「シンちゃん、賭けをしない?」
得意げに、グンマが笑った。
Christmas present. ~Side.S
「…しねぇよ」
「お父様のシンちゃんへの想いが解るかもしれないのに?」
聞き捨てならない言葉。
「何だよ、それ」
「僕、ちょっとした薬を発明したの。
シンちゃんが、素直になる薬」
にっこりと笑うグンマ。
「…馬鹿か、お前。
俺は飲まねぇぞ、そんなモノ」
そんな怪しげな薬など、誰が飲むかってんだ。
まして、宣言されて飲む馬鹿などいない。
「それは、お父様次第だよ」
クスクスと楽しそうに、グンマが笑う。
「何?」
「コレ、お父様へのクリスマスプレゼントなの。
効果も一日しか持たないように調整してるから、
クリスマス過ぎたら、ただの甘味料と変らないんだよ」
自慢げに、グンマが言う。
「しょーもないモノ作りやがって」
「そうかな?絶対、喜ぶと思うよ。
お父様もシンちゃんも」
不思議そうに首を傾げられても、俺は絶対に嬉しいとは思わない。
そのくらい気づけ。
「あのクソ親父は喜びそうだが、俺は喜ばない」
「そうかな?」
「俺に何の得もないだろーが」
「だから、賭けをしようって言ってるの。
コレをお父様に上げる時、ちゃんと薬の説明をするよ。
シンちゃんが素直になってくれる薬だって。
お父様は、どうするだろうね?」
そう聞いてくるグンマは、珍しく真面目な顔。
その表情に少しだけ呑まれそうになりながらも、答える。
「飲ますだろうな」
それは、絶対に。
マジックなら、嬉々として飲ますだろう。
「そう?
僕は飲まさないと思うよ」
変らず、真面目な顔のグンマ。
「…変な匂いとか味がするから、か?」
居心地が悪くて誤魔化すように笑っても、グンマは表情を変えない。
「コレは、無味無臭だよ。
お父様にもそれは伝えておくね。
でもシンちゃんが飲む時に解るように、味をシンちゃんの苦手な極甘にしておくよ。
極甘のモノが出されたら、お父様が薬を飲ませようとした時だよ」
「…お前、何がしたいんだ?」
「別に、何も。
いーじゃない。
シンちゃんはお父様は飲むに賭けて、僕は飲まないに賭ける」
今までの雰囲気が嘘のように、いつものふやけた笑みに変った。
戸惑いながらもあの雰囲気に戻るのが嫌で、いつもの調子に自分も戻す。
「…何を賭けるんだよ」
「シンちゃんが勝ったら、それをネタにお父様から離れればいい」
雰囲気が、また戻る。
「…グンマ?」
「言ったでしょ?
シンちゃんも嬉しい薬だって」
はにかんで笑うグンマ。
でも、次の瞬間には真面目な顔に戻った。
「でも僕が勝ったら、素直になってよ。
一日だけでいいから。
薬の力なんかじゃなくて、素直になってよ。」
そうして、迎えたクリスマス当日。
朝食は、マジックが作った。
カフェオレとトーストとサラダ。
無駄な甘さは、感じられなかった。
おかしい。
マジックなら、考えるまでもなく薬を使うと思ったのに。
流石に、朝っぱらから阿呆なことはしないのか?
と思うものの、昼食にもお茶にも夕食にすら何もおかしなモノはでなかった。
「メリークリスマス」
ソファでくつろいでいる時に、そう言って渡されたのはマフラー。
肌触りのいいそれを受け取りながら、マジックを見上げ言った。
「俺は何もやらねぇぞ」
マジックが、苦笑する。
「いいよ。別に」
それは、グンマからあの薬を貰ったからだろうか。
と思ったけれど、違ったようだ。
「今日一日中、お前の傍にいられたから」
嬉しそうに告げられた言葉に、一日を振り返る。
そう言えば、今日はずっと一緒にいた。
早く下らない賭けを終わらすために、マジックに隙を見せていた。
それなのに、マジックは薬を使わなかった。
有り得ない。
じっとマジックを見上げ、訊いた。
「グンマから、何貰った?」
「内緒」
驚くことなく、さらりと返される。
「何だよ、それ。
どうせ下らない発明品とかなんじゃねぇの」
何気なさを装い探りをいれるが、マジックはまったく動じない。
「さあ、どうだろう?
