私の名はティラミス。ガンマ団前総帥・マジック様の忠実な側近である。
マジック様の専属の秘書官であり、その業務は、身の回りのお世話や雑用から、日常の警護・スケジュール管理・執務の補佐まで多岐にわたる。
あるとき、マジック様がお風邪を召された。
折悪く、キンタロー様は学会出席のため不在であり、入れ替わりに遠征から戻る予定であった新総帥・シンタロー様の帰還も悪天候の影響で戦闘が長引き、遅れていた。しかしながら、責任者が不在であっても決裁が必要な書類は減るものではなく、積み上がる書類を見かねて、マジック様が総帥代行を務められることになった。
体調が万全でないため、寝室を仮の執務室として書類を持ち込み、人の出入りを制限し、できるだけお体に負担をかけないようなかたちを取りはしたものの、マジック様の仕事量はシンタロー様のそれにも負けぬほどであった。それこそ、放っておけば目を覚まされてからお休みになるまでずっと書類と向き合っておられるため、我々は体調が悪化されるのではないかと気が気ではなかった。チョコレートロマンスと2交代制をとり、常にどちらかがお側に控えているようにしたのも、そのためである。
夕方から朝にかけてはチョコレートロマンスが隣室で仮眠を取りながら定期的にご様子を伺い、朝から夕方までは私が身の回りのお世話をしながら部下との橋渡し役を務める、という日が幾日か続いたある朝のことだ。チョコレートロマンスからの引き継ぎを済ませ、朝食をお持ちしたとき、マジック様は既に書類に向かっていらっしゃった。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
朝食のトレーをワゴンに載せ、部屋へはいると、マジック様は寝間着のままベッドに上体を起こした体制で、書類に目を通されていた。おはよう、とかけられる声も、心なしか普段より嬉しそうなご様子だ。
「マジック様、あまり根を詰められますとお体に触ります」
「ああ、しかしこれくらいは終わらせておかないとね。シンちゃんが帰ってきたとき、疲れてるのに書類が山積みなのは可哀想だろう?」
手にした一葉にサインを入れ、シーツの上に置かれた数葉の書類をまとめながら、おっしゃる。シンタロー様が遠征へ出かけられる前夜、執務室が半壊するほどの壮絶な親子喧嘩をなさったことも、もう気にしていらっしゃらないようだ。あれだけぼろぼろにされていたのはたった半月ほどまえのことでしかないのに、素晴らしいまでの溺愛ぶりだ、と思う。
「それにほら、シンちゃんが私に、とお見舞いを送ってくれたからね」
微笑みながら指し示された窓際には、小ぶりの鉢植えが置かれてあった。
素焼きの素朴な鉢に植えられた背の低い植物は、葉を覆い隠さんばかりに花を咲かせている。細長い花弁をいくつも重ね、円形に広げたかたちの花の中心は白く、外側は赤で縁取られている。昨日の夜にでも届いたのだろう、鉢についたカードは出入りの業者のもので、宛名と贈り主の名前が書かれただけの素っ気ないものだったが、それでもマジック様には十分であったようだ。
「遠征が長引いてるっていうのに、わざわざ私のために花を手配してくれるなんて…普段あれだけ反抗してても、やっぱりシンちゃんは私のことが好きなんだねぇ」
そうだろうシンちゃん、と枕元の人形を撫でながら囁かれるマジック様は本当に嬉しそうで、私にはただその言葉を肯定することしかできなかった。
「――そ、それでは忘れず花に水をやるよう、係の者に申しつけておきます」
「ああいや、それには及ばないよ。シンちゃんが、わ・た・し・に・くれた花なんだから、面倒は私が見るつもりだ」
笑顔のまま、しかし有無を言わせぬ響きに、思わず背筋が伸びる。
「分かりました。それでは毎朝水をお持ちするようにいたします」
「そうだね。頼むよ。それから――これを」
差し出された書類を受け取り、代わりに朝食をベッドサイドテーブルに置き、私は部屋を辞した。決裁された書類に基づいて各部署に諸々の許可を出し、夕方に予定されている会議の用意もしなくてはならない。今日も忙しい。
しかしそれでも、私はこの状況が少しでも長く続けばいい、と思っていた。
私の名はティラミス。ガンマ団前総帥・マジック様の忠実な側近である。
ゆえに私は黙秘する。シンタロー様から届いた花が、サイネリアの鉢植えであったことを。
おそらくシンタロー様のお怒りは、まだ解けていないであろうことを。
