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「なあ、俺は間違ってたのか…?」
 小さな写真立てのなか、青年たちが笑っている。ある者は白衣を羽織り、ある者は軍服をまとい、ある者は迷彩服に身を包み。その中心には、穏やかに笑う自分の姿があった。
 自由だった最後の夜に、仲間たちと撮った最後の写真だ。
 あれからどれだけ経つだろう。幾多の改革によって、組織は確実に変貌を遂げた。好戦派の幹部を離脱させ、武器製造の技術を精密機械に転用、化学兵器用の設備を製薬開発に移管し、これまで奨励してきた殺人を正式に禁止し、総帥就任後、何年もたたないうちに組織は殺し屋集団からの脱却を果たした。
 もちろん、すべてが順風満帆だった訳ではない。一部の部下は暗殺稼業を辞めることに躍起になって反対したし、前総帥と血のつながりのない自分を新総帥として認めない連中が、グンマを総帥候補に担ぎ出し、クーデターを企んだことすらある。旧体制にどっぷり浸かりきり、改革をよしとしない連中を排除して、理想を実現させるためには多くの仲間の協力と犠牲が必要だった。
 新体制樹立と引き替えに失ったものは、あまりにも大きかった。この写真に写った仲間も、ほとんどが今はここにはいない。
「俺は…どうすればいい?」
 どこへもぶつけようのない怒りを込めて、力任せに机を殴りつける。反動で、机上に置かれた金属片が耳障りな音を立てた。個人識別のための認識票。いわゆるドッグタグと呼ばれるものだ。ミヤギ、トットリ、アラシヤマ、コージ…かつての仲間の名が、それぞれに刻まれている。数日前、前線から送られてきた数百の認識票の群れの中に、それらはあった。
 2週間前、下した命令の結果がこれだ。初めて彼らに大隊の指揮を任せ、自分は留守居役に徹した。戦いはそう大規模なものではなく、数週間後には任務を終え、何事もなく彼らはここに戻ってくるはずだったのだ。
 しかし戻ってきたのは、異口同音に「任せろ」と言いながら意気揚々と出かけていった彼らではなく、物言わぬ金属片だけ。
「俺が……」
 あんな命令を下さなければ。いや、あんな言い方さえしなかったら。
 ――こんなことにはならなかったのではないか……?
 改めて突きつけられる現実。自分への言いようのない憤りが、沸々と沸いてくる。
 さらに殴りつけようとした拳を、寸前で止められる。腕の主は、確認するまでもない。この部屋になんの制約もなしに入室できるのは、金髪の従兄弟だけだ。
「帰ってたのか……キンタロー」
 最近ますます父親の若い頃に似てきた、と評される従兄弟は、落ち着いた色合いのコートを羽織った旅姿のままだった。大層な肩書きに邪魔されて、身動きのとれない自分の代わりに、数日前から事態の収拾に奔走していたのだ。
 どこか常人離れした「前総帥の甥」は、その並はずれた有能さでもって多くの部下の信頼をあつめ、今では誰もが、総帥に次ぐ決定権を持つ者として認めている。
「ついさっきだ」
 腕の力を抜いたことに気づいたのか、キンタローが力を緩める。
「安心しろ、事故の規模に比べれば損害は微々たるものだ。混乱も、さほどではない。補給部隊が三個小隊、警備に回していた部隊が二個中隊ほど機能しなくなったが、既に代わりの部隊を現地に送った。一両日中にも合流して通常の業務が再開できるだろう」
 提げていたブリーフケースから、キンタローは薄いファイルを取り出した。
「現地からの報告書だ。目を通しておけ」
 ファイルから取り出された書類が、机上に置かれるのを、微動だにせずぼんやりと眺める。引き結んでいたはずの口元から、ため息が漏れる。
 書類の内容など、目を通すまでもなく予想がつく。どうせ書かれているのは、送られてきた数百の認識票の持ち主の名と所属の羅列だ。気の利いた人間なら現在の状況と詳細な経過くらい付け加えているかもしれないが、そんなものに意味はない。自分が知りたいのは、ただ、「何が出来るか」。
 けれど、幾度となく繰り返されたその思考の末に与えられるのは、答えではなく無力感のみだ。総帥という肩書きなど、今はなんの役にもたたぬと現実を突きつけられて、考えることすらまどろっこしくなってくる。
 もう、何もかもなかったことにして、やり直せればいいのに。この命令を下す前に。いや、この職を引き継ぐ前か…あるいは、あの島に渡る前か。
「もう一度、やり直せればいいのに、な…」
 いっそ士官学校に入学する前から。思考はいつの間にか言葉に形を変えていた。
「……まだ気にしているのか」
 書類を眺めたまま俯いた頭の上から、呆れたと言わんばかりの声が降ってくる。見ることのかなわないその表情も、おそらくは同じ色を帯びているに違いない。
