真黒な闇を抜けると、そこは純白の世界だった。
「ごほっごほっ!!
なんだこりゃぁああ!!!??
───げふっ!!」
煙い! 何だこの煙!!!
目に来る喉にも来る!
俺は慌てて辺りを見回した。
と、赤いランプが視界に入る。
俺は迷わずそっちへダッシュ!
案の定扉発見!!
ドアノブに手をかけ───
がちぃっ
「なんでカギがぁああああ!!!???」
ぷちパニックに陥って思わず叫ぶ。
目が……目が痛い!
こうなったら壁ごと一気に……
精神を集中させ、壁が吹っ飛ぶシーンを思い描く。
───せーの
ガチャっ
「………………………………」
「………………………………」
って固まってる場合じゃねェ!!
召還者が開いたドアをくぐり(その時羽をぶつけたが)、
背後で扉が閉められる音を聞きながら空気をいっぱいに吸う。
「っはーぁ……死ぬかと思った。」
「悪かったねェ。まさかあんなに煙が出るなんて思わなかったんだ。」
……そうだ。コイツ……召還者だっけ。
色々言いたい事はある。言わなきゃいけない事もある。だがとりあえず。
俺はぐわしっとむなぐらをつかんで顔を引き寄せた。
畜生背で負けてる。
「てめぇ俺を薫製にする気か。」
「うーん、悪魔の薫製か。人魚の干物なら聞いた事あるけど。」
「本にしっかり 『物によって大量の煙が出るので、風通しのよい広い場所で行ってください。
場合によっては命にかかわります』って書いてあったろ!!」
「読んでない。むしろ読めない。」
「えぇい悪魔を呼ぶときは責任を持って最後までやり遂げろ!!」
「まぁまぁ。とりあえずこんなところで立ち話もなんだし、私の部屋に来ないかい?」
「……そうさせてもらう」
何だこの妙にマイペースな男は。
大体どんな経緯があって俺を呼んだんだかしらねーけど
本物が出たんならもうちょっと慌てるとか驚くとか……
赤じゅうたんの敷き詰められた廊下を歩きながら、俺は召還者の案内でだだっ広い屋敷の中を歩いていった。
「はい。どうぞ」
「どーも」
ひとつのドアの前で立ち止まる。
召還者にドアを開けてもらい、俺はさっさと中に入っていく。
広いな……。いや、廊下や隣室のドアの間隔からしてこのくらいとは予想してたが。
「適当なところに座っていいよ」
「んじゃお言葉に甘えて」
きれいにシーツがかけられたベッドの上に乱暴に腰を下ろす。
しっかし真赤なシーツとは……いや、この男には妙に似合うぞ。
「で、いまさら聞くまでもねーけど、俺を呼んだのはあんただな。」
「あぁ。」
「でもって一応説明させてもらうぜ。
俺はあんたの願いを3つ叶えてやる。
その代わり、あんたが死んだ暁には、あんたの魂は俺のもの。
単純だろ?」
指で3を作り目の前ににょっと持ってくる。
召還者はそれを見ながら当然の質問をしてきた。
「私の魂? 一体何に使うんだい?」
うんうん。よくある質問だ。
が、これに答えると、まず契約をしてもらえないので適当にごまかす。
「あんた自分がデパートで買い物したとき店員に『私が支払ったそのお金で何を買いますか?』とか聞くか?」
「……イヤあんまし……」
「それと同じコトだ。聞いたとしてもどうしようもないし、何よりそんな立ち入ったことまで聞くのは失礼だろ?」
「そういうものかな」
そういうものにしておいてくれ。
「で、どうする?」
にやりと挑発するように笑うと、対して召還者はにっこりと邪気の無い笑みを浮かべた後、俺の横に座り
「ちなみに君名前は?」
「……何でだ?」
「君らの中ではどうか知らないが、私たちの間だと、個人を示す指標が無いというのは生活しづらいものなんだよ。
なにより、折角3つ願いを叶えてくれると言うのに、『君』や『あんた』じゃ他人行儀だろう?」
「……そういうものか……?」
って言うか契約で縛られる相手同士仲良くなってもなぁ。
ま、別に教えたところで問題ないし。
「オレはシンタロー。好きなように呼べばいい。
アンタは?」
知っているとはいえ、ここは聞いておくのが礼儀だろう。なんとなく。
「マジック。」
「じゃぁ……マジックさんよ。3つの願い、一つ目は何だ?」
続く
戻る
TOPへ
3つの願いは何だ?
