初めて、人を殺した。
洗っても洗っても、泥も血も落ちてはくれない。
二度とこの汚れは、消えてくれることはないのだろうか。
The first day which killed people.
「泣けばいいんだよ」
「っ誰が泣くかよ」
そう返したものの、本当は泣きたかった。
喚きたかった。
でも、そんなことできるはずがない。
まして、マジックの前でなどもっとできるはずがない。
反対したのを押し切って、団に入ったのは俺。
それがどんな組織なのか知っていて、入ったのは俺。
演習と実践の違いに震えた。
初めて人を斬って、殺した手の感触に震えた。
けれどそれでも、泣けるはずなどない。
選んだのは俺だから。
それなのに、どうして今マジックの存在を許しているのか。
拒絶している態勢を取っているというのに、出て行けとは言えないでいる。
慰めてくれ、などと本音を言えるはずもない代わりに、
背を向けたままの状態を維持している。
その意味を知っていて、
今は黙って慰めるように頭を撫ぜる手が酷く哀しかった。
昔、コイツを慰めたのは誰だろう。
そんな相手がいたかと想像したところで、誰も思い浮かばなかった。
総帥に就いたのは、まだ幼かった頃だという。
父親の急死ゆえのそれは、
幼いマジックにどんな衝撃を与えたのか想像すらできない。
何も解っていないお坊ちゃんだったから、酷く困ったよ、
なんて以前、苦笑してたけれど、そんな程度であるはずがなかった。
自分より随分と歳の離れた相手を従える、
それも軍隊と遜色のない奴らを、
お坊ちゃんだった子どもが従えさすなんて並大抵のことじゃない。
心を殺さない限り、きっとやっていけない。
初めて人を殺したのは、俺より幼かっただろう。
でも、その時すでに頂点にいたマジックを誰が慰めることができる?
部下になんてできるはずもないし、マジックがさせるはずもない。
それならば、兄弟?
それも、無理だな。
身内一番のコイツは、きっとそんな面を見せない。
幼い自分より、更に幼い弟たちに、汚い面を見せようとしなかっただろう。
それが長く持たないと知っていても、俺に対してそうであったように。
「…泣けばいいって言うけど、アンタは泣いたのか」
呟いた声に、頭を撫ぜる手が止まった。
「…そんなこと忘れたよ」
いつ?、と訊かずとも正確に意味を読み取ったマジックは、
苦笑しながら答え、頭を再び撫ぜ始める。
その答えの哀しさに、
それを偽る優しさに、
その手の温もりに、
知らず涙が頬を伝った。
背を向けているため、マジックは俺の顔を見れない。
それでも気配で感じ取ったのか、
大丈夫、と意味のない言葉を繰り返し抱きしめてきた。
泣いたのは、初めて人を殺したからじゃない。
ずっと昔の泣けなかったマジックを想ってだった。
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06.04~
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ポイント 昭島市、あきる野市の不動産 人材派遣 床 コーティング
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「何言ってるの?
パパは、いつでも我慢してるよ」
至極当然のように答えられたその言葉に、思わず手が止まった。
What is said?
「テメー、いい加減に出ていきやがれ」
人が折角、
溜まりに溜まったデスクワークを片付けようとしてるのに、どうしてコイツは邪魔をする?
目の前に居座り、人の机に腕を乗た上に顔を乗せ、
デカい図体で重厚な机を物ともせずゆさゆさと揺すってくる。
いい加減にしてくれ。
「えー。
シンちゃんが折角帰ってきたのに、パパと遊んでくれないんだもん。
パパ、寂しいんだよ」
いい歳した大人が、だもん、とか言うな。
気色悪い。
無視したら、これでもかと言うほど机を揺さぶられる。
積み上げられていた書類が、バサバサと音を立てて落ちた。
「っ何なんだよ、テメーは。
少しは我慢ってものができねーのかよ」
ぶち切れて、近くにあったペーパースタンドを投げつけたら、易々と受け止められる。
そしてマジックは、酷く不思議そうに不可解な言葉を吐き出した。
「何言ってるの?
パパは、いつでも我慢してるよ?」
これが笑って言ったのなら、
その辺にあるモノ全部投げつけて、書類を押し付けてやるつもりだった。
それなのに不思議そうに、
それでいて至極当然のように言いやがった。
「…何言ってんだよ?」
お前こそ、何言ってんだよ?
