The only promise.
「シンちゃん、入るよ」
その言葉とともに、日付が変わっても残業で残っている総帥室にマジックが現れた。
眼魔砲で消し去りたいが、疲れきってそんな気力もない。
「消えろ」
顔も見ずに言い放ったところでそれを聞き入れてくれる相手ではなく、
勝手に部屋の中に入り目の前に立たれた。
「シンちゃん、今日はもうその辺にしたら?
もうパパと一緒に寝ようよ」
「……」
「シンちゃん、聴こえてるでしょ?
返事してくれなきゃ、パパ哀しいよ」
「……」
それでも無視していると、ペンを走らす手を掴んで止められた。
睨み上げれば、ニッコリと笑うマジック。
「離せ」
「イヤ」
笑いながらも、掴む力を強められる。
不覚にも、力負けし振りほどけない。
苛々する。
休められるものなら、とうに休んでいる。
それができないからこそ、今必死になって残業をしているのだ。
終わり次第手に入れることができる休息のために、
今こんな馬鹿らしいことに費やす時間などない。
「離せ」
「もう休むって約束してくれたら、離すよ。
約束してくれる?」
ギリギリと強く掴まれる手とは裏腹に、浮かぶ笑みは柔らかなもの。
「アンタが手を離して出て行ってさえしてくれたら、仕事はさっさと片付いて休めるんだよ。
早く出て行きやがれ」
付き合っていられないと書類が散らばるのも覚悟で振りほどこうとしたのにそれは叶わず、
逆にマジックに腕を持ち上げられる。
袖から覗いた掴まれた手は、血の流れが止まり白い。
指先も冷たい。
「離せ」
怒気を孕む声で告げたところで、マジックは笑うだけ。
「休むって言ってくれたらね」
「…なぁ、何でアンタはそうなんだ。
俺のことに構うなよ」
「シンちゃん、本気?」
見つめてくる目が、一瞬細められる。
「…あぁ」
仕事の邪魔をされた怒りは、とうに消えていた。
ただ、いつも脱力感が襲ってくる。
「そんなの簡単だよ」
マジックが、また笑う。
「シンタロー、お前が一言言えばすべてが終わるよ」
「何?」
そして、笑顔のまま告げてくる。
「お前が『死ね』と言えば、私はそうするよ」
当然とでも言いたげに告げてくる。
浮かべる笑みとは、裏腹に目だけが真剣。
「…馬鹿じゃねぇの」
声が、掠れる。
マジックは、目を和らげ笑った。
「…そういう愛し方しか、知らないんだよ」
掴み上げたままの腕を口元に引き寄せ口付け、視線だけを寄越し言い放つ。
「シンタロー、たった一言だよ」
「…解った」
マジックは目を逸らすことなく、見つめてくる。
真剣な目ではなく、少しだけ寂しそうに笑って。
「…休む」
「え?」
マジックが、目を見開く。
『死ね』と俺が言うとでも思ったのだろうか。
そんなこと、言えるはずなどないのに。
目を逸らし、掴む力の弱まった腕を振り払う。
…が、それでも一瞬にして力を入れられ、振り払うことが叶わない。
「休むって言ってんだよ、クソ親父!
お前の相手してたら疲れたから、寝る。
ほら、手離せよ。約束なんだろ?」
「あ…ごめん」
言いながらマジックは、ゆっくりと持ち上げていた腕を下ろす。
けれど、離してはくれない。
「…おい。離せよ」
「うん、そう思ってたんだけどね、無理みたい」
ごめんね、とマジックが笑う。
「約束って言ったのお前だろ?」
「うん、そうだけどね。
よく考えたら、パパ約束守ったためしがないと思わないかい?」
「…アンタ、最低だな」
「知ってる」
そう言って、マジックがまた笑う。
それはどこか寂しそうな笑顔で、見ていて哀しくなってしまう。
「……あー、もういい。
早く帰って寝るぞ」
椅子から立ち上がり、机を回って扉へと歩き出す。
後ろから、マジックが訊いてくる。
「シンちゃん。
手、このままでいいの?」
離す気などないくせに意外そうに言われると、呆れてしまう。
「離す気なんてないんだろ?」
その言葉にマジックが急に立ち止まる。
自然俺も立ち止まり振り返れば、マジックはあの寂しそうな笑みを浮かべていた。
「うん。でも、さっきの言葉は本気だから。
お前が本気で『死ね』と言ったら、私はそうするよ。
約束破ってばかりだけど、それだけは守るよ」
その言葉に、何も言わなかった。
何も、言えなかった。
逃げるように視線を逸らし、背を向け歩き出した。
マジックも、何も言わずついてくる。
ただ、きつく掴まれたままの腕だけが熱かった。
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04.11.06~07
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ポイント 昭島市、あきる野市の不動産 アルバイト インプラント
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夢を見た。
愛する誰かとその子どもと幸せに笑う夢を。
Happiness in pain.