「お前の所為ではないと、何度言えば分かる」
「黙れ、2歳児」
「その『2歳児』に説教されてどうする」
 いい加減にしろ、と今度はキンタローがため息をついた。
「一人で背負い込むなと言ったはずだ」
 不意に、懐かしさに襲われた。2年前、自分が組織のトップに立つと決意したとき、全く同じ言葉を、この男に掛けられたのだった。そのための補佐役だ、そのために俺がいる、と。目付役の間違いじゃないか、と軽口を返した自分に、この男が何ともいえぬ、呆れと怒りと、そして戸惑いの混じった表情を見せたことすら、記憶の片隅に残っている。
 だがなんと言われようと、命令を下したのは自分だ。自分の命令が無ければ、あいつらはあんなことはしなかっただろうし、この認識票はあいつらの首に、まるで生まれたときからそこにあったかのような自然さで、かけられたままだったに違いない。
「決定を下したのは――」
 俺だ、と言いかけた口が、冷たい手のひらで覆われ、吐き出そうとした言葉を飲み込まされる。何をする、と視線で問えば、キンタローはいつかと同じような目で自分を睨んだ。
「それも、俺が反対しなかったからだ。そうしていれば、お前は必ず再考して、妥協案を出した。決定を下したお前に責任があるというなら、その案に反論しなかった俺にも、少なくとも半分は責任がある」
 ああ、と口の中で呟いた。
 ささくれだった神経が、目に見えて鎮まっていくのがわかる。不思議と、この男の前では、意地っ張りで頑なな自分はなりを潜める。叔父たち――前世代の組織の要職を占めた男たちが、口を揃えてキンタローの補佐役就任を薦めたのは、こうなることが分かっていたからだろうか。
 キンタローの手のひらが、ほおを伝い、首筋を滑り、赤いブレザーの襟をつかむ。
「この服を着る人間の役目は、いつまでも過去を引きずって後悔することじゃないだろう?」
 目をそらさずまっすぐ前を見て、組織のために最善の判断を下すのが俺たちの仕事だ。違うか、と問われ、慌てて、否と首を振った。
 金髪の従兄弟が、ほんのすこしだけ口元をゆるませた。
「分かっているなら、いい」
「……すまん」
「構うな」
 お前の面倒を見るのにももう慣れた。呆れたように言う男の笑顔につられて、苦笑した。
「…悪かったな」
「謝るなと言ってる。それに――」
 続く言葉を遮るように、ばたばた、と廊下から複数の人間の足音が、口論調の会話とともに聞こえてくる。何事かあったかと扉に目をやって――開いた扉の向こうの人影に、絶句した。
「シンタローはん、聞いておくれやす! わてやあらしまへんのに!」
「なに言うっちゃ! アラシヤマが新しい身分証届いたから本部に古い方送り返せ、言うたから僕らぁその通りにしただけだわいや!」
「んだ。オラもドッグタグが身分証に入らネなんて聞いたことねぇべ」
「おだまりやす、この顔だけ阿呆! 能無し忍者! 支給された物品の確認ひとつまともにでけへんのか! そもそもドッグタグの交換は所属が変わったときだけやし、送り返すときは死んだときだけ、それも片方言うんが常識どすやろ! 士官学校でなに習とったんや! ドッグタグなしで行動する軍人なんか聞いたことあらへんわ! お陰であんさんらの部下みーんな作戦行動に従事できんなってしもたやあらしまへんか! どれだけの損害出したと思うとるんどすか!」
「そがぁに怒らんでもええじゃろぉが。お陰で久々に本部に戻れたんじゃけぇ」
「何を暢気なことを! あんさんもあんさんどすえ! わてに一服盛ってまでタグ回収することあらしまへんどしたやろ! しかも劇薬を適当に目分量で測りくさってからに! もうちょっとで三途の川越えるとこどしたわ!」
 前線で待機しているはずの彼らが、そこにいた。キンタローの方を伺えば、涼しい顔でその争いを眺めている。
「――呼び戻した、のか?」
「いつまでも総帥にふさぎ込んでいられると迷惑でかなわんからな」
 当然、と言わんばかりの口調にあっけにとられている間に、キンタローはブリーフケースから書類の束をいくつか取り出し、机の上に積み上げた。
「今日はとことん話し合え。こっちは今日決裁の書類だが、明日の朝まで待ってやる」
「キンタロー…」
「タグの件に関する処分案も明日までだからな」
「了ー解」
 空になったブリーフケースを抱え直し、部屋に戻ろうとするキンタローの背に返事を返して。
 未だ続く四人の言い争いを眺めながら俺は、どんな言葉であのタグを目にしたときの感情をこいつらに伝えてやろうか、と考えていた。

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