我慢してるっていうのか、これで?
ガキの頃から場所も時間も構わず、手も口も出してきて、
今も仕事中だというのに、邪魔をしている。
それなのに、我慢しているだなんてどの口が言うんだ?
「パパは、いつでも我慢してるよ」
柔らかな、それでいて苦笑とも見れる笑みで告げられる。
その表情に何も言えなくて、黙って続きを待つ。
「パパはいつでもお前といたいんだよ。
この意味解る?
お前を閉じ込めて、誰の目にも触れさせず傍にいたいってことだよ」
何なんだよ、それは。
穏やかな表情で、声で、言う言葉か?
そう思うのに、それは心の何処かでずっと疑問に思っていたこと。
一族以外に容赦のないマジック。
一族の者でさえ気に入らなければ、容赦はしなかった。
権力が、力が、それをさせた。
それなのに、唯一マジックが自分の意見より優先したのは俺。
でも、それが不思議でならなかった。
何も言えないまま、続きが聞きたくないのにそれを待ってしまう。
きっと、情けない顔をしているのだろう。
マジックが小さく笑って、手を伸ばし頬を撫ぜた。
「でもそれをすれば、シンタローはシンタローじゃなくなるからね。
だから、やらないんだよ。
怒って泣いて笑って、そのすべてがあってこそシンタローだから」
だから、そんなことはしないのだ、とマジックが笑った。
「ね、パパは我慢してるでしょ?」
褒めてと言わんばかりにマジックが訊いてくるそれに、
呆然としながら、あぁ、と答えていた。
マジックを怖い、と思う時がある。
それはふいにやってきて、
そして胸に深い傷跡をつけ、何事もなかったように消えていく。
けれど、傷跡は消えることはない。
消えることはねぇんだよ。
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05.07.21~9.25
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キレイなモノだけを見せて、汚いモノは見せないなんて日々。
そんな日々は、長くは続かない。
終わりは、必ず来る。
The past talk.
「シンちゃん、ご飯できたよ。
テレビ消して、手を洗っておいで」
その声に従いシンタローは、
アニメのエンディングが流れるテレビを消そうとリモコンに手を伸ばす。
けれどボタンを押し間違えてしまい、テレビは消されることなくニュースへと切り替わった。
そして、映し出された映像。
遠目にも辺り一面に炎が燃え盛り、
立ち上る黒い煙も、鳴り響く爆音も幼い心に衝撃を与える。
知らず震える身体。
怖くて消し去りたいのに、指は動いてはくれない。
視線さえも、動いてはくれない。
立ち尽くし、ただ震える。
「シンちゃん?どうしたの?」
行動を起さないシンタローを不信に思ったマジックが、
キッチンから顔を覗かすのが気配で解る。
駆け寄ってこの不安を曝け出して抱きしめてもらいたいと思うのに、それもできない。
「シンちゃん?」
「…パ……パ…」
呻くような声が漏れた。
けれど代わらず、指一本どころか視線さえ動かせない。
そんなシンタローに、マジックが漸く異変を感じ駆け寄る。
そして抱き寄せ、その視線の先に気づく。
瞬間、息を呑んだことを幼いシンタローは気づかない。
マジックはその映像を映し出すテレビをすぐにでも消し去りたいと思うが、
シンタローをこれ以上怯えさせることになると思い止まり静かにリモコンに手を伸ばし消した。
画面が何も映し出さなくなり、漸くシンタローの視線がマジックを捕らえた。
抱きしめられた腕にしがみつく。
嗚咽が漏れることも気にせずに、シンタローは泣いた。
その間ずっと、マジックは何も言わずシンタローを抱きしめたままだった。
「…パパ、あれ何?怖いよ」
落ち着きを取り戻したシンタローが、ぽつりと言葉を零した。
何かを言って安心させてあげたいのに、マジックはその言葉を持っていない。
ただ、抱きしめる腕を強める。
けれど幼いシンタローは、それでは満足できず更に言募る。
「パパ、どうしてあんなことするの?」
その言葉に抱きしめていた腕を放しシンタローの目を覗くが、
潤んで見上げてくるその目からは、真意を読むことができない。
それでも、欠片でもいいから真意を読み取ろうとその目を見つめる。
問われた意味が、マジックには解らなかった。
マジックは、シンタローに自分の仕事が何であるか伝えていない。
自分の汚い部分を見せたくないと思っていた。
いや、それよりも見せることが怖いとさえ思っていた。
キレイな人間、などと言えるとは思ってもいないし言うつもりもないが、
それでもシンタローに対してだけは、キレイでありたいと思い続けていたから。