静かに覚醒していく。
夢が、遠のく。
現実には戻りたくないと思うのに、
目元に触れる自分のものではない手に、更なる覚醒を促される。
永遠に閉じていたかった瞼を開ければ、マジックが心配そうに俺を見ていた。
これが、現実だ。
アレは、夢でしかない。
「シンちゃん?怖い夢でも見たの?」
恐々と訊ねる声が聴こえる。
あぁ、アンタそんな声をしていたんだよな。
やっぱり、これが現実なんだ。
重い瞼をもう一度閉じゆっくりと開ければ、変わらずマジックが覗き込んでいる。
心配そうにまだ何かを言っているけれど、よく聴こえない。
聴くつもりもない。
だって俺は今、幸せな夢を見ていたんだ。
「…幸せな…夢を……見た……」
完全には覚醒していなくて、ぼんやりとマジックの顔を見ながら告げた。
マジックは何かを悟ったのか、顔を歪めて笑いながら応えた。
「…でも、シンちゃん。泣いてたよ?」
言いながら、また涙を拭おうと手を伸ばしてくる。
それを払いのけ、自分の腕で目を覆った。
「…俺がいて、誰か知らない…でも俺が愛する女がいて、その子どもと三人で暮らしてた。
俺は、穏やかに楽しそうに…笑ってた」
マジックは、何も言わない。
ただ俺の頭を子どもの時みたいに、落ち着かせるように撫でる。
触れるその手の暖かさに胸が、小さく悲鳴を上げた。
けれどそれでも、言葉はとどまることなくと零れ出る。
「俺は…笑っていた。
楽しそうに………でも、そこにアンタはいなかった」
髪を撫でる手が、一瞬だけ止まった。
けれどそれはほんの一瞬で、再び髪を撫でられる。
マジックは、何も言わない。
俺は馬鹿みたいに胸の痛みに耐えているというのに、マジックは何も言わない。
この差は何だ?
アンタが、俺を好きなだけなんだろう?
それなのに、どうして俺だけが胸を痛める?
アンタの動揺は、一瞬だけなのかよ。
悔しくて目を覆っていた腕で、マジックの手を振り払う。
閉じていた目を睨むように強く開ければ、マジックは静かな笑みを浮かべていた。
それは怒りの言葉が消え失せるほどの、静かな静かな笑み。
「…っ……」
何か言わなければと思うのに、言葉は出てきてはくれない。
凝視し続ける俺を見て、マジックは溜息のような笑みを零した。
「……いつか、シンちゃんも誰かを見つけるんだね。
愛する人を見つけるんだね」
苦笑に近い笑みで、マジックは寂しそうに告げた。
そして、さらに言葉を続けている。
けれど、それはもう頭に入ってきてはくれない。
先ほどのように、聴くつもりなどないからではない。
何も、聴こえないのだ。
ただずっと、マジックの言葉が頭の中で繰り返される。
『いつか、シンちゃんも誰かを見つけるんだね』
『も』って何だよ。
明らかにその言葉は、相手が俺ではないと言っている。
普段は散々『愛してる』と言っているくせに、結局は嘘だったってことか。
その相手が俺の母親(だと思っていた人)だとは解っているし、それが当然だとも解っている。
それなのに、許せないと思うこの感情は何だ?