お前は、何を貰ったの?」
そう訊かれて、ふと気づく。
何も貰ってない。
毎年下らないありがた迷惑なモノを押し付けてくるくせに、今年は何も貰ってない。
「今年は貰ってねぇな。
プレゼントって歳じゃねぇし、アイツもやっと気づいたのかもな」
答えながらも、はぐらされたことにやっと気づいた。
「って、俺のことはいいんだよ。
アンタ何貰ったんだ?」
「もー、シンちゃんしつこいよ。
いいじゃない、内緒」
どうやっても答えないつもりのマジック。
この調子だと、絶対に教えるつもりはないんだろうな。
諦めの溜息が漏れる。
「もういい。俺は寝る」
ソファから立ち上がれば、その手を掴まれる。
そして、引かれる。
「っ何すんだよ」
言葉を吐き捨てれば笑うマジックがいて、触れるだけのキスをされた。
さらに抗議のことばを、と思うのに、マジックの目が優しく笑うから阻まれてしまう。
「私はね、そのままのお前が好きなんだよ」
…何だ、解っていたのか。
ただ、そう思った。
グンマが何をマジックにやったか、それを俺が知っていることを。
「あっそ」
それだけ答えて、マジックに軽くキスをした。
マジックにされたものと同じで、触れるだけのキス。
「メリークリスマス。おやすみ」
驚いて目を瞠ったマジックに、にやりと笑って踵を返す。
賭けのリミットまでまだ猶予は残されていたけれど、負けが目に見えてたから素直になった。
でもまだ猶予があったから一日素直にならなくていいはずで、一瞬だけ素直になった。
そのままでいい、とマジックは言ったけれど、たまにはいいのかもしれない。
本当に、たまにはだけど。
「お父様、少し早いけどクリスマスプレゼント」
にっこり笑って渡されたのは、赤い液体が入った小瓶。
丁寧にリボンまでかけられていた。
Christmas present. ~Side.M
「ありがとう。
でも、これは何だい?」
「魔法の薬だよ」
そう言われても、よく解らない。
「魔法の?」
「そう。
それ飲むと、シンちゃんが素直になるの」
その言葉に興味を持って、まじまじと小瓶をみつめた。
ちょっと、嬉しいかもしれない。
いや、ちょっとどころではなく、嬉しい。
シンタローが素直に?
素直なシンタローなど、子どもの時以来会っていない。
今の素直ではないシンタローも可愛いけれど、あの頃も可愛かった。
零れんばかりの笑顔で笑って、パパと私を呼んでいた。
あぁ、思い出しただけでも幸せになれる。
それが、今のシンタローに言われたら?
そこまで考えて、苦笑した。
「…ありがとう。
でも、使えないよ」
泣くかな、と思いながら告げれば、意外なことにグンマは嬉しそうに笑った。
「だと思ってた。
お父様は、シンちゃんが好きなんだよね。
意地っ張りだけど、あのままのシンちゃんが好きなんだよね」
「グンちゃん?」
よく解らなくて名前を呼べば、恥ずかしそうにグンマが笑う。
「これちょっとした意地悪なの」
「意地悪?」
「ほら。
お父様の誕生日の時、お祝いできなかったでしょ。
今年はキンちゃんも一緒に、家族みんなでお祝いできると思ってたのに…。
お父様は部屋から出ないし、シンちゃんなんて忘れてたっぽいし。
だから、シンちゃんに意地悪も兼ねたお父様へのプレゼントなの」
ぷーっと頬を膨らましながら、子どものように言われた。
その幼さに、思わず笑みが漏れる。
「そっか。ありがとう。
でもあの日、私はシンちゃんにプレゼントを貰ったよ。
それがグンちゃんやキンちゃんの気持ちを、
無視してしまうカタチになってしまったみたいだね。
ごめんね」
本当はプレゼントを貰っていないけれど、そう言った。
カタチあるモノは何も貰っていないけれど、言葉はくれたから。
私の存在を認めてくれたから。
それが、何よりも救いで嬉しかった。
あれ以上のプレゼントなど、私は知らない。
グンちゃんたちには申し訳なかったけど、私は最高の誕生日を迎えられた。
「貰ったの?シンちゃんに?」
そんな気持ちで笑いかければ、大きな目を見開いてぱちぱちと瞬きをする。
そのまま、信じられない、という気持ちを隠すことなく訊いてくる。
「とても素敵なプレゼントをね」
答えると、今度は嬉しそうにグンマは笑った。
「そうなの?
じゃあ、お父様は幸せだね」
「幸せだよ。
だからグンちゃん、この薬は受け取れないよ。
シンちゃんに意地悪する必要なんてないんだから」
そう言って小瓶を返すけれど、押し返される。
「ダメ。
これは、お父様へのプレゼントなの。
それにシンちゃんも幸せになれるんだよ」
「でも、意地悪するためだったんでしょ?」
グンマの言うことは、よく解らない。
「んーっと。
意地悪だけど、それが目的じゃないから。
素直になって欲しいんだ。
例え、一日でもいいから。
お父様は今のままのシンちゃんが好きかもしれないけど、
シンちゃんだってたまには素直になっていいと思うの。
じゃないと、解らなくなってしまうよ」
突然、真剣な目がじっと見つめてくる。
その目に、問い返す。
「何が?」
「気持ちが。
恥ずかしがったり誤魔化してばかりしてたら、本当の気持ち見失っちゃう。
だから、きっとシンちゃんのためにもなると思うの」
「でもそれは、薬を飲ますこと限定になってしまうんじゃないかな?」
「えっとね。それはないよ。
そんな素敵な薬なんて、僕すぐに発明できないし」
…何か、さらりと凄いことを言われたような。
「…ということは?