自分のことで、シンタローを傷つけることはしたくなかった。
長くは続かないと解っていても、
それでも隠して守ってキレイなモノだけを見せていたかったから。
だから、先ほどのシンタローの言葉の真意が解らない。
シンタローは自分の父親が何をやっているのか、知っているのだろうか。
「…シンちゃん?」
安心させるどころか、更に不安を煽ってしまうのではないかという情けない声だった。
恐らく声と同様に表情すらも、見せたことのない情けないものなのかもしれない。
見つめていた目が、不安に揺れた。
それを隠すようにゆっくりと閉じられた目が開かれるまでの数瞬が、酷く長く感じた。
再び開かれた目は、真っ直ぐにマジックを見つめて言った。
目は、もう潤んではいなかった。
「火は、熱いよ。
煙を吸うと、喉が痛くて辛いよ。
大きな音がすぐ傍で鳴ると、心臓がビックリして苦しいよ。
どうして、あの人たちは傷つけあいをするの?」
しっかりとした、けれどとても静かな口調でシンタローは言った。
幼さを感じさせない言葉だが、幼いが故に直接的な言葉。
けれどそんなことは、マジックにはどうでもよかった。
シンタローは、『あの人たち』と言った。
マジックがやっていることに、気づいたワケではない。
それだけで、マジックには十分だった。
だから、再び抱きしめる手を伸ばす。
優しく包み込むように。
そして、偽りで優しく包み込む。
「互いに守るものがあるんだよ。
守りたいものが違うとね、争いが起きてしまうんだ」
何を言っているのか、とマジック自身でさえ思う。
けれど、出てきた言葉はそれだった。
真実ではない言葉。
あの戦争をしている片方は自分の団。
でも、理由は今シンタローに言ったようなモノではない。
理由があったかさえ思い出せない、そんな理由で戦争が起こっている。
「守りたいものがあったら、戦争が起きちゃうの?」
再び涙を浮かべて、シンタローが訊いた。
「絶対に、というわけではないけど、起きてしまう場合もあるんだよ」
そう言うと、シンタローは辛そうに顔を歪めた。
そんな顔をさせたくなくて、話を切り上げようとマジックは小さな手を取って立ち上がった。
「ほら、シンちゃん。ご飯冷めちゃうよ」
手を引いて歩こうとするが、シンタローは動かない。
「シンちゃん?」
振り返れば、俯いたシンタローが震える声で訊いた。
「パパの…パパが守りたいものって何?」
どういう意味でシンタローがそんなことを訊いたのか、マジックは解らない。
けれど、その問いの答えなどひとつしかなかった。
「シンちゃん。
パパが守りたいものなんて、シンちゃん以外に何もないよ」
瞬間、繋いでいた手が強く握られた。
震えを誤魔化すように強く。
「シンちゃん?」
「僕だけは、味方だよ。
世界中の人がパパの敵になったとしても、僕だけは味方だから」
搾り出すような悲痛な声で、シンタローが呟いた。
何を思ってシンタローがそんなことを言ったのか、最後までマジックは解らなかった。
けれどその言葉だけで、他はもうどうでもいいと思った。
世界中が敵だろうと、マジックにとってはどうでもいい。
だが逆に、世界中が見方であったとしても、シンタローが敵にまわるというのなら耐えられない。
マジックにとっては、シンタローがすべてだった。
その言葉だけで、すべてが幸せに変った。
だから未だ俯いたまま震えるシンタローも、
抱き上げ抱きしめるだけで、その言葉の意味を深く言及しなかった。
だから、マジックは知らない。
先ほどのニュースで映った映像の中に、
団の旗が一瞬映ったことをシンタローが見てしまったことを。
また、その戦争が自分を守るために起こっているとシンタローが勘違いしてしまったを。
そして、今まで知らなかった父親の一面を知って恐れを抱いても、
それでも、傍にいたいと思ったということを。
だから、マジックは知らない。
キレイなモノだけを見せ続けることができた時が、終わりを告げたことを。
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05.04.25~05.03
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何とも不可解な光景を目にした。
ティラミスがマジックに何かを渡している。
それが書類の類なら、特に何も思わない。
けれど、それは小さな紙袋。
それも見るからに、プレゼントだと解るそれ。
相変わらず、渡すティラミスは表情が読めない顔をしていたが、
マジックは嬉しそうに笑っていた。
中身は何なのか。
それが何を意味するのか知ったのは、休憩時に訊ねてきたグンマだった。
You are my Valentine.