――それは何処かで解っていたけれど、解りたくなかった感情。
まだ何かを言っているマジックの名を、遮るように呼んだ。
マジックは話すのを止め、俺を見た。
変わらず苦笑を浮かべていたが、
どこか怯えているように見えるのは、俺の下らない希望なのだろうか。
「…夢を、見た。
俺は、穏やかに笑っていた。
…そこに、アンタはいなかった」
何かと決別するつもりで、言葉に力を込めて告げた。
マジックは俺を見つめた後ゆっくりと目を伏せ、黙り込んだ。
今、マジックは何を思っているのだろう。
俺が子どもだったの時を思い出しているのだろうか。
俺が見た夢と同じような過去を、思い出しているのだろうか。
今みたいに泥沼と言える関係になっていなかった過去。
マジックの愛する女がいて、本当は違ったけれどその子どもいて…。
幸せであったろう過去。
そして、それは俺の幸せでもあった過去。
「そこに、アンタはいなかった。
俺は、笑ってた。
アンタの前じゃ見せたことのない笑みで、笑っていた。
幸せって言うのは、あんなのを言うんだろうな」
声が、自嘲に揺れた。
「…シンちゃん」
マジックはゆっくりと顔を上げ、俺を見た。
戸惑ったような情けない顔。
その顔から目から視線を逸らさずに、言葉を続ける。
「…でも、何でだろうな?
俺、幸せだとは思わなかった」
「………」
「何でだろうな?
アンタと一緒にいても苦痛しか感じないのに、
それでも、夢の中の俺は幸せだとは思わなかった。
ただ、笑っていただけだ。
幸せを絵に描いたような光景だったのに…。
…夢から覚めてアンタを見て現実を思い出した瞬間、苦痛を思い出したって言うのに、
俺にとってはこの現実のほうが幸せなんだ。
あんなふうに笑えてないのに。
苦痛しか感じてないのに。
…おかしいよな?」
マジックの顔が歪んだ。
何も言わずに手が伸ばされ、目元を拭われる。
情けなくも涙のせいでマジックの顔が歪んで見えていたのかとも思ったけれど、
手が離れてからもマジックの顔は苦痛に歪んでいた。
そんな顔を見つめながら、もう一度訊いた。
「…おかしいよな?」
マジックはゆるゆると首を振った後、静かに腕を伸ばし抱きしめてくる。
安心を覚えるほどに慣れてしまった体温を感じ、目を閉じた。
自分から訊いたくせに、答えを出されるのが怖いのかもしれない。
けれど、マジックは静かに口を開く。
「…パパは、シンちゃんが幸せになってほしいって思う」
「…幸せだけど、笑えなくてもか?」
訊いてはいけない言葉を口にした。
マジックの抱きこむ手に、力が入った。
「…ごめんね。
パパは我侭だから、自分が一番なんだ」
それはまるで懺悔にも似た告白。
「シンちゃんに幸せになってほしいって、本当に思っているけど…。
それ以上に、パパは自分の幸せが一番なんだ。
だから、シンちゃんを手放す気はないよ。
シンちゃんがパパではない誰かとじゃないと幸せになれないとしても、
パパはシンちゃんから絶対に離れないよ。
理想は互いに幸せだと思えたらいいんだけどね…」
ごめんね、とマジックが呟く。
なんて、自分勝手な発想。
散々、好きだの愛しているだの言いながら、結局アンタは自分が一番なんだ。
俺のことは二の次だ。
そう思うのに、安心する自分がいるのは何故だろう。
マジックの幸せには、自分が必要不可欠だと聞いたからだろうか。
なんて、単純。
なんて、不幸。
マジックなんて知らなければ、俺は夢のような幸せを得ていたはず。
でも、知ってしまった。
苦痛しか生み出さないと言っていい関係なのに、
それでも俺は、笑いあえる誰かを選ぶのではなくマジックを選んでいる。
しがみつくように、マジックを抱きしめた。
マジックは少しだけ力を込めて、抱きしめ返す。
「言っただろ?
