じっとりと、絡みつくような、そんなものを感じる。
しかもそれは、愛しのいとしのあの方から、確かにこちらへ向けられている。
──ああ、わてにも春が!
「へぇ、そんで、この任務の件なんどすけども──」
思わず小躍りしたくなるような、全身のむず痒い感覚を堪えつつ、努めて事務的に言葉を紡ぎだす。それにああ、だとか小さく零れる相槌にすらうっとりしながらも、極力それを悟られないように。と、思いつつも、口角が上がりたそうにヒクつく。ヤバいと思い視線を軽く上げるが、気が付かれなかったらしい。差し出す書類に落とされた視線がこちらを向いて、かちりとぶつかる。
「あ」
「…ンだよ」
「いや、なんでも」
愛想笑いの一つも浮かべる余裕はなく、無表情を慌てて作って視線を下ろして、魂の叫びは心の中に留めて置く。
──今やっぱりこっち見てはってわてのことじーっと見つめてはってああんもうッツ!!
普段の自分ならじたじたしたり身を捩じらせたりしたであろう、熱いまでの視線。今それをしないのは、その行動だけで負けが決まってしまうから。心友関係に勝ち負けなど、とも思うが、これは一種の駆け引きだ。
そう、いつも負けてばかりいる勝負に、やっと勝ち目が見えてきたのだ。
「……で、──の視察が」
声が震えやしないか、高鳴る鼓動を感づかれやしないか、そんなことばかり考えながらどうでもいい質問をいくつも挙げる。本当に尋ねたいこともあったはずだが、なんだかもう忘れてしまった。
「…やとわては思うんどすけど」
少し強気に意見してみれば、相槌が途切れた。思索の間、というには少し長すぎる静寂に再び視線を向けてみれば、どことなく頬を上気させているような──
「あの、よ」
恥ずかしげに一度視線を逸らして、話を切り出すその声もさっきまでのトーンとは違って、どことなく可愛らしさすら感じるその姿に、上擦りそうになる声を必死で押し殺し、小さく「へぇ」とだけ返事を返す。
「言っていいもんかどうか、迷ったんだけど」
「何どす?」
「……お前さ、その──」
急に、キッ、と強い視線を向けてくる。肩が小さく震えているような気がした。
「ジッパー開けっ放しなのはわざとなのかそれともうっかりさんなのか」
「へぇ」
軽く返してから、ん、と首を傾げる。
もう一度その言葉を脳内で反復してみて、やっと合点がいった。
要するに心友の、声に出しては教え難いが故の、親切心からの熱視線。
がっくりと肩を落とし、こっそり涙を零しながらも、しっかりと身嗜みを直す姿を、不思議そうに見下ろす愛しいいとしいはずの総帥の姿がちょっぴり憎らしく見えたりした。
(06/02/07)
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