「はい、シンちゃん」
笑顔で、グンマが小さな箱を渡してくる。
受け取ったそれは、甘い匂いを放っている。
「…チョコ?」
「今日は、バレンタインでしょ?」
言われて、初めて気が付いた。
そんな日だった。
でも、チョコ?
「…チョコってお前、そんなん日本だけだろうが」
呆れて言えば、グンマはぷーっと頬を膨らました。
「そんなの解ってるよ。
ちゃんとお父様やキンちゃんには、他のモノをあげるよ。
でもシンちゃんには、懐かしいかなって思って特別にチョコにしてあげたのに」
「…まさか手作りとか言わねぇよな」
何となく恐ろしく、貰ったチョコを凝視する。
「…違うよ。
いくら僕でも、自分の料理の腕くらい知ってるよ」
俯きながらも、睨んでくるグンマ。
何となく、気まずい雰囲気が流れてしまう。
視線を泳がせると、グンマが持つ小さな紙袋が目に付いた。
それは、マジックがティラミスから渡されていたモノのように綺麗な紙袋。
「それ、何入ってるんだ?」
「これ?プレゼントだよ。
お父様とかキンちゃんとかの」
気まずい雰囲気が流れていたことなど一瞬で忘れ、笑ってグンマが答える。
けれど、俺は笑えない。
思い出されるのは、ティラミスとマジックと渡された紙袋。
そして、嬉しそうに笑うマジック。
ここは、日本ではない。
だからバレンタインの意味合いが、日本と違うことも知っている。
愛の告白をする日、というだけではない。
親愛の気持ちや、感謝の気持ちを伝える日でもある。
それは、解っている。
だから、何も不自然なことじゃない。
プレゼントを渡すティラミスも、それを笑って受け取るマジックも。
でも、それを素直に納得できない自分がいた。
「…シンちゃん?どうかした?」
彷徨いかけた意識を戻せば、心配そうにグンマが見上げてきた。
「…あ、いや。何でもない」
「…そう?」
まだ心配そうなグンマに、笑って見せた。
下らないことを考えても、時間の無駄。
そんなことを考えている暇はない。
「あぁ。
お前も、もう行けよ。
それ、マジックやキンタローにやるんだろ?」
「…う、うん」
まだ納得いかないグンマに、時計を見せて急かした。
休憩時間は残り少ない。
「ねぇ、シンちゃん。
今日もお仕事遅いの?」
「急ぎの仕事は終わったから、定時は無理でも多少は早くなると思うけどな」
どんな意図で訊かれたか解らなかったけれど、
それでも安心させるように笑えば、グンマもほっとしたように笑った。
「シンちゃん、お疲れさま」
グンマに言ったとおり、定時とはいかないまでも仕事は早くに片付いた。
コキコキと肩をまわして寛いでいると、タイミングを見計らったようにマジックが入ってきた。
あまりのタイミングのよさに、思わず眉間に皺が寄る。
いくらセキュリティーのためとはいえ、監視カメラを外してやろうか。
と思ってみたが、きっとこの男にはそんなことは何の意味もないのだろう。
答えない俺に、珍しく焦れることも抱きついてくることもなく、
満面の笑みで静かに近づいてくる。
その行動だけでも怪しいのに、後ろに隠した両手が更に怪しい。
そこに何があるのか、注意深く見るがよく解らない。
「そんなに、警戒しなくていいよ。
これは、シンちゃんにあげるんだから」
苦笑しながら、隠していたモノを渡される。
反射的に受け取りそうになったのは、マジックがティラミスから受け取っていた小さな紙袋。
それを寸でで拒みながらも、呆然とする。
「な…んで?」
だって、これはアンタが貰ったモノだろ?