そう聞くとマジックは口に手を当てて考える動作をした。
何年かこーゆー仕事をしているが、大体このあと2パターンある。
すぐに願いを言ってくる者
しばらく考えさせてほしいと言う者
前者の場合、何かに追われていてそれから逃げ出す(あるいは解決する)方法として俺たちを呼ぶ。
後者の場合、ノリと勢いとネタで呼び出そうとして、何故か成功してしまったパターン。
まぁこの男もこうやって考える所を見ると……
───ゾク
……なんか……なんか視線が……妙だぞコイツ。
い、いや、呼ばれた人間にじろじろ見られるくらい慣れている。
全身黒尽くめで、髪も長髪の上に黒髪。
耳がとがっていたり、ヤギに似ている角が生えていたり、
そして羽が生えていたり……物珍しいのはわかるが……。
が、なんだか……変だ。
その視線にただならぬものを感じ、俺は振り切るように注意事項を口にした。
「先に行っておくけど、永遠の命とか、叶えてくれる願いの数を増やせとかそういうのは無理だからな。
常識的に考えてくれ。」
大丈夫だよな。たぶん。相手はただの人間だ。
俺に対して何か出来る訳が無い。
でも何だこの妙な不安は……。
背筋がぞくぞくするような不吉な予感は。
「そ、それと、あまりにもデカイ願いも無理だな。
といっても別に俺の力が弱いわけじゃねーぞ。
たとえば……「世界を平和にしてくれ」とかだな。」
さらに普段は自分の限界を示すようで召還者が言わない限りは説明しない事まで言っていた。
その間も召還者は生返事で俺のほうを見つめている。
「───まだちゃんと固まってないってんなら、オレは一度消えるぞ。
決まったら名前でも呼んでくれりゃすぐ現れる。」
ついに痺れを切らして俺はそういった。
別にすぐここで願いを言えとは決まっていない。
そのほうが時間の短縮になるだけだ。
「あ、いや。それには及ばないよ。
たった今思いついたから。」
だったらはよ言わんかい。
───とは言わない。
「そうか。で、なんだ?」
ほっとしたのを悟られないよう、なるべく冷静を装って会話を続ける。
さて、表でも裏でも、まず不自由しない男が何を願うのか。
がっし。
ん?
両肩に召還者の手が置かれる。
予想外の行動に思考が着いていかなかった。
「じゃ、とりあえず君をもらおうかな」
「あん?
───うわっ!?」
何だ?と思っているとぐいっと後ろに押される。
俺は反射的に両肘を後ろにつき、背中から倒れるのを防いだ。
仰向けになったとき、胴体の重さが直接羽に来るから、落下感との恐怖とは別に反射的にこうなるのだ。
つまり、俺の両腕はある意味ふさがったも同然で、
頬を包む温かい両手や、唇に触れる柔らかいそれを防ぐ手段は……。
ぅちぅうううううううう~~~~~っっ!!
「───~~~~ッッッッツ!!!」
って悠著に説明している場合じゃねェ!!
さ……酸素が…………ッ!
さーんーそーがぁあああ!!
「───ッぷはぁッッツ!!」
「ふぅv」
ぜぇぜぇと肩で息をする俺とは対照的に、召還者……マジックは満ち足りた笑顔で次の行動に移した。
顔をそのまま俺の首筋に……っておい。
「ちょっと待てぇええええええ!」
「クーリングオフ・キャンセルは受け付けないよv」
それは注文者の権利だぁああ!