苦痛しか感じないけれど、俺はアンタを選んでいる。
アンタといるほうが、幸せだと思ってるんだよ。
だから、互いに幸せだと感じてる」
そう言いながらも、告げる声は酷く掠れていた。
一体どんな顔で言っているのかすら、自分でもよく解らない。
マジックは何も言わなかった。
ただ労わるように、けれど強く強く俺を抱きしめた。
手放せばいい。
互いに、手放せばいい。
けれど、それすらできないところまで来ている。
こんなに歪んだモノは、ただの執着でしかないのかもしれない。
けれど、それでも互いを必要としている。
苦痛にまみれた中で、幸せを感じているのは事実。
そんな歪んだ幸せを選んでいる。
それでも幸せだと感じている。
どこまでも、歪みが伴う幸せ。
夢を、見た。
愛する誰かとその子どもと幸せに笑う夢を。
それは絵に描いたような幸せな夢。
けれど、そこにはマジックはいなかった。
だからどんなに夢の中で俺は幸せそうに笑っていても、幸せじゃない。
俺にとっての幸せは、
歪んだ関係の中で苦痛を伴いながらも、アンタの傍にいることらしい。
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09.18~09.19
『Happiness in pain.』=苦痛の中の幸せ。
1万Hitお礼SS。
お礼などと言いつつ、薄暗くて申し訳ないのですが、
訪問してくださったすべての方に感謝を込めて捧げさせてください。
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怖くて聞けない言葉がある。
否定されることが怖くて、聞けない言葉が――
Sorry,I love you.
「どうして放っておいてくれないんだ?」
いつもみたく喧嘩の中に混じる怒鳴り声ではなく、悲痛な声でシンタローが言った。
両手を強く握り締め俯いている姿に、胸が痛む。
愛しているのに…いや、きっと愛しているから、シンタローを苦しめる。
愛し方が間違っている、と言ったのはハーレムだった。
私の愛し方は、相手を苦しめる、と言った。
馬鹿だね、ハーレム。
そんなことは言われるまでもなく、知っていたよ。
でもそれ以外の愛し方を知らないんだから、仕方ないじゃないか。
「…頼むから…放っておいてくれよ…」
答えない私に、なおもシンタローは悲痛な声で言いつのる。
「シンちゃんは、私が嫌いかい?」
その言葉に、シンタローの肩がビクリと震えた。
卑怯な問い方をした。
そう問えば、シンタローは否定できないと解っているから。
シンタローは、私のことを嫌いではない。
それは解っている。
けれど、愛しているかと言えば、それは解らない。
聞きたくてやまないけれど、答えを聞くことが怖くて聞けないでいる。
否定されれば、どうしたらいいのか解らない。
…いや、自分のすることなど、ひとつしかない。
確実に私はシンタローを閉じ込め、私しか見えないようにするだろう。
そんな愛し方しか、知らないのだから。
けれど、そんなことはしたくはないのも事実。
だから聞けないでいる。
「シンちゃんは、私のことが嫌い?」
「…そんなことは…ない……けど」
シンタローの手を握り締める力が加わった。
小刻みに震えるその両拳を見て、苦しめていると否応なく知らしめられる。
こういう時にだけ、ないに等しい良心というモノが痛む。
けれどシンタローを苦しめていようが、良心が痛もうが、もう引き返せない。
「シンちゃん…愛しているよ」
「俺はっ…」
シンタローが俯いていた顔を上げた。
苦しそうな顔を歪めている。
「…シンちゃん、愛してる」
続くシンタローの言葉を塞ぐように、キスをした。
シンタローは足掻くことはなく、両手を握り締めたまま耐えていた。
シンちゃん、愛してしまってごめんね。
パパは、こんな愛し方しか知らないんだ。
苦しめてばかりでごめんね。
…それでも、パパはシンちゃんを手放せないんだ。
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0
「シンちゃん、パパの愛は重い?」
抱きしめながら、マジックが言った。
Contradiction.