嬉しそうに、貰ってたじゃねぇか。
訊きたいのに言葉にはなってはくれず、座ったままにマジックを見上げる。
「今日は、バレンタインだから」
「…違っ」
そうじゃなくて、これはアンタが貰ったモノだ、と言いたいのに、
やっぱり声はでてくれないまま。
「違うって、シンちゃん違ってないよ。
今日は14日だよ」
困ったように笑うマジック。
声は出てはくれないから、首を振った。
それすらも、マジックは誤解する。
「…受け取ってくれないの?」
「…だって、それは俺が貰っていいモノじゃない」
漸く声が出たけれど、出なければよかった。
自分の情けない声なんて、聴きたくなかった。
それが悔しくて俯けば、マジックが小さな溜息を吐き出す。
顔を上げることもできず、片付いて何も見るものなどない机を睨んでいると、
俯いた頭上に、静かな声が降り注いだ。
「これは、お前にだよ。
全部受け取ってくれとは、言わない。
パパのことが少しでも好きなら、受け取ってくれないかな」
何を言われているのか、よく解らない。
思わず見上げれば、声と同じような笑みを向けられた。
そして、再び差し出される紙袋。
今度はどうしてか拒めなくて、受け取った。
小さな袋の割りに、少しだけ重さが伝わる。
それでも中身を見ることなんてできなくて、
マジックを見上げたままでいれば、もう一度同じ言葉を言われた。
「…少しでも好きなら、受け取ってよ」
そのワケの解らない真剣さに押されるままに、小さな紙袋を開けた。
紙袋の中には綺麗にラッピングがされた箱が、何故かいくつも入っていた。
その箱にはそれぞれカードが付いている。
カードを見て、笑った。
どれもマジックの字で書かれたカードを見て、
正真正銘これはこれはティラミスからマジックへ渡されたモノではなく、
マジックから自分へと渡されるべきモノだと解ったから。
下らない勘違いをしそうになった自分に、少し呆れる。
それにメッセージには、『You are my Valentine.』と書かれてあって、
『From your Valentine.』と書いていないだけ珍しく謙虚だ、と思ったから。
けれど、笑みは一瞬で消え去ってしまった。
どのカードにも記された年に気づいたから。
今年のモノだけではない。
去年のモノもあり、その前の年のモノもあり、それ以上前の年のモノもある。
そして一番古い年のは、あの年のモノ。
コタローと離されたあの年。
――だからその意味が、解ってしまった。
顔を上げたら、マジックが少し笑った。
「ずっと、渡したかったんだよ。
お前が、私を避けるようになっても。
それでも、すっとお前のために選んで喜んで欲しいと思ってた。
今なら、貰ってもらえるかな?」
馬鹿だと思った。
普段の下らなさ以上に、時折見せるこういう下らなさが、
何故か腹立たしいほどの苛立ちと寂しさを伝える。
「…なんで…アンタは…」
その先の言葉は、何も浮かばなかった。
ただ、どうしようもないほどに、胸が痛みを伝える。
「…ごめんね」
そこで、どうして謝るのか。
謝らなければならないのは、マジックではない。
勿論、俺でもない。
謝る理由なんて、何ひとつないのだから。
けれど、それをどう伝えればいいのか解らない。
普段は傲慢とも尊大とも言える態度を取るくせに、
時折見せるこの弱さに、どう対応していいか解らなくなる。
ただ、今解ることはひとつ。
受け取らなければいけないということ。
受け止めねばならないということ。
マジックの気持ちも、それに対する自分の気持ちも。
「…全部、受け取ってやる」
その言葉しか、今は何も知らない。
この言葉しか、きっと何も先へ繋げない。
真っ直ぐに言い放てば、マジックは漸くほっとしたような笑みを見せた。
「ありがとう」
心から嬉しそうに告げられた言葉。
でも、それ以上に聞きたい言葉がある。
聞くことが怖いけれど、聞かなければいけないことが。
「…なぁ、コタローには……」
用意してないのか、と続く言葉は、どうしてか出てはくれなかった。
けれどそれでも、理解してくれたマジックは笑った。
「用意してるよ。
…でも、今年からだよ。
ちゃんと向き合おうと思えたのが、今年なんだ」
情けないよね、と苦笑するマジック。
「…そんなの、俺も同じだ」
本当に、同じだ。
あれから何年も経つのに、漸くマジックと向き合うことができた。
あの島で、やっと家族になれた気がした。
マジックと俺とコタローと。
「…そっか。なら、よかった」
呟きながらも、何処か幸福に満たされる。
「…いや、受け取ってくれてありがとう」
マジックも、幸せそうに笑った。
「でも、俺何も用意してねぇよ?」
何年もの間ずっと用意してくれていたマジック。
なのに、俺は何もない。
そんな気持ちにすらならなかった。
「…悪ぃ」
「謝らなくていいよ。
原因は、私にあるんだから。
それに私は、お前が生きているだけで幸せなんだ。
でもだからからこそ、
次々とお前にいろいろと望んでしまうけど、生きてさえいてくれれば本当はいいんだよ。
コタローも今は眠っていても、生きてさえいてくれればいい。
希望は、そこから生まれるから」
静かに静かに告げられる言葉は、何処か懺悔に似ていた。
聞いているだけで、哀しかった。
悩んでいたのは、俺やコタローだけじゃない。
マジックも、悩み悔いていた。
「…もういいって。
それより、コタローの分はどうしたんだ?