いやそうではなく、
「ひっ……やめろっっ!
そもそもまだ了承してねぇええええ!!!
───くぅんっ」
「君のこの反応がすでに返事だよ。
ということで早速───」
「ぃぎゃぁああああああああああああああああああああああ!!!!」
暗転
「う……くぅ…………」
俺はカーテンの隙間から漏れる日の光で目を覚ました。
……日の光?
あれ……?
なんで日光なんかが……。
キンタロー達はもう起きたのか?
今日の朝食は誰の当番だったっけ……。
がしがしと頭をかいてやけにだるい上半身を起こした。
……ついでに下半身も妙に痛い。
なんか変な病気にでも……。
部屋を見渡し日光の原因を探……
「どこだここは」
キングサイズのベッドに真っ赤なシーツ。
どでかい部屋にはこれまたどでかい家具が所狭しと……いや、余裕たっぷりで並んでいる。
「───くしっ!」
なんだか妙に肌寒い。
俺は両腕を暖めるように抱えて……
「あん?」
そこで自分が何にも着ていないという事に気づいた。
「なんでだぁあああ!!!??」
バサっとかぶっていたシーツを剥がす。
感触からして想像ついていたが、下も何にも……下着すら身に着けていなかった。
代わりに……代わりといっていいものか、ところどころ発疹のような赤い点々が……。
「─────ッッッツ!?」
思い出した……。思い出した!!!
俺は昨日……っいや、今日未明まで…………。
あんな事やこんな事を……!!
「のぁあああぁぁぁぁああぁあああああっっ!!!?」
思わず頭を抱えて絶叫!
嫌だ……誰か嘘だと言ってくれ!!
中級悪魔ではキンタローと1・2を争ってるこの俺様が!!
あんな……あんな人間なんかに……!!
「さっきすごい悲鳴が聞こえたけど……どうしたんだい?」
ガチャリと部屋のドアが開く音がして、声と同時にふわりとホットミルクの匂いが漂う。
それとこの香りはハムエッグと見た。
が、その芳しい朝食も、感情が荒立っている俺には何の意味も成さない。
「てんめぇええええ……」
髪をひとふさ口に銜え(叫んだ時に入ってきたのだ)、ギギィイイっと軋むような効果音を立てて、殊更ゆっくりとドアを見る。
「やぁおはようv」
にっこりと笑ったその笑顔が憎い。
俺は迷わずためらわず躊躇せず、右手を突き出し神経を集中させ
───手のひらに光球が生まれる
…………はずだった。
「ら?」
怒りやその他色々な感情が集中力を掻き乱したのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
今まで怒りに任せて力を使うのはしょっちゅうだったからだ。
が、イメージがわいても具現化できない。
いったい何がおきたのかと、いや、なぜ何にもおきないのだと混乱していると
すぐ前から声がした。
「どうかしたのかな?」
あ、忘れてた。
「てめぇ……一体何しやがった。」
理由はわからないが、原因はコイツなような気がする。
目の前にある顔をにらみつけ、それ以上近づいてこないよう牽制する。
マジックは軽く肩をすくめて身を引き、手に持っていた食事を机の上におくと、黙って親指で自分の首を指差した。
───首?
そういえばさっきから妙な違和感が。
なんか、変なのが当たっている感触───。
「……なんだこりゃ?」
手触りは皮で、時折触れる冷たいのは金属だろう、それが首の周りを一周。
い、いや、その時点でなにが触れているのかはわかる。
わかるが、わかりたくない。
「ほら、見てごらん?」
ご丁寧にマジックは俺の前に鏡を持ってきた。
上半身が写るくらいの大きさで、形は楕円形、ふちを複雑な飾りの金細工が飾っている。
その中心には俺。
下半身はシーツで隠れているが、むき出しの上半身は見事に赤いアトだらけだ。
そして首には真っ赤な首輪。
まさか……これが?
