまいし。
素直に疑問を口にすると、騒いでいた甥っ子の動きが何故かピタリと止まった。
「…どうした?」
不審に思ってその瞳を覗き込むと、それがフイと逸らされてしまった。
人の目を真っ直ぐに見て話をするコイツのこの行動はおかしい。
「…言わねーなら続行な」
「――ッ!?ちょッ、待…ッ」
そのまま言うまで待ってやっても良かったが、正直真っ最中に止められて気分のいいものではない。
言う気がないのならば言わせてやればいいだけのこと。
力押しでその唇を奪ってやった。
「~~~~~ッ!!」
いつものように舌を割り込ませて歯列を舐め上げ、逃げる舌を追いかけて絡ませる――それだけで慣らされたコイツはあっさりと陥落する。
本当に嫌だと思っているのならば、舌を噛み付いてくるだろう。それをしないという事は止める必要がないということだ。
「――…ッ、は、ぁッ」
途中で呼吸を助けるために一度唇を離すと、言葉もままならないくせに潤んだ瞳だけは真っ直ぐに此方を睨んでいた。
「煽ってんのか?」
「ぬかせ…ッ、っくしょー、やっぱ苦ッ…」
悔しそうにしながら手の甲で唇――というか舌を擦るその様子に『ああ』と思い当たる。
「何だオメー、煙草が駄目なのかよ」
確かに『苦い』と聞こえた。
それは間違いなく自分の舌の事を指している。
一日中煙草をふかしている己の舌はさぞかしその苦味を含んでいることだろう。
かく言う今も、ベットに入るまで煙草を吸っていた。
「ガキだな」
思わず鼻で笑ってしまった。
「うっせー!」
甥っ子は機嫌の悪さを隠す素振りもなく舌打ちをした。
そう言えばコイツが煙草を吸っている姿は見たことがないなと、今更ながらに気付く。
多分――息子を溺愛するどこぞの阿呆が、健康に悪いとかなんとか理由を付けて吸わせないのだろう。
「――とにかく、これで分かっただろ。もうすんなよ」
『ガキはどっちだ』とぶつぶつ文句を言いながら、何故か甥っ子はベットから降りようとしている。
「おいこら」
何処へ行く気だと腕を掴めば
「興醒めした」
――と一言告げて掴んだ腕を振り払われた。
そしてそのまま『やってられるか』と言わんばかりの怒気を露にして、素早い動きで衣服を着込んでいく。
「オイオイここまでしてお預けかよ」
「知るか」
勝手に処理しろ――そこまで言われてピキッときた。
「ほーーぅ」
若干低めの声を出して立ち上がる。
「な…ッ、何だよッ!?」
真っ裸のままで近付けば、甥っ子は身体を強張らせて後ずさった。
「お前もいい加減学習能力がねーなぁ、シンタロー」
不適に笑って、勢いよく床を蹴った。
「なッ…―――ん―――ッッ!!?」
一瞬で近付き、逃げる身体を捕まえて、避ける暇など与えることなく何かを言おうとしていた唇を奪った。
「んんーーッ、っく!!」
今度は大人しくされるつもりはないのだろう。
舌を噛み付く気はないようだが、身体を捩って離れようと暴れている。
殴りかかってくる腕を掴み、蹴り上げようとする足は己の足を絡ませる事でその動きを防ぐ。
どうやっても逃げようがないと分かっているのに、必死に暴れる姿が子供のようで妙に笑えた。
「んっ…くッ…」
弾力のある舌に己の舌を絡ませると、やはりその苦さが嫌なのか必要以上に逃げられた。
ならばと、口内のあちこちを殊更ゆっくりと舐め上げてやる。
「んんッ!!」
ビクンと身体が大きく跳ねた。
どうやら弱い部分に触れたらしい。一瞬にして殴ろうとしていた腕の力が抜けたのが分かった。
そのまま歯の裏側にもゆっくりと舌を這わせ、零れる唾液も気にせずに反応を示す場所を執拗以上に攻め立てれば、やがて逃げていた舌が諦めたように大人しくなり無意識に絡められた。
(キス一つで可愛いモンだなオイ)
ピチャピチャと室内に響く水音が心地良い。
音がするたびにビクビクと身体を震わせるその様子に酷く満足する。
先程まで自分を睨んでいた鋭い瞳は、今は熱を帯びて潤んでいて何処か遠くを見るように焦点が合っていない。
その目がどんなに自分を煽っているか――コイツはわかっていないのだろう。
「ん…ふ…」
すでに抵抗する力をなくしたのようで、動きを封じ込めるために絡ませた足を解けば、支えがなくなったかのようにずるずるとその身体は床へと落ちていった。
ペタリと床に腰を付いてしまった状態の甥っ子をニヤニヤと眺める。
「――…くっそお…ッ」
荒い息を吐くその姿は、本当に男心をくすぐってくれる。
「ヨかったか?」
ん?としゃがんで真っ赤になった顔を覗き込む。
「ほざけッ…!」
「素直じゃねーな。ホレ、続きすんぞ」
お預けってのは趣味じゃねーんダヨと、へたり込んでいる身体をヒョイと持ち上げた。
「うわッ!?」
当然のことながら、キス一つで腰が抜けた甥っ子は逃げる間もなく腕の中に収まった。
いわゆるお姫様抱っこというやつでベットまで運び、無造作にその身体を投げ捨てる。
「――ぶッ!!?」
ぼすんと音を立ててシーツに沈み込む姿が、間抜けだなと思うが口には出さずにおく。
これ以上からかうと本気で拗ねてしまうだろうから。
「てめ…ッ!!」
すぐさま身体を反転させて素早く蹴りを入れてくる足をかわして、勢いよく覆い被さり動きを封じた。
「っとに懲りねーなオメー。何度同じポジション取られてんだよ」
「うるせーこの力馬鹿ッ!ナマハゲッ!!極潰しッ!!!」
逃げられないと悟ったのか、次々に飛び出てくる罵声に苦笑する。
「これもパターンだな。ガキかテメェは」
毎度の事だぜ?と笑ってやると、甥っ子は何故か顔をまた真っ赤に染め上げた。
「…くそったれ!」
「ヘイヘイ」
最後の抵抗というよりは負け惜しみにも聞こえるその一言の後、大人しくなるのもいつものパターンだという事に――コイツは気付いていないんだろうなと、もう一度苦笑した。
ゆっくりとした手付きで大人しくなった身体に指を這わせながら、ふと思い出して手を止めた。
「…おい」
「――ナンダヨ」
ジロリと睨む姿に『可愛くねーな』と言おうとして、その可愛くないヤツに手を出しているのは誰だと思い当たり、それを言うのは止めた。
そのかわりに――。
「オメーは吸うなよ?煙草」
――俺が苦いのはヤだからヨ
耳元にそっと囁けば、甥っ子は一瞬目を大きくした後に心底呆れたような顔をした。
それでもその後に俺様を引き寄せて――…
「死ね」
綺麗に笑ってそう言って、唇が触れるだけのキスをしてきた。
END
2006.04.30
2006.08.26サイトUP