今年はあるんだろ?」
「あぁ、ポケットの中にあるよ。
お前と一緒に渡したかったんだ」
そう言って、ポケットから小さな箱が出された。
「んじゃ、一緒に行くか」
笑って言えば、マジックも笑った。
眠ったままのコタローのもとに二人並んで歩きながら、
先のことだけを見ていたい、と思った。
だって悔いることは、もう十分に互いにしたのだから。
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05.02.13~14
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くのいちDebut 田舎暮らし ブライダル 一戸建て
俺、天使。
背中に白い羽が生えたあの天使。
カミサマの命令で、間違った人間を正しい方向に導くことが俺の仕事。
そして目の前で好奇心丸出しで俺を見ている男が、俺の今回のターゲット。
Angel.
「それ、本物?」
目の前の男はいい歳をして好奇心を隠そうともせず、背中の羽を触ろうと手を伸ばす。
何だ、コイツは。
普通は違うだろ?
もっとこう驚くなり、有り難がるなりするだろ?
それなのに、何だこの反応は。
これではまるで、子どもの反応じゃないか。
いつもと勝手が違って黙り込んでしまう。
そんな俺を見て、男はニッコリと笑った。
「君は、キレイだね。
真っ白の羽と、黒い髪と目が対照的でキレイだね」
…初めて、キレイだと言われた。
天使の中で黒い色彩を持つのは俺だけで、仲間にも異質な目で見られていた。
それに人間たちも驚きや感嘆の目で見ながらも、
何故こんな色彩なのか、と不思議そうに視線を寄越してきたから。
それなのに、この男はキレイだと言った。
一瞬の疑問を抱くことなく、キレイだと言った。
俺が憧れてやまない金の髪と色素の薄い目を持っているというのに。
呆然と男を見れば、またキレイだと言われた。
「…アンタのほうが、キレイだ」
気がつけば、そんなことを口走っていた。
男は目を丸くして、嬉しそうに笑った。
「ありがとう。
…ところで、天使の君が何をしに来たの?」
その言葉に、自分の仕事を思い出す。
けれど思い出した瞬間、この男のもとに遣わされたのは上のミスではないのかと疑問が生じる。
今回のターゲットは、大量殺戮者。
殺人集団のトップに立つ男。
それなのに、目の前の男は子どもみたいに笑っている。
コイツじゃない…よな?
何かの…間違い?
そう思った矢先に、男が纏う雰囲気が変わる。
温度が一瞬にして下がった気がした。
「天使なんて、滅多に下界に下りては来ないよね。
それなのに君が来たってことは、私に制裁でも加えに来たのかな?」
先ほどと同じように笑っているのに、目が笑っていない。
底冷えするその目に、のまれそうになる。
「…制裁を加えられる覚えでもあるのかよ」
「ないよ」
男はそう言って笑った。
冷酷さが見えるあの笑みではなく、最初に見た子どもみたいな笑みで。
「君は何をしに来たの?