視線だけでマジックに問うと、マジックは大きくうなずいて説明した。
昨日、ちょっとした気まぐれで骨董品店に行った事。
店では【悪魔召還セット】なるものが売られていたという事。
それを買うとき、店主から【おまけ】で、魔封じの首輪を【無料】で貰い受けたということ。
【悪魔召還セット】を使い俺を召還し、俺にヒトメボレとやらをしたという事。
で、昨日の行動か。
さらに、俺が寝ている……というか失神している間に、この【おまけ】でもらった魔封じの首輪をつけた。
……ショックだ。
これをショックといわずして何というのだ。
悪魔として生を受けてから24年間。人間というのは俺達にとって食い物でしかない。
だというのに、だというのに!
その人間の、しかも商人(あきんど)精神に負けたばかりか逆に食われるとは!!
「負けた…………商人精神に負けた……………………」
「独り言思わず口に出してるみたいだけど、
なんか違うところに敗北感味わってないかい?
それに君24才? 若いねぇ。
私はてっきり何千歳かと思ってたよ。」
確かに悪魔はある程度なら不老だ。(病気とか怪我とかあるので不死ではない)
が、何千歳も生きてたらこんな肉体労働やってねーよ。
いや、それはさておいてだな。
「……どうやったらこれ外せるんだよ。」
「装着者以外が外そうとすれば簡単に外れるよ? 普通の首輪みたいに。」
「だったら外しやがれ」
「だーめ。言っただろう?
私の願いは【君がほしい】だと。
君のこの髪も眼も手も足も……
まだ手に入っていないみたいだけど、いずれは心も私のものにしてもらうよ」
「ふざけるな!
そんなの叶えられるわけねーだろ!!!」
「でも現に今、心以外は私の思いのままだよね。
昨晩よくわかったろう?」
「………………」
「私はね、シンタロー。
欲しいと思ったものは必ず手に入れてきた。
今度もきっと手に入れて見せるよ。」
「必ず手に入れてきた?
けど、奥さんに関しちゃ手に入れてすぐ失くしたみてーだけどな。」
「……………………」
お、ビンゴ!
秘石の話からこの男が奥さんの事は愛してたってのは予想ついてたさ。
うし、一気に畳み掛けるぞ。
「どうだ? 俺なんかじゃなくてだな」
一つ目の願いは、まぁ、一晩俺を好きにさせた事で解決でいいだろ。
「次の願いで、【奥さんを生き返らせて欲しい】ってのは。」
これを叶えるとしたら、まずその奥さんとやらが極楽と地獄、どっちに言ったか調べて、
さらに地獄で苦行を受けているなら攫ってきて、秘石に頼み込んで体を創ってもらって…………。
極楽の場合、もう転生している可能性があるから……
そしたらそれが誰なのか調べて、前世の記憶をよみがえらせて……体も色々変えれば……。
ま、なんとかなるな。手続きが面倒だができないことはないだろ。
が、俺のすばらしい意見に、マジックはゆっくりと首を振り、
「駄目だよシンタロー。
もちろん彼女に会えるなら会いたいさ。私も彼女の事は本気で愛していたからね。
でもね、どんなに愛や、何か他の理由があっても、人が人を生き返らせるなんてマネをしてはいけないんだよ。
たとえそれが、君達悪魔みたいな人間以上の力を持つ存在の手によってでもね。」
「人殺しが言うセリフじゃねーぞ。」
ちょっとまともっぽい事言ってごまかされてたまるか。
俺が半眼でそう突っ込むと、マジックは苦笑いをして、
「それに、もうひとつの理由なんだけど……
彼女が死んだのはもう二十年以上も前だ。
その頃から彼女の姿は変わっていない。
でも私はどうだい?