何を今更言っているのだろう。
『重い』と言えば、マジックは俺を手放してくれるのだろうか。
そんなこと考えるまでもなく、答えはノーだ。
くっと笑いが漏れた。
「シンちゃん?」
俯いていた顔を、片手で顎を捉えられ上げられる。
覗き込む青い目を見据える。
昔、何度も怖いと思った青い目。
その目から逸らすことなく告げた。
「どんな答えをしても、手放す気なんてないくせに」
「そうだね。
例えシンちゃんが、パパの愛は重いって言ったところで手放せないよ」
ごめんね、と言いながら、マジックは困ったように笑った。
そんな顔で笑わないでほしい。
だから、この男は嫌いなんだ。
いつもいつも矛盾している。
離す気などないくせに、離してほしいかと訊いてくる。
正直に離して欲しいと告げても、それは一度も叶えられたことはない。
いつも『ごめんね』と言いながら、抱きしめキスをして有耶無耶に帰すのだ。
離す気などないなら、最初から聞かなければいい。
期待をさせないで欲しかった。
何度それで傷ついたか、マジックは知っているのだろうか…。
今はもう期待を抱くことなどないけれど、
その代わりにマジックが見せる笑顔を見るのが苦痛になった。
傷ついているのはマジックじゃなくて俺なのに、マジックのほうが傷ついた顔をする。
そしてそんなマジックの顔を見て、俺が傷つくんだ…。
マジックの笑顔から視線を逸らせば、
顎を掴んでいたマジックの手に力が入り、また向き合うようにさせられた。
青いマジックの目には、怯えた俺が映っていた。
そんな自分の姿など見ていたくないから、目を閉じる。
そして、降ってくる優しいキス。
またキスで有耶無耶にされると解っていても、目を開けることはできなかった。
目を開けることが、怖いのかもしれない。
マジックの目に怯えるのでもなく嫌悪するでもない俺が映っていれば、どうしたらいい?
マジックだけが俺を好きなのではなく、
考えたくないだけで、自分もマジックのことが好きだったら?
俺はマジックのキスのせいにして、考えることを放棄しているだけだったら?
そんなことは、あってはならないのに…。
そう思うのに、目が開けられない。
キスで有耶無耶にすると批難しながら、
マジックへの感情を考えることを放棄したいために、俺が有耶無耶にされたいだけなのかもしれない。
――それならば、矛盾しているのはマジックではなく俺だ。
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「覚えてるか?」
シンタローが、笑って訊いた。
Absolute wish.
「勿論、覚えてるよ。
パパが忘れるワケないじゃない。
シンちゃんの誕生日を」
無理をして、いつものように笑う。
そうでもしないと、顔がひきつりそうだ。
自分のこと以上に嬉しいシンタローの誕生日が、
今日ほど来なければいいと思ったことはない。
「そうか?」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、笑うシンタロー。
その笑い方は、あの時と同じ。
慰めるように、労わるように――そして、誤魔化すように。
「何が欲しいんだい?」
訊きたくないのに、訊かずにはいられない。
ドクンドクンと心臓が煩い。
「その前に、絶対だよな?」
「何が?」
「絶対に俺が望むモノをくれるって約束」
真剣な目が、射抜くように見上げてくる。
これは、覚悟を決めなければいけないのかもしれない。
欲しいモノ、ではなく、望むモノ。
その言い方の違いだけで、ワケもなく焦燥感に駆られる。
「パパが、シンちゃんに嘘吐いた時あった?」
「どうだか?」
ケッと、シンタローが鼻で笑う。
嘘は、嫌と言うほど吐いてきた。
恥ずかしいなどと思ったことは一度もないが、
それでもキレイなシンタローには隠していたいと思う仕事をしている。
それを、出来うる限り見せないようにしてきた。
そこに、嘘は生じている。
嘘だと決定的にバレないように、誤魔化してはいたが。
だって、この子が穢れる。
こんなキレイな子が、私と同じになってしまう。
…いや、そうじゃないな。
私は、怖かったんだ。
この子が、どんな目で私を見るかと考えることが。
そんな私に気づいたシンタローは、
仕事に関しては一切気づかないふりでいてくれた。
変らぬ態度で、変らぬ表情で。
だから、いつから気づいていたかなんて知らない。
怖くて、追及できないまま。
「まー、いいよ。
約束さえ守ってくれたら」
「何を望むの?」
何が欲しい、とはもう訊けなかった。
「本当に、約束は守るのか?