マジック様の専属の秘書官であり、その業務は、身の回りのお世話や雑用から、日常の警護・スケジュール管理・執務の補佐まで多岐にわたる。
あるとき、マジック様がお風邪を召された。
折悪く、キンタロー様は学会出席のため不在であり、入れ替わりに遠征から戻る予定であった新総帥・シンタロー様の帰還も悪天候の影響で戦闘が長引き、遅れていた。しかしながら、責任者が不在であっても決裁が必要な書類は減るものではなく、積み上がる書類を見かねて、マジック様が総帥代行を務められることになった。
体調が万全でないため、寝室を仮の執務室として書類を持ち込み、人の出入りを制限し、できるだけお体に負担をかけないようなかたちを取りはしたものの、マジック様の仕事量はシンタロー様のそれにも負けぬほどであった。それこそ、放っておけば目を覚まされてからお休みになるまでずっと書類と向き合っておられるため、我々は体調が悪化されるのではないかと気が気ではなかった。チョコレートロマンスと2交代制をとり、常にどちらかがお側に控えているようにしたのも、そのためである。
夕方から朝にかけてはチョコレートロマンスが隣室で仮眠を取りながら定期的にご様子を伺い、朝から夕方までは私が身の回りのお世話をしながら部下との橋渡し役を務める、という日が幾日か続いたある朝のことだ。チョコレートロマンスからの引き継ぎを済ませ、朝食をお持ちしたとき、マジック様は既に書類に向かっていらっしゃった。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
朝食のトレーをワゴンに載せ、部屋へはいると、マジック様は寝間着のままベッドに上体を起こした体制で、書類に目を通されていた。おはよう、とかけられる声も、心なしか普段より嬉しそうなご様子だ。
「マジック様、あまり根を詰められますとお体に触ります」
「ああ、しかしこれくらいは終わらせておかないとね。シンちゃんが帰ってきたとき、疲れてるのに書類が山積みなのは可哀想だろう?」
手にした一葉にサインを入れ、シーツの上に置かれた数葉の書類をまとめながら、おっしゃる。シンタロー様が遠征へ出かけられる前夜、執務室が半壊するほどの壮絶な親子喧嘩をなさったことも、もう気にしていらっしゃらないようだ。あれだけぼろぼろにされていたのはたった半月ほどまえのことでしかないのに、素晴らしいまでの溺愛ぶりだ、と思う。
「それにほら、シンちゃんが私に、とお見舞いを送ってくれたからね」
微笑みながら指し示された窓際には、小ぶりの鉢植えが置かれてあった。
素焼きの素朴な鉢に植えられた背の低い植物は、葉を覆い隠さんばかりに花を咲かせている。細長い花弁をいくつも重ね、円形に広げたかたちの花の中心は白く、外側は赤で縁取られている。昨日の夜にでも届いたのだろう、鉢についたカードは出入りの業者のもので、宛名と贈り主の名前が書かれただけの素っ気ないものだったが、それでもマジック様には十分であったようだ。
「遠征が長引いてるっていうのに、わざわざ私のために花を手配してくれるなんて…普段あれだけ反抗してても、やっぱりシンちゃんは私のことが好きなんだねぇ」
そうだろうシンちゃん、と枕元の人形を撫でながら囁かれるマジック様は本当に嬉しそうで、私にはただその言葉を肯定することしかできなかった。
「――そ、それでは忘れず花に水をやるよう、係の者に申しつけておきます」
「ああいや、それには及ばないよ。シンちゃんが、わ・た・し・に・くれた花なんだから、面倒は私が見るつもりだ」
笑顔のまま、しかし有無を言わせぬ響きに、思わず背筋が伸びる。
「分かりました。それでは毎朝水をお持ちするようにいたします」
「そうだね。頼むよ。それから――これを」
差し出された書類を受け取り、代わりに朝食をベッドサイドテーブルに置き、私は部屋を辞した。決裁された書類に基づいて各部署に諸々の許可を出し、夕方に予定されている会議の用意もしなくてはならない。今日も忙しい。
しかしそれでも、私はこの状況が少しでも長く続けばいい、と思っていた。
私の名はティラミス。ガンマ団前総帥・マジック様の忠実な側近である。
ゆえに私は黙秘する。シンタロー様から届いた花が、サイネリアの鉢植えであったことを。
おそらくシンタロー様のお怒りは、まだ解けていないであろうことを。
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