どんな命令が下ったの?」
好奇心丸出しの顔で俺を見つめてくる。
けれど、その目は再び冷酷な色を帯びている。
「…間違った人間を正しい方向に導くために」
そう呟けば、男は困ったように笑った。
「私は間違ったことをしている気はないよ?」
「…じゃあ、何をしているんだ?」
「世界の一掃」
何てことのないように、無邪気な笑みで男は答える。
「それで、多くの罪のない人間が死んでいる。
それは間違ったことじゃないのか?」
「さぁ、どうだろう。
私は身内以外に興味がないからね」
苦笑しながら男が傍にあったスイッチを押すと、
壁の一面がスクリーンへと変わり、映像を映し出す。
瓦礫とそこから生え出す人間のモノと思われる身体の一部。
血を苦手とする天使にとって、吐き気を通り越し倒れそうになる最悪の映像。
ガクガクと震え出す身体を抱きしめ、映し出された映像から目を逸らす。
その様子を見た男がスイッチを切り、スクリーンは再びただの壁へと戻る。
「今のは、数時間前に降伏した国の映像だよ。
私が命令して起こった戦争でたくさんの人が死んだけどね、
それでも私は、悪いことをしたとは思っていないよ。
…いいことをしているとも、思ったことはないけれどね。
気がつけば私は総帥を継いでいて、
周りは敵だらけで殺らなきゃ殺られる、という立場にあったから仕方ないと思わないかな?」
そう訊いてくる男の声は、どこか寂しそうだった。
殺られる前に殺る、それは当然のことだと思う。
けれど、人を殺していい理由などない。
「…でも、アンタは殺しすぎた」
「…かもしれないね。
それで、君は私をどうするんだい?
私は、君に殺されてしまうのかな?」
苦笑としかとれぬ笑みを浮かべ、男が笑う。
怯えは勿論のこと、無邪気さも威圧的なものも一切感じられない笑みで。
どうして、こんな笑みで笑うのだろう。
今まで会ったどの人間とも違う。
今まで会ったどの人間よりも、最低な人間でしかない筈なのに、
今まで会ったどの人間よりも、寂しい人間。
そんなことすら、思ってしまう。
自分と、似ているのかもしれない。
周りに信じるものなど、いないのかもしれない。
「…天使にそんな権限はない」
「じゃあ、何をしに来たの?」
クスリと男が笑う。
それすらも寂しさが見えてしまうのは、一体何という錯覚なのか。
「何をしに来たの?」
再び男が尋ねる。
「…正しい道に導くため」
「正しい道って何?」
「…………」
「ねぇ、正しい道って何かな?」
正しい道?
そんなの、知らない。
正しいとか間違っているとか、解らない。
神の遣いと言われる天使の中でさえ、争いがある。
そんな天使が教える、正しい道。
それは、本当に正しいのか?
考えてはならない考えが、静かに湧き出す。
今まで、俺はどうやって人間たちを正しい道へと導いてきた?
振り返ったところで、碌な記憶など思い出さなかった。
人間どもは俺の容姿に騙され、他を考えなくなっただけだ。
興味を自身に持って行く。
そうすれば、争いは起こらない。
俺以外のモノへの興味は失せるのだから。
けれど、それは本当に正しいと言えるのか?
「…知らない」
男から目を逸らし、掠れた声で呟いた。
情けないことに、泣きたい。
俺がしてきたことは、何なのだろう。
何が正しい?
治まっていた震えが、再び起こる。
俺は、一体何をしてきた?
「じゃあ、君は今まで人間のもとに降り立って何をしてきたの?」
「…何も」
「何も?」
男が不思議そうに首を傾げるのが、視界の端に映る。
「…何も、していない。
ただ死ぬまで傍にいるだけで…勝手にアイツらは俺だけにしか興味を失って…」
言ってて、また泣きそうになった。
天使って何だ?