人よりは外見的にも若いつもりだけど、彼女に比べたら……。
愛する人に、そんな姿を見せたくないんだよ。
くだらない男のプライドだ。」
最後のほうは自嘲気味に笑って見せる。
け、けど負けねーぞ。
「だったら最後の願いであんたを若返らせてやるよ。
それで問題ねェだろ?」
「そして私は、いつまた彼女を失うか、
あるいは私が体験したつらい思いを彼女にいつさせるか、おびえて暮らすわけだね。」
「……………………」
「それに───」
「それに?」
「なんだかんだ言って私から離れようとしても無理だよ。
絶対にその首輪は取らない。
首輪が無くても、君が私から離れていかないという保証が無い限りはね。」
「無茶いうなぁああ!」
「ま、がんばって努力してくれ」
言いたい事だけ言い放つと、マジックはまだ湯気の立っている朝食を残して部屋から出て行った。
ホットミルクにハムエッグに白ご飯。
ブロッコリーとトマト、卵の食事3原色が鮮やかだ。
ぐぅぅうう
「あぅうううう……」
畜生考えてみりゃ昨日の晩も食ってねぇ。
結局俺は、ハングリーストライキもあきらめて、腹が減っては戦が出来ぬの格言に従って、
香ばしい香りのするハムエッグに取り掛かった。
悔しい事に味は絶品だった。
戻る
次へ
えぇえ!!? 夜何があったの!!?
知っているけど知りたいわ!!
という18以上のお嬢様はこちらへ。
「ごちそーさん」
あっさりと食べ終わり、誰もいないのに、ついついご馳走様といってしまうのはグンマのせいだ。
あいつこーゆー礼儀だけは正しいからな。
「さて、」
腹ごしらえもすんだことだし、立ち上がって周りを見回す。
まずはドアだ。
ガチ……
とーぜん鍵は閉まってると。
その辺の椅子でもぶつければ壊せるかもしれねーけど、
そうなったらまず使用人とか飛んできそうな気がする。
いや、そもそもマジックは大企業や組織のトップだったりしたろ?
中に鉄芯でも仕込まれてるんじゃないか?
だったら窓か?
強化ガラスで割れそうにはなくとも……鍵は……
窓の外をのぞくと───
そういえばここ2階だったな。
しかも外壁はつるつるしていて足をかける場所もない。
降りるのは無理───か。
決死の覚悟でジャンプして骨折ったら逃げる所じゃねーからな。
ん?
羽があるのに飛ばないのかって?
言っておくが物理的に考えて、俺くらいの重さのが飛ぶのには10m近くの羽が必要になるんだぞ。
いくら悪魔とはいえ、そんな羽出してたら邪魔だろ。
俺みたいな見習い悪魔は飛ぶときは羽じゃなくて魔力を使って飛ぶんだ。
そん時に気休めというか方向転換というか、そーゆー所でパタパタ動かすんだが……。
見習い悪魔じゃなくて、上級悪魔になるともっと立派な羽が生えて、それだけでも飛べるようになる上、
魔力で出し入れが自由自在!
これのためにみんな必死で修行しているといっても過言ではない!
考えても見てくれ。
羽が生えているということは、
服を着たり脱いだりが大変。
仰向けで寝ると痛い。
中途半端に(ポイント)狭い道で人とすれ違うとぶつかる。
というわけで邪魔なのだ。
つまるところ、見習い悪魔にとっちゃ羽って言うのは、
孔雀の羽や、コックさんの帽子みたいなもんだと思ってくれ。
見習いでも修行すれば段々おっきくなって行くからな。
しまえないけど。
それはさておき、どうしたものか。
仮にここから逃げ出せたとしても、
魔力もなくて変身すら出来ない状況じゃ、人間に見られたら変なコスプレした男だし。
そもそも魔界への入り口開けないし。
……せめて本当に外れないのか試してみよう。
普通に外そうとすると……金属が皮とくっついているかのようにびくともしない。
となると…………
マジックの机からカッターを取り出し、鏡を見てキコキコと削ろうとするが……
危険な上にぜんぜん削れてる様子がねぇ。
ちくしょー……一体どんな仕組みになってやがる。
「何やっているんだッッ!!」
「うぎゃぁあ!!?」
背後で聞こえた怒声に思わずカッターを落とす。
「あ……あぶねーな!!