素直になる薬なんて、存在しないの?」
「うん。ごめんなさい」
ますますもって、この息子が解らない。
どんな発明をしても驚かないくらいの頭脳はあるけれど、
何もないところで転ぶ程度の間の抜けたこともする。
まぁ…つまり、未だ理解ができていないワケで。
「えーっと、グンちゃん?」
「さっき、シンちゃんに言ったの。
素直になるお薬作ったから、お父様にクリスマスプレゼントにあげるよって。
使用期限は1日…つまりクリスマスの間だけなんだけど、
その間にお父様に飲まされるかもねって」
一生懸命説明しようとしてくれるのは解るけど、やはりいまいち言ってることは解らない。
「これ本当は、ただの甘味料なの。
シンちゃんの嫌いな極甘のね。
それは、教えてるよ。
お父様には無味無臭でばれないって教えるけど、本当は極甘だって。
シンちゃんはああ見えて単純だから、
極甘のモノが出されれば薬入れられたって思って素直になると思うよ。
薬のせいだからって」
解るようで解らない言葉は、まだ続いた。
「でね、賭けをしたの。
シンちゃんに今の話をしたら、絶対にお父様は飲ますって言ったよ。
馬鹿だよね、シンちゃん。
そんなことないって、僕でさえ解るのに」
そう言って苦笑するグンマを見て、少しだけ寂しくなった。
グンマでさえ解っていることなのに、
どうしてシンタローは解ってはくれないんだろうね。
寂しく笑う私を見て、グンマもその笑みを深めた。
「だから、僕は言ったの。
お父様は、飲まないに賭けるってね。
実際にお父様は、
この薬が本物でも飲まさないどころか受け取らないって言ったんだから、
今本当のことをばらしちゃってもいいよね。
でね。僕が勝ったら、1日だけ素直になってて」
一度目を閉じゆっくりと開けられた目は、見た時のないほど真剣な目をしていた。
自分が、愚かに思えた。
グンマも、私の息子なのに。
それなのに私が振り回されるのは、シンタローだけ。
新たに家族になったキンタローのことも忘れ、望むのはシンタローだけ。
ふたりとも、私の大切な家族なのに。
それを今痛感したのに、それでも望むのはシンタローでしかなくて。
それを解っているグンマがいて、キンタローがいて…。
「…ありがとう」
抱きしめた。
思えば、初めてかもしれない。
腕の中で、くすぐったそうにグンマが笑う。
「お父様、抱きしめる相手が違うよ。
僕じゃなくて、シンちゃんだよ」
腕から逃れて、グンマが見上げてきた。
「素直になるのは、シンちゃんだけじゃないよ。
お父様も素直になってよ」
「私は、いつも素直だよ?」
だからお前達を気にも留めず、シンタローばかり求めてしまっている。
だけど、グンマは首を横に振った。
「違うよ。
お父様も、誤魔化してる。
シンちゃんに好きって言ってる気持ちも本当だけど、
お父様は言葉で行動で誤魔化してる。
…怖がってない?
シンちゃんも何処かでそれが解っているんだよ。
だから、怖がってる部分もあると思うの。
それを信じていいのかって」
見上げてくる目は再び真剣で、
告げられた言葉も自覚がある言葉で、何も言えなくなってしまう。
「ねぇ、お父様。
これが、僕とキンちゃんのクリスマスプレゼントだよ。
キンちゃんも一緒にこの計画考えてくれたの。
お父様に断る権利はないよ。
お誕生日を、僕たちにお祝いさせてくれなかったんだから」
だから素直になって、と目が告げてくる。
その強い意志の宿った目に、応える。
「ありがとう。
ちゃんと、受け取ったから」
その言葉に、ふっとグンマが笑った。
「少し早いけど、メリークリスマス。
来年は、僕たちにも一緒にお祝いさせてね。
今年はシンちゃんに譲ってあげるから」
晴れやかに笑うグンマをもう一度抱きしめ、頬にキスをした。
抱きしめたことも初めてならば、キスを送ることも初めてだった。
「メリークリスマス。
素敵なプレゼントをありがとう」
照れながらも嬉しそうに笑うグンマを見て、幸せだと思った。
親子だと知っても親子らしいことなんてしてないくせに、こんなに思われて幸せだと。
手の中には、赤い液体の入る小瓶。
これは魔法の薬なんかじゃなかったけど、私を幸せにしてくれるには十分。
それなのに、まだこれからグンマとキンタローのふたりのおかげで、
シンタローにも幸せにしてもらうことが約束されている。
シンタローからプレゼントされるのは、
誕生日に貰ったモノと同じで、カタチのないモノ。
それだけで幸せだけど、
グンマとキンタローからそれが本当のことだと証拠になるカタチあるモノを貰った。
カタチのないモノとカタチあるモノ。
どちらも大切で、どちらも私を幸せにしてくれる素敵なプレゼント。
明日、シンタローはどんな態度を取るのだろう。
素直になってくれたら嬉しいけれど、
本当は傍にいられるだけで幸せだと言ったら、笑うだろうか?
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