守らなかったら――、家を出る」
どうやって、とは訊かなかった。
訊けなかった。
サービスのところにでも行くのだろうけれど、そんなことは許さない。
けれどそれを止めるために、この子の自由を奪うことをそれ以上に私は許せない。
私にできることは、ひとつ。
「シンちゃんを失うくらいなら、パパはなんだってするよ」
「守れよ」
短く確認するように、シンタローが言った。
私は、ただ頷いた。
「――サインをくれ」
差し出された予想もしなかった紙に、目の前が暗闇に染まる。
「…どうして?」
震える声で訊いた。
シンタローは顔を逸らし、俯いたままに答える。
「…理由なんて、どうだっていい。
サインさえ、くれればいいんだ」
「何それ?
本気で言ってるの?
それが何だか、知ってて言ってるの?」
ここまできても、それを確認する。
目の前の紙が、信じられないから。
信じたくもないから。
「約束だ」
俯いたままのシンタローの肩を掴み、無理矢理顔を上げさせる。
そこに、泣き出すのを必死に止めようとする顔があった。
「そんな顔するくらいなら、止めなさい」
「約束だ」
絶対に、引かないシンタロー。
視線を逸らすのを止め、必死に見上げてくる。
「それが、何だか知ってる?」
「入団志願届け」
「…うちの団が、何をしてるのか知ってる?」
「…暗殺」
ギュッと耐えるように唇を噛み締めたが、それでもシンタローは視線を逸らさなかった。
「人を殺すんだよ?」
ビクリとシンタローの肩が震えた。
このまま、諦めてくれればいいのに。
「それは、罪のない人かもしれないよ?」
「…それでも、決めたんだ」
それは、悲痛な声だった。
「…約束だろ?」
ふっと、シンタローが笑った。
悲痛な表情は、もうない。
「どうして、って訊いてもいい?」
「…理由なんてねぇよ」
そんなはずは、ないだろう。
心優しい子だった。
猫が死んだと、鳴き続ける子だった。
理由がない限り、団になど入ろうとは思わない。
「…嘘吐きだね」
「アンタに、似たんだよ」
何も、返せなかった。
ただ、そう、とだけ応えて、シンタローの手の内にあった紙を取った。
「後悔しない?」
「……」
シンタローは答えなかった。
後悔するかもしれない、ということだろう。
それでも、今はこの道しかないと決めている。
だから、何を言っても無駄なのだ。
ポケットに差してあった万年筆を取り、サインした。
それをじっと、シンタローは見上げていた。
「こんなモノ、お前に渡したくないよ」
「でも、俺は貰う」
暫く無言で見詰め合って、紙を返した。
それを、ギュッとシンタローが握り締める。
「じゃあな」
用は済んだ、とでも言いたげに、さっさと踵を返される。
その背中はまだ小さいのに、もう子どもではなかった。
「ハッピーバースディ、シンタロー」
投げかけた言葉に、シンタローは足を止めかけたがそのまま扉に向かう。
けれど扉に手をかけたまま、立ち止まる。
そして、振り返った。
「もう、嘘は吐かなくていい」
それだけ言うと、扉は静かに閉まってシンタローは出て行った。
言われた意味を理解するまで、数秒。
理解した瞬間、崩れ落ちそうになる。
私のためか?
何をどうしたら、そういう考えに至ったのか解らないが、
それでもその答えが間違っているとは思えない。
キレイな穢れなき子ども。
そんなシンタローを、私が汚い世界に引きずり落とすのか?
それを望んだことがない、と言えば嘘になる。
けれど、決してそれだけを望んでいたワケではない。
それなのに軋む胸の中、
喜びがまったくないとは言えない自分が、酷く情けなかった。
シンタローの誕生日なのに、
私は何もプレゼントすることが出来ず、
代わりに、どうしようもないほどに哀しくも優しいシンタローの想いを貰った。
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06.05.27
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