今なんかチクってしたぞ!!」
鼻息荒くマジックに突っかかると、マジックは戸惑った表情で、
「え……あ……すまない。
ドア開けたらいきなり君が自分の首にカッターを突きつけてたからね。
何かへんなマネでもするのかと思って……つい」
「声かけられたほうが危なかったぞ」
ゴホンと咳払いして誤魔化そうとするマジックに、俺は突き放す口調で言う。
「大体なんで俺が自殺しなくちゃいけねーんだよ。
てめーなんざの所為で死んでたまるかっ!」
「そうだね。そうじゃないと私が困る」
「あん?」
何をわけのわからない事……うわっ
勢いで言ったセリフに、何故かマジックはふっと笑い、俺を抱きしめてきた。
「ってドサクサ紛れに何やってんだ!」
暴れて体をはがそうとするが、マジックの体はびくともしない。
俺も相当だが……なんだこいつの馬鹿力は!
が、おれの心の中など露知らず、マジックはポツリポツリと言葉をつむぐ。
「私の家内は私の所為で死んだからね。」
───あぁ。今朝話題に上った女か。
「彼女を失ったとき、本当に苦しくて、彼女を殺した男がどうしても許せなかった。
自分がしてきた事を棚に上げてね。
でもその男は事故で死んでしまったし、
私の怒りの矛先は男の所属する組織にむけられたよ。
警察を利用するのが一番なんだろうけど、
どうしても私は自分でカタをつけたかったんだ。」
「……………………」
何も言えずに俺は黙っていた。昨日散々な目に合わされたというのに、変な話だ。
「彼女の敵を討ったあと、どうして私はこんな立場なんだろうってはじめて思った。
それまでは疑問も何にも感じなかったのにね。
───本当に残念だよ。
君が彼女を失った直後に現れてくれれば、
私は君が提案したとおり、彼女を生き返らせてもらったかもしれない。
いや、その前に、私が彼女と会う前に現れてくれれば、
あんな悲劇も起こらなかっただろうにね。」
マジックの指が首輪に触れる。
さっきチクっとした所はもう痛くはなかった。
「ごめんねシンちゃん。
こんなところに閉じ込めてしまって。
でも私は欲張りだから、欲しくなったらなんでも手に入れなくちゃ気がすまないんだ。」
俺の上半身は裸だから、マジックの服の感触がじかに伝わる。
ごわごわしているけれど、暖かい。
睡眠が足りなかったのか、腹いっぱいだからか、瞼がまた重くなってくる。
うとうとしかけた俺を、チャリという音が現実に戻した。
……チャリ?
嫌な予感がして音がしたほうを見る。
そこにあったのは……、
「あ、気づいちゃった?」
首輪につなげられた鎖だった。
「じゃ、とりあえずもう片方の端はベッドに固定しておこうか。」
さっき首輪に触ってると思ったらそれかぁあぁ!
「てめぇ珍しく殊勝な態度してると思いきゃそれかい!!」
「だってシンちゃんこうでもしなきゃ逃げるだろう?」
「たりめーだ!
あとさっきから気づいてたけど【シンちゃん】ってなんだ!!」
「君の事」
「そーゆー事を言ってるんじゃねぇえ!
軽々しく呼ぶな!」
「だってこれから仲良くなっていくんだからフレンドリーな方がいいじゃないか」
「どこに自分を監禁した人間にフレンドリーになる悪魔がいるんだよ!」
「君が栄えある第一号になってくれ。」
「なるかぁあああああああああああ!!!」
「じゃ、鎖はあきらめるから「シンちゃん」位は許してくれないかい?」
「……どんな交渉だよ」
こうして、俺の監禁生活は始まった。
呼び方の件は結局、昨日の夜同様、見事に押し切られたのだけど、
…………………鎖よりはいいか。
とりあえずは、おわり?
戻る
小悪魔TOPへ
TOPへ
PR