「わての笑顔は、華なんどす。」
自ら〝華〟だと称したそれが、目前まで迫る。
互いの吐息や髪先が触れ合う距離で、ふ、と息を吐き笑った。
「そんで、指先は蜘蛛の糸」
〝蜘蛛の糸〟が俺を絡め獲ろうとするかのように頬に優しく触れる。
それはそっと輪郭をなぞり、喉元まで伸びる。
身を捩ろうとしても背は壁に押し付けられ、俺よりも多少小さな体に挟まれ、逃れられない。
「華で誘うて、罠を張るんどす。こないして」
〝蜘蛛の糸〟に雁字搦めにされている錯覚。
実際に腕が首や背に回され、頬に唇が触れる。
捕食者の瞳が、俺を捉えて離さない。
「──蝶を捕らえるために」
そう言って、〝華〟がまた笑んだ。
困惑することしかできずに、それから目線を逸らす。
拒絶の言葉が喉の奥に引っ掛かって、それ以上出てこない。
「…まだ、逃げられますえ」
冷たい指先が、軍服の中に降りてくる。触れられた胸板が、一瞬びくりと強張る。
「せやけど、これ以上絡め獲られてもうたら逃げられへん」
〝華〟がまた、俺の唇に触れる。
「ええんどすの?」
今更そんな風に尋ねられたって、答えはひとつしかないし
そのひとつの答えだって口にしたくないのを分かっていて、〝華〟はまた笑う。
蝶はもう、とっくに華に囚われているというのに。
(05/03/25)
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