俺のしてきたことは、何なんだ…。
悔しさと情けなさで、ワケが解らなくなる。
ただ治まらぬ震えを抑えるように、唇を噛み締めた。
男は何も言わず、俺を見ている。
視線が痛い。
その視線の意味を考えるのが怖い。
蔑まれているのだろうか。
数百年も生きてきたけれど、
俺のこの色彩に疑問を抱くことなく、初めてキレイだと言ってくれた人なのに。
顔を上げられず俯いたままでいれば、男の手が頭に触れた。
「それなら、私が死ぬまで傍にいてくれるのかな?」
優しい声がかけられる。
顔を上げれば、男が笑っていた。
少しだけ寂しそうに。
「今まで君が人間にしてきたように、私の傍にいてくれるのかな?」
再び重ねられる問いかけに戸惑い、男を見つめる。
男はまた少しだけ笑った。
「君が望むなら、もう何もしないよ」
その言葉に、胸が締め付けられる。
この男も、結局同じだったのだろうか。
違うと思ったのに。
天使が持つ不可思議な力。
人間を魅了する力。
始めはその容姿で惹きつけ、
徐々に考えることすら放棄させるほどに溺れさせる。
そうなった人間は、見ていて醜く辛い。
どんなに欲せられたところで、彼らが求めるモノは俺自身ではない。
ただ、不思議な力に魅せら、惑わされているだけだ。
そんな相手に欲せられたところで、嬉しくないどころか苦しい。
傍にいることが苦痛でしかなくなる。
俺自身を望んでくれないくせに、それでも彼らは俺という存在を望むから。
この男も、そうなのだろうか。
他の人間と同じように、天使が備え持つ力に早くも惑わされたのだろうか。
そう思うと、僅かに胸が痛んだ。
初めて自分をキレイだと…受入れてくれたこの男が、
俺自身ではなくそんな力に惑わされて望む。
そんなのは嫌だと思った。
何百年と生きてきた中で、
初めて認めてくれたこの男には、最初から最後まで俺自身を見ていて欲しいと思った。
俯いていた顔を上げれば、男は変わらず寂しい笑みを浮かべていた。
見返りを、要求してくれないだろうか。
そうしてくれれば、彼は天使の力に魅了されたのではなく、
自分の意思で俺を望んでくれていると解るのに。
「…俺は、何もできない」
目を見て、言い放つ。
男は、それを苦笑で受け止める。
そして、口を開く。
さぁ、その口から漏れる言葉は?
承諾の言葉か、見返りを望む言葉か。
「…そうだね」
クスリと男が笑った。
それは、了承の意味なのだろうか。
「君は、別に何もしなくてもいいよ」
その言葉に落胆と絶望がチラリと脳裏を走った束の間、男が笑みを濃くする。
「でも――君が帰ってしまうと言うのなら、
先ほど君が見た映像がこれからも増え続けるだろうね」
何?
男は、何と言った?
うまく働かぬ頭で男を見つめれば、困ったように笑われた。
「君が傍にいてくれて望むというのなら、私はもう世界に何もしないよ。
でも君が傍にいてくれないと言うのなら、私は世界を破壊し尽くすよ。
…卑怯かな?」
卑怯だろ、と思うのに、
それ以上に俺自身を望んでくれたことが嬉しいと思うことは、なんて愚かなことなのだろう。
けれどそう思っても嬉しいと思う気持ちは止められず、ただ頷けば男に抱きしめられた。
思えば、初めて誰かに抱きしめられた。
魅了された人間は、馬鹿みたいに俺を崇め奉るだけで触れてなどこなかったから。
初めて知った温もりは、ただ本当に温かく――不覚にも涙が出てしまった。
それに気づいた男が、その涙にも手を伸ばす。
「ごめんね。
卑怯だと解っていても、君が傍にいてくれること望むよ」
触れる手は何処までも暖かく、拭われても拭われても止まることはない。
男は、ごめん、と繰り返す。
それが、哀しみのための涙だと信じ。
けれど、本当は哀しいから泣いているのではない。
嬉しいからだ。
だけど、そんなことは言えない。
言える言葉は、ただひとつ。
「…俺が帰ったら、世界を壊すんだろ?」
止まらぬ涙を気にせずに言い放っても、男は苦笑で返す。
「君さえいてくれたら、理由などどうでもいいよ。
私は卑怯な手を使ってでも、君を手放す気などないから」
自分は卑怯だと、男は言う。
けれど、本当に卑怯なのは涙の理由を言わない俺。
自分こそが欲していると、言えない俺。
キレイだと言ってくれたことが、嬉しかった。
天使の力に惑わされたからではなく、俺自身を望んでくれたことが嬉しかった。
けれど俺も傍にいたいと望んでいる、と言えない弱さ情けなかった。
何も言えないままに男を見上げれば、
それでも笑ってくれるから、おずおずと腕を男にまわした。
傍にいたいと思った。
この男が死ぬまで、ずっと傍にいたいと。
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04.09.19~05.01.01
BGM:『オレ、天使』
『I am an angel.』→『